アインの伝説(29)



 オッス! おれはアイン!


 16歳になりました、と。


 新年を迎えて青の新月。

 学園生活もあと2か月となった。


 ……ん? リンネと二人で登校した後、どうなったんだって?


 いや、それはもうやめてあげて……。


 あの日、今日の放課後の学園ダンジョンの予定を中止にするってレーナが宣言して、学園の帰りにパンケーキ屋にみんなを連れて行けって命令? あ、いや、お願いされて……どう考えても命令されたような気しかしないけどさ……それでリアさんもレーナたちも、黙ったままもぐもぐパンケーキ食うんだよな?

 あ、いや、シトレは相変わらず黙ったまんまが平常運転だけどな?

 しかもみんな無言でおかわりを視線だけで要求してんの。もう意味わかんねぇし、怖いし……。


 あれから、なんでか、おれの朝の登校だけ、みんなより少し遅らせるように命令……あ、いや、お願いされてさ、そんで、誰か一人だけ、交代でおれと同じ馬車に乗るって、そんな感じになってて。


 そんで、毎朝! 毎朝だぞ? 学園のある日は!? 毎朝、教室の窓からみんなににらまれるんだよ? これなんてイジメ? 聞いたことねぇしっ?

 二人で登校する時は、リアさんは相変わらずがっつり腕を組んでくるし、レーナとかも割と遠慮なくそんな感じで、シトレとか馬車から教室までおれの袖をつまんで歩くけど、マジで一言も会話がねぇの……でも微笑んでてさ、なんか怖いよ、これ何の罰ゲだよもう……。


 うう、学園生活が辛い……もうちょっと、チョップじゃストレス発散できねぇ。爆発しろレオン、マジで……イゼンさんほどとは言わねぇけど、あれほどのよいしょはいらねぇけど、頼むから、地球のみんなオラに領主の威厳を分けてくれぃ……。






 そんな学園生活に臨時講師のお知らせが。


 河南のエイルラード国から訪れた『賢者』ギメス師が歴史学の臨時講師を務めてくださるというサプライズが。


 教室がざわついていたし、今月の歴史学を選択してなかった学生は、ものすご~く残念そうにしている。


 あ、ケーニヒストルグループの学生はおれたちと同じように、全講義受講の方針なので、特に問題はない。

 いや、問題といえば歴女の眼鏡女子が興奮しすぎて文官三男坊に抱き着いちゃって、文官三男坊が目を回したことくらいか。

 うんうん、そういう平和な感じのラブコメはどうぞご自由に。

 ん? レオンのハーレム教室? あれは許さん! たぶんレオンと同じクラスの男子たちもみんなそう思ってるに違いない! 知らんけど。


 それにしても『賢者』ギメス、かぁ。


 ゲームやアニメでの基本的なレオンの勇者パーティーの一人。


 若々しいあのパーティーを支えて成長させるイケオジなんだよな。そんで『賢者』とか、天は2物も3物も与え過ぎだろ、ぜってー。世の中ぁ、不公平だよなぁー。


 レオンの卒業間近でこんな風に関わってくるとは。ゲームでもアニメでもなかった展開だ。まぁ、それでも関わらなくなるよりははるかにいいけどさ。


 まぁ、結局『光の聖女』になったリンネはともかく、マーズは『重装騎士』じゃなくて『聖騎士』になった上、姉ちゃんが王子位を奪って消し去っちゃったし、『賢者』さまが残ってても、ある意味では勇者パーティーは崩壊した状態で、しかもレオンの洗礼では神託でのワールドクエスト『世界を救え。魔王を倒せ』が発生してねぇという混沌とした状態だったりして……。


 まさか『魔王が復活してないんだよねー』とか、そんなことないよな? 魔物の活性化は起きてるし、魔王が力を持ってないとそれはないと思うし。


 おれに降りかかった神託は、表向きは聞こえてないってことで拒絶してるけど、裏では着実にクリアを目指してるし、ワールドクエスト自体はそんなに問題じゃねぇのか?


 ゲームでもアニメでもほとんど描かれてなかった、魔族の内部事情も、なんとなく見えてきたし、ああいうの小説版をマジ読みしてれば、もっと知ってたはずなんだよな。


「それでは、残り時間は質問にうつろうか。何か、あるかね?」


 階段状教室の一番低いところの中央に立つ、『賢者』ギメス氏。


 そして、学生の視線はおれに集中してくる。


 ……これ、アレか? おれが最初に動かないと、みんなが動けないっていう、マジ身分制社会のリアルカースト? マジ面倒臭ぇな、ホンっとによ。


 いやでも、『賢者』さまなんぞに、なんか聞くようなことって、あったっけ?


 あ、そういや……。


「昔、知り合いがよく、『神々の啓示』もしくは『神の啓示』という言葉をよく使っていたんです。でも、その人以外からは、ほとんど聞かないので、どういう言葉なのでしょうか?」


「……ふむ。おもしろい質問だ。大神殿の設けた学園で出てくる質問としてはなかなか毒が効いているね」


 ……え? どういうこと?


「その言葉、『神々の啓示』というのは、神殿での伝承には出てこない言葉だね。

 神殿では『神託』という言葉がよく出るのだが、『神々の啓示』は商人たちに伝わる、『ギルドマスター』バッケングラーディアスの口伝、と呼ばれるものに数回出てくる。

 口伝とはいっても、今では書き残されているから、商人に知り合いがいるのなら、読むことも可能だろうね。

 口伝が書き残されるまでの期間がそれなりに長かっただろうから、書き残されたものが本当にバッケングラーディアスが言ったとは限らないということも頭において読むべきだろうがね。

 『神々の啓示』というのは、勇者シオンが神々から個人的に与えられた『神託』のようなものではないかと考えられる。

 大神殿はこれを否定しているので、この学園でこんな話ができるとは、おもしろいことだ。

 いわく、『神々の啓示を受けた勇者シオンは、みなに北へ向かうと宣言した』などというようなところがいくつかあるのだよ。

 これも『宣言した』と書き残されているものもあれば『言った』と書き残されているものもある。まあ、それぐらいは些細な違いだが、中には…………」


 ……賢者、話、なげぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!


 割愛させて頂きます。

 あ、でも『ギルドマスター』って? バッケングラーディアスって、とんでもねぇ剣を作っちゃうような『鍛冶師』なんじゃねぇーの?

 いや、『ギルドマスター』のジョブは生産系全部と物理ひとつがジョブスキルだから当然鍛冶神系も使えるんだけどさ。大は小を兼ねるっていうか。


「…………そんなところだ。続いて質問はあるかね?」


 今度は、みんなの視線がリアさんへと集中する。またしてもリアルカースト現象発生。


「……ワスリー嬢、あなたがこの学園ではもっとも歴史学がお得意ですの。みなさまのためにも、あなたが質問なさるのがよろしいと思いますの」


 ……そ、それが正解のリーダームーブ? そうか? そうなのか?

 リアさんとおれの、マジ本物との差を感じさせられる快心の一撃だだだだっ!

 こ、心が痛ぇ。こうやって、トップに立つ者は譲るべき相手に譲るんだなぁ、本当は。そっかぁ、リアさんすげぇなぁ。


 あ、ワスリー嬢ってのはケーニヒストルグループの眼鏡歴女です、ハイ。レーナが以前、試験の上位者になんちゃらってやった時の歴史学の1位の女子学生でっす。


「あ、ありがとう存じます、ヴィクトリアさま。と、とても、嬉しいです。

 あ、あの、あの、それでは『賢者』さま、せっかくですので、この場限りのこととして、お聞きしたいのですが、勇者シオンの仲間たちについて、彼らが人間ではなかったのではないかという俗説に関する『賢者』さまの見解を教えて頂きたく存じます」


「フフ……これもまた、大神殿が運営する学園でなされる質問としては攻撃的で刺激的だね。

 その俗説自体を知っている者すらほとんどいないという貴重な質問だよ、うむ。

 だが、本来、学問とはこのように徹底的に検証していくべきものなのだよ。

 この件については…………」


 ……あー、すんげぇーーー長いんで、割愛させて。ごめんなさい。ワスリー嬢が目ぇうるうるさせて賢者さまの話に聞き入っていたけどな。けども。


「……では、以上で私の講義は終わらせて頂く。ご清聴、感謝する」


 『賢者』ギメス師がそう最後のあいさつをした瞬間。


「アインさま……」


 リアさんが小さくおれの名前を呼んでくれたので、あまりの長話にうっかり忘れてしまっていた学生代表のあいさつがあることを思い出すことができた。


 おれはできるだけ静かに立ち上がると、『賢者』ギメスを見つめた。


「偉大なる賢者ギメス師に貴重な時間を割いて頂き、我々学生が将来どのような道を歩むとしても、それぞれの道を照らす知の泉を分け、授けて下さったことに最大の感謝を。みな、ギメス師に盛大な拍手を」


 おれがそう言って拍手をすると、リアさんがそれに続き、次々と学生が立ち上がって拍手していく。

 スタンディングオベーション状態だ。

 でも、君たち、けっこー眠そうな感じだったよね? 本当はそうだろ? そうだよな? 歴女は興奮しすぎて倒れそうだったけどな? けども!

 それ見てあわあわしてた文官三男坊が見てられなかったけどな? でもそこを見てしまうんだけどな? 見てしまうんだけども!

 あそこのラブコメのんがおもしれぇんだモン!


 教室を出る前に、『賢者』ギメス師は学生代表のおれのところにやってきて、握手をかわすことに。


「……君がアインくんだね? レーゲンファイファー子爵? あとで、私と話す時間を作ってもらえると嬉しいのだがね?」


 ……なんでか長話が好きなイケオジにロックオンされちゃってんですけど?


 えええええええええっっ?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る