聖女の伝説(40)
翌日、ハラグロ商会の馬車がケーニヒストルータに到着して、ユーレイナと戦闘メイドの二人が合流する。
合流したハラグロ商会で、ついでにハルクさんが調査報告をしてくれた。ハラグロの調査はぇーな、おい。恐るべしハラグロ情報網。さすがガイウスさんの鍛えた人たちだ。
神殿と孤児の女の子の取引がある貴族は複数いるらしい。
まあ、人間なんて一皮むけば欲望の獣。
ただし、表向きは全て使用人見習い、らしい。その全てであの神官ラセランが仲介している。これについては孤児院で子どもたちを世話しているシスターには、見習いとして働く場を提供している、ということしか伝わっていない。
まあ、あの巨乳シスターは、そういうあくどい感じの人ではないと思ったけどな。思ったけども。
今回、リンネに関する取引先はリノレイス子爵というケーニヒストル侯爵の寄子の一人。
これをもって侯爵閣下を批難するってことではない。
そういう貴族は、当たり前に存在している。ちなみに、リノレイス子爵は領地持ちの子爵で、領内のふたつの村において、初夜権なるものを行使しているそうな。「ディー」としては興奮してしまうとんでもドキドキな権利だ。
いや、おれはやらないけどな? やらないけども! 本当だからな! ちょっとやりたいと思う気持ちは否定できないけども! でもたぶん姉ちゃんが激怒するから絶対に口には出さないからな!
成人を迎えた15歳の村娘たちは領主館へと着飾って訪れ、領主のお手付きとなってだいたい2~3年は領主館で使用人として働くという。なんでも、そうして妊娠、出産すれば、妾としていい暮らしができるそうな。
何それ、なんなの、領民全部おれの嫁みたいな感じ?
あ、逆に、領主のお手付きにならなかった場合、その村娘は、かわいそうなくらい撃沈らしい。プライド的に。いや、もう、意味わかるけどわかんねぇよな?
後継者を確保するため、というこの世界の貴族社会においては、当然の理由があって、別に否定されていない初夜権。ただし、領民男性からは不評な場合は行使していない領主も多数いる、と。
ちなみにお手付きになって、でも妊娠せずに3年ほどで実家に帰ると、それから村の男性と結婚する。
なんかおれの中の倫理観の中では完全にアウトなんだけど、それが当たり前の領地内では、特に気にしていないという。
意外だ。ちなみに領地が広い領主はあまり行使していないみたい。女の子の数が多過ぎなんだろ、たぶん。
リノレイス子爵の場合は村二つ分、だろ?
小川の村のイメージだったら、姉ちゃんとシャーリーの二人だけだしな。いや、姉ちゃんの初夜権とか、そんな、無理だろ、絶対。おれはその領主をバレナイヨウニアンサツスルネー……。
話がそれたな。とまあ、村ふたつ分なら、領主として、当主として、その在任中に成人を迎える村娘は50人に届かないみたいなので、ハーレム的に考えても、そこまで大きくないのかもしれない。よくわかんねぇけど。
村娘としては、お手付き、妊娠、出産、妾ルートの方が、生活は安定する感じなんだろうな、とは思うけどさ。
ただし、今回のリンネの件は、13歳で使用人見習いとして、ケーニヒストルータのタウンハウス?
ええと、ケーニヒストル侯爵がケーニヒストルータに必ず滞在している黄の3か月を寄子たちがケーニヒストルータで過ごすための屋敷、のことだけど、そこに雇う、という表向きの形をとって、15歳を待たずにむにゃむにゃするつもりだ。
イエスロリータ猛タッチである。
ふざけんな。
だが、そんなくらいの貴族はごまんといるそうな。
とりあえず、ケーニヒストル侯爵を通じて解決するのが一番早い、とハルクさんは分析している。ただし、ハラグロ商会との仲介を交換条件にされるだろう、というのは、なんか筆頭執事のイゼンさんからも聞いてた話と一致する。
侯爵からの明確な指示、命令があれば、ケーニヒストルータの神殿はよっぽどのことがない限り、従うらしい。そして、ロリコン寄子の女の子買取なんて、神殿にとってはよっぽどのことにはあたらないという。
もちろん、侯爵にとっても。だから今回はよっぽどのことには絶対にならないはずだという。
もちろん、おれたちの勝利条件はリンネの保護だ。
だから全力で頑張るし、可能な限り、侯爵の要望は聞き入れるけどさ。
ちょっと、ハラグロとの一件も、ガイウスさんがなんか隠してんだよな。
いや、悪い意味じゃなくて。どっちかっつーと、ガイウスさんは別に侯爵なんかどうでもいいし、かばいたくないけど、おれにはあんまり聞かせたくない、みたいな感じで。なんか内緒にされてる。
そもそもガイウスさん、胸張って、違法行為は一切しておりません、って断言してたからな。
まあ、この世界の合法的な行為には、メフィスタルニアん時にガイウスさんがやってた手足指なし拷問事件が含まれてんだけどさ。あれ、合法なんだよ、マジで。
盗賊処罰はその場で殺害、つまり死刑可なんだからな。殺さずに指を切り落とすだけなんて優しいらしい。
そうは思えないけど。
とにかく、ガイウスさんが隠してる「侯爵の何か」によっては、ハラグロとの仲介なんて無理だろうし、そうなったら自力救済に走るしかないしな。
自力救済? 簡単なことだろ。
リンネ連れて神殿に乗り込んで、あの神官よりも上役と話して、男爵名乗って、義妹が見つかったので連れて帰る、なんか文句あるか? って感じ。
もちろん、まっとうな見習いとしての雇用契約をまっとうな金額の違約金で解約してさ?
もし仮にロリコン子爵との決闘とか、領地間抗争とか、そんなことになったとしたら? いや、負ける気しねぇんですけど、何か問題でも?
というワケで、今んとこ、シルバーダンディ侯爵閣下次第、だな。
とりあえず、ユーレイナには騎士団んとこに行ってもらった。もちろん、イゼンさんから公開可能情報は叩き込まれてるし、なんなら騎士団から逆に情報を持って帰ってもらうんだけどな。
予定外だったのは宿。
ハルクさんの指摘で、一番いい部屋に移動させられた。あれだ、いっつもガイウスさんが使っているようなとこ。すぅいーとぅるぅぅーむぅ、だよ。スイートルームな。
おれの場合はケーニヒストルータにタウンハウスを持ってないから、宿屋に泊るのはしょうがないけど、寄子はケーニヒストルータに金を落とさなきゃいけないらしい。というか、金を落とすように行動すべし、というのが寄子の基本とのこと。
それともタウンハウスを用意しましょうか、とかハルクさんに言われたけど、断っておいた。
まあ、元のあのせまい部屋だと同行したメイド見習いのバディの二人も、護衛のユーレイナも、寝ることさえ難しい状態だったから、これはあきらめるしかないんだけどな。ああ、姉ちゃんと一緒のベッドが……無念……。
なんか、貴族って、イメージしてたよりずっとずっと面倒くさいもんだよな。この話も江戸幕府の参勤交代みたいなもんなんかな?
リンネには……いや、ついでにリンネを含む孤児院の子どもたちには、ハラグロがさりげなくガードを入れてくれてるらしい。何かあったらすぐに報せが入るから、心配はしなくてもいいとのこと。
うーん、ハラグロがやっぱ頼りになるんだよな。はっきりいって、侯爵よりも! ま、そもそもの関係がはるかに良好だからなんだけどさ。その点では侯爵に別に責任とかないし?
別に侯爵は悪くないんだけどな。悪くないんだけども! でも、優先順位がハラグロより下なんだよ、実際……。
宿のスイートルームに騎士団の訓練場から戻ってきたユーレイナから、首をかしげる報告がひとつ。
「……もう一度、お願いします、ユーレイナさん」
「ビュルテと三本手合わせして、三本とも取ったぞ、師匠!」
「そっちじゃないです。そんなことはどうでもいい」
「そ、そんな、師匠……」
……まあ、重要な情報でもある。戦力的に。序列1位のビュルテさんがユーレイナよりも下、ということは、ユーレイナを余裕で倒せる戦闘メイド部隊はすでに誰一人として、ケーニヒストル侯爵家の騎士団に負けることがない、ということだからな。
「ユーレイナさんがもうビュルテさんに勝てるのはわかりきってますから」
「師匠!」
「もうひとつの方の報告です、もう一度!」
「あ、ああ。騎士団がメフィスタルニアへの遠征を計画していると聞いた。どうやら本気のようだ。ビュルテから聞いた後に、騎士団長から従軍を打診され、私は即座に拒否した。どうやら、私とビュルテが強くなったことで、メフィスタルニアに行けば強くなれると考えているようだ。トリコロニアナ王国でもいくつかの領地から騎士を出して、メフィスタルニア奪還を目指すとも言っていた」
……馬鹿なのかな? 騎士って脳筋の集まりなのか? いや、脳筋の集まりじゃないとこうはならないよな? でも死ぬぞ、ほぼ確実に?
「ビュルテさんは?」
「ビュルテも私と同じで、打診されたが拒否したそうだ」
「理由は護衛?」
「もちろん、そこは第一だが、メフィスタルニアの危険性についても訴えた。もちろん、私も同じだ」
「それでも騎士団は、行く、と?」
「そのようだ」
……ハラグロとの仲介が侯爵閣下からの話だろうとは考えていたけど、こっちの話も振ってくる可能性があるな。メフィスタルニアへの同行を頼みたい、とか?
うーん。侯爵との交渉がうまくいく未来が予想できないんだよなぁ。そもそも世界有数の大貴族のトップだし……。
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