聖女の伝説(35)



 さて。

 神殿が運営している孤児院までやってきたのはいいが……。


「あなたたちのような、高そうな服を着ている子どもは、受け入れられないのよ」


 シスターさんから入院拒否を告げられた。


 いや、なんていうか、その。

 まあ、おれと姉ちゃんはまだ子どもに見えるというか……。


 孤児だと勘違いなさっていらっしゃいますか。

 そうですか。


「……アラスイエナ・ド・ケーニヒストルと申します。シスターさま。突然の訪問、ご無礼致しました。こちらは護衛のフェルエアイン・ド・レーゲンファイファーです。私、こちらで、子どもたちがどのように生活しているのか、気になっておりましたの。それで、少し見学させて頂こうと、ついここまで来てしまいました。先触れもなく訪問し、申し訳ございません」

「ケーニ……こ、侯爵家の方でございましたか! た、大変ご無礼を!」


 シスターさんは20代くらいか、落ち着いた感じの、包容力のありそうなナチュラルブレストノンプレートなふっくら膨らみが印象的な女性だ。


 ……姉ちゃん名乗っちまった。いや、勘違いを一発で訂正できるっちゃできるんだけど。


「いつも、多大なご寄附をありがとう存じます! あの、今は、子どもたちは、小さい子たちしか院内にはおりませんが、どうぞ、お入りください」


 半開きで応対されていた扉が大きく開かれ、中が見える。入口を入るとすぐは礼拝室のようだ。長机と長椅子がいくつか並び、祭壇に6つの神像がある。神像は肘から手の先くらいまでの高さで、それぞれの古代神殿で見る大きなものとは印象がだいぶ変わる。


 そのうち一柱だけ、やはりパン一でポージングしている姿だった。もちろんそれは地の神だ。ふざけてんだろうか? 残りの五柱は、普通に神さまっぽい服と神さまっぽい立ち姿なのに。


「こちらは礼拝室ですが、食堂も兼ねております。ただ、大したものを食べさせてあげられる訳でもなく、食堂とは名ばかりでございまして……」


 ちらり、ちらり、と姉ちゃんを見ている。


 多大なご寄附、と言っていたので、寄付金をもらえないかな、と思っているのだろうか。


 いや、見た感じ、施設がかなりボロだというのはよくわかるんだけどな。


「こちらの部屋には、小さい子たちが寝ております。ちょうど寝付いたところですので、お静かにお願いしますね」

「……まあ。かわいい子たちだわ」


 そこには乳児から、4、5歳くらいまでの子だろうか。

 確かに小さい子たちが眠っていた。


 タオルとも呼べないような、ボロ布をおなかにかけて。

 すぴー、すぴーと寝息を立てている。


「赤ん坊もいるのですわね。シスターさまが世話をなさっていらっしゃいますか?」

「……隣の区画の、子を産んだばかりの母親に少し助けて頂いております。私では、乳をやることはできませんので」


 ……い、いかん。あのゆったりたぽんたぽんなシスターさんのナチュラルブレストノンプレートなふっくら膨らみをあの赤ちゃんがくわえている聖母像のような姿をくっきりはっきり脳内で思い描いてしまった! なんという破壊力! だめだだめだだめだ! 授乳は神聖なる子育ての正しき姿! 邪な雑念よ消えろ! 消えるのだ! ああ、太陽神さま! 罪深きこの「ディー」の名を持つ者をどうかお許しくださいますよう!


「……あやすだけなら、年かさの女の子たちが上手に世話を焼いてくれます」

「年かさの子……ここではいくつぐらいまで、預かるのでしょう?」

「12歳か13歳くらいで見習いとして働きはじめて、そこで認めてもらえれば院を出て暮らすようになります。神殿に残る者もおりますが、神官にはなれず、雑用ばかりさせられるので……」


 言葉を濁すシスター。きっと劣悪な労働環境なんだろう。

 こっちとしては、ターゲット年齢がいるとわかっただけでも収穫はあった。


 それにしても、孤児たちの相互扶助か。


 そういや、まるで宝物のようなふっくら膨らみを持つシスターさん以外、大人の人が誰もいないような気が……?


「今は、年かさの子たちはいないということは、どこかに見習いで?」

「最近、なかなか見習いとして引き受けてもらえなくなりまして、今は何か食べられる物を探しに森へ行っております」

「森へ? 門の出入りはお金がかかるはずですわ」

「いえ、神殿の御印で、孤児院の者とわかれば門番はそのまま通してくださるのです」

「あら、そうでしたか。勉強不足でしたわ」


 ……見習いが引き受けてもらえないって、まさか、な。侯爵とガイウスさんの対立のせいじゃ、ねぇよな? いやでも、最近って言ったし、あり得るのか?


「どこかの貴族家に、使用人として引き抜いていくことは可能ですわね?」

「はあ、それは、なんと申しますか……ここの子どもたちは、行儀見習いができている訳ではございませんので、かなり粗野なところもございまして、そういう受け入れは私も覚えがないのでなんとも……」

「あら……」


 姉ちゃんがちらりとおれを見る。


 その顔は、アイン、これは無理でしょう? と言っていた。


 おれは小さく首を振り、まだあきらめない、と返答する。


「……シスターさまを通せば、子どもたちを使用人見習いとしてお預かりすることはできまして?」

「はい、それは可能でございます」


 よし。

 だけど、そのための、適齢の子どもたちが、ここには今、いないんだよなあ。


 それから、男の子かなりとっちらかった部屋と、女の子のおんぼろだけど片付けられた部屋を見て、見学は終了。


「あの、お嬢さま、その……」


 最初の礼拝室兼食堂にて、シスターさんが口ごもる。

 内容を察した姉ちゃんがおれに目配せする。


「……これは、孤児院に祀られている大神の皆々さまへの祈りでございます。どうか、お納め願います」


 おれは銀貨が10枚入った小さな袋をシスターさんに手渡した。


 受け取ったシスターさんが目を閉じ、一礼する。柔らかすぎて装甲の役目を果たせそうにないシスターさんのナチュラルブレストノンプレートがたゆんと揺れる。


 ……「ディー」の視線はどうしてもそこにイっちまうよっ!


「ありがとう存じます。お嬢さま、どうか侯爵様にも、何卒、この孤児院のことをよろしくお伝え願えたら……侯爵さまからのご寄附がなければ、ここは、その……」

「……もしかすると、神殿からの援助は、ございませんの?」

「申し上げにくいことなのですが、そうなのです」

「なんてこと……必ずお養父上には孤児院のことを伝えますわ」

「はい! ありがとう存じます!」






「なんだか、大変そうだったわ」

「ああ、そんな感じだった」


 お金の面はもちろん、それだけでなく、孤児たちの就職先までいろいろと大変そうだったし。


「たぶん、あのシスターが一人で世話をしてるわ」

「そうなの?」

「他の大人の気配はなかったもの」

「そういや、誰もいなかったよな」


 言われてみれば、あのたゆんたゆんシスター以外は、小さい子が休んでただけだ。


「それで、どうするの、アイン?」

「ん? もちろん、森へ行ってみようと思う。行くだろ、姉ちゃん?」

「……わかってるわ」


 そうしておれたちは、今日入ったばかりの門で、通行料を支払って再び外へ出た。


 いやもう、ケーニヒストルータって、通行料だけでかなりもうかるよな? 侯爵って領地経営に苦労しないんじゃね? ていうか、信長ってよく、こんな自動集金システム、廃止したよな? 楽市楽座って、そういうことだろ?






 門を出るのは、門を入るよりも早く動けた。やっぱり入ってくる人はその分しっかりチェックするんだろうな。


 南門を出て、30分もかからず、森へとたどり着く。


 街道からは外れているので、ちらほらツノうさがいるけど、ノンアクティブだからスルーできる。


 孤児の子たちが別にスキルとか持ってなくても、スルーできるんだから、確かに森へ入ることも可能なんだろう。もちろん、注意深く、タゲ取りしないように行動しなきゃダメだけどな。


 そんで、森で孤児院の子たちを探してみる。


 これがもう、モンスターを探す何倍も難しい。

 だって、モンスターはタッパの表示でそのへんにいるってことだけはすぐにわかるからな。


 もちろんこのあたりの森の中のモンスター程度で、特に何も気負うようなことはない。まったく問題なしのもーまんたい。


 でも、森の中で子どもたちを探しても探しても、見つかりそうもない。

 森に来るまでは早かったが、森に入ってからは時間がかかっている。


 ……これは、孤児院で待つべきだったかも。


 そんなことを考えながら、森の中を歩いていると……。


「リンねえちゃん!」

「リンねぇ! ムルセが!」


 子どもの声が聞こえてきた。

 それも、結構、慌てた感じで。緊急事態か?


「……大丈夫なの、今の?」

「どうだろ?」

「うん。行くわ」

「あ、姉ちゃん!」


 走り出す姉ちゃん。

 おれも追走する。もちろん追いつけるけど、姉ちゃん、マジで早くなった!


「声は、あっち?」

「あ、いや……」


 あ、モンスターがらみのトラブルなら、タッパの表示で……。

 ちらりと見るといつの間にか赤い表示色に変化している。


「近いよ、姉ちゃん」

「あ、アイン、弓を……」


 ……おっと、そうだった。


 ストレージから『虹の弓』を取り出した時にツノうさが見えた。そして、弓を姉ちゃんに渡そうとした瞬間……。


『ヒエンガ』


 男の子が襲われる直前。

 火がツノうさを包んで、消し去った。


「アイン?」

「今の、おれじゃ、ない!」


 魔法スキルを使ったことに対する批難の声で姉ちゃんがおれの名を呼んだので、手短に無罪を主張する。


「誰っ!?」


 ……それは、女の子の声。


 そこにはしりもちをついて、危機一髪だった男の子が一人。


 火の神系単体型攻撃魔法初級スキル・ヒエンガで消えたツノうさと。


 おれと、姉ちゃんと。






 そして。

 年下の女の子を二人従えた……。

 見事な、金髪と、碧眼の、超絶ヒロイン系ウルトラ美少女……。


 木馬の中でいぶし銀の軍人に戦いの中で戦いを忘れさせてしまうかの金髪美女も幼少期にはここまでの美少女ではなかったのでは……というくらいのスーパー美少女……。


「……リ、ンネ……?」


 おれはそうつぶやいて、ごくり、と唾を飲みこんだ。その音がやけに大きく聞こえた気がした。


 ……間違いない。間違えようがない。絶対に見間違いではない。リンネだ。リンネがいる。どこからどう見てもリンネだ。アンネさんにそっくりだ。そっくりだろうとは思ってたけど。


 ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』でキャラクター人気投票女性キャラ部門1位の不動のヒロイン、世界を救う勇者パーティーのヒーラー。奇跡の『光の聖女』にして、『勇者』レオンの双子の妹、リンネ……。


 そういやケーニヒストルータでレオンと再会するってストーリーがあった。確かにそうだった。だから、ここにいても、おかしくはない……のか?


 いや、違う。

 違う違う、そうじゃねぇ、そうじゃねぇーだろっ!


 そこじゃない!

 突っ込むところはそんなところじゃねぇんだよっ!






 ……なんでリンネが火の神系魔法スキルを使っちゃってんの!?





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