聖女の伝説(42)
おれはシルバーダンディ侯爵閣下の後ろに控えているおじいちゃん執事へとはっきりと視線を移した。侯爵閣下にはちょっと無礼だけど、さっきの発言の真偽は見極めておかないと!
おじいちゃん執事はおれと目が合うと、静かに目を閉じた。
……これ、その通りでございますって、サインだと思うけど、間違ってないよ、な?
「……それはまた、ひとつの商会に対して、ずいぶんと大きな神罰が下ったようで」
でもまあ、それはハラグロがフツーの商会だった場合だけどな。
そりゃ、特に問題ない、って言うはずだよ。
ハラグロ商会にとって、商船の利用禁止は、そこまでの痛手にならない。なるはずがない。
なぜなら、ハラグロの流通のカギは、商業神系魔法スキルにあるからだ。
ハラグロ商会の4人の奴隷職員。
うちの村にある店には代わりばんこで出入りしてると思ったら、そういうことだったのか。各地を飛びまくってたんだな、あいつらは。
一度訪れた町や村などに転移可能なリタウニングと、ボックスミッツよりも多くの物品を収納できるボックスマックス。
このふたつのスキルが使えるあの4人がいれば、馬車や商船は不要。心配するのはリタウニングというスキルのクールタイムだけ。
この4人が輸送を担当すれば、クールタイム期間だけで大河を渡って商品を移動させることができるのだから、商船の利用禁止なんか、別に痛手にもならない。
それどころか……。
……通常なら商会への死刑宣告にも等しい「商船の利用禁止」を突き付けられて、ガイウスさん、めっちゃ腹を立てたんだろうなぁ。
そりゃ、怒るだろ? 絶対に怒るに決まってるよな? あ、これ、関係改善とか無理じゃね?
シルバーダンディ侯爵サマってば無理難題過ぎるだろ? ちょっと頼むよ、みたいな内容じゃねぇじゃん!
「そのようなことがあった上での関係改善など、私にはとてもできそうにありませんが……」
「そこをなんとか頼むよ、アイン。君しか頼れないんだけれどね?」
「いえ、誰にもできないと思います。そもそも、ハラグロ商会は商船を利用せずに、問題なく動いているんですよね?」
「……ああ、不思議だが、どうやらそうみたいだね」
「侯爵閣下からは関係改善とのお話ですが、ハラグロ商会はそのようなことを求めていないのでは?」
「……君は、本当に痛いところを突いてくる。アイン」
あちゃ。余計なひと言だったかな?
「……だが、こちらとしては困っているんだ。もうケーニヒストルータの衣類関係と食品関係のほとんどがハラグロ商会の傘下におさめられていてね」
……衣類と、食品? まさか?
それって、ウチの村の一番の得意分野じゃん? あれ? ウチとハラグロとの独占買取契約で、肉とか、毛糸とか、確か安値設定だったよな?
たぶん生産量は……尋常じゃない数で売りに出してる気がするんだけど……ということは、突き詰めて考えれば、シルバーダンディを追い詰めるのに、おれの領地が間接的に加担してるってことか?
いやいやいや、知らなかったし? おれのせいにはならないだろ? ないだろ? ないよな? ないって言って! 誰か! ガイウスさん!? まさかおれまで巻き込もうとしてる!?
「……それが何か、問題なのでしょうか? 違法だとか?」
「いや、違法ではないが……」
だろうな。違法なマネはしてないって豪語してたもん、ガイウスさん。
違法なマネは確かにしてない。
でも、たぶん、おれを巻き添えにする気はあったと思う。そういう人だ、ガイウスさんは。まあ、そもそも最大の資金提供者でオーナーなんて呼ばれてんだから、どうあがいても巻き込まれるんだけどな。巻き込まれるんだけども。
「かなりの数の商会が、ハラグロ商会の下に入ったんだ……」
「違法性は……」
「ないね。こっちが付け入る隙は一切ない。驚くほど見事な手際で、信じられないほど巨額の資金を動かしていた。もはや手も足も出ない」
「それで、ハラグロ商会が合法的にケーニヒストルータで手をのばしたとして、何か侯爵家がお困りになるのでしょうか?」
「いや、そこで困ることはないんだが……」
まあ、そうだよな。合法的な活動でやってんだろ?
「……仕入れで買い叩かれた村がいくつかある、という程度の被害だね。ウチの領内の村ばかりなのが困るといえば困るけれど」
「え? それは違法なのでは?」
「いや、いろいろあって、それも合法だ。仕入れ値を下げてもそれで契約したのはその村だからね。まあ、それらの村は生活が苦しくなるという未来が見えて、跡継ぎではない次男や三男が村を捨てて出たらしいけれど……」
……こんなところにも落とし穴が! そいつらウチの村の外壁工事とか、ハラグロが建ててる建物の工事とかで雇われてる連中じゃん!
ちょっとガイウスさーんっ!? いったいどこまで巻き込む気なんだよーっ!? いや、確かにウチはずぶずぶだけどさ! ウチとハラグロの関係はずぶずぶの沼だけどさ!
ええ、そうですとも! 完全なる御用商人でござるよ! 実に腹黒いエチゴヤでござる! であえ、ものどもであえぇぇい! 成敗してくれるぅ! みたいな腹黒い感じですよ!?
「ええと、なんというか……このような状況で番頭がソルレラ神聖国にいるというのは、侯爵家との関係を改善するつもりがない、ということかと思うのですが?」
「そうなんだろうね。だから、アイン、君を頼ろうと思ったんだけれど」
「……交渉とは、互いに利を得ることができてはじめて、うまくいくものだと愚考いたします。今までのお話では、侯爵家の利も、ハラグロ商会の利も、私には見えませんでした。関係改善の交渉にはお役に立てそうもありません」
「……本当に君は、その歳とは思えないことを言うもんだね」
「……お褒めに預かり光栄です。侯爵家が商船の利用をハラグロ商会に認めたとしても、それがなくとも活動できているハラグロ商会には何の利もありません。何か、侯爵家からハラグロ商会に利を示すことはできるのでしょうか?」
「ハラグロ商会に与える利、か。それがないと交渉もままならない、ね……」
シルバーダンディが後ろに立つおじいちゃん執事に、小さく何か、サインを出した……んじゃねぇかな、と思う。そんな感じに見えたんだけどな。
「大旦那さま、発言を許可して頂きたく存じます」
「……オブライエンか。許そう」
……この二人って、実は幼友達で親友なんだよな? ハラグロ商会の調査報告にあった。そういう情報を持った状態で見ると、今のやりとり、お芝居みたいに思えるな。
「アインさま、発言を許してもらえますでしょうか?」
……侯爵が許したもんをどうのこうの言えるもんでもないけどな。
それと、アインさま、か。まあメフィスタルニアからの関係があるし、そう呼べる仲ですよね、というアピールも含まれてるんだろうな。
この前、宿屋に朝からやってきた時は、レーゲンファイファー男爵って言ってたし。
「どうぞ、オブライエン殿。お話を聞かせてください」
おれは素直に……とはいえないかもしれねぇけど、許可を出した。
「侯爵家がハラグロ商会に求めたいのは、回復薬の取引にございます、アインさま」
いつもならいろいろなことを表情に出さないおじいちゃん執事が、わかっているでしょう? と顔に出してそう言った。
いや、マジでわかってなかったんだけど? 確か、ケーニヒストルータには回復薬を売ってる商会があったよな? 数は出てないみたいだけどさ?
「今の商会と侯爵家との関係では、回復薬を売って頂くことはできないと考えております。トリコロニアナ王国の王都での出来事はご存知でしょう?」
……実はそのこともあんまり詳しくは知らない。
なんか、トリコロニアナ王家からは回復薬を安く売れと言われたから取引しなかった、って程度の話しか、聞いてないし。
ハラグロはおれが頼んだ適正価格で売ってくれてるから、他で買うことを考えたらそもそも安値のはずなのに、トリコロニアナの王家は強欲だよなって思っただけだったし。
「ハラグロ商会は権力に媚びません。商船の使用禁止は悪手でした」
おじいちゃん執事の言葉にほんの少しだけ、シルバーダンディが口元を歪めた。
「ハラグロ商会は合法的な取引しか行っておりません。しかし、ケーニヒストル侯爵領内の町や村からの買取は通常よりも安値となり、領外の、他の貴族の町や村では高値での買取をしています。合法的とはいえ、ケーニヒストル侯爵領の町や村の力を弱め、他の貴族の領内では町や村に力を与えているのも事実です」
「……ちょっと待ってください? どうしてそんなことが? そもそも侯爵領内の町や村がそんな安値の取引をしなければいいのでは? それを合法的に? いったいどうやって?」
「ハラグロ商会は、最初は、全ての町や村に高値での取引を申し出て、数年にわたる長期での契約を結びました……」
そうしておじいちゃん執事が説明してくれた内容は、おれにもよくわかるものだった。
高値で仕入れを独占し、解約のための違約金は安く設定。
仕入れが必要なライバル商会は安い違約金に踊らされて、解約させてハラグロよりも高値での契約を結ぶ。
しかし、ハラグロは仕入れたものを安値で販売。
ハラグロよりも高値で仕入れたライバル商会は仕入れても売り先がない。
そんで、苦しくなってハラグロに吸収されていく、と。
ライバルを潰した後は、一度裏切った相手の足元を見て、安値で長期買取契約。相手も、ライバル商会が潰れて他の売り先がないから、ハラグロと契約するしかない、と。
高値買取、安値販売。ライバル崩壊後は独占高値取引。
ライバルを資金力で潰す常套手段ではないだろうか。
前世の世界なら公正取引委員会が出てくるだろうやり方だ。なんか、ガソリンスタンドか何かでそういうことが新聞に載ってた記憶がおぼろげにある。
グループ内のひとつの店舗で格安販売をして、周囲のスタンドを追い詰めて潰してから、価格を戻すとかなんとか。
だけどここでは合法。独占禁止法などないこの世界の片隅では合法。すずさんもびっくりだろ。
まあ、肉とか糸とかは、うちの村からかなりの安値で大量に仕入れられてるってのもあったんだろうけどな。
あと、ハラグロの膨大な資金力を支える、鍛冶神ダンジョンのホネホネたち、か……。
……いや、責任転嫁じゃないよ? わかってますって。おれから流れてる資金がハラグロの最大の力だってことは。あとは資金を握ったガイウスさんが怖ぇってことかな。鬼に金棒、ガイウスに資金。ガイウスさんつぇ~……。
「……ハラグロ商会との手打ちはもはやアインさまのお力にすがるしかございません」
うーん……。
「ひとつ、いいですか?」
「何でございましょうか?」
「どうして、ハラグロ商会は商船の使用を禁止されたんですか? 何をしたんでしょう?」
……あ、おじいちゃん執事が能面みたいになってる。うぉっ、シルバーダンディもじゃん! ちょっとガイウスさん!? アンタ何しでかしたんだ?
表情からは一切何も読み取れないようでいて、その表情からは何かとんでもないことがあったってことはよくわかるという、矛盾した能面顔を見せられたんだけど?
「……そのことについては、お話できることはありません」
そ、ソウデスカ……。
……うん。仲介して、関係改善は無理。絶対に無理。ガイウスさん、たぶん関係改善とか求めてねぇし?
そりゃ、頼んだらなんとかなるのかもしれないけどな。しれないけども。
一応、聞いている限りでは、ハラグロに問題は、たぶん、ない。
教えてくれなかった最後の部分にあるのかもしれないけど、教えてくれないもんな。こっちもあっちも。
だから、ハラグロに非はないとして、それでいて仲介する必要性もハラグロにはないし、そんなことなら侯爵家よりもハラグロ商会の方がおれに寄り添ってくれてるしな。
決定。
仲介はしませんっと。
まあ、でも……。
「仲介はしません。というか、できません。関係改善できるとは思えませんよ」
「アインさま、そこを……」
「頼むよ、アイン」
粘るおじいちゃん執事とシルバーダンディ。
「……私もお願いしたいことがあるので、その願いを叶えてくれるのなら、回復薬の取引に関しては、いい情報を流しますよ?」
……こっちの希望を叶えるための機会とさせてもらいますか!
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