聖女の伝説(72)



 それは魔族のわらわっ子たちが出ていって、姉ちゃんが再びクレープを食べ始めて、最後の4皿目の半分まで食べ進めた時だった。


 姉ちゃんがちらりとおれを見た。


「……本当に、全部食べてもいい?」

「いいよ、いいよ、食べて食べて」

「でも……」


 うーんと悩む姉ちゃん。


 どんだけクレープ好きなんだよ、もう。フツー4皿とかねぇし……たぶん。女の子のフツーとかよく知らねぇけどさ。知らねぇけども。


 そして、あ、いいこと思いついた、みたいな笑顔になる。うん。超かわいいんだけど、もう。


「はい、ファイン。あーん」


 切り分けられた一口サイズのクレープの欠片がフォークの上で、おれの口を目指してゆっくりと向かってくる……って!


 こ、こここ、こここここここ、これは! まさか! 伝説の!


 あーんでは!?

 あーんなのでは!?

 あーんと呼ばれる究極の調味料では!?


 おれの意思とは関係なく、自然とおれの口は開いて、姉ちゃんが突き出すフォークを口の中に。


 ぱくん。


 ……あ、あーんプラス間接キッスだわな、これは。うん。やべえ。超ヤバい。


「……ちょっと、ファイン、顔、赤いわよ」

「ふごふご……」

「何言ってるか、わかんないわ」

「ぐむぐむ……」


 そんなことを言ってる姉ちゃんもちょっと顔が赤くなってきた。


「相変わらず、仲がよろしいようで」


 その声に振り返ると、そこには穏やかな笑顔の老紳士と老婦人が腕を組んで立っていた。


「ふぁ、ふぁいほぅ!」


 おれは立ち上がりながら叫んでしまい、口からクレープが飛び出しそうになるけど一気に飲み込む。


「……どうしてここに? 公都にいるのでは?」


 ハラグロ商会、会頭デプレとその妻クルルだ。なんだよここの王都のクレープ屋? レアキャラ祭りでもやってんのか、おい?


「……おじいさま? おばあさま。お久しぶりです。久しぶり過ぎて、敬語でお話されるなんて、さみしいですわ。それと、ファインをびっくりさせようと思って、ここで待ち合わせしてたことは秘密にしてたけど、成功したわね」


 いや、待ち合わせって聞いてたけど、フツー相手が会頭だとは思わないだろ!?

 この人、いまや大陸一の大商会の会頭、トップ、取締役、社長っつーか、会長っつーか、一番偉い人だからな!? なんで待ち合わせ……って?

 つまり姉ちゃん、会頭呼びだしたのかよっ!? マジか!? いや、そりゃ、おれたちハラグロの資金提供者でオーナーだけどな? オーナーだけども!

 株式会社は株主のものであって取締役のものじゃねぇーけども! そもそもハラグロは株式会社じゃねーけども!


 一番偉い人へ、おれは、今、何を、言うべきか?


 そんなん決まってんじゃん!


「何やってんですか、会頭!?」

「ははは、私たちも座っても?」


 笑顔でごまかすデプレじいちゃん。


 そう言われておれは立ち上がったついでにイスを引いて、クルルばあちゃんに勧める。反対側では姉ちゃんが立ち上がってイスを引いて、デプレじいちゃんを座らせていた。


「ファイン、おじいさまとおばあさまのクレープ、お願い」


 姉ちゃんはそう言って、おれに微笑む。ちくせう、かわいい……はいはい、買ってきますよ。ん? ああ、そういうことか。最初に姉ちゃんが自分で買いにいったのって、たくさん食べるためだったんだな。おれに買いに行かせたらひと皿ずつだったもんな、たぶん。


 それにしても、姉ちゃん。ロールをデプレじいちゃんたちに押し付けていくな? 呼び出しただけじゃなくて……いや、呼び出したってことは会頭レベルが必要だったことか? 王都で情報収集って言ってたから歩き回って噂を集めるんだと勝手に思ってたけど……。


 ハラグロ商会の会頭を呼び出す必要がある情報収集って……まさか?


 クレープを二皿、購入して座席に戻る。


 姉ちゃんと会頭のデプレさんはにこにこしながら、とんでもない会話をしていた。


「では、明後日はコルナーデ子爵婦人の主催するパーティー、その次がグリモア男爵家のパーティーですわね?」

「楽しみにしてたようですまないが、3つしかパーティーに参加できないんだよ」

「十分ですわ、おじいさま。とっても楽しみです」


 ……貴族のパーティー3つって。


 潜入捜査か!? 最初からそこまでやるつもりで動いてたのかよ姉ちゃん!? 情報収集ってそこまでして何を知りたいのさ!?


 そんでおれのロールは婚約者? パーティーと婚約者? それって……。


 完全に虫よけじゃん! いや、いいけど! 姉ちゃんにくっつく虫は殲滅すっけど!


 でも、虫よけじゃーーーーーん!!


「それで、お宿は?」

「この王都でも最高のホテルだから心配いらないよ、ナイエ」

「もちろん、一番いい部屋よ?」


 にっこり笑う会頭夫妻。


 ……うちの姉ちゃん、ハラグロに王都で最高のホテルのスイートルームを用意させてたよ。マジか。情報収集って、なんていうか、こう、もっと泥臭いというか、足で稼ぐというか、あ、いや、遠慮なくスイート使って泊まるんだけどさ。


 というワケで。


 明日から三日連続で貴族のパーティーへGo!





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