聖女の伝説(38)



 泣き止んで落ち着いたリンネと、姉ちゃんはこれまでのことについて話をした。


 もちろん、レオンとどのようにして知り合って、どういう関係だったのか。あの頃のレオンの様子、小川の村が滅んでからの、まるで別人のようなレオンのこと。はじまりの村でのレオンとの別れ。


 リンネも、麓の村からどうやって生き延びたのか、それからどこを移動して、このケーニヒストルータまでやってきたのか、いろいろと教えてくれた。


「……たとえ離れていても、レオンは私の義弟だわ。だから、レオンの妹であるリンネ、あなたは私の義妹よ」

「イエナ、さま……」

「イエナ姉さんでいいわ」

「イ、イエナ、ねえさん……」


 ぽっ……とリンネがまた赤くなってんだけどさ。これ、いったい何をおれは見せられてんだろうな? ああ、いや、別にいいんだけどな。リンネは女の子だし? レオンの時みたいなもやもやはあんまし感じなくて済んでんだけどさ。


「今の私たちには、あなたが使った大神の御業のことも含めて、あなたを守るだけの力があるわ。だから、リンネ。あなたが望むのなら、私があなたを守るわ。もちろん、リンネがどうしたいかが大事なのだけれど」

「あ……」

「リンネ。あなたがレオンと再会できる日が来るまで。必ず私が守るわ」

「イエナねぇさ、ん……」


 リンネがきゅっと唇を一度噛んで目を閉じ、それからゆっくりと目を開く。


「あの、わたしは、その……イエナねぇ、さんと、いっしょに行きたいと思うんです。でも、13歳になったら、はたらく先をよういしてくれてるみたいなんです。しんかんさまが……」

「神官が? そうだったのね。リンネはそこで働きたい? それとも私たちのところへ来る? 必要ならその神官やシスターとはきっちり話をつけるわ」


 そう言った姉ちゃんがちらりとおれを見る。


 ……はいはい。おれに話をつけろ、ということですよね。まあ、さすがに子どもがそういう話をするとうまくいかない場合がありそうだから、ハラグロ商会から誰か大人に来てもらって、一緒に対応してもらわなきゃダメだろうけど。


 おれは小さくうなずく。そうすると姉ちゃんは満足そうに笑ってからリンネを見る。


「……いつか、お兄ちゃんとは会いたいから。もし、ごめいわくでないのなら、イエナねぇさんたちといっしょに、いきたい、です」


 自信なさげな上目づかいで、リンネが姉ちゃんを見て、ちょっとだけおれの方も様子をうかがう。


 ……やっべぇ。こんな妹マジかよ? いやいやいやいやいやいや、姉ちゃん至高の姉ちゃん最高なんだけどな? なんだけども!

 それでも「ディー」の魂を揺さぶってくるっつーか、なんつーか、これ、やっべぇな? 妹やべぇ。リンネばりばりマジかわいいんですけど?

 くそうレオンの奴め。こんな素晴らしいものをあいつは隠し持ってやがったのか! 許せん! あいつこんな妹いた上でうちの姉ちゃんを義姉ちゃんにしてやがったのかよ!?

 いつか連続チョップで地面に打ち込んでやるからな! 覚えてろ、レオンの野郎!


「それなら、必ずレオンと会わせてみせるわ。アイン、頼むわね。ああ、アインも、リンネの兄になるわね。リンネ、これ、見た目以上に強いし、賢いから。頼りにしていいわ」


 ……姉ちゃん、コレ扱いはヒドいでしょ、いくらなんでも。しかも丸投げじゃん。


「……あ、アインにぃ、さん。森で見てました。すっごくつよかったです。あの、リンネです。どうか、よろしくおねがいします」


 ……フ、フハハハハハ、これが! これが妹! これが妹の魔力か!

 力が! 不思議な力がおれの心の奥底の異次元の中からとめどなく湧いてきやがるぜ! ククク……全ては、おれに任せておくといい!

 リンネのためなら! リンネのためならケーニヒストルータを灰にしてやってもいい! いつかリンネのために魔王と呼ばれてやろうじゃないかっ!!


「……任せろ。ケーニヒストルータ神殿の神官全員ぶちのめして、必ずリンネは連れていく」

「えっ?」

「……アイン。それはやりすぎだわ。交渉するんであって、攻撃するんじゃないわ、もう。アインってば本当に馬鹿よね」


 い、妹の前で馬鹿扱い、だと……? 姉ちゃん、そりゃ、ヒドいっす!


「ちょっと頭が良すぎて何を言っているのかわからなくなる時があるわ。でも、アインは家族想いのいい子だから。今のも、リンネのためなら、何でもするって、言いたかったんだわ、きっと」

「あ……は、い。うれしい……」


 リンネがちょっと赤くなって、照れ隠しにうつむく。こ、これはまた、なんというか、その、か、かわいいじゃねぇーか、おい。


 ……うむ。姉は至高。姉とは至高の存在である。だが、妹は究極。妹とはこれもまた究極の存在なのだ。至高か、究極か。どちらかを選ぶのではない。どちらも並び立ってよいのだ。親子で争うなど愚の骨頂なり!

 ……間違った! 姉妹で争うなど愚の骨頂なり! 至高だろうが究極だろうがうまいものはうま……いや、素晴らしいものは素晴らしいということだ! 姉妹万歳!


 こうして、おれは、姉妹の真理を今日、知ったのだった。






 何枚ものパンケーキを重ねて入れた箱をリンネに手渡し、孤児院の中に入るのを見届け、おれと姉ちゃんは手を振った。


 孤児院の孤児たちをスカウトするつもりだったんだけど、それどころじゃなくなったというのが現状だ。


「……あの子。苦労したみたいだわ」

「まあ、あの話だと、そうだな。それと……」

「ええ、あいつが、麓の村も攻めたんだわ」

「リンネ、おれたちみたいに見逃されたんだな」


 リンネはレオンと一緒に逃げる途中で転倒し、レオンに逃げてと叫んだらしい。そして、レオンは逃げた。それを卑怯だとか、男らしくないとか、そういうことは思わないし、しょうがないことなんだと思う。


 結果としてリンネは自分を犠牲にして、兄であるレオンを逃がそうとした。


 立ち上がったリンネは、追ってきた怖ろしいけど美しい、角のはえた人と向かい合い、その場に立ちふさがったそうだ。


 そうすると、兄をかばうその心に免じて命は奪わない。川沿いに下流へ逃げるといい。そんなことを言われて見逃された、と。これ、見逃し侯爵しかないじゃん。あいつ、おれたちの村も、レオンたちの村も攻めたのかよ。


 そんで、リンネは言われた通りに川沿いを下流へと逃げたんだけど、途中でまた転んで川に落ち、そのまま流されて意識を失ったという。


 意識を失ったことが逆に運が良かったのかもしれない。


 流れ着いたところで近くに住む人に助けられ、その村でしばらく過ごすことに。そして、そこにあの男がやってきた。火の魔導師、バルサだ。はじまりの村を追放されて、そこに流れ着いたらしい。


 もうご自慢の魔導師のローブは身に着けていなかったらしくて、普通の旅人の服を着ていたそうだ。


 おれがぶち破ったからな。


 出会ってすぐに、君はあの人に似ている、とか言われたらしい。それからいろいろと手助けしてくれるようになって、子どものリンネにとっては助けてくれる大人は本当にありがたかったという。そう聞くと、なんか、おれってやりすぎだったかな、とも思うんだけどな……。


 まあ、そんなこんなで、バルサは最終的に火の神系魔法初級スキル・ヒエンガをリンネに伝授した。してしまった。やっちまった。その上で、御業を持つことの意味とそのことから身を守る術まで、いろいろと教えてくれた。


 しかし、11歳の赤の半月に、その村も魔物に襲われる。バルサは魔物と戦い、リンネを逃がして、もはや河北は安全ではない、大河を渡れ、と言ったという。そして、リンネは長い旅の末、ケーニヒストルータへとたどり着き、孤児院に救いを求めた。


 レオンもリンネも、ふたつの村の滅びを目にしたことになる。なんて散々な目に遭う主人公兄妹なんだ。これではじまりの村が滅んだら、レオンは三つ目になるしな?


 そういうワケだから、リンネはバルサにめっちゃ感謝してんだよ。してんだけどな。


 ……火の神系魔法スキルは地雷なんだよ~~~~。


「……レオンが、しゃべれなくなった理由が、なんとなくだけど、わかったわ」

「姉ちゃん?」

「どうしようもなかったとはいえ、あんなにかわいい妹を見捨てて逃げたことになるわ。それは、どんなことがあったか、誰にも話せないし、思い出したくもないわよ、きっと。リンネの方は、仕方がないことだと思っているし、お兄ちゃんを逃がせてよかったと思えるから……」

「ああ、そういう……」


 ……レオンは強くなりたいという想いを強く願うことで、自分の殻を破ったのかもな。取り返しのつかないことを、取り戻すことはできないけど、同じことにならないように、より強い力を、心の底から求めて。


「いい、アイン? 必ず、レオンにリンネを、リンネにレオンを会わせるわ」

「わかった。任せて、姉ちゃん」

「それが、レオンの救いになるといいわね」


 そこで、姉ちゃんは言葉を切った。


 ……なんとなく、離れていても義弟を大切に思ってることが伝わってきて、ちょっとジェラシーだけど、それがやっぱ姉ちゃんなんだな、と。そう思った。


 それからハラグロ商会に寄って、明日、誰か大人に一緒に来てほしいことと、その内容について打ち合わせて、宿へ戻る。


 姉ちゃんと二人、ベッドに並んで寝て、この日は久しぶりにレオンのことをおれは夢で見た。





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