聖女の伝説(76)
聖都に戻ると、屋敷で待っていたのはプンプン怒るヴィクトリアさんとリンネだった。
「5日間もある休みなのに屋敷の中でずっと、待ってるだけですの!」
「リンネたちは~、侍女だから~、学園ダンジョンには付いていけないし~?」
「イエナ義姉さまとアインさまがいないと、私たちは出かけることすらできませんの!」
「そうだよ~、ひどいよ~」
……いやいや、そんなこと言われてもだな? 既にリタウニングはフェルエラ村において大した秘密ではなくなっているけれども、さすがに飛行石まではまだ教えられないしな? できないものはできないんだよな。うん。
「……わかったわ。次の休みはアインを連れて行っていいから、二人ともお出かけしてきなさい」
秒で売られた! 姉ちゃんに売り飛ばされた!? え? 人身御供ですか!? それって人権問題だよ姉ちゃん! 人身売買はダメだから!
「えっ? イエナ義姉さま? よ、よろしいんですの?」
「ほんとに~? イエナ義姉さん~? 絶対に~?」
「いいわよ。護衛ならユーレイナがいるわ。メイドたちもたくさんいるし。あと、支払いは全部アインにさせていいから、好きなところに行って、好きなものを買ってらっしゃい」
しかもサイフ扱いですか!? 人権! おれの人権はどこに!? 拒否権、拒否権はないのか! いや、別にヴィクトリアさんやリンネと出かけるのが嫌だというワケじゃねぇけどさ!?
「わーい~、お出かけだ~」
さっきまでプンプンしてたリンネが途端にご機嫌になっている。幼児か? リンネ、おまえさんは幼児なのか? 同い年だよな? おれと? 14歳だろ? 来年は洗礼だろ? 姉ちゃんが甘やかし過ぎて幼児化してんのか?
「……どうしましょう? 何を着ていけばいいんですの? 服はセリアに相談して、行くところはどこが? リンネさんとも話し合わないと。は! でも時間がありませんから聖都の中ぐらいですの。大神殿は今さらですし、学園も毎日のように訪れてますの。いったい、どこへ行けば? あと、何を買って頂けるのかしら? ゆ、指輪とか、いいんでしょうか? ゆ、指輪……」
同じくさっきまでプンプンしてたヴィクトリアさんがぶつぶつと何かをつぶやいていて、しかも挙動不審だ。手が変な感じで右へ左へと動いたり、あちこち歩いては戻ったりしてる。
「姉ちゃん……」
「……しょうがないでしょう? 今回はちょっと、アインを独り占めし過ぎたわ。次の休みは二日間ともお願いね。リアは、その、お義父さまに来月はケーニヒストルータへ戻るように言われてる訳だし」
「……わかったよ」
夏はケーニヒストルータのタウンハウスに侯爵家の寄子たちが集まってくる。
シルバーダンディはヴィクトリアさんをパーティーに出したいのだ。
本当は姉ちゃんを一番出したいんだろうけど、おれたちは拒否できるという約束をしているからな。
それに今年は学園だから、そう簡単にはケーニヒストルータには行けない、ということになっている。
実際はリタウニングを使えば問題なく行けるけどな。行けるんだけども。
ま、来年はヴィクトリアさんも学園に通うことになるだろうから、今年の間にパーティーには出させておきたいというシルバーダンディの気持ちもわかる。
貴族にとって社交ってのは、本当はめっちゃ大事なことだからな。おれはやってないけど。やってないけども。
姉ちゃんはデビューパーティーで痴漢冤罪スレスレ指折事件とかやらかしてるから、シルバーダンディはもう一度、きちんとした姿を見せたいみたいだけどな。
洗礼で聖女になったのに、侯爵家主催のパーティーに顔を出さないもんだから、色々と変な想像をしている寄せ子もいるだろうし。義父と養女の関係がよくないのでは、とかさ。
まさか、このトライアングルデートが姉ちゃんの仕込みとは知らず、おれはまんまと次の休みで踊らされるのだった。
そして休日を迎えた。
お出かけは馬車だ。おれとヴィクトリアさんとリンネ、ヴィクトリアさんの侍女としてメイドのセリア、護衛としてビュルテ、リンネの侍女として戦闘メイド部隊から隊長のレーナがメイド服で、護衛としてシトレが付いている。
なぜかおれの両サイドにヴィクトリアさんとリンネがいて、正面にはセリアとレーナ。御者席に同乗しているのがシトレで、ビュルテは騎乗で付き添っている。
左腕をヴィクトリアさんに、右腕をリンネに取られて、両腕に花状態だ。誤字じゃねぇ、リアルだ。比喩なのにリアルとはこれ如何に?
なんだコレ?
あ、いや。ヴィクトリアさん、成長したね、うん。もうショーロンポーじゃねぇよな、はい。コンビニのピザまんかカレーまんぐらいはあるよ、うん。
まだちょっと高めの肉まんまで盛り上がってはないけどな。口には出さないけどな。出せないけどな。出すワケにはいかないけどな。
ええと、リンネ? にこにこしてるけど、ヴィクトリアさんより発育いいよね?
フェルエラ村に来てからおれと姉ちゃんと生活してっから特上肉が日常だもんな。栄養たっぷりだよな?
これって、もうあのちょっと値段が高い肉まんレベルのふくらみだよね? なんでリンネはそれを当てて……いや、偶然だよな? 当ててるワケじゃねぇよな? これも口には出さないけどな。出せないけどな。出すワケにはいかないけどな。
前世から引き続き「ディー」の名を捨てられないこのおれにこんな状況をどうしろと!? だって恋愛ど素人! ど素人にどうしろと? いや嬉しいよ? 嬉しいさ? 嬉しいとも! でもだからといってどうしろってんだよ!?
なんでセリアさんはうなずいてんの? 何をうなずいてんの? それ、どういう意味でうなずいてんの? アンタのお嬢さま今ちょっとはしたなくない? おれの視線に気づいてるよな? なんでちょっと首振って否定してんの? おれの心が読めてんのか? あ、何それ? その残念なヤツを見る感じの目は……。
そんでレーナ? おまえさ、「リンネさまの侍女と護衛は私たちで決めますので」って強引に言い切って、しかも自分が侍女役じゃん? なんでちょっと不機嫌そうなの? 侍女役が嫌なら誰かと代わってもらえばよかったじゃん! え? 口尖らせて、首を横に振る? それどういう意味? 嫌なのか嫌じゃねぇのか、どっちなんだよ?
こらシトレ! ちらちらと御者席の方から中を見るんじゃねぇよ! 今日のおまえは護衛だろ? ちゃんと周囲を警戒しとけよ!
今日のお出かけ、スタートしてすぐ既によくわかんねぇ状況なんですけど……。
それから、改めて大神殿の見学観光。
もちろん、両腕でヴィクトリアさんとリンネをエスコートして、だけどな。
ステンドグラスとか、天井画とか壁画とか、色々とすげぇんだな、これが。太陽神と火の神が争う神話から、勇者シオンの冒険譚まで、歴史順に描かれてたり?
洗礼ん時は、色々あって、じっくりとは見てなかったな。今思えば。なんか、馴染んだ場所みたいに勘違いしてたな。ちゃんと観光したらすんげぇの。世界遺産もびっくりだからな。
感動して、ヴィクトリアさんやリンネとの会話が弾む。
うん。
なかなかいいデートコースかも。
今度姉ちゃんとも来てみたいけど、姉ちゃんが大神殿に来ると色々と面倒がありそうな気もする。うん、確実に面倒があるよな。って……あそこに停まってる馬車、うちの馬車になんかよく似てんだけど? あれ? 姉ちゃん、大神殿に来てんのかな?
「アインさま、次は甘いものですの!」
「そうだよ~、アイン義兄さん~」
そう言って金銀の美少女二人に引っ張られて、意識を戻される。
今日はパンケーキという約束なのだ。
でもあれ、姉ちゃん以外が使わない馬車だと思うんだよなぁ……。
聖都のパンケーキ屋は、ハラグロ商会の経営する店だ。ケーニヒストルータのパンケーキ屋もすでに買い取って支配下に置いたらしい。本店はケーニヒストルータで、フェルエラ村と聖都に支店がある。
あ、フェルエラ村みたいな値引き価格じゃねぇから。
店も建物まるごとパンケーキ屋で、個室もある。
もちろん、おれたちは今、個室利用だ。
丸いテーブルにおれとヴィクトリアさんとリンネの三人で。
別のテーブルでは、セリア、ビュルテ、レーナ、シトレの四人が。
……あいつら、すっかりこのパターンに慣れやがったな。メフィスタルニアん時は、セリアもビュルテもめっちゃ遠慮してたのに。
あ、シトレのヤツ、おかわり注文してやがる!? あいつ慣れ過ぎだろ!? おいこらレーナ、隊長としてシトレを止めろ! って、レーナ? なんでレーナもおかわり注文してんの!? レーゲンファイファー子爵家大丈夫かよ!?
……屋敷で留守番してるゼナへのお土産、3枚にしといてやるか。
「ケーニヒストルータの店が聖都にも出店しているとは本当に嬉しいんですの」
にこにこと笑うヴィクトリアさんの銀髪が揺れる。うん。この子も、やっぱかわいいんだよな。メフィスタルニアでゴーストにならなくて良かったよ、ホント。
「フェルエラ村でも食べられるよ~」
「そうですの。本当にフェルエラ村は不思議なところですの」
意外と仲がいいんだな、この二人。
まあ、フェルエラ村での訓練は基本、一緒だしな。ヴィクトリアさんはほぼ毎朝、ウチまで姉ちゃんの朝飯、食べに来るし。
「アインさま、他の地にはまだ美味しいものがございますの?」
「ああ、ありますよ。例えば……」
おれはいくつかの町で有名なご当地フードを紹介する。
それから食べ物の話題でけっこー盛り上がった。
続いてお買い物。
もちろん、お店はハラグロ商会聖都支店。
ある意味ではありとあらゆる物を準備できる最強の百貨店だ。
ヴィクトリアさんは、服飾部門で採寸して、新しいドレスを用意する。そんで、それはおれ、レーゲンファイファー子爵からのプレゼントとなる。
何か買ってほしいものがあるかと尋ねたら、ドレスがほしいって、お嬢さまってのは、頼むものがすんげぇんだよな。まあ、問題なく買えるんだけどさ。買えるんだけどね。
リンネと、セリアやレーナも加わって、きゃいきゃい言ってる。護衛のビュルテとシトレは静かなもんだ。あ、シトレはもともと無口な方だったな、そういえば。
とりあえず支払いについて店員と話そうとしたら「番頭から全て言われたままに用意せよと命じられておりますので」と支払いを拒否られたんだけど、ええと、これ、支払うまでもなく投資している資金から引いてくれるってことだよな? まさか本当に支払わなくていいってことじゃねぇよな?
ちなみにヴィクトリアさんはドレスを5着用意することになった。この夏のパーティー用らしい……って5着!? いや、払うけど? あれ? 払うのか? 支払い拒否られたけど? ていうか、5着かよ? 貴族令嬢すげぇーな?
リンネは普段着用のワンピースを3着。うん、かわいいよ義妹! 庶民的とは言えない高級感はあるけど、ドレスほどじゃねぇ! こうやって感覚ってマヒるんかな? これ普段着なの?
あとはアクセサリー類も見た。
これとこれが先程のドレスに合うものです、と言われた分はこっちが買うともなんとも言ってないのに用意されてたし? え? なんで?
……ていうか、ヴィクトリアさんが顔を真っ赤にして喜んでんだけど!? 何その豪華そうなネックレス? しかもドレスに合わせて5種類? マジですか!? え、いや、そんなに喜ばれたら否定できねぇし?
ええ? おれから贈られたドレスとネックレスでパーティーとか出てたら、ヴィクトリアさん、新しい婚約者見つけられなくない? だって、ハラグロが用意した最高級の物よりもいい物を贈れるヤツなんていねぇだろ? そりゃ?
……いや、ヴィクトリアさんからは色々とアプローチされてはいるんだけどさ。いるんだけども。
まさか、姉ちゃん!? これも含めておれをハメようとしてんの? あれ? でも姉ちゃん、ヴィクトリアさんとの婚約は反対してたような?
「どこかで見たと思ったが……」
突然、男の声がした。「聖女の護衛ではないか。聖女がこの店に来ているのか?」
はぁ?
振り返ると、そこには『聖騎士』となったトリコロニアナ王国の第三王子、脳筋マーズが護衛と文官を引き連れて立っていた。
なんでか、おれがマーズと接近遭遇……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます