聖女の伝説(74)



 王都滞在3日目はコルナーデ子爵婦人の主催するお茶会、4日目はグリモア男爵家の昼食会と、3つのパーティーに参加した。


 どれも基本は中立派なんだけど、ハラグロ商会に招待状を出すくらいだから、揺れに揺れてる中立派の貴族たちだ。


 中でも、美味しいのは、ご婦人方の幼友達だった、今は別派閥のご婦人が参加しているパターン。


 これはそもそも貴族たちも狙っている相手であって、なかなか手に入らない別派閥の情報を小出しにして、互いに情報を引き出し合っている。


 ま、子どもの頃は中立派の娘だったけど、婚約して結婚した相手の家が中立派から王党派に鞍替えしたり、王弟派に鞍替えしたりと、そういうの人はそれなりの数がいる。


 国内の別派閥だといっても、同じ国の貴族だし、接点はゼロなんてことの方が珍しい。


 王城内の廊下で辺境伯とメフィスタルニア伯爵が嫌味の交換をするのが恒例行事だとか、そういうもんなんだろうと思う。


 ま、色々と情報が入って姉ちゃんはご満悦だ。


 王党派の力がメフィスタルニア奪還作戦の失敗で大きく削がれたことから、相対的に王弟派の影響力が高まっていること、そんなところに第二王子が王弟派に接触していること。


 王太子が王弟の娘で従姉妹でもある公女と婚約し、正妃の座を確約していたのに、聖女となった他国の侯爵令嬢に対して国王が正妃に迎えることを条件に婚約を打診したことで、兄である国王と弟の王弟公爵の関係が険悪になるとともに、王太子と公爵令嬢の間の気持ちも冷え込んだこと。


 王弟派ナンバー2の辺境伯が、国王からの3人の王子と娘の婚約の打診を次々と跳ね除けていることなど、いろいろあって王党派の力が弱くなったことで、王弟派と王家が直接対立するような構図になってきていること。

 この夏も黄の月になる前に、ファーノース辺境伯は可愛がっている娘にして噂の美少女、北の弓姫を連れて辺境伯領へとっとと帰還してしまったこと、とか。


 大国っつっても中はグダグダだよな。対外的にはある程度団結するんだろうけどさ。


 人間も、国家も、一皮むいたらこんなものなんかもしんねぇよな。


 そもそもの対立の根っこはメフィスタルニア伯爵とヤルツ商会の回復薬の取引に関することで、王家が、というか、国王が裁定して、国内の貴族に回復薬を分配していたんだけど、その頃から、もっとも強い魔物と対峙する辺境伯は回復薬の優先的な買取を国王に強く願い出ていたんだと。


 知ってたけどさ。この話。


 だからおれは、ハラグロを通して、安くて、ちゃんと使っても補充できる回復薬を辺境伯領に優先的に売るようにガイウスさんに頼んだんだからな。


 ファーノース辺境伯領が魔族の侵攻に対して持ちこたえれば持ちこたえるほど、河南は安全になる。というか河南が安全な期間が長くなる、かな。


 そのためには数が少なく、値段が高くて、いざという時に使えない回復薬では意味がない。


 しっかり魔族に対する壁になってもらいたいから、トリコロニアナ王国の北部にある3つの貴族領に優先的にハラグロ商会にはつながりをつくってもらった。

 まあ、もともとそのうちのひとつの公爵領はハラグロの前身であるイシサヤ商会の本拠地だけどな。

 その結果としてのハラグロ御三卿の誕生で、さらにはメフィスタルニアの死霊都市化によって、もうひとつの回復薬のルートが断絶してしまったことが王国の混乱に拍車をかける。


 ここから先は、今回の王都訪問でよく理解できたことだ。


 王家は王都に出店しようとしたガイウスさんに対し、正確には王家ではなく対応した役人である官僚だけどな、そいつは領地のない貴族なんだけど、高圧的に「辺境伯領よりも安く回復薬を寄越せ」とまあ、そういう一件があったらしい。


 ハラグロの回復薬はおれが指示した価格で御三卿に売ってるので、そもそもメフィスタルニアのヤルツ商会よりもはるかに安いものだったんだけど、そのことを知らなかった役人のその言葉で、ガイウスさんはこれ以上安く売るなど不可能だと王都への出店計画を断念して、クレープ屋だけを営業させることにした。


 クレープ屋は王都の貴族にとっても人気で、王妃や王女もお忍びでやってくるらしいよ、マジで。そんなところで利益を出してて、うちの村では格安って、いったい……。


 いやまあ、それはともかく、ガイウスさんは権力に屈しないタイプなので、ハラグロは王家との取引を拒否して、国外進出を急ぐことに。これはおれと姉ちゃんが河南へ出国したことも関係してるけどな。


 ハラグロから回復薬を買えず、ヤルツ商会も壊滅、国王は辺境伯に回復薬を回すようにと要求した。これに辺境伯が怒ったんだよ。そりゃそうだろ?

 必要だと要望し続けてものらりくらりと辺境伯領のことを放置してきた王家が、手の平を返すどころか、筋違いの要求をしてくるんだからな。


 ファーノース辺境伯は回復薬を王家に売るのも拒否、娘と王子たちとの婚約も拒否、新年の王都武闘大会で優勝した辺境伯領の騎士を王家の騎士団へと望まれてこれも拒否したんだけど、最終的に古株の最強騎士を一人だけ、第三王子の護衛としてなら派遣すると、国王が軽んじてきた第三王子との関係だけはいいものにしようと動いたとかなんとか。

 辺境伯領って、このままだと独立するんじゃね? という勢いで王家と対立しているという。


 おれが回復薬を優先的に回した結果だとしたら、こんな状況は予想外過ぎてなんか悪いことしてしまった気がするけど、よくよく考えてみれば王家は自業自得だよな。


 おれでもわかる。

 辺境伯領が陥ちたら、河北が壊滅するってことぐらいは。


 最重要防衛拠点だろ。

 なんで回復薬を優先的に回さなかったんだよ。馬鹿じゃねぇのか?


 ……とまあ、防衛だけ考えたらそうなんだけどな。


 回復薬を割り振ることが、王家にとって、国内貴族たちへの手綱だったワケだ。


 おれみたいに魔族が必ず侵攻してくるという前提でものを考えてないんだから、価値あるものを王家のために利用するのは当然のことだったんだろう。


 メフィスタルニアの事件で、魔族や魔物との戦いが現実的に感じられた辺境伯は、当然のことだけど王家の要望であっても回復薬を手放すワケにはいかない。


 デプレさんの話じゃ、ハラグロ御三卿は回復薬の取引だけでなく、おれが書いた『メフィスタルニア死霊事件に関する一考察』を読んだ上で、大盾と槍もハラグロから大量に購入して洗礼を受けてない衛兵たちの訓練に活用してるらしいし、そんな感じで完全にハラグロに傾倒してる。

 御三卿はハラグロ商会のことを『厚義の商会』なんて呼ぶらしいけど、デプレさん自身が照れてたからな。


 王弟公爵がなんとか王家とのパイプを保ってはいるけど、兄王がシルバーダンディに王太子と姉ちゃんの婚約を打診したことにはものすごく腹を立てたみたいだし。

 王弟公爵が国王にも『メフィスタルニア死霊事件に関する一考察』の写しを手渡したらしいけど、王都の衛兵については一顧だにされてないみたいだし。


 ハラグロの報告書を読むだけでは伝わらない現地の貴族の実感を伴う言葉はとても重かった


 こうして色々なトリコロニアナ王国の内情がわかったし、第三王子マーズのことも、色々と聞けた。


 コルナーデ子爵婦人の主催するお茶会では、特に。なぜなら、第三王子マーズの幼少期の教育係だったという子爵がコルナーデ子爵だったからだ。


 ま、ゲームやアニメでも知ってるおれにはすんなり理解できたけど、王子は真面目で素直な少年だったらしい。ただし学問は苦手も苦手、超苦手。だから脳筋で鍛えまくって『重装騎士』になるはずなんだけど……。


 しかし、二人の優秀な兄王子がいて、学問もやらされるワケだ。どんなに嫌でも。


 そんで、王太子殿下は~、第二王子殿下は~、と兄たちと比べられて色々と言われる、と。でもマーズはへっちゃらだ。体を動かすことは好きだし、王城と王宮を守る騎士たちも武芸ではとっても誉めてくれる。


 大事な仕事は優秀な兄二人がやればいい。オレは兄二人に命じられた通りに戦うだけだ、と。


 比べる相手が優秀な二人の兄王子だから、第三王子マーズは堪えないんだと考えた国王をはじめとする教育熱心な王宮の誰かさんたちは、比べる対象を兄ではなく、他の者にすればいいと考えた。


 教育係の子爵は反対したらしいけど、そのせいで教育係を外される結果になったみたいだな。夫人に言わせれば王子との関係もかなり良かったのに、ひどい話だった、と。


 そうして、国王というトップをはじめとして、いろんな人がマーズに対して、こんなことは平民でもできますよ、平民ができるそんなこともできないんですか、その平民は殿下よりも年下だそうですよ、などと、平民と比べられるようになったマーズ王子のプライドはズタズタに切り裂かれていく。


 その後、なんで『聖騎士』になったのかまではよくわかんねぇけど、マーズ王子は明るさ、素直さ、まっすぐさが姿を隠し、どっちかっつーと陰鬱な感じに成長した、らしい。

 つまりはひねくれたってことだな、うん。比べられて育つとそうなるよな、うん。マーズの奴もかわいそうに。


「夫は『武芸を中心に育てていれば王国の礎ともなった方なのに……』とよくこぼしてましたわ」なんて、さみしそうに言ってた子爵夫人からその情報を聞き出した姉ちゃんすげぇな。

 元教育係の子爵は、どんどんしゃべらなくなっていく第三王子マーズを遠くから見守り、時々手紙を交換することしかできなかった、と。


「ですが、洗礼で『聖騎士』となられて! 本当に、本当に殿下のために、神々が道を開いて下さったのですわ。これで、噂のケーニヒストルの聖女と婚約なされたら、殿下のお立場も今よりももっと強いものとなりますし、王国にとっても最高の結果です。夫は幼少期から殿下に慕われていましたし、今も手紙をやり取りするほどの仲ですの。今後が楽しみですわ」


 あー、はいはい。殿下の立場がよくなれば子爵家もいい感じなんでしょうね~。でも、マーズと姉ちゃんの婚約とかないから。絶対にないから。そこはないからな、絶対だから! 残念!


「……」


 姉ちゃんが静かにおれを見つめてくる。


 ん? どうした姉ちゃん?


「ナイエ? どうかしたかい?」

「……わからないかしら?」

「何が?」


 突然、どうしたんだ、姉ちゃん?

 はぁ、と姉ちゃんは小さくため息をついた。


「ア……ファインって、本当に、時々、馬鹿なのかしらと思う時があるわ」

「は、ははは、ひどいな、ナイエ」


 思わず乾いた笑いを出してしまったじゃねぇか、姉ちゃん! 言い方が丁寧だけどいつも以上に何かが刺さったよ、姉ちゃん!


「……まあ、いいわ。王子の一番の弱点も掴めたし、成果はあったわ」


 ふふん、と不敵に笑う姉ちゃん、怖いけどかわいい……。


 ところで、いつ、姉ちゃんの作戦ってヤツを教えてもらえるんでしょうか? やっぱり弟離れなんかな、これ?





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