木の枝の伝説(4)
月明りのみの薄暗い部屋の中で。
おれは自分でも不思議なくらい真面目な顔をして木の枝を握っていた。
……いや、もしさ、もし、だ。今の自分をどっかその辺から覗き見したとしたら、だ。おれは笑いをこらえられないと思うな! 無理だろ、ムリ!
だって木の枝だろ? しかも母ちゃんがはたきとして使ってる木の枝なんだろ? 葉っぱつきの?
あり得ねぇ~……超絶あり得ねぇ~。いくら7歳の子どもだからって、はたきの木の枝なんてあり得ねぇ~よな。そりゃ、子どもがちゃんばらごっこすんのはそんなに不自然じゃねぇーと思うけど、せめて木の棒だろ、やっぱ。葉っぱはついてねぇよな、たぶん。うん。
そんでもって今、一切笑いなしで木の枝マジで構えてるおれ・・・びびるわ。しびれるわー。
はたから見たら笑える姿だろうと思うな、確かに。でも、おれの内面で言えば、内面で言えば、だ。今、この瞬間は、この世界がいったい何なのかを証明するという……崇高な? これで合ってるかな? なんかちがう気もするけど、まあとにかく知りたいと思う真理の追究? みたいな?
これ、姉ちゃんを的にしてやってんだしな。もし姉ちゃん起きてたら、拳骨一発……いや、三発はあるな、うん。
いや、でも、もうやってみるしかねぇー。とにかくやるしかねぇー。
試すのは剣もしくは槍の物理攻撃初級スキル……カッター。
レベル1から使用可。というか、初級スキルってのはそういうもんだ。レベル1のためのスキル、みたいな? 消費SPは2。
クールタイムという名の技後硬直は1秒、ただしノックバック効果があるので命中すれば問題なし。敵が複数だと困るけどな。単体攻撃だからな。
それと攻撃力2倍。あ、攻撃力ってのは筋力に武器の補正値を加えたもの。それがまるっと2倍になる。
おれはゆっくりと木の枝を握った右腕を水平にまっすぐと、まるで木の枝ごと前にならえをするように伸ばした。
そのまま肩の高さで、木の枝を右腕ごと左肩の方へ動かす。別に肩の高さでなくてもいいんだけど、肩だと水平が分かりやすいからな。
この位置が、おれ的には初級スキル・カッターの予備動作のスタート地点だ。
予備動作ってのは物理攻撃スキルを発動させるために行う身体の動きのこと。
本当はすばやく動かしても発動させられるんだけど、何かのちょっとしたミスで発動しなかったのか、そもそもこの世界ではスキルなんて発動しないのかが分かるように、完璧に、丁寧に、今回の予備動作は行わなければならない。はたから見たら笑える光景でも、おれとしては絶対に笑えないよな。
カッターの予備動作は『剣を水平に左から右へと動かし、そこから斜めにまっすぐ頭上へと剣を振り上げる』という至極簡単なもの。だって初級だもんな。
向かい合う敵は2段ベッドの2階で寝てる姉ちゃん。おれの天敵。
おれは予備動作のスタート地点から、右肩を中心として、右腕ごと木の枝をまっすぐ、立っているおれの前方で半円を描くように右へと動かしていく。
そして、そのまま身体の右側に、右肩の高さで右腕ごと木の枝をまっすぐ伸ばした位置まで動かして止める。
小さく鼻から息を抜き、今度はそのまま、右ひじをたたむように木の枝を頭上へと上げていく。少しずつ右ひじの位置も高くなる。さっきまでぴんと伸ばされていた右腕が、今度は顔の右側で三角形をつくろうとしている。
そのまま振り上げた木の枝がおれの身体の中心線の真上にきた瞬間……。
木の枝が薄く、青白い光を帯びた。
まるで帯電しているかのような、ほんのりとした光。
スキル発動準備完了エフェクトっっ……。
ごくり。
おれはつばを飲み込み、月明りだけだった時よりもほんの少しだけ明るさを加えた部屋を見た。
発動している。
スキルが。
カッターが。
ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』で遊んでいた時そのままに。
はたき代わりの、木の枝で!!!
このまま前方へ踏み込みながらまっすぐ真下へと振り下ろせば、攻撃力2倍、ノックバック(中)効果付きの一撃が2段ベッド2階で寝てる姉ちゃんにぶち込まれる。
間違いない。
もう間違いない。
思春期のあの頃、何度も何度も経験した。
少年の日の思い出。ばーい、ヘルマンヘッセ、は冗談として。
ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』での初級物理攻撃スキル、カッター。
『嘘だろ、マジかよ……』
その、おれの小さなつぶやきは。
本当に数年ぶりに。
本当に数年ぶりにおれの口からこぼれた、懐かしい日本語のつぶやきだった……。
「っん、んんっ、んふっ……」
それは何秒間か、それとも一瞬だったのか。
スキルの発動に驚き過ぎて固まっていたおれが我に返ったのは、すーすー寝てたはずの姉ちゃんが声をもらしたからだった。
やべっっっ。
スキルを使って姉ちゃんに本当にダメージを与える訳にはいかない!
スキルキャンセル、スキルキャンセルはっ……。
あ、っと……。
思い出したおれは、慌てて木の枝を握っていた右手を開いた。
ファンブル。
これでスキルはキャンセルされる。ただし消費SPはもってかれてるけどな。
ごんっっ!
「いたっ!」
頭上で手放した木の枝がおれの頭に当たった。そのまま、床、というか地面に落ちていく。……予想しとけよ、おれ。
てゆーか、まずっっ!
ごんっ、からんっ!
一回、二回と、木の枝が地面と衝突して少しはねて、倒れていく。
三回目の木の枝と地面との衝突音が発生する寸前でおれは両手で木の枝をキャッチ。
「んん、あ、アイ、ン……?」
そして姉ちゃんがベッドの上で身体を起こしていくのと同時に、2段ベッドの1階のおれの寝床にシュパッと飛び込んで、木の枝をトライした。誰が何というと、これはトライだ。最高のトライだ。ワンチームだ。間違いない。
心臓がバクバク鳴ってる。でもこれは別にトライの感動とかじゃない。
やばいやばいよ、気づかれたか?
気づかれたのか?
どうなんだ?
「アイン? おきてるの?」
起きてます! でも起きてませんっっっ! 絶対に寝てますっっ! 全力でっ!
心臓がバクバクバクバクしてる。さっきより加速してるな!
姉ちゃんがはしごを下りて、おれを覗き込む。
全身全霊! 全力で乾坤一擲の寝たふりーっっっっ!!
「アイン? ねてるの? あれ・・・?」
寝てます寝てます、全力で寝てるよおれは、姉ちゃん!
「……なんか、むかつくわね」
そう言った姉ちゃんはおれの耳をぎゅっとつねって引っ張った。
いてぇっ……。何すんだよっっ!
「っ………………」
……………………声を出さないように全力で限界まで耐えた。
………………セーフか?
…………ぎりぎりセーフか?
……予想外の攻撃に思わず声が出そうになった。
なんとか声を出さずに耐え抜いて。
おれの耳から手を離した姉ちゃんがはしごで2階へと戻っていく。
や、やばかったな。
「でも、まだなんか、むかつくわね」
その姉ちゃんのつぶやきが聞こえたと思ったら、2階に戻ったはずの姉ちゃんが再びはしごで降りてくる。
……なんだなんだ、なんだよ、これ?
どーなってんの?
ベッドを降りた姉ちゃんは地面をうろうろ、くるくると動き回り、ぶつぶつとおれの文句をつぶやいてる。明らかにイライラしてる感じがある。怖い。なんか怖い。
なんだこれ?
なんだこれ、なんだこれ?
こえぇーよ、姉ちゃんこえぇーよ。
そして、今度は、ごつんと一発。
寝たふりをきめているおれの頭に拳骨を落した。
ヒデぇ!
横暴だよっ!
寝てる弟に拳骨とか、あり得ねぇーっ!
我慢して声は出さないけど、ヒデぇよ! 姉ちゃんっ!
家庭内暴力反対っっっ!!!
姉ちゃんはまた2段ベッドの2階へと戻っていったのだが、そのままベッドの上でぶつぶつをおれの文句を言い続けている。
そこまで至って、おれもようやくこの現象が何かに気づいた。本来なら、分かって当然のことのはずだった。だが、今回はあまりにも、久しぶり過ぎた。
これ、ヘイトだ。おれ、姉ちゃんのタゲ取りしたのか……。
姉ちゃんがやたらと攻撃的になってるのは、おれがヘイトを稼いだから。
たぶん、普通、姉ちゃんはこんなに攻撃的じゃない……とも言い切れないけど、さすがにここまでのことはない。はず。たぶん。でも、どうかな? どうだろ? 姉ちゃんだしな。
……いや、真面目な話、姉ちゃんの扱いは、ノンアクティブモンスターみたいなもんなのかもな。
そんなつもりはなかったけど、おれがカッターの発動で敵意を向けたからヘイトが上がって、おれが姉ちゃんのターゲットになってしまったのだろう。
……と、なると、しばらくそのまま放っておいて、姉ちゃんのおれに対するヘイトが下がるのを待つしかない。
おれにはどうすることもできない。
……ずっとヘイトが上がったままだったらどうすんだ?
やべぇ。それはこえぇよ……。
いや、でも、さすがにずっとはない、はず……と思って。ふと気づく。
……スキルが使えたんなら、操作用のタッチパネルも使えるんじゃね?
この気づきは、極めて魅力的だった。
これができるのなら、間違いなく、現状のこの世界なら、圧倒的にチート。もうこりゃスーパーチートだ。
自分のステータスは確認できるし、アイテムストレージは使えるし……。
2段ベッドの2階でまだぶつぶつ言ってる姉ちゃんは怖い。
怖いから、絶対に気づかれないような、誰にも気付かれないような、ささやき声で。
できるだけ音を立てないように、それでいて不自然でないように寝返りをうって仰向けになって。
そして、おれは、口をとっても小さく開いた。
………………『オープンコール、タッチパネル』
そして。
おれの胸の前、前方の視野を確保しながらも、内容が見える位置に。
タブレットサイズの半透明に白く光る四角いパネルが現れて……。
マジ……か……よ…………。
おれは、そのまま意識を失った。
「アイン、アイン、もう、ちょっと、アインってば、起きなさい。こら、もう、いい加減に、起きて!」
その声でおれはぱっと目を開いた。
超至近距離に母ちゃんの顔があった。母ちゃん相変わらず美人だ。ぽっ……。
母ちゃんはおれの肩を掴んで……るというよりは、なんか、胸ぐらを掴まれてるような?
寝てるのを起こすのに胸ぐら?
母ちゃん乱暴じゃね? 姉ちゃんのあれは母ちゃん譲りか? そうなのか?
……いや、でも、今まで一度だって、こんな起こされ方はしたことがないけど?
「ああもう、やっと起きたわね。父さんもイエナも、もう朝は食べて畑に行ったわよ? アインもいつもならとっくに村長さんのところに行ってるはずなのに……」
「えええ……」
「えー、じゃないわよ。いつまで寝てるの? それとも調子が悪い?」
「あ、ええと、調子は……あ、うん。調子は悪くない、かな」
「………………びっくり。アイン、あなた、今朝はずいぶんすらすらしゃべるわね? 何か、ごまかそうとかしてるの?」
うぇぇぇ? なんだよその疑いのかけ方? 母親の直感だと?
いや、確かにごまかしたいことはあるとも。確かにごまかしたいようなことはたくさんあるとも。たくさんあるけれども! 今は特にな! ないわけがない! 昨日の夜! おれの世界は完全に変化しちまったんだからなっ! 夢だったのかもしれないけどな!
……でも、ま、おれの寝坊と母ちゃんの登場が唐突過ぎて、びっくりして大人みたいにしゃべっちまったな。大失敗だな。
「……ごめんなさい。きのうのよる、ねむれなくてもぞもぞしてて……なんかねえちゃんもごそごそしてて、ねむれないからおきてて、それで……」
「そう? そういえばイエナも夜中に起き出したって言ってわね、どうしたのかしら? それでアインは、もう起きられる?」
「うん。おきる!」
おれはそういってベッドから出る。
それを見て母ちゃんは安心したように息を吐いて、部屋を出ていった。
おれもそこで息を吐く。
この寝坊。
……うん、これは、強制スタンだな。SP0での罰則12時間強制スタン。敵の前では絶対にやってはならない、危険なスタン。
間違いない。
……ということは、昨日の夜のことはやっぱり夢じゃない。
おれは昨日の夜、剣術系初級スキル・カッターを使って、その後、タッチパネルを開いて……そして、SPが0になったんだ……。
……すぐに調べて確認したいことはたくさんある。おかしなことも多いし。おれが知ってることと食い違うものがかなりある。疑問ばっかりだな。でも、今は……。
とりあえず、遅くなったけどいつものように村長のやつんとこへ行くべきだろう。
そうして、おれは、家を出て歩き始めたのだった。
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