木の枝の伝説(5)



 おれがこの新しい人生で生まれて初めて寝坊した日。


 おれは村長宅でも驚かれ、父ちゃんにも驚かれ、姉ちゃんには驚かれつつ目をそらされた。

 姉ちゃんのあれは夜中の暴行が後ろメタファー……後ろめたいからだろうな、と思う。間違いない。

 まあ姉ちゃんのせいじゃないっちゃないしな。村長のやつと父ちゃんは、おれの寝坊なんてのが珍しくてびっくりしただけだしな。たぶん。


 そして、今は夜。月の頃はさらなりって……ちがうか。ま、夜になって、ベッドに入り、身体は横にしても眠らずに考えを深めていく。


 もう姉ちゃんは昨日とおんなじように寝息をたてて熟睡してるし、父ちゃんと母ちゃんの部屋からもとっくに夜の大運動会は終わって静かになってる。

 父ちゃん母ちゃんのむにゃむにゃとはいえ、「ディー」の名を受け継ぐ少年であるおれにはあの物音とあの声はきちぃーよ……。寝てたらまったく気になんねぇのに、夜更かし前提だからな、この検証作業は……。

 第二次性徴がまだで心から助かったと思うとは今更ながら無念だ、ちくせう……。


 ……ま、そういうのは置いといて、と。


 まずは、昨日の強制スタンの原因は何か? ってとこからか。


 強制スタンはSP0で起きる罰則。12時間目が覚めない。安全地帯ではないところでこれやったら確実に死ぬ。12時間もモンスターが見逃してくれるなんてことはあり得ない。

 まあ、レベルアップしてよわよわモンスターしかいないとこならできるだろうけど、プレイ時間の無駄だから当然誰もやらない。だからプレーヤーは必ずSPを残すように行動する。


 それで、だ。昨日の夜中におれはSP0になったんだろうなと思うんだけどな。家ん中でラッキーだったよな、まったく。でも、おかしい。おかしいとしか思えないんだな、これが。


 レベル1なら全能力値は10だ。HPとかもすばやさとかもな。これがゲームスタート時点のデフォだよな。カッターが使えるんだからレベルは最低でも1はある、はず。


 カッターの消費SPは2で、操作用タッチパネルを開くための消費SPは1のはずで……。


 そうすると、おれのSPは7残ってたはずなんだから強制スタンはおかしい。あり得ねぇーはず。


 そう考えると、ゲームとこの世界とのなんらかのちがいで、タッチパネルを開くことが禁止されているとかってことがあったら、タッチパネルを開いただけで強制スタンさせられるってことも考えられる。考えられるわけなんだがな……。


 ……うーん。


 …………危険っちゃ、危険なんだよな。


 ………………まあでも、今から強制スタンさせられても、2日連続朝寝坊ってくらいの被害しかないんじゃね?


 母ちゃんと父ちゃんと姉ちゃんと村長のやつが驚くくらいだろ?


 そう考えたらリスクは低い、のかな? 低い、よな?


 ……そもそもみんなが寝静まるまで待たずやれば、12時間寝てても別に寝坊じゃないじゃん! 小声でコールすりゃいいんだから!

 そしたら父ちゃんと母ちゃんのむにゃむにゃに複雑な思いを抱きながらももんもんとするなんて自己犠牲を発揮する必要もないじゃん! おそっ! おっそ! 遅いよ、おれ! 夜中になって気づくなんて!


 ……まあ待て、おれ。慌てるな。慌てちゃだめだ、おれ。冷静になれ。クールだ。クールにいけ。


 …………可能性としては、タッチパネルを開くことが禁止されているってパターンで考えると、だな……うーん。


 ……2回目の罰則が1回目と同じって決まった訳じゃねぇよな?


 …………とんでもないリスクを背負う可能性を否定できない気がするな。


 ……こわっ! うわ、こっわ! これ、やべぇよな?


 ……でも、即死とか……まではさすがにないだろうけどな。仏の顔も3度? だし、2回目はまだそうでもないはず、だよな? 希望的観測かもしれんけど。


 だとすると、考えるべきはリスクを背負うだけのメリットがあるかどうか、だな。


 …………深く考えなくてもあるに決まってんじゃん。タッチパネルだぞ?


 タッチパネルを開いた状態で操作すれば、消費SPが設定されている行動のいくつかが消費SP0でできるんだぞ?

 具体的にはアイテムストレージの活用と装備変更ファンクションキーが主だな。

 まあ、タッチパネルを開くためのSP1は必要だけどな。ゲームん時は毎朝タッチパネルを開いて寝るまで1日そのまんまにしてたっけな。

 寝たら開いてたタッチパネルが閉じてしまうからな。スタンとかになってもこれは同じだな。


 タッチパネル開いとけばステータスチェックもすぐにできるしな。ステータスの常時把握はリスク軽減につながるし。


 ゲームん時も、おれは片手剣装備の魔法剣士っぽいポジでプレイすることが多かったけど、盾を持たないのは魔法を使うためだけじゃなく、左手で戦闘中にタッチパネルをいじるためでもあったくらいだからな。


 利き手じゃない左手でのタッチパネル操作は多くのプレーヤーが挫折する、中級プレーヤーと上級プレーヤーを分ける壁だったしな。おれはできるけど! おれはできるけどな!


 あと、これはもろ刃の剣なんだけど、物理攻撃スキルをクールタイム3倍、つまり技後硬直時間が3倍になる代わりに、予備動作なしでタッチパネル操作によって発動させることができる。

 ただしこの場合連続技はできない。連続技ってのは……ま、今は関係ないからいいか。


 いや、もう、やっちまうしかねぇだろ? 使える場合のメリットはでかい。


『オープンコール、タッチパネル』


 おれは、姉ちゃんを起こさないくらいの小さな声で、タッチパネルを開いてみた。


 ……。

 …………。


 ……意識はあるな?

 …………おかしなペナルティは何も起こってない、よ、な?


 昨日の夜とおんなじ位置に、半透明のタブレット型のタッチパネルが浮かんでいる。


 おれの意識ははっきりしている。昨日の夜みたいなことは起きていない。


 ……じゃあ、どういうことだ?


 おれは左手をさっと動かし、タッチパネルをステータス表示に切り替えた。


「うわ……ひっくいな……なんだこりゃ?」






(無職)アイン Lv1 HP3/3 MP3/3 SP2/3 筋力3 耐力3 魔力3 すばやさ3 器用さ3






 しょうがないけど、しょうがないけども! ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』を最初からやるときにゃいっつも思うことだけれども! かっこ無職かっことじるはやめてほしい!


 まあ、15歳で洗礼を受けないとあのへんはどうもならんし、今はどうでもいいよな。


 そんで、レベル以外が全部3……3って……3って何? どういうこった? なんで10じゃないんだ? ゲームとはちがうこの世界の仕様なのか?


 まあ、少なくとも、タッチパネルの使用になんらかの罰則があって強制スタンしたんじゃなく、SP0での強制スタンだったことははっきりしたな。消費したはずのSPはちょうど3だったし。


 だから、タッチパネルは使えるもんだと仮定して行動できそうだな。


 ……とまあ、そこよりも。


 ステータス値が3。3だよ? 何コレ? 低すぎない? HP3て、すぐ死ぬよな?


 ゲームのキャラよりおれの方が極端に弱いってことか?


 ……自分で言ってみて、すごく納得できちまうとこがなんか辛いな。


 だっておれは間違いなく脇役の役どころ!


 未だにこの「アイン」っておれの名前がゲームのどこで出てきたのか、出てこなかったのか、なーんか引っ掛かる名前ってだけで、何も思い出せてないくらいには少なくとも脇役!

 下手したら登場しない通りすがりのエキストラ? みたいな? せめて、せめて名前が「アイーン」だったら覚えてたのにな! 絶対に覚えてたのに! とりあえず心からご冥福をお祈りしております!


 そう考えたらステータス値3でも不思議じゃない! 納得できる! くやしいけどなっ! くやしいけれども! しょうがねえ! だって脇役! 超脇役! 下手したら登場しないエトセトラ!


 ……はぁ。ステは見たかったけど、結果は見たくなかったというかなんというか。


 待て待て。

 まずくないか?

 レベルアップはどうなる?


 ゲームキャラは、HPみたいなのは10ずつ固定アップで、筋力とかの方はそれまでの行動で補正が入りつつの乱数だよな、確か。

 筋トレしまくってから敵を倒すと筋力の数値の伸びがちょいとよくなる、みたいな感じ。


 じゃあ初期値が3だったらHPは3ずつアップってことか?


 ……レベル10でHP30。


 うわあ、死ぬ。死ぬよな、それ。どんだけ弱いんだ、それ。


 ああ、転生してチートかと思ったら脇役補正で地獄行きかよっ!?


 ……この数値がマジなんだとしたら納得だわ~。


 魔族に襲われた村々があっさり滅ぼされてNPCがばんばん死んでいくのも納得だわ~。


 生き残れる訳ねぇ~。


 魔族どころか、ちょっとした大き目の獣系モンスターでも完敗だろ?


 うわあ、主人公以外のその他の命があまりにも軽いよ~。


 物語におけるストーリー展開上の都合でフツーに殺されるもんな、脇役って。ミステリなんて最初に殺されたり、次々と殺されたりするしな。


 はあ……。


 ……ま、レベルアップでどうこう以前に、ステ値3でモンスターが狩れんのかって話だよな。


 たとえステが低いままで危険だとしても、生存確率を上げるためにはレベルアップは必須。


 なんてたって魔族の襲撃を受ける可能性が捨てきれてないのだ。


 だから困難でもモンスターを狩りに行くしかないんだけどな。


 バーチャルリアリティーからVが抜けちまってただのリアリティーになったと思ったら、いきなりとんでもない事実と向き合うハメになっちまったな、まったく。


 ま、モンスターとしちゃ一番弱い部類のHP10クラスで、ノンアクティブのランスラビト、通称ツノうさ、とかでも見つけてなんとかして狩るしかないかな?


 同じHP10クラスでもアクティブのクロウラットだと、あっちから攻撃してくる可能性があるしな。クロウラットだけに狩るのも苦労するだろ? なんちて。


 その点ノンアクティブモンスターなら、こっちが攻撃準備をしないと敵対しないから、うまく距離感を保っていけば、ぎりぎりなんとかできる……気がする。それでもHP3だと安全マージンギリギリだろうけど。


 ま、狩りは決定だけどまずは偵察だろうな。


 このへんにどんなモンスターがいるかも知らんし。


 偵察してから可能な限り準備を整えて、だな。


 ステはとりあえず置いといて、次はアイテムストレージか。


 使えると超便利。


 別に無限収納ってわけじゃないけど、ある意味では無限に近い。


 レベル1の初期状態で100種類をそれぞれ100個まで収納できる。ま、ゲームスタートの時点でそんだけあれば超ヨユー。最初からたくさんアイテム持ってるわけないしな。


 ちなみにお金については別枠でアイテムストレージに無限に入る……という設定になってたはず。RPGのお金なんて、そんなもんだろ?

 ちなみにこの世界のお金の単位は『マッセ』。なんか、高度なビリヤード技みたいな?


 そんで、レベルアップでアイテムストレージの収納量は増加していき、レベル10で一度限界値をむかえ、999種類をそれぞれ999個という収納量になる。


 まあ、正直これで十分なんだけど、生産関係が好きな人は、これでも足りないらしくて、商業神系支援魔法スキルを覚えることでできるアイテムストレージ限界突破を達成していたりする。限界突破については、とりあえず置いておこうか、今は……。


 おれはタッチパネルを操作してアイテムストレージを確認する。


 ……当然、からっぽだ。


 そんじゃ続いて、とパネルを触る。


 アイテムストレージは屋内で半径3m内、屋外で半径20m内のアイテム、すなわち武器・防具・道具のいずれかと判定されている物品を収納できる。


 ただし壁の向こうはダメ。おれと姉ちゃんの部屋でやったら父ちゃんと母ちゃんの部屋のもんはダメってことだ。


 あと、その物品が自分に所有権があるか、誰の所有権もないか、のどちらかでないとダメ。


 で、確認したところ。


 母ちゃんのはたき……すなわち、おれが昨日の剣として使った「木の枝」だけが収納可能範囲にある収納可能な物品として表示されている。


 ……武器としてスキルを発動させたから所有権が移動して、母ちゃんのはたきじゃなくなっておれの物になったんだろうな。もはや「はたき」ですらないけど!


 すぐに「木の枝」を選択、収納をタッチ。


 部屋の壁にたてかけておいた木の枝がすっと消え、タッチパネルのアイテムストレージの表示には『木の枝 1/100』となった。種類の表示のところも『1/100』になっている。

 よし、これからこの木の枝は「木の枝000(トリプルオー)オリジン」と名付けよう。せっかくおれの物になったことだしな!

 おまえは今日から「木の枝トリプルオー・オリジン」だ! もう母ちゃんのはたきじゃないぞ! 元母ちゃんのはたきだからな! いや、母ちゃんの元はたきの方がいいのか? どっちだ?


 ……それはともかく、100本も木の枝なんていらねーっ。1/100って!


 とりあえずタッチパネルを操作して、装備変更ファンクションキーの基本装備のところを操作して、「木の枝トリプルオー・オリジン」を右手武器に設定しておく。ついでに、武器補正の値も確認。


『右手武器:木の枝(武器補正2)』


 木の棒の10よりは下だとは思ってたけど、まさか最低値の2とはなんとも……もちろんタッパの表示にはおれが付けた名前は反映されてない。無念。


 木の枝トリプルオー・オリジンで攻撃した場合、筋力3+武器補正2でおれの攻撃力は5。これ、通常攻撃。


 剣術系初級スキル・カッターを使っても10。攻撃スキルで10ってどんなだよ……。


 しかもダメージはここから相手の物理防御値を引くのだ。最弱モンスターとされるツノうさでさえ倒せない気がする。いや、倒せない。SP3しかないし、カッター1回しか使えんし。


 ……泣ける。いや、わかってたけどな! わかってたけども! それでも泣ける!


 せめて木の棒だったら通常攻撃で13、カッターで26だぞ! 銅のつるぎなら攻撃補正50だから53と106! うわ、銅のつるぎほしーな? 父ちゃん持ってたよな? 父ちゃんくれないかな? あ~、フツーに考えて無理か、おれ7歳だし。


 ひょっとしたら……いや、ひょっとしなくても、初期なのに魔法の方が攻撃力が高くないか?


 フツーは魔法攻撃が炸裂するのはゲーム後期だからな。


 えっと……。


 太陽神系貫通型初級攻撃魔法スキル・ソルマは熟練度1でカケ4だったっけ? いや、初期なら魔法は火の神系が高いか? 熟練度1でカケ6だったような?


 火の神系単体型初級攻撃魔法スキル・ヒエンガで魔力3+(消費MP2×6)で攻撃力15? 木の枝のカッターより上だよな?


 ソルマなら魔力3+(消費MP2×4)で攻撃力11か……それでも木の枝のカッターより1多い。


 初期のモンスターは物理防御より魔法防御の方が低いのも多いし、ここはヒエンガの一択か? それでも一撃でツノうさが狩れるとは限らないしな?

 カッターと合わせて、魔法を一発入れてからカッターか? いや、貫通型のソルマには確率で即死効果があったよな? 火の神系はほんの少しだけど詠唱も長いし。


 そうやっていろいろ考えていくうちに、これからの作戦も立てられていく。


 とりあえず、明日からは本気出す。今までの生活は全部見直しだな!


 そう決意して、おれは目を閉じた。





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