聖女の伝説(71)



 視界の端に美しい少女をとらえつつ、何が頭に引っ掛かっているのか、考える。


 ……何だっけ? すごく重要なことのような気がする?


 クレープを買って両手に4枚の皿を器用に持った姉ちゃんがテーブルへと歩いてくる。


「美味しいですか、姫さま」

「うむ。だからこそ、わらわはそなたらにも食べてもらいたいと思ったのだ」


 ………………あっ!


 ぴんっと閃いた。そして閃いてしまったがために、その瞬間、うかつにも視線をその美少女に向けてしまった。


 偶然、美少女の視線が動き、おれと目が合う。


 そして、おれと目が合った瞬間、美少女の目が大きく開かれていき……。


 そこでテーブルに戻った姉ちゃんによっておれと美少女の間につながった視線のホットラインはシャットダウンされたのだった。


 ……まずい。視線が合ったのもマズいけど、あの感じ、こっちのことに気づいたよな?


 戦闘準備? いや、どうだろ?

 こんなところで、あんな連中と戦ったらどうなることか?


 でも、油断して姉ちゃんに何かあったら……。


 それでも連中を下手に刺激して王都で大立ち回りなんてのは絶対に避けたい。もちろん戦ったら負ける気はしない。たかだかレベル10だったあの頃とは違う。レベルもスキルの数と熟練度もな。


 いや待て、確定させないと……。


 おれは左手で常時開いているタッチパネルを素早く操作し、アイテムストレージの一括収納機能を動かす。メフィスタルニアでたまたま使って、毒を発見したアレだ。タッパの表示は……。


『変身の腕輪』:収納できません。プレーヤーに所有権がありません。

『変身の腕輪』:収納できません。プレーヤーに所有権がありません。

『変身の腕輪』:収納できません。プレーヤーに所有権がありません。


 ……確定しちゃったよ、おい!? 『変身の腕輪』が3つあるよ、この近くに!? 間違いなくあいつらが使って、変身してその目立つツノを隠してんじゃん!


 魔族! わらわ姫と愉快な護衛たち! いや、全然愉快じゃねぇし!? 護衛の名前、なんとなく聞き覚えがあったんだよ!?


 ていうか、なんで王都に魔族?


 まさか、クレープ食べに来たとか……? あり得ねぇ~……。


「なによ、その顔。心配いらないわ、一皿はファインの分だわ」


 いや、そんな心配してねぇーし!? ていうか姉ちゃん、一皿って、一人で残りの三皿食う気かよ!? 半分ずつじゃねぇーのか! どんだけクレーブ好きなんだよ! 器用に四皿運んできたよな? プロのウェイトレスなんじゃねぇか?


 いやいやいや、クレープの話じゃねえよ?


 あいつら何こんなとこに変身して潜り込んで……あ、変身? 変身か? ってことはあっちも身バレはマズいってことだな? いや、そりゃそもそも魔族の身バレはマズいに決まってんだけど?


 だからわらわ姫さんがおれに気づいたさっきのリアクションの感じはマズいのか?


 でも、どう考えても潜入だろ? ここで何もないのに暴れたりするかな?


「……もう。怒った? いいわ、二皿食べても」

「……いや、全然怒ってないし、なんならナイエが四皿全部食べてもいいから」

「え? そう?」


 なんでそんな嬉しそうなの姉ちゃん!? いや、クレープで満面の笑みとか超かわいいんだけど、今ちょっとそれどころじゃねぇんだよな!?


 油断はしない。

 いつでも動けるように。姉ちゃんを守れるように。

 全力で姉ちゃんの向こう側の気配を感じ取れるようにする。


 だからおれはクレープ食ってる場合じゃねぇし、まあ、姉ちゃんに四皿全部食ってもらおう。それでめっちゃ喜んでるしな。


 にこにことクレープを食べ進める姉ちゃんの向こう側に意識を集中しながら、美味しいを連発する姉ちゃんに相槌を売ったり、ハチミツを出せと要求されてハチミツを提供したりと……なんで今の状況でこんな平和な感じになるんだよ?


 すぐそこに魔族がいるってのに!?

 姉ちゃん無敵だよな、おい!?


 そして、姉ちゃんが食べてる二皿目のクレープがあと少しとなったところで、魔族の美少女わらわ姫が席を立つ気配がした。


 ……不意打ちだけは喰らわないようにしないと。


 おれは緊張感を高めつつ、どんなことにも対応できるように視界を広げるように意識する。どこかに集中すると何かを見落とす可能性もあるしな。


 先頭は護衛の男、続いてわらわ姫、その後ろにもう一人の護衛の男。


 ゆっくりと呼吸を整え、どんな動きにも対応できるように心を落ち着かせていく。


 わかったのは、通り過ぎていくわらわ姫が顔を動かさないように意識しながら、一瞬だけおれの方に視線を向けたことだけだった。


 そのまま魔族の三人はクレープ屋を出て、通りを歩き去っていく。


 おれは緊張を解いて、小さく、長く、息を吐いた。


 ……わらわっ子、おれのことに気づいてたよな? でも、あの感じは、護衛におれのことを伝えなかったっぽい、か? なんでだ? あん時よりも成長してるし、はっきりおれだっていう確信が持てなかったとか、そういう感じかな? いや、なんでもいいけどこんなところで戦闘にならなかったのは助かった。


 ふと気づくと、姉ちゃんのクレープを食べるためのナイフとフォークが音を立てずに完全にストップしていた。


 あれ?


「……ナイエ? どうかした?」

「え、あ、うん。あの、アイン……」

「名前、名前」

「あ、ああ、ごめん。ファイン、あの……」


 姉ちゃん? なんであいつらの正体を知らない姉ちゃんがおれよりも動揺してんの?


「……今、あたしたちの横を通って出てった三人組なんだけど」


 姉ちゃんが声を小さくして、目を細めた。


「ああ、いたね」


 おれは、できるだけ、なんでもないことのようにそう答える。


「真ん中にいたお嬢さまっぽい子がレベル15で、護衛の二人はレベル27とレベル31だったわ。護衛の一人は『剣士』でもう一人はとても珍しいはずの『魔法剣士』で……」


 ……ああ、鑑定したのか。そりゃ、驚くだろうな。この辺ではあり得ないレベルだろうし。まあ鑑定できたってことは姉ちゃんの方が上だけどな。


「あたし、トリコロニアナ王国のこと、ちょっと舐めてたわね。こんな強いのがうろうろしてるんじゃ、作戦ももう一度考え直さないと……」


 あ、いや、うん。

 あいつらトリコロニアナ王国とは関係ないからそんな心配はいらないよ、姉ちゃん。うん。いらないんだけどな。いらないんだけども。


 姉ちゃん、作戦って、何だよ……。


 おれ、知らされてないんだけど?


 ひょっとして、これ、弟離れーーーーーーーーっっっっっ!!!





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