アインの伝説(65)
王城の侵入経路は、闘技場経由で入る。正面突破は厳しいし、目的に合わない。
訓練とか閲兵とかの関係で将軍府と闘技場はつながっているので、正門から入らなくとも王城の内部には到達できる。
正門から入って、まっすぐ正面が王宮。でも、魔王……はここにはいないらしい。
基本は神殿で祈りを捧げ、こないだおれが襲撃してからは行方不明とのこと。
行方不明なのに扱いが雑な気がするけど、セリフが「よきにはからえ」しかないという話なので、それも当然なのかも。
王宮から左手、正門から右手が宰相府。ここが本日の目的地。ターゲットはここで執務しているか、会議しているか、どっちかだ。誰かと面会していれば宰相府の謁見室かもしれない。
召喚の魔宰相とやり合うなら、狭い方がいい。
戦闘場所に召喚できないサイズのモンスターはゲームでは出てこない。とはいってもここは戦闘場所が変動しないゲームと違うので、狭いところででっけーモンスターを召喚されちまったら何が起こるか予想できないので、それはそれで困る。
まあ、サワタリ氏のソロクリアでの魔宰相対策は、召喚モンスターを無視して魔宰相を殴れ、だからな。
そんで、召喚モンスターに襲われてダメージを喰らったら離脱して回復、一度召喚モンスターを倒して、次の召喚で同じことを繰り返す。
魔宰相自身はそれほどの強さがないので、魔宰相を倒してしまえば、残った召喚モンスターを始末するだけ、の、簡単なお仕事です。ハイ。
どっちかというと、戦闘後の逃走の方に課題があるかも。ていうか、ある。そこ、頑張ろう。
正門から左手、王宮から右手が将軍府。現在、もっとも混乱しているお役所、らしい。
魔宰相の怨念に引きずられて戦を始めたものの、トリコロニアナ北部をいつまでも落とせず、その先の小さな領地をいくつか征服したけど、それだけの戦果しかなかった。
大きな戦果を求めた魔宰相に対して、わらわっ子の仕掛けた王都急襲という電撃作戦を提示して、必勝態勢で更迭していたビエンナーレ・ド・ゼノンゲートを復帰させて投入。
トリコロニアナ王家が遷都を決断するほどの戦果は上げたものの、長耳族の副将を失い、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲートが撤退。
宰相府からは、宰相が送り込んだ長耳族の副将を始末するための謀略ではないかと疑われた。
たぶん、真実は逆かもな。隙あらば強過ぎて邪魔なビエンナーレを始末したかったのは宰相府の方だろう。
逆に宰相府から提案された辺境伯領への弓姫誘拐作戦は、王都電撃作戦の失敗で受け入れざるを得ず、最大級の魔物戦力を投入した宰相府に流されていく。
その結果は弓姫の誘拐に失敗し、傭兵によって魔法戦力を充実させた辺境伯の反抗でいくつもの拠点を失い、総力を挙げて領都を攻めるも、牛頭王を勇者に倒されて潰走してしまう。
将軍府のトップ、鬼族の長老たちは、内心では講和に傾いている。
でも、虚勢を張り続けてきたので継戦を主張する魔宰相の前でそれを脱ぎ去ることはできない。
鬼族の長老たちは実戦経験などなくて、ただ年齢を重ねただけの存在でしかないとのこと。
その長老たちからしたら、自身が幼子の頃から宰相を務めていた魔宰相はもっとも苦手な存在らしい。なんとか敗戦の責任をなすりつけたいけど、それもうまくいかない、と。
トドメに、人間がガイアララに潜入している可能性が示された。その知らせを受ける前に神殿にいた魔王……あのお方……が何者かに襲われ、姿を消してしまう。潜入した人間とあのお方はいったいどこへ消えたのか。
あまりにも将軍府は軍事を預かる側として失態を繰り返している。講和が望ましいという考えもあるのだけど、失態を誤魔化すためには継戦という選択肢も考えられる。それがわらわっ子の言う、講和が五分五分という内容だろう。
将軍府の衛兵と同じ装備で、闘技場から将軍府へとつながる回廊をすたすたと移動していく。もちろん、わらわっ子からの横流し品だ。
慌てず、騒がず、平常心。あー、いやいや、これ、難しいわー。つい、足が早くなる。そりゃそうだろ。緊張するもんな。見た目はツノありだけどさ。装備も本物の衛兵のものだけどさ。
将軍府に入って、周囲を見回す。
とりあえず、特に誰からも咎められることなく、割とあっさり侵入できた理由はわかった。
あまりにも将軍府がばたばたしてるからだ。
「牛頭王の生死を確認するための宰相府への文書は出したか!」
「神殿での聞き取りはどうなった?」
「動かせる支配下の魔物の数は本当にこれだけか? 再計算は誰がやっておるか!」
「あのお方の行方は誰が捜索している?」
「ニンゲンどもの中にあのいまいましい『勇者』がいたという情報は確かか! 確認を急げ!」
「宰相府より先に情報を整理しろ! でないと話にならん!」
「ゼノンゲート卿はまだか! ちゃんと呼び出したのだろうな?」
「王城の貴賓牢にいるブラストレイト卿との面会依頼が通らんとはどういうことだ!? 宰相府は何を考えておるか!」
「宰相府の会議はいつ終わる? 昼過ぎまで待ってはおれん!」
「商業神の御業持ちに余りは? ない? それで増援など無理に決まっておるだろうが!」
……怒号が響きまくってるわー。この混乱がおれのせいだとしたら、なんか、すんません。別に悪気はないんですけどね。狙ってやったワケじゃねぇんだけど。まあ、都合はいい。
「おい、そこの!」
うおっと。声をかけられた。
「闘技場の門衛の交代か?」
「……はい。夜番を終えて、交代しました」
「眠いところをすまんが手が足りん。宰相府にこれを届けて、必ず返事をもらってこい」
「……は、はい」
これって、チャンスか?
おれは差し出された文書を受け取る。増援のために追加できる魔物の数と種類を問い合わせるものらしい。これは、利用させてもらうしかない。
「宰相府のどなたに? あと、返事はどこへ?」
「ああ、宰相府のネトルズリィ卿に届けて、返事はマールグラン翁かハシュバリー翁まで頼むぞ。いらっしゃらない場合は誰かに言づけて休むがいい」
誰だ、そりゃ? ネトルズリィってのは聞き覚えがあるけどな。クィンをハメたヤツだろ?
「了解しました」
「うむ」
言われて、頭の中でわらわっ子たちから教わった王城内の地図を思い出す。確か、宰相府と将軍府は正面玄関が向き合っていたはず。
だから正面玄関を出て行けばいい。
そう考えて歩き出す。
だけど、その正面玄関からとんでもねぇヤツが入ってきた。
っ……ビエンナーレ!
バレ……ねぇよな? 装備まで完全に衛兵モードだし?
道を譲って頭を下げ、ビエンナーレが通り過ぎるのをドキドキしながら待つ。
気づかれるはずがない。そんなことはあり得ない。でも、数少ない、おれ自身を知る魔族であることは間違いない。
ビエンナーレは衛兵など気にも留めずに過ぎ去っていった。
頭を上げて、小さく息を吐き出す。緊張とともに。
そして、ビエンナーレから離れるように急ぎ足で将軍府の正面玄関を出ていく。衛兵が敬礼するので、同じ敬礼を返してそのまままっすぐ宰相府を目指す。
これはもう、難度が爆上がりだ。
なんでよりによってこのタイミングでビエンナーレがここに?
将軍府と宰相府の間は約20mぐらいしか離れていない。小学校のプールの縦の長さすらない。ガイアララにそもそも土地が少なく、この町自体がいろいろなものを詰め込むように建設されたせいだろうか。
魔宰相との戦いが長引き、周囲に気づかれたら、すぐにビエンナーレが駆けつけてくる可能性があるということ。
ゲームだとあり得なかったシチュエーションだ。
魔宰相と魔侯爵を同時に相手はクソゲーだろ……。
戦闘開始からいかに素早く魔宰相を倒すか。
とにかくソッコーを決めるしかねぇ。
宰相府の入口の衛兵にさっき覚えた敬礼をして、中へと入る。
宰相府の中も、将軍府ほどではないが、やはりバタついている。
おれは、忙しそうにしている鬼族の職員の一人に声をかけた。
「すまないが、マールグラン翁とハシュバリー翁から宰相閣下へ直接文書を届けて、その場で返答を頂くように指示を受けたのだ。どうすればいいだろうか?」
「マールグラン翁とハシュバリー翁ですか? 少し、こちらでお待ちください」
おお、どうやらなんちゃら翁の二人はお偉いさんらしい。言われた通りにそこで待つ。ここであせっても仕方がない。
待っていると、声をかけた鬼族が一人の長耳族を連れて戻ってきた。
「お待たせしました。宰相閣下の秘書官の方をお連れしました」
「マールグラン翁とハシュバリー翁からの緊急の文書と聞きました」
「はい。とても急いでいるようで、将軍府は今は混乱しており、警備の交代の合間に突然頼まれてしまって、何分、慣れないことでどうすればよいか分からず、こちらの方に相談したのです」
「そうですか。文書はお預かりしても?」
「はい。ですが、すぐにお返事をということですので、ご一緒させて頂けますでしょうか?」
「……ええ、かまいませんが」
おれは文書を差し出す。
秘書官は怪訝な顔をしながらも恭しく文書を受け取り、歩き出す。
それに従って、後ろをおれは歩く。
階段をのぼって2階へ移動し、ひとつの扉の前に立つ。
「こちらでお待ち下さい」
そう言われたおれはわずかに横に移動して、開いた扉の隙間から中を確認する。
わずかな時間だったけど、確かに、そこにはゲームで見たことがあるボスキャラが座って執務をしていた。中に護衛もいる。二人だ。
一度閉じられた扉を前にして、どう動くべきか計算する。
まともに戦闘できる広さはない。だが、来客用のソファとテーブルがあって、その向こうに執務机があった。
狭すぎる、ということもない。
魔宰相と、護衛が二人、そして秘書官。
なら、初手は……。
扉が開いて、秘書官が顔を出す。
「こちらの書類は、どうもネトルズリィ卿に、うわっ……」
しゃべっている秘書官を押し込んで、執務室に突入する。
『ララバイ』
闇の女神系阻害魔法スキルで室内の4人を一気に眠らせつつ、扉を閉めて、内側から鍵をかけた。タッパのファンクションキーでいつもの装備に戻す。
「ぐ……」
「何、を……」
秘書官と護衛の一人が倒れていったが、護衛の一人と魔宰相本人はレジストしたらしい。
「潜り込んだという、ニンゲンか!」
魔宰相、リーズリース卿がそう叫んで召喚の魔法陣を起動させたのと、おれが変身の腕輪を収納して人間の姿に戻り、バッケングラーディアスの剣で魔宰相を斬りつけたのは同時だった。
この戦いで技後硬直はうまくない。スキルを使わず、ひたすら通常攻撃で斬りつけていく。
HPバーは2回斬りつけて1本とちょっと、だいたい1000ダメージだ。魔宰相の総HPは25000で、50回攻撃すればいい。
護衛が剣を抜いておれの背後に迫る。
『ヒエンアイラセターレボルクス、ドウマガンダルフラーレ、ザルツガンダルフラーレ!』
おれ自身を中心点として範囲型攻撃魔法を3つ、炸裂させる。
執務室内が爆発炎上し、石つぶてが飛び散り、風の刃が暴れる。
自分が発した魔法スキルに傷つけられることはない。ファミリーモンキーの群れに対処する時に使った『自爆テロ』と呼ばれる技だ。
魔力の高さはかなりのものだと自信がある。
3つの範囲型攻撃魔法を喰らって、耐えられる相手は少ないはず。本当は眠らせたままでもよかったんだけどな。この部屋の中はもう巻き添えにするしかない。
それでも生き延びた護衛に一度斬りつけられる。
おれは振り返りもせず、魔宰相に向かってバッケングラーディアスの剣を振り回す。
『ヒエンアイラセターレ、ドウマガンダル、ザルツガンダル』
範囲型攻撃魔法の上級スキルも3つ、同じく『自爆テロ』で使う。
そこで、護衛が力尽きた。眠らせた二人も、一度目を覚まし、ここで力尽きる。
だが、召喚が完了して、オーガが2体、執務室の天井すれすれの位置から、おれを見下ろしつつ掴みかかってきた。
召喚されたのがオーガというのはおれにとってはまだ当たりの部類で、魔宰相にすればハズレだろう。ランダム召喚はゲームと同じらしい。ただ、掴まれるのはうまくない。一度、魔宰相から離脱して、扉の前に下がる。
外から、扉を叩いて、誰かが何かを叫んでいる。
「こんな、直接的な手段に出てくるとは……」
「アンタが仕組んだ戦争だって直接的な手段だっつーの」
マジで問答無用。お互い話せばわかるなんて思っちゃいないだろう。
エクスポ1本を自分自身に浴びせつつ、魔法を放つ。
『ヒエンゴ、ドウマロ、ザルツロ、ヒエンゲ』
攻撃魔法2発ずつでオーガが消え去り、おれは再度前進して執務机越しに魔宰相を斬りつける。
「強過ぎる! ゼノンゲート卿を倒したという、ニンゲンかっ!」
魔宰相は再び召喚の魔法陣を広げながら、今さらだけど剣を抜く。今さらだけどな。そもそも護身用に帯剣してるけど、別に魔宰相は剣士でもなんでもない。必死に防御姿勢をとって、おれが殴りつけるように振るうバッケングラーディアスの剣の衝撃に耐えている。
魔宰相を中心に広がった召喚の魔法陣は急速にその大きさを増して……。
そのまま消えてなくなった。
「召喚失敗……?」
「馬鹿な! あり得ぬ!」
確かに、そんなことって、あったっけ?
おれは頭の中を?マークでいっぱいにしながらも、耐え抜こうとしている魔宰相をひたすら斬りつけていく。
背後の扉はガンガンと何かが叩きつけられる音がしている。
正直、もっとスマートな暗殺ってものに憧れてた。でも、残念な絵面で、本当に不格好で、現実はこんなもんかもしれない。暗殺なんてしたことねぇし。
イケメンエルフの顔が憎しみに歪んで、あと少しでHPバーも削り切れる。
その瞬間。
背後の扉が打ち破られると同時に……。
執務室の天井が、壁が、ガリガリゴリゴリゴゴゴゴゴと音を立てて崩れ……。
おれはとっさに身をかわしたけど、魔宰相の頭に石造りの天井が崩落してきて、魔宰相の最後のHPバーを消し去って……。
『ブゥオオオオオオォォォォーーーンンンンッッ!!』
汽笛のような、遠吠えのような、何かが大きく鳴り響き……。
『デンガラ』
全ての視界を真っ白に染める電撃が降り注ぎ、さらには大きな湖をそのままひっくり返したのではないかという大雨が降りつけ、一気にHPを削っていく……。
魔宰相を救おうとして背後に侵入してきたはずの魔族が、その轟雷と大雨であっさりと事切れ、倒れている。
召喚の魔宰相が召喚したモンスターは、魔宰相を倒してもその場に残る。でも、魔宰相を削ってから倒す、それは簡単なお仕事……のはずだった。
さっき大きく拡大していって消えてなくなったと思った召喚の魔法陣は消えたワケじゃなかったらしい。
ただ、そのモンスターにふさわしい大きさまで広がったからおれからは見えなくなっただけだったのだろう。
「……あのヤロウ、命を賭けて年末ジャンボ宝くじの1等を引き当てやがった」
おれは2本目のエクスポを自分に振りかけながら、視線を上へと上げる。
そこには、全長50mはあろうかというクジラ型の浮遊魚モンスターが、宰相府と将軍府の建物を崩壊させつつ、そこに浮かんでいた。
『ブゥオオオオオオォォォォーーーンンンンッッ!!』
そうやって鳴く、そのモンスターの名は「テラガラゲラ」。
でも、ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』のプレーヤーたちはその極悪で危険なモンスターをそんな名前では呼ばなかった。
おれたちはこいつをこう呼んだ。
『極大危険デンガラデンゲラテラデンジャラス』。
通称が本名より長いって、イカれてるよな、マジで。いや、ていうか、今から、コイツの相手すんのかよ……。
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