聖女の伝説(36)



 金髪碧眼の美少女と。


 その周囲にちょっと年下っぽい女の子二人、そして、立ち上がった男の子一人。


 それを見つめているおれ。


 そして……痛っっ! 痛い!?


「……ちょっとアイン? 許せないわ? なんであの子の名前? いつの間に? あたしがセラフィナ先生と勉強している間にケーニヒストルータの町で声をかけてたわね? どういうつもり? なんてことしてるの? そんな弟に育てた覚えはないわ!」


 ……なんで怒ってんのかワケわかんねぇけど? 思わずリンネの名前言っちゃったからなんでか姉ちゃんのブラコンスイッチ入っちまったよ! どこにスイッチあったんだよ? いやいやいやいや、リンネの名前! そっちもどうにかしてごまかさないと! ってそれよりも何よりもつねられてるとこが超痛いんですけど!? 姉ちゃんヒドくないっっ?


「……ね、姉ちゃん、落ち着いて……痛いっ! ……ほら、あの子、あの子の髪と瞳、それから顔、よーく見て! 見たらたぶん分かるからっ!」

「アイン、あなたにはシャーリーという……何よ? あの子を見ろって? びっくりするほどかわいい子だわ。よくもあんなかわいい子にこ、えを、か、けて……」


 姉ちゃんの指の力が抜けていき、おれは痛みから解放される。


「……あの、子。レオンに、そっくり、だわ」


 そりゃそうだ。双子の妹だからな。


「たぶん、レオンの妹」

「たぶん? どうして、アインはあの子の名前……」

「レオンから聞いたことがあったから」


 姉ちゃんの言葉にかぶせるようにして、押しきろうと思った。


「……あたし、レオンから妹の話を聞いたことないわ」


 そう簡単には押しきれませんでした、はい。予想はしてましたけどね。

 うん。本当はおれも聞いたことなんかないけどな。


「アインよりもずっと長く、レオンとは一緒にいたわ? それでもあたしは聞いてないわ?」

「いや、姉ちゃん。レオンがしゃべりだしてからは、ずっと3人、一緒だったって」

「……そういえば、最初は、レオン、全然しゃべってなかったわね」

「うん。同じ部屋で寝てたけど、あの頃のあいつがおれとしゃべったことなんかない。だから、しゃべるようになったレオンとは、おれも姉ちゃんも、同じだけ一緒にいた」

「でも……」

「いや、たまたまだと思うよ? おれが姉ちゃんをレオンに盗られたみたいな気持ちだったし、そんなこんなでレオンに文句を言ったりした時に、ぼくにも妹がいるって話をレオンが……」

「……レオンも大切だけど、一番はアインだわ。安心して」


 ……なぜか話がずれてしまったのだが、姉ちゃんはごまかされたらしい。ちなみに、おれが姉ちゃんをレオンに盗られたみたいな気持ちになっていたことは事実だが、そのことをレオンに話したことなど皆無である。レオンごときに、姉ちゃん盗られて悔しいみたいなとこ、見せられるかよ? いや、絶対に見せられないな、うん。絶対、無理。そんなんであいつを調子に乗せたりしない!


「……ふふん、レオンに嫉妬してたなんて、アインってば本当に馬鹿だわ」


 なぜか、姉ちゃんの機嫌はよくなったので、それはそれとして……。


 一方……金髪美少女は、レオン、という名前を聞いて、すっと目を細めていた。その反応だけでおれには十分だ。もともと確信してたけどな。この子はリンネだって。


「リンねぇ、こいつらは……」

「リンねえちゃんの、ひみつ、みられた。しまつ、しないと……」


 ……おーい、そこのちびっこたち? 聞こえてるからな?


 そこへ、新たな人物が現れた。


 男の子が二人。おれたちよりはたぶん年下。


「リンねぇ!」

「だいじょーぶか? ムルセは?」


「ダラス! ジェダス! ムルセはたすかった! でも、リンねぇのひみつが、こいつらにみられた!」

「えっ!」

「なんだって!?」


「しまつ、しないと、リンねえちゃんが……」

「つかまっちゃうよ!」

「くそっ……」

「はさみうちだ」


 男の子ふたりが動き出す。


「だめっ!」


 金髪美少女が叫んだけど……。


 男の子は二人とも、それぞれおれと姉ちゃんに木の棒を振りかぶっていた。


 ……木の枝じゃねぇのかよ! うらやましいなっ! ちゃんとした木の棒じゃねぇーか!


 姉ちゃんは、とりあえず振り下ろされた木の棒をかわすだけはかわした。


 おれは、振り下ろされる瞬間に右前に踏み込み、左手の手刀を水平に振るって男の子の左の首を打つ。体術系スキル持ちだからできる、リアル首トンだ。久しぶりに使ったな。メフィスタルニア以来だよ。


 目を白目にして男の子が前へと倒れるけど、別に支えたりはしない。


 そのまま姉ちゃんと目を合わせると、二人の身体を入れ替えた瞬間、姉ちゃんは振り下ろされた木の棒を踏みつけてもう一人の男の子の動きを押さえ、おれは男の子の首に手刀を落した。


「ダラス!」

「ジュダス!」

「ダラにぃたちが、かんたんに……」


 少女二人が男の子の名前を叫んで、さっきまでしりもちついてた男の子が怯えた顔になる。


 なんか、イケないことをしてる気分になってくるんだけどな……。


「悪い! 打ちかかってきたから対処したけど、殺してないから!」

「……でも、打ちかかってくるなら本当は殺される覚悟がいるわ? あなたたちにはその覚悟があったのかしら? 覚悟もなく誰かを殴ろうとして、それが本当は殺されても仕方がないことだというのはちゃんと知りなさい。今度同じことがあれば、次は確実に殺すわ」


「「「ひぃっ」」」


 男の子だけじゃなくて、女の子二人も一気に怯えた表情になる。


 ……姉ちゃん。めちゃくちゃ正しいとは思うけど、この子たち、リンネがスキル持ち、しかも魔法スキル持ちだってこと、隠したかっただけだからな。だからといって、強引な手段をとっていいワケじゃねぇけどさ、確かに。でも、今は黙ってて! お願いだから黙っててほしかった!


「気絶させただけだ。たぶん、怪我もしてない……たぶん」


 たぶん……してない、よな?


「もちろん、この場で殺す気もない。殺す気ならさっき殺してる」


 殺す殺す殺す殺すって、物騒な話になってんな、おい。いや、物騒なことは起きたけどな。姉ちゃんの言う通りなんだよな。本来なら殺されて当然なんだよ、これは。たまたま実力差が大きい相手で、こっちがわざわざ探しにきた孤児院の子どもっぽいから、手加減したってだけで。


「……だから、火魔法で攻撃しようとすんなよ」


 おれと姉ちゃんがまっすぐに金髪美少女、99%以上、中2ぽく言えばリンネ・フォーナインオーバー、つまりほぼ確定でレオンの双子の妹リンネ、を見据える。ていうかおれん中じゃ100パーだけどな。100パーだけども!


 女の子二人と男の子一人は、金髪美少女の後ろに隠れて、そこからこっちをのぞいている。


「……その二人を……かえしてください」


 絞り出すような声で、金髪美少女は言う。


「もちろん、かまわない」


 おれは姉ちゃんの手を引いて、二人で倒れた男の子のところから2歩下がる。


 おれたちが下がった分だけ、金髪美少女は前に出る。


 2歩だと、男の子のところまではたどり着けない。おれと姉ちゃんはさらに下がった。


 ……警戒心、強いな? 誰にこんな慎重さを教わったんだろ? それともさすがはアンネさんの姪っ子ってところか? いや、でも、レオンにはそこまでの感じはなかったよな?


 おれたちが5mくらい離れたところで、金髪美少女たちはようやく倒れた少年にたどり着く。金髪美少女はおれたちの動きに視線を残しながら少年たちの口元に手をあてて呼吸があることを確認し、ちょっとだけ安心したように微笑んだ。


「あの、この子たちが打ちかかっていって、すみませんでした。その、この子たちは、わたしを守ろうとして……」

「わかってるわ。御業の使い手であることを隠したかったんでしょう? だからといって、こんな真似をしていいとは思わないけれど」

「すみません……それと、その……」

「とにかく、ケーニヒストルータの町へ戻りましょう。その子たち、明日まで目を覚まさないわよ? あなたと残ってる小さい子たちじゃ、運べないでしょう? 話は、それからにしましょう。いい? アイン、頼んだわよ」

「あ、おれが運ぶんだ……」

「私に運ばせるつもりだったのかしら?」

「……いいえ。お任せを」


 まあ、スタンさせた責任はおれにもあるし、しょうがないか。おれの体格じゃ、本当は難しいはずなんだけど、ステ値の高さでゴリ押ししたらイケんだろ、たぶん。


 そうしておれは、それぞれの肩に一人ずつ、おれよりはたぶん年下で小さ目の少年をかついで、歩くことになった。っていうか、軽いんだわ、この子たち。やっぱ、アニメん中のおれが大河に釣りに出てたみたいに、ろくに食えてねぇんかもな、あの孤児院じゃ。


 リンネも含めて、子どもたちがすげぇ~って目で見てたのは、ちょっとふふん、とか思ったりしたけどな。したけども! でもなんで姉ちゃんまでちょっとふふんって感じで得意そうなのさ?





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