聖女の伝説(70)
結論から言えば、無事に王都トリコロールズまで飛んでいくことができたんだけどな。
色々とエンカウントしそうなモンスターを想定してたんだけど、全然出てきやしない。
でも、考えてみれば、辺境伯領の開拓村周辺とかフェルエラ村周辺とかみたいなモンスター異常地帯以外では、ツノうさしか見たことがないと言えばその通りだった。
貴重な飛行石をこんなザコモブに、と哀しくなる相手に妨害されるようなことがなくて本当にラッキーだと思うべきだろう。
よくよく考えてみる飛行石で飛んでいる間にエンカウントして攻撃を受けるようなモンスターはそもそも、今は、いない。
これは、まだゲーム上では、魔族の侵攻が本格化していないから、なのかもしれねぇな、と。
14歳の夏。まだ『はじまりの村』が滅ぼされる前の段階だ。
魔族の侵攻によって魔物が活性化したとかなんとか、そんな感じだった気がする。
つまり、魔族の侵攻前の今は、世界がほぼ平穏無事な状態だし、そのせいで基本的に人間のレベルは低い。
レベル5で強いとか、本当に何? って感じだしな。マジで。
だから魔族の侵攻に抗えなかったってのもわかる気がする。めっちゃする。
まあ、そういう感じだから、飛行石での飛行中のエンカウントを心配する意味もなし、と。
「まさか空を飛ぶとは思わなかったわ」
「その割には楽しそうじゃん」
「楽しいわ、もちろん。こんなこと経験できないわよ、普通ならね」
初めて空を飛んだ姉ちゃんのかわいらしい興奮状態の話に相槌を打ちながら、着地した林を出て王都トリコロールズを目指して歩く。
城壁はもう見えているし、昼前には市街に入れるだろうな。
身分証明を示して、通行料を支払い、門を抜けて市街へ入る。
身分証はハラグロ商会から出してもらっている。姉ちゃんがガイウスさんに頼んで用意してもらったらしい。
ハラグロ商会、会頭デプレの孫娘ナイエと、番頭ガイウスの息子ファイン。
……ファインて。
健康優良児かっっ!
まあ、偽名での侵入だけどな。こればっかりは、本名でいくワケにもいかねぇし。
というワケで姉ちゃんは今からナイエ。おれはファイン。二人は婚約者という設定……むふふふふふふふふ。姉ちゃん、なかなかいい設定を考えてくれたぜぃ!
姉ちゃんと婚約者、姉ちゃんと婚約者。むふふ。誰にもこのロール、譲るワケにはいかんのでごわす!
「それでナイエ、どこに行く?」
「……すっかりなりきってるわね。なんでそんな楽しそうなの?」
「婚約者との王都のデートを楽しまないはずがないだろ?」
おれがそう言ってにっこりと笑った途端、姉ちゃんが顔を真っ赤にした。
「ア……ファインったら、もう、本当にバカ!」
ばしんと背中を叩かれた上に、掴んだ腕をつねられた。痛い。なんでだ?
「さあ行くわよ、クレープ屋に!」
……やっばりクレープ屋なんじゃんっ!
でも姉ちゃんがなんかいつも以上にかわいいから全部許すけどな! 許すけども!
クレープ屋の店内で席につく。
座席が決まったので、クレープを買ってこようとおれが立とうとしたら……。
「あたしが買ってくるからファインは座って待ってて」
にこにこした姉ちゃんが先に動いた。おれの方がすばやさのステ値は高いと思うんだけどな? クレープのバフか? 甘い物への執着か?
おれはほんの少し浮かせた腰を再びイスへと下ろした。
……正直なところ、クレープ屋はそもそもフェルエラ村にも、聖都にもあるし、そんなにがっつかなくてもいいんじゃね? とは思うんだけどな。思うんだけども。これ、絶対に口に出したらダメなヤツだからな?
そんなことを考えていたんだけど……。
二つ向こうのテーブルにいる男女三人組……座ってるのは女性……いや女の子かな。そこの会話がたまたま聞こえてきた。
「……オルトバーンズも、クライスフェイトも、一緒に座って食べればよかろう」
「我々は護衛ですよ」
……ん?
何かに引っ掛かりを覚え、つい、声が聞こえた方を見てしまう。
でも、ガン見するのはよくないし、視線はバレるって言うから、あらぬ方向を見て視界の端でそっちを確認する。
女の子の年齢はおれたちと同じか、たぶん下ぐらいで。
男二人は、さっき聞こえたけど、護衛なんだろう。
ユーレイナとビュルテはすっかり一緒に食べることに慣れてしまって残念な護衛だけど、この二人は立派だな。ちゃんとした護衛だ。
……あれ? この子? どこかで? 会ったか? なんだ? 王都に知り合いなんかいたっけ? いや、知り合いとか……いないこともないか? 徴税官さまとか? ってそりゃ女の子じゃねぇし?
んんん……? なんだ? 違和感? なんか奥歯の隙間にちっちぇー肉の筋でもはさまったみたいな、出てきそうで出てこないこの気持ちの悪さ?
あれぇ? 誰だったっけ……?
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