聖女の伝説(75)
王都トリコロールズ滞在、最終日。
今日は、姉ちゃんのリタフルでアトレーの神殿に転移してドラゴン狩って、農業神ダンジョンで食材調達をしてみんなにお土産用意してから、おれのリタフルで聖都に戻る、という予定。
でもまあ、その前に……。
「クレープ、食べるわよ」
だそうです……。
というワケで、午前中には高級ホテルを出て、クレープ屋へ。
昨日までの馬車移動な感じではなく、徒歩で、ちょっと手をつないで。
最近、いっつも周りに誰かがいて、姉ちゃんと二人ってのは、この中休みが久しぶりだったのかもな。学園に通ってるんだから当たり前なんだけどさ。周囲に人がいるなんて。
うーん。修学旅行の最終日みたいな感じで、ちょっと帰りたくない逆ホームシックか。
おれがちょっとそんな感じでせつない気持ちになってんだけど、姉ちゃんは安定のにこにこ笑顔。だってクレープだもんな。ホント、どんだけ好きなんだよ、クレープ。
クレープ屋で席について、ちらりとおれを見た姉ちゃんがにっこりと微笑む。
……はいはい。買ってきなさいってことね。わかってますって。
おれは何も言わずに販売口へと歩いていき、クレープを4皿、注文した。いやマジで。どんだけ食う気なんだとは思うけど、ここで枚数を間違うとたぶん姉ちゃんの機嫌がすっごく悪くなるからな。多めに注文が基本なんだよ。これがリンネとかヴィクトリアさんがいたらひと皿でいいんだけどな……。
ま、おれと二人の時に姉ちゃんがそういう自分をさらけ出してくれてんだと思えばそれは……むふふ、幸せでしかないんだけど。
店員が出来上がったクレープの皿をカウンターに並べていく途中で、店の入口から新たな客が……って、わらわっ子!?
またしても魔族と接近遭遇!?
ちらり、とわらわっ子が一瞬だけおれを見た。
「……オルトバーンズ、今日はわらわが自分で注文してくる。座席を確保しておくように」
「姫さま、そのようなことは我々が……」
「よい。そなたらに行かせるといつまでたってもわらわの分しか買わぬではないか」
「姫さま……毎日この店に行くと言い張るのは、ひょっとして我々が食べようとしないからですか?」
「……理解したのなら座席で待っておれ」
「4皿、ご用意できました~。ありがとうございました~」
店員の声で我に返ったおれは、クレープを4皿受け取って、姉ちゃんが待つ座席へと足を動かす。
……わらわっ子は、おそらく、おれのことに気づいてる。でも、護衛の二人は、たぶんおれのことなんて覚えてないんじゃねぇか? でも、油断はできねぇけど。
この王都で魔族が何してんのか知らねぇけど……あれ? 何か、忘れてる、ような?
カウンターに注文しに来たわらわっ子と、皿を持ったおれがすれ違う。
この前と同じ。
顔は一切動かさない。
でも、視線だけはおれの目にはっきりと合わせてくるわらわっ子。
何かを伝えようという意思を込めた強い視線。
……何?
すれ違う一瞬。
わらわっ子の手が素早く動いた。
おれの旅人の服にいくつもあるアイテムポケットのひとつに、何かが差し込まれた。
たぶん。
おれとわらわっ子以外の誰にも気づかれてない。
魔族の護衛も。
姉ちゃんも。
……マジで、何?
理解はできないけど、とりあえずそのままわらわっ子とはすれ違って、姉ちゃんの前に皿を並べていく。
「何皿食べたい?」
「今日は3皿でいいわ。おひとつどうぞ」
「はいはい、ありがと」
参加予定のパーティーは全部こなしたし、残念ながら婚約者ロールも終了。
でも、今は。
ほんの少したりとも動揺を見せず、油断もせずに、この店を出るまでいつも通りを装う。あそこにいるのが魔族で、しかも知り合いだなんて、絶対に姉ちゃんに気づかせてはならない。
わらわっ子の感じだと、ここで魔族たちはモメるつもりはないと思う。ん? モメるつもりはない? あれ? てことは偵察ってことか? 変身の腕輪で変装してるしな? そりゃそうだよな?
クレープを食べながら、頭はフル回転させる。
何か、大事なことを見落としているか、忘れているか……。
偵察。
魔族が王都を偵察する理由……。
うん。
そりゃ、姉ちゃんと一緒か。
……攻める相手の情報はできるだけたくさんほしいよな?
つまり、魔族はトリコロニアナ王国を……王都を……あ、あああっっ!!
なんで忘れてた?
メフィスタルニアを舞台にした、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』における大人気MMOイベントクエスト『死霊都市の解放』と……。
……同じくMMOイベントとして開催されていた、もうひとつのイベントクエスト。
その名も。
『王都奪還』
1年に1度、プレーヤー上限1万人のビッグイベント。
もちろん、おれも、プレーしたことがあった。思い出すのに時間がかかったけどな。通常攻撃のダメージは必ず1という手加減モードの機能が必要な第4シナリオが面倒なあのイベント……。
というか。
奪還、だよな?
つまり、王都は……。
魔族との戦いで陥落するってことじゃん!
ドラゴン狩りを終えて、農業神ダンジョンでの食材ドロップ回収に姉ちゃんが夢中になってる隙に、わらわっ子がおれの旅人の服に突っ込んだものを確認する。
あれからクレープを食べたおれたちはわらわっ子たちよりも先に店を出て、王都を後にした。
……まあ、真剣な顔してクレープ食ってる魔族の護衛に思わず吹き出しそうになってかなりヤバかったけどな。いや、あれは笑うだろ? なんでマジ顔なんだよ?
ドラゴン狩りもいつも通り、きっちりこなして経験値ゲト。飛行石はドロップせず。残念。
久しぶりのアトレーさまの古代神殿だけど、明日からは学園だからな。短い滞在時間しかない。最優先で聖都の屋敷のみんなに美味しいものを、ということで農業神ダンジョンだ。お土産だな、要するに。
姉ちゃんの農業神ダンジョンへの熱意はハンパねぇからな。こっちに気を配る余裕はねぇーだろ、たぶん。
さて、わらわっ子がおれのポッケに詰め込んだのは、折りたたまれた紙片だった。
もちろん、ただの紙ではなく、手紙だ。
『そなたがわらわのことを覚えておるかどうかはわからぬ。
ただ、そなたが生きていてくれて嬉しく思う。
そなたならば生き延びていると信じていた。
わらわは、そなたに借りがある者だ。
今は、そなたは、ここ、この町で暮らしておるのだろうか?
突然ですまぬが、できるだけ早く、この町を去るがよい。
詳しいことは言えぬ。だが信じてほしい。
わらわはそなたに借りを返したい。
急に言われてもどうすることもできぬことだろう。
だが、1年以内には、どうにかせよ。
この町にいると危険だ。
よいか。必ず、この町から逃げるのだ』
殴り書きで、あまり丁寧に書かれたものではない。
でも、そこには、どうにかしておれを助けようという気持ちが込められているのが伝わってきた。
……誰かが、どんな形であれ、自分のことを想ってくれているというのは、どうして心の中をぽかぽかとさせてくれるんだろうか。
いや、この内容が、とんでもなく重要で、何千人もの命に関係しているというのは、ちゃんと理解してんだけどな。してんだけども。
どっかがポカポカするんだよな。
わらわっ子の言ってる借りってのは、おれがわらわっ子のことをイエモンと裏切り者の護衛くんから守ったこと、なんだろうな。
でも。
わらわっ子から向けられた気持ちにどっかがポカポカすると同時に。
おれに対して向けられた、この思いやりというか、恩義というか、表現が難しい何かは。
おれ以外には向けられていないという現実も見えて、もやもやとする。
王都のことはどうでもいい。どうせ、メフィスタルニアん時にヴィクトリアさん以外を切り捨てて動いたんだ。王都のために何かしようって思うワケじゃねぇ。
あの時も。そう、あの、小川の村の時も。
わらわっ子は、村がいずれ襲われることはわかってたってことだろ。
生き延びていると信じていた、ってことはおれが必ず死ぬような目に遭うと知っていたんだからな。
つまり。
父ちゃんや母ちゃんやズッカやティロ、村長さんやバルドさんたちには。
何の遠慮も、呵責もなく。
その命に価値を認めなかったという、事実に。
もやもやとする。
別に、わらわっ子に復讐したいとか、そういうことではなく。
でも、そういうことなのかもしれねぇとも思う、このもやもやは。
正直なところ、どうすればいいのか、わかんねぇんだよな……。
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