アインの伝説(28)



 夜中に目覚めた姉ちゃんとリンネは、ベッドの横にいたおれを見て、すぐに状況を把握したらしい。


「アインが転移で、ここに……?」

「うん」


「勝った、の?」

「負けたよ、姉ちゃん」


「……負けたのに、生きてるなんておかしいわ」

「見逃してくれたんだよ、姉ちゃん」

「……」


 一度、見逃されたことがある姉ちゃんはそこで黙った。


「………………アイン義兄さんは……嘘つく時の顔してる~……」


 ……マジか。そういや、王都の宿屋のフロントで捕まった後も、そんなこと言ってたっけな。やべぇ。これは、姉ちゃんもわかってるってことか。でも、姉ちゃん、これ以上は言えねぇみたいだな? なんでだ?


「アイン義兄さん~、あの人は~、たくさん殺すよ~? あの人を止めないとたくさん死んじゃうよ~」


「……リンネ。おれは、姉ちゃんやリンネ、レオンとか、リアさんとか、レーナたちとか、フェルエラ村のみんなとか、身近な人が守れたら、本当に、それでいいんだ。よく知らない王都の人とか、もっと知らないどこかの国の人とか、そんなとこまで、手は出せないよ」


「う、で、でも……あの宿の、部屋付きのメイドさんとか~、支配人さんとか~、もう、知らない人じゃないと思うんだ~。あの人たちだって、死んじゃうかもしれないんだよ~」


「……そう、だな。リンネは、そう考えるんだよな。おれはさ、主人公じゃねぇし、脇役だし、この世界での出番なんて本当に隅っこにちょっとだけあるようなモンなんだよ。だから、自分の手に余るモンまで、守る力なんか、ねぇんだよな」


「そ、そんなことないもん~、アイン義兄さんはすごいんだから~。アイン義兄さんが一番強いんだから~」


「……リンネ、もうやめなさい。アインを責めないで」

「責めてないよ~……」


「そうね。責めるつもりなんかないわよね。ごめんなさい、リンネ」

「うう~……」


 リンネが声を殺して泣き出した。感情的にわんわん泣くようなタイプに見えるところがあるけど、リンネは実は感情を抑え込む方なんだろうか。


「……アイン、あいつは、『拳聖』で、19歳だったわ。小川の村の時は、あれでまだ洗礼前だったんだわ。どんな人生経験を積んだらあんな感じになるのかしら。ああ、それと、レベルは45よ。ちゃんと見えたわ。見えたのよ。あたしより強い者なら見えない、そう言ったわよね?」


「ああ、言ったね。確かにそういう言い方をしたかも。正しくは、姉ちゃんよりレベルが上の者や、同じぐらいの者は見えない、だけどな」

「レベルが? 強さじゃなくて?」


「レベルは強さを示してはいるけど、レベルだけで勝敗が決まるってこともないだろ。ちょっとくらいのレベル差なら、低い方が訓練で1本とることだってあるんだし。そもそも種族が違うとレベルに関係なく差が出てくるし、ジョブによっても違う。聖女と聖騎士で回復魔法の効果が違うみたいに。古き神々の神殿の向こうの、竜の庭で戦うドラゴンはレベル40から50ぐらいだけど、どれも強いよな? でも勝つのはおれたちだろ?」


「それを言うなら、アイツにだって勝てるってことじゃない。魔族は、ドラゴンみたいに、魔族だから強いって、こと?」


「魔族にもいろいろいるから、うまく言えないかな。メフィスタルニアの魔族は倒せただろ」


「ああ、あの真っ白な服の……じゃあ、アイツが特別に強い?」

「それは間違いない」


 魔王軍の3強の一角だからな。

 あの異常なすばやさとか、パワーとか、物理戦闘のみなら、魔王よりも強いとは思う。あと、あの理不尽攻撃。あり得ねぇ。

 どっちかつーと戦うのなら魔王のんがはるかに楽だ。いや、楽というか、魔王との勝負はめっちゃ作業的なアレだしな。長丁場でさ……。


 ただし、ビエンナーレの場合、アレの使用後は極端に弱体化するってこともわかったから、単純にビエンナーレを仕留めるだけなら、2パーティー戦で、ひとつのパーティーで追い詰めてあの理不尽技を使わせてから、次のパーティーが突入して仕留めて、最初のパーティーを救出すればいい。

 最初のパーティーがビエンナーレを追い詰める力さえあれば、あとのパーティーはそこまで強さが必要にならないし。


 わかってしまえば、なんとでもなる。実際、ビエンナーレのお姉さんはそうやって暗殺されたって話だったしな。


 ゲームと違うからこそ、やり方はいろいろあるんだよな。


 そもそも、今度おれとビエンナーレがやり合うことがあったら、ビエンナーレはあの理不尽技を使えないんじゃないか? だって耐え抜かれたら確殺じゃん?


「……もういいわ。アインが勝ったのか負けたのか、それはどっちだったとしても、あたしは負けたわ。悔しいけど。……もう夜中なのね。おなかが空いたわ。でも、メイドの子たちを起こすのも気が引けるから、アイン、何か用意してくれる? リンネの分も」


「わかったよ、姉ちゃん」


 そうして、おれは姉ちゃんやリンネが好きそうな食べ物をストレージから取り出したのだった。






 翌朝、姉ちゃんのリタフルで聖都へ飛んで、リエルに頼んでおいた馬車で学園に行く。姉ちゃんはそのまま馬車で聖都の屋敷へ帰ったけど、おれはリンネと二人で教室へと向かう。


「えへへ~、アイン義兄さんと二人で並んで登校だ~」


 昨日の夜、あ、いや、今日の夜中? どっちだ? まあとにかく、あれだけ泣いてたのが嘘みたいににこにこしてるよな、リンネのやつ。


 さりげなく、おれの肘のあたりをそっとつまんで、おれはそんなリンネにペースを合わせて歩く。


「ふふふふ~ん。アイン義兄さんは~、リアさんやレーナたちからいっぱいにらまれるといいんだ~」

「はぁ? なんだ、それ?」


 そう言ってリンネの顔を見ようとした瞬間……殺気!? どこから? 教室の窓か!?


 教室の窓にはリアさんやレーナたちが鈴なりになって、こっちをめちゃくちゃにらんでいた。


 マジか!? なんでリンネはそんなことが予測できる?

 いや、この休日はみんなを置いてトリコロニアナの王都まで勝手に行っちゃったワケだし、そりゃ、怒ってるのか? 怒られるのか?

 あれ? おれって領主だよな? リアさんはともかく、なんで使用人のはずのレーナたちまでおれをにらんでくるのさ?

 誰か、オラに領主の威厳を分けてくれぇ~!


 ちょっと怖気づいておれが足を止めると、軽くつんのめったリンネがおれの腕にぎゅっと抱き着くような形になった。


 ……ますますにらみがキツくなったんですけど? なんでおれがこんな目に? レオンはいっつも女の子に囲まれて楽しそうなのによ~っっ!


 クラス替え! これはクラス替えが必要だろ!? 学園で身分上最上位のおれがにらまれていじめられてるって、誰にも止めらんないだろ? 誰か助けて~!


 あの教室が怖くて行きたくねぇ~~~!


 魔族なんかより教室の方が怖いって、コレ、学校の怪談……?





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