聖女の伝説(41)



 翌朝。

 朝一番で、宿におじいちゃん執事のオブライエンさんがやってきた。


 ユーレイナが騎士団へ報告に出向いたから、おれたちがケーニヒストルータに到着したことがわかったんだろうな。


「神々のお導きにより、レーゲンファイファー男爵との再会が叶いましたこと、このオブライエン、心よりお慶び申し上げます」

「神々のお導きにより、オブライエン殿との再会が叶ったこと、嬉しく思います」

「……さっそくですが、本題に入らせて頂いても?」

「ええ、いいですよ」


「では、すぐに宿を引き払って、前に使っていた屋敷に移動なさってください。あの屋敷はアラスイエナお嬢さまの屋敷となっています。養女を宿に泊まらせるなどと、侯爵閣下の評判に関わる問題になります」

「あ、そうなんだ?」


「……まさか、以前のような小さな部屋に?」

「いや、一番いい部屋に泊まりましたよ……?」


 ……ハルクさんのアドバイスに助けられた! 言われた通りに高い部屋に移動しといてよかったぁ……いや、それにしても知らなかったよ……あれ、姉ちゃんの屋敷だったんだな。でも、侯爵家の屋敷であることに変わりはないってことは、使用人は基本、全部スパイなのかぁ。面倒だなぁ。ん?


「……姉上の屋敷ということは、私は引き続き、この宿に泊まるんですよね? 引き払う必要はないのでは?」

「いえ。男爵はアラスイエナお嬢さまの実弟です。遠慮なく、屋敷の方にいらしてください」

「はい……」


 ……というワケで、朝から引っ越しになった。


「あ、オブライエン殿、ちょっと相談が……」


 おれは、事前におじいちゃん執事に相談して、侯爵との面会か少しでもうまくいくように、調整する努力を進めた。






 スパイだらけのお屋敷に移ると、さっそくヴィクトリアさんが遊びに来た。


 ……いや、遊びに来たんだけど、遊びじゃないというか、でも姉ちゃんと接する姿を見たら遊びに来たとしか思えないというか。


 正確にはダンスレッスンにやってきたのだ。


 ケーニヒストル侯爵との面会のあと、何日かしたら夜会ってのが侯爵主催で開催される。

 その頃には侯爵領内から寄子の貴族たちがケーニヒストルータのタウンハウスに集まってきているから、その場で養女となった姉ちゃんを紹介したいのだそうだ。

 おじいちゃん執事は断ってもかまいません、とは言っていたけど、姉ちゃんが侯爵令嬢として寄子や他の貴族に認識されていることも重要なので、断らなかった。


 そんで、姉ちゃんのエスコート? パーティーに連れて行く役割はおれになった。もちろんこれは誰にも譲れない。

 そして、侯爵令嬢としての紹介はダンスを踊るらしくて、そのファーストダンスパートナーも、おれだ。もちろん誰にも譲る気はないし、姉ちゃんにはワガママを言って、セカンドダンス以降は全て断ってもらう予定になっている。

 姉ちゃんと踊るのはおれ! おれだけ! ここ大事! テストに出るぞ! 出るからな!


 その時、妹にあたるヴィクトリアさんも同じく養女となったことを紹介されるんだけど、ヴィクトリアさんのダンスパートナーも、侯爵閣下はおれをご指名。

 余計な虫をヴィクトリアさんにくっつけたくないそうで、おれならちょうど、男爵位のお披露目にもなるので都合がいいらしい。

 ちなみにヴィクトリアさんのエスコートは実父のフォルノーラル子爵だ。

 ダンスもお父さんと踊ればいいのでは? とも思うんだけど、それはそれで、まるでモテない女の子みたいになるらしくて……。


 別に断る理由もないので、それも引き受けた。妹分のヴィクトリアさんの相手をすることについては姉ちゃんも積極的にやりなさいアインって感じだったし。


 そんな理由で、姉ちゃんの屋敷にヴィクトリアさんがやってきて、ダンスホールは3人で貸切状態だ。もちろん、ダンス講師の先生と、音楽を奏でるオーケストラはいるけどな。練習にどんだけ金かけてんだ、この屋敷は? 意味わかんねぇんだけど!?


 それはともかく、姉ちゃんとヴィクトリアさんは交代で休憩できるんだけど、おれは休憩なしだよ?


 別にできるけどな! そのくらいの体力は超ヨユーであるけどな! あるけども! 削られるのは体力じゃねぇーんだよ! 体力じゃ!


 姉ちゃんとの触れ合いはもういつものことだから、嬉しいけどもドキドキはそこまではしないとして、問題はヴィクトリアさんの方だよ!


 もちろん、ダンスで触れ合うのは恥ずかしいことじゃねぇからな? そんなこたぁわかってんだよ?


 でも、なんつーか、ドキドキの種類がちょっと違うんだよ!?


 いや、貴族どもがダンパで踊るのって、合法的に女の子をお触りするためなんじゃね?

 あ、うっかりとか言って、ほっぺにチュッ、とかできちゃう距離感だからな!?

 腰に回した手が簡単におしりまで滑り落ちるからな!?

 ちょっと抱き寄せたら胸が当たるからな!? ヴィクトリアさんまだまだぺったんだけど! まだまだぺったんだけども! ミニクロワッサンか小龍包だけども!


 嬉しいよ? 嬉しいさ? もちろん嬉しいに決まってんだろ?

 おれは「ディー」だからな! 嬉しくて当然だろ? 中学の体育の授業のオクラホマミキサーで夜も眠れない「ディー」なんだぞ?

 それにヴィクトリアさんはかなりの美少女だし? 嬉しくて何か問題でも?


 問題は姉ちゃんだな。もう姉ちゃんは一生、おれ以外とダンス踊っちゃダメだからな!


 それにしても、こっちの屋敷に入ってから、姉ちゃんがなんかいろいろと勉強してる気がする。


 執事を呼んだり、メイドを呼んだり、ハラグロ商会から人を呼んだり、しまいにゃおじいちゃん執事まで呼んだりして、めっちゃ何かを勉強している。

 姉ちゃん、そのおじいちゃん執事、実はこの領地のナンバー2だからな?

 侯爵の片腕とか呼ばれてるけど、実質的にはこのおじいちゃん執事の方が領地のことは動かしてっから。

 本当はそんな気安く呼び出せるようなおじいちゃんじゃねぇから。


 まあとにかく、姉ちゃんはヴィクトリアさんと遊……有意義に過ごしている時以外は、なんか、よくわかんねぇけど頑張ってんだよな。


 まさか、貴族としての自覚とか、生まれたんじゃねぇだろうなぁ。領地経営のことなら、おれの方でなんとか頑張るんだけどさ……。






 いろいろあったけど、面会の日がやってきた。久しぶりのシルバーダンディはやっぱりシルバーダンディだった。


 姉ちゃんと一緒に、侯爵閣下の執務室のとなりの応接室へ案内されて入る。


 教わった作法はきっちり守って着席し、会談が始まる。


「さっそくで悪いんだけどね、頼みがあるんだ、アイン」

「何でしょうか?」

「ハラグロ商会の番頭、ガイウスとの間での、仲介を頼みたい」


 姉ちゃんがきょとんとした顔をしている。ちらりと目をやると、リンネの話をするんじゃないの? と顔に書いてあった。


 ソルレラ神聖国でおれとガイウスさんが話をしてた時もとなりにいたんだけど、よくわかってなかったのか、それとも、今は頭ん中がリンネを助け出して守ることにしか働いてないか……。


 姉ちゃんの護るべき相手に対する集中は、ハンパねぇからな。以前はおれより弱いクセにおれを護ろうとして大変だったよな。


「ガイウス氏はソルレラ神聖国にいると聞いております。仲介は難しいと思うのですが?」

「そのことはわかっている。実は、ウチとハラグロ商会は……なんというか、ちょっとうまくいってなくてね。話し合う機会がほしいんだ。なんとか、ケーニヒストルータまでガイウスを呼ぶことはできないだろうか?」


「……他国にいる者を呼ぶ、ということがどれほど難しいことかは、侯爵閣下にご理解頂けると存じます。仲介しようとしても、実現できるとは限りませんので、簡単にはお引き受けできません」


「アイン。君が頼めばガイウスは動くだろうと、オブライエンがそう言っていた。オブライエンの読みが外れることはあまりないからね。どうだろう? ここはひとつ、引き受けてくれないかい?」


「具体的には、ガイウス氏と話し合う機会が用意できればそれでいいのでしょうか? それともその先の、ハラグロ商会との関係改善までお望みでしょうか?」

「……会談の機会を、と言いたいところなのだが、ずいぶんとこじれてしまっていてね。関係改善まで、助けてもらいたい」


 ほほう。それはそれは。

 これで、ガイウスさんが教えてくれなかったことが聞けるな。


「関係改善をお望みであるなら、お役にたてるかどうかは、より難しいところでありましょう。そもそも、私は、閣下がどのようにハラグロ商会との関係を崩されたのか、お恥ずかしいことですが、存じ上げておりません。いったい、ケーニヒストル侯爵家とハラグロ商会との間で、何があったんでしょうか? 私にはあの親切なガイウス氏がケーニヒストル侯爵家との関係を崩すとはとても思えないのです。ケーニヒストルータに出店するのは全ての商人の夢だ、なんてことも言っておりましたので……」


 さりげなく、ガイウスさんのケーニヒストルータへの憧れもアピールしておく。


 ……喜ぶかと思ったのに、逆にシルバーダンディの顔がちょっと凍ったように見えたんだけど、今のって気のせいだよな?


「関係改善まで踏み込むのであれば、互いの事情を把握しないと無理だと思うのです。ハラグロ商会とは親しくしておりますので、いろいろと話は聞きますが、特に問題はない、とばかり」


「……特に問題はない、か。いや、まあ、そうなんだろうね」


「それで、なぜ関係がうまくいっていないと侯爵閣下は思っているのでしょうか? ハラグロ商会からすると、別に関係を改善する必要などないようなので、とてもお役に立てそうにありませんが」


「いや、まあ、なんというか……これは、ここだけの話にしておいてほしいのだけれどね、実は侯爵家はハラグロ商会に対して商船の利用を禁止したんだ」

「は……」


 思わず、はあっ、と大きな声が出そうになったけど、なんとか途中で止めることができました。自分を誉めてあげたいです、はい。


 ……っていうか、びっくりするだろ、フツー?


 ハラグロ商会はトリコロニアナ王国を拠点とする大河の北側、河北の商会だろ? 船での輸送ができなかったらケーニヒストルータでは何もできねぇじゃん! 普通なら! フツーならな! ハラグロ紹介はフツーじゃねぇけどな!


 そんなん、侯爵家からハラグロ商会への宣戦布告……を通り越して、最終兵器の出番みてぇーなもんじゃん? 何やってんのケーニヒストル侯爵家! シルバーダンディって頭おかしいのかよ!?





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る