聖女の伝説(73)



 高級宿のスイートルームにて、寝室をわけてもらって姉ちゃんと宿泊。むふふ。


 支払いはハラグロ……それっておれたちの方が腹黒い気がするけどな。


 この日のパーティーは昼過ぎからなので、午前中は姉ちゃんと王都デートでっす!。


 デプレじいちゃんたちは護衛を付けようとしたんだけど、お断わりをしといた。


 デプレじいちゃんたちには3人の護衛騎士が付いている。一部でハラグロ御三卿とか呼ばれている、王弟のセルトレイリアヌ公爵、ファーノース辺境伯、ニールベランゲルン伯爵がそれぞれ一人ずつ、騎士団から派遣しているらしい。

 姉ちゃんの鑑定によるとレベル5、レベル8、レベル5と、ファーノース辺境伯のところの騎士が少しだけレベルが高い。

 辺境伯領はモンスター異常地帯だからな。小川の村もはじまりの村もそうだったし。レベル10まではイケるところだ。

 セルトレイリアヌ公爵領もニーベランゲルン伯爵領も旅した時にはツノうさしか見かけなかった。レベ5がフツーだろ。


 そのうちの一人を付けようとしてくれたけど、丁重にお断りさせて頂いた。


 だって設定では番頭ガイウスの息子ファインが会頭デプレの孫娘ナイエの婚約者であると同時に護衛で、後学のため河南へ行っていたということになってるからな。

 偽りの中に真実しかない感じで、絶妙にバレそうにないロール設定だ。実はそれに意味はないんだけど。ないんだけどな。ないんだけども。


 他の護衛を付けたらおかしいだろ。安全であるはずの王都の町ん中でさ。


 王城とか、神殿とか、目抜き通りとか、いろいろ見ながら姉ちゃんと手をつないで歩く。


 そこに護衛騎士のお邪魔虫だと!? 不必要であると断言する! そんなものは護衛ではない!


 姉ちゃんはクレープ屋にも行きたがったけど、今回は時間が足りないということで我慢。どんだけクレープ好きなんだよ、姉ちゃん……。


 高級ホテルのスイートルームに戻って着替えて、パーティーに出かける。祖父母と孫娘と婚約者人が馬車に乗り、護衛騎士が一人、御者台に同乗して、あとの二人は騎乗して前後を固める。


 ちなみに護衛の三人はおれたちが孫娘とその婚約者だとは信じ……てない。

 実は、異国の貴族や王族がお忍びで他国を周遊する時に名前や身分を偽ることはごくフツーのことらしくて、ハラグロのやってることは身分詐称なんだけど、それって見逃されてることらしい。

 どこの国もお互い様ってことなんだろうな。


 だから護衛のみなさんはおれたちのことを他国の貴族とその護衛だと認識している。でも、孫娘とその婚約者という設定で動いてる。そういう感じだ。


 なぜ他国の貴族とその婚約者ではなく、その護衛だと認識しやがる? こんちくしょ~……。






 王都を離れて領地に向かう前に小さなお別れ会としてパーティーを開いたジスカールデスタ子爵夫人は中立派の貴族の中の、まあ言ってみればどうなってもいいランクの人たちだそうだ。


 もしハラグロ商会とのつながりができれば、と招待状を送ってみただけ、のつもりだったのに、参加の返事が届いてかなり慌てたらしい、というのはデプレじいちゃんの言葉。本当なのかよ?


 トリコロニアナ王国には今、王党派、王弟派、中立派という三つの派閥に貴族が分かれている。


 もともとは王党派が最大勢力で、要するに与党として王家と結びついてブイブイ言わせてたらしいけど、その中心的存在の一人だったメフィスタルニア伯爵が領都メフィスタルニアを失い、さらには奪還を試みて壊滅し、と、王党派の勢いを減衰させてしまった。


 王弟派は今、1番勢いがある。別名ハラグロ派とも言う。勢いがある理由もお察し下さい。中心的な存在は王弟公爵で、辺境伯などのハラグロ御三卿はもちろんこの派閥だ。


 中立派というのは、派閥というよりは、どちらにも属さない、もしくはどちらを選ぶか考えている、そういうトリコロニアナ貴族たちだ。もちろん、ジスカールデスタ子爵も、そう。


 その筆頭は宰相のイグニストル侯爵。国王が王党派に近かったため、宰相がうまくバランスをとってなければ、国内貴族間の争いはもっと激化していたのではないかと言われている。


 河北最大の国土を有する強国だが、内情はそんなものなのかもしれない。


 ジスカールデスタ子爵夫人が会頭のデプレ氏を迎えて微笑む。

 ちなみにいないはずだった夫のジスカールデスタ子爵、つまりご当主さまご本人は、その隣にちゃんと立っている。いないはずなのにここにいるというのも、ハラグロ商会の会頭が参加するということの影響だと思ってください。はい。


 どうやらここの子爵は王弟派に近づこうとしているらしい。


「あら、こちらのお美しい姫はどなたかしら」

「孫のナイエにございます」


「神々のお導きにより、ジスカールデスタ子爵、並びに子爵夫人と出会えましたこと、望外の喜びにございます」


「まあ、北の弓姫にも勝るとも劣らない美少女ですわね。ひょっとして良縁を求めてらして?」


「いえ、私どもは孫には小さな幸せがあれば良いのです。婚約もしております。ただ、一度くらいこのような場を経験させてやりたいと思っただけなのです」


「今の商会が望めばいくらでも良縁は見つかりますでしょうに。でも、これほどの美姫をどこかの愛人で終わらせるのは、太陽神と月の女神の出会いを邪魔する火の神ようなものですわね。では、こちらのエスコートしている方もお孫さんかしら」


「これはウチの番頭の息子ファインにございます。ナイエの婚約者です」

「あの、噂のガイウス殿の……ああ、お似合いの二人ね。これでハラグロ商会は次代も安泰というところかしら」

「商才はあるかと思いますが、まだまだ経験不足にございます」


 デプレじいちゃんは祖父というロールを見事にこなしてくれている。ひょっとしたら、こういうことは初めてではないのだろう。


 ていうか、ガイウスさん。どんな噂になってんだろうな?


「噂に聞く北の弓姫さまは、やはりお美しいので?」


「あら、会頭が会っていらっしゃらないとは意外ですこと。ええ。どこか儚げなご様子で、新年のパーティーで若者たちが頬を染めながら近づこうとするの見ていると、色々と楽しませて頂きましたわ。ですが辺境伯さまは第三王子殿下も、第二王子殿下も、さらには王太子殿下の第二妃の声がかりも、ことごとくお断りになられて。よほど可愛がってらっしゃるのでしょうけれど、心配ですわ」


 ん? 今、マーズもさりげなく登場したような……。


 夫の子爵が夫人の肩をそっと叩いた。


「……あら、私ったら。つい色々と話してしまいましたわね」


 どうやら口が滑り過ぎて、夫の子爵に止められたらしい。もうちょっと知りたい部分ではあったけど。


「あまり長くお話しては、他の方も夫人をお待ちでしょうから」

「ええ、後でまた。どうか楽しんでくださいな」


 主催者と一度離れて、庭の花を楽しみながら、会頭夫妻はおれたちを連れて、別の招待客のところへも話しかけていく。


 だいたいはさっきと似たようなやりとりがあって、姉ちゃんとおれが紹介され、遠回しだったり、直接的だったりするけど、回復薬の取引を頼まれている。


 デプレさんはにっこり笑って「どうか公爵さまにご相談を」と受け流してるけどな。


 庭の美しい花を楽しむガーデンパーティーで、特にダンスとかはないし、お茶とお菓子を楽しむぐらいだ。イスとテーブルがないお茶会みたいなもんかな。パーティーの規模は小さい、らしい、ので、参加者のほとんどと顔を合わせて話ができる。


 色々とこぼれ話が聞ける。

 これが姉ちゃんの狙いなんだろうな。


 もちろん、主催者も、参加者も、姉ちゃんが会頭デプレの孫娘だなんて信じてないし、そこは突っ込まないのがマナー。


 どこか他国の貴族令嬢であろう姉ちゃんに興味はあるけど、それよりもハラグロ商会の会頭に渡りをつける絶好のチャンスと目をギラギラさせてる。


 おかげでこっちのマークはそれほどでもなく、姉ちゃんは満足そうだった。





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