アインの伝説(10)



 白の半月を迎えて、おれたちは学園に入学する。


 今年もシルバーダンディはこれまでなら学園に行かせなかった天職の者まで支援して学園に送り込んでいる。さすがは世界第二位のお金持ち貴族。無駄金がたくさんあるみたいで良かったですね。一位はおれらしいけどな。


 河南の国々はどこもそんな感じだ。河北はトリコロニアナ王国が最低限で、その他の国々は例年より少し多め、というところらしい。

 トリコロニアナ王国は去年、聖騎士となった第三王子をまんまと大神殿に奪われたので、人数の少なさは抗議の意味も込められているらしい。

 勇者レオンへの手出しはあきらめたみたいでハラグロ商会の会頭デプレさんもトリコロニアナは余計な真似をしないだろうと言っていた。何やったんだあの人たちは?


 その結果として、今年のクラスは去年よりもさらに増えての3クラス体制。


 さぞ学園はもうかったことだろうと思う。


 おれとリンネとレオンのクラスは分けられていた。教皇の嫌がらせかな? どうだろ? ま、嫌がらせというよりは、勇者レオン狙いだな、これは。


 レオンだけ、ぼっち体制だ。

 クラスにフェルエラ村関係者やケーニヒストル侯爵領関係者がいない。

 その上で聖騎士見習いの数が一番多い。

 ま、そりゃ、そうなるわな。

 ケーニヒストル侯爵領関係者を二つに分けてふたつのクラスに放り込んだら、残りのクラスに全体数が多い聖騎士見習いが集中するのは仕方がないことだろう。

 ただし、それが女聖騎士見習いの比率が高いという点については遺憾にございまする。レオンにハーレム作らせるつもりか? そうなのか? そうなんだな、教皇!?


 レオンだけ養子縁組での貴族籍を持たせてないこともこの体制につながってんだろうな。


 アンネさんも含めてみんなで説得したけどレオンが嫌がったんだよな。

 木の枝でしばき倒して説得したけど15歳にもなって泣きながら嫌がったし。どんだけ貴族が嫌いなんだよ?


 おれのクラスには侯爵令嬢のヴィクトリアさんがいる。これを外すとシルバーダンディが大神殿にマジ切れするから大神殿もそこは配慮したらしい。

 クラス内の家格でいえば侯爵家のヴィクトリアさんが1番と言いたいところだけど、子爵家とはいえ当主のおれの方が現時点では上、ということになるらしい。


 シルバーダンディはフェルエラ村メンバーを含むケーニヒストルグループでひとクラスにできる人数を学園に送り込んだのだが、教皇はそれではあまりに偏り過ぎて学園の目的のひとつである交流が果たせないというタテマエの下で大きく二つに分けられた。

 その上で3つ目のクラスにレオンを孤立させたのは意図的であるとしか言えないよな、これ。


 ヴィクトリアさんは去年の姉ちゃんと同じく護衛や侍女が帯同してもよいと許可が出ているし、おれも同じクラスだから取り込まれるようなことはない。

 そもそもヴィクトリアさんは貴族的な部分ではメフィスタルニアの一件以降、おじいちゃん執事に師事して鍛えられているので、そうそう隙はない。はず。たぶん。

 でもなんでかおれには肉まん押し付けたりするけど、あれ、ひょっとしておじいちゃん執事の差し金なの?


 子爵令嬢のリンネには護衛は認められなかった。

 でもリンネのクラスにはその半数近くケーニヒストル侯爵領関係者が集まっているし、フェルエラ村の戦闘メイド部隊のレーナやシトレもクラスメイトなので実際は護衛がいるのと同じだ。

 レベル的にはレーナたちよりも上げておいたから、リンネがどうこうされるってこともあんまし考えにくい。


 その点、レオンは学園入学までにレベル26まではなんとかできたけど、まだレーナたちにはあっさりとやられる。

 大神殿の聖騎士ぐらいなら問題はないけどな、それでも。でも、ひとりぼっちはさみしかろうと……。


 そんな初日。


 うん、わかった。

 レオンはさみしくなんかないよ、うん。ないない。ないね。ないわー。これはないわー。


 講義選択を終えて他のクラスを待っていたら、教室から出てくるレオンにクラスメイトの女の子たちがまとわりついてるまとわりついてる。次から次へと女の子が後ろについて出てくるんでガスよ、ちくせう。金髪碧眼イケメン氏ねぃ……。


 ナチュラルボーンハーレム男なのか? それとも色々な思惑が入り混じった女の子たちが野獣のように群がるハーレムなのか? どっちだっていいけどなんであいつはあんなにモテてんだよっ!? そんで、なんでおれはモテねぇんだよ!? あれか? 主人公とわき役の違いってヤツか!? 結局そういうことなのか? 「ディー」ってやっぱそういう扱いなワケ? おれも女の子に囲まれてみてぇっ! そう願って何が悪いってんだ!


「あいつ、どんだけモテてんだ……」

「ん~? お兄ちゃんがモテてる~? あ~、確かにそうだね~」

「……リンネ、レオンのヤツ、こっちに引っ張ってきてくれよ」

「あはは~、任せて~」


 リンネはにこにこと笑って女子生徒に囲まれている勇者さまを迎えに行く。


 リンネが女子生徒に囲まれているレオンに向かって、お兄ちゃん、と声をかけると、一斉に女子生徒がリンネを振り返った。まるで事前に練習していたかのように同時に。ある意味で笑える。


 振り返った先には勇者にそっくりな顔の女の子が立っているのだ。双子だしな。またしても女子生徒たちはまるで事前に打ち合わせでもしていたかのように目を見開いて驚愕の表情になり、一度レオンを振り返り、そしてもう一度リンネを振り返る。


 徹底的に練習した演劇の演出のような動きになっていた。


 そのままリンネは進み出て、レオンの腕を取ると、引っ張ってこっちに連れてきた。呆然とその場に置き去りにされる女子生徒たち。


 ざまみろ、レオン。おまえはその美少女妹を見て尻込みする女たちに、あの子が妹だなんてきっと理想が高いに違いない、あんな子にあたしじゃ敵うワケないわ、絶対に無理だもの、とか思われていつの間にかフラれてしまえばいいのだ、わははははははっ! どうだおれ様のこの効果的なモテ防止大作戦は! ばっちりじゃね?


「あー、待たせてごめん、しし……ア、アイン。教室からなかなか出られなくて」

「何してたんだ?」

「いや、クラスの女の子たちが、入学パーティーのエスコートをしてほしいって、次から次へと言ってきて囲まれちゃって……」


 ……なんでこいつはそういう風に囲まれてんのにおれは! おれは全然囲まれたりしないんだよ!? おれだって現役で子爵家の当主、そんで『竜殺し』だからな! なかなかの物件じゃないかと自分では思うんだよ? 思うんだけどな? なんでおれは囲んでもらえねぇんだよーーーっっ!


「……レオンはリンネをエスコートすることになってるから全部断れ。以上!」


 おれも囲まれてぇっっ! 女の子に囲んでもらいたい! 神々の寵愛よりも女の子からのキャーキャー言われる人気がほしかったよーーーーーっっっ!






 そんなこんなで入学記念パーティー。


 おれはヴィクトリアさんを、レオンはリンネをエスコートして、ケーニヒストル侯爵領関係者は今年も男女比を合わせてきたので必ずエスコート相手がいる状態で会場へ入る。


 このエスコートでも隙を見せればよそから食い込もうとしてくるみたいなのでありがたい配慮だ。


 そんでパーティー。


 おれはヴィクトリアさんと踊って、レオンはリンネと踊って、その後はパートナーチェンジをして、おれがリンネ、レオンがヴィクトリアさんと踊った。これもシルバーダンディからの入れ知恵で、勇者はウチの関係者ですよアピールだ。


 そこからは基本、ヴィクトリアさんがおれの腕をとって一緒に行動してんだけど、レーナとか、ゼナとか、シトレとか、エイカとか、ローラとか、ウチの子たちがせっかく練習してきたのでダンスをお願いしますと言ってきて一回ずつ踊った。ウチの子たち以外はだぁーーーーれもおれになんて声をかけてくれないんだけどな、くれないんだけども。


 レオンは次から次へとダンスの申し込みを受け続けている。だから自然とリンネはおれのそばにいるようになって、ヴィクトリアさんと二人でおれの両サイドにポジショニングして両手に花状態っていうか両手に聖女がキープされているんだけどもね。


 でも、パーティーの間は、主導権はヴィクトリアさんにあるようで、ヴィクトリアさんがおれをさりげなく誘導して、色んな子たちに話しかけていく。

 とりあえず、今年はおれも護衛じゃなくて学生だしな。ヴィクトリアさんに紹介されて、ケーニヒストル侯爵領グループの子たちと次々にあいさつを交わす。

 話す中でダンスを、と言い出す女の子も少しだけいたけど、それはヴィクトリアさんがまだお話ししたい方がいますの、とか言っておれがオッケーする前に弾いちゃうんだよな……。


 ケーニヒストル侯爵領グループとの面通しが終わると、レーナたちがまるで前衛みたいにおれたちの前を守ってくれて、ちょっとメシを食うチャンスがもらえた。


 レオンを見ると、いったい何人目だろうかっていう女の子とのダンスを続けている。

 フェルエラ村の屋敷で練習はしたけど、あいつ、ダンスレッスンは剣の修行の100分の1くらいしかやる気がなかったからあんましうまくは踊れねぇんだよ。

 かろうじて足は踏みません、みたいなレベル。それでもダンスの相手が途切れないというイケメン氏ねぃ……。


「……レオンのヤツ、モテモテだな、マジで。なーんでおれには誰も言い寄ってこねぇんだろ?」


 誰に言うともなく、ぼやくようにおれはつぶやいた。


「アイン義兄さん? 何言ってるのかな~?」

「ん?」


「あのね~、今年の入学生で言えば~、アイン義兄さんは~、去年のトリコロニアナの王子さまとか~、イエナ義姉さんとかと~、同じ立場なんだよ~?」

「? それが、何を?」


「リンネさん、そのことは私が全てフォローいたしますの」


「リアさん……いいんだけどね~。実際、このパーティーの間ずっとリアさんがフォローしてるもんね~」


 ……あれ? おれ、ヴィクトリアさんに連れ回されてるんじゃなくてフォローされてんの? ていうか、この二人、前から思ってたけど、けっこー仲いいんだよな、なんでだか?


「フォローって、ヴィクトリアさま?」

「アインさまはお気になさらずに。私にお任せくださればよいのです」

「そうそう~、それでいいんだよ~、アイン義兄さんは~。虫よけだしね~」


 いや、虫よけだってことは十分に理解してるよ? そりゃわかってんだけどな? わかってんだけども?


 そこからはまあ虫よけ役に徹して、レオンのモテモテ1000%を横目にパーティーを過ごして、レーナを中心とする明日からのケーニヒストル侯爵領グループでの学園ダンジョンアタックについて了承して学生たちが喜んだり、月末の試験後には聖都のパンケーキ屋にケーニヒストル侯爵領グループで食べに行くことが決まったりと、学生間の社交が進展していく。


「……あれだけリアさんが隣で威圧してるんだもんね~、侯爵令嬢だもんね~、女の子たちがアイン義兄さんに近づけるはずないよね~。本当はお兄ちゃん以上に狙ってる子は多いと思うんだけどね~、そんな子たちも含めて声をかけやすい平民のお兄ちゃんの方に全部流れちゃうよね~。リアさんの虫よけのつもりみたいだけど~、本当は逆なんだけどね~、アイン義兄さんは全然気づいてないよね~。相変わらず鈍いよね~」


 おれから顔を反らしてブツブツブツブツとつぶやいたリンネのとっても小さな声は、パーティーの喧騒にまぎれて、おれの耳には届かなかったのだった。






 パーティーを終えて、屋敷に帰ってから姉ちゃんと話して、重大な事実を思い出す。


「……リアがフォローしてくれて良かったわね。あのね、アイン、学生で一番立場が上のアインには、他の学生は面識もなく話しかけられないわ? だからリアがケーニヒストル侯爵領の子たちを紹介して、顔つなぎをやってくれたの。本当はアインから話しかけてみんなをまとめないとダメなの? わかった? アインってば本当に馬鹿よね」


 ……ガーーーン! そういやそうだったっけ!? 下位の者は上位の者に声をかけられるまでは話ができない……基本的なマナーじゃん!? ていうか上位者の自覚、全然なかったわー。いやマジで前世含めて庶民だしなー。ないわー、そんな自覚ないわー。

 ヴィクトリアさんがフォローしてくれて助かったわー。めっちゃ助かってたわー。でも、おれに声かけてくる女の子がレオンみてぇにたくさんいない理由はこれで理解した。うん、納得。そうだったよ、そうなんだよ、身分制度のせいなんだよ、うん。


 あ、てことは、ヴィクトリアさんが顔つなぎしてくれた後はフツーに話しかけてもらえるはずなんだから、やっぱおれってモテねぇのか!? やっぱこれも「ディー」の呪いか!? 運命か!?


 ちくせう! レオン氏ねいっっ! 爆発しやがれっ!





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