木の枝の伝説(6)
今朝は寝坊などしなかった。
が、今朝の朝食はチャレンジの場だ。
「とうちゃん、ぼく、どうのつるぎがほしいっ!」
おれは少し大きめの声で言ってみた。本気度のアピールだ。超アピール!
すると、父ちゃんも、母ちゃんも、姉ちゃんまでもが固まった。
……いや、固まられても困る。あれ? 固まると困るは字面が似てるよな。あ、固まってる三人が困ってるってことかな? そうかも? ガキが剣をほしがるなんて物騒な話だよな。そりゃ困るか。
おれとしては木の枝トリプルオー・オリジンの武器補正を昨夜確認したために割と切実な願いなんだが、同時に子どもに銅のつるぎはねぇだろ、とも常識的に思う。ジョーシキ的にな!
おれがもし親だったら絶対に認めない。あり得ねぇレベルだ。だって危ないだろ? 危ないよな? 銅のつるぎだぞ?
一番最初に動きはじめたのは母ちゃんだった。
目元がちょっとうるんでて、あれ? 泣かしちゃった? おれ、不良少年になったの? しまった、これは想定しておくべきだった!
日本でだって7歳の息子が「ママ~、木刀ほしい~、木刀買ってよ~」なんて言い出したらドン引きだよな? そうだよな?
こりゃやっちまったか? まずい。
母ちゃんが手をちょっと動かして涙をぬぐう。
うわあ、7歳にして母を泣かしてしまうとは! 嫌だ! 転生したのに不良の道に進んでしまうなんて!
ごめんなさい母ちゃん! 万が一、億が一、もらえたらラッキー! くらいのとっても軽い気持ちで言った、無理だとわかった上での一言だったんです! だからお願い! 泣かないでっ!
「……この子が、こんなに子どもらしいことを言うなんて」
…………は?
どういうこと?
ねえどういうこと?
それ、母親が銅のつるぎをほしがった我が子に言うセリフなの?
ていうか、銅のつるぎをほしがるのって子どもらしいの? おかしくない? おかしいよな? おかしいはずだ。うん、絶対におかしいな。
でも母ちゃん、喜んでるようにしか見えないんだけど、おれの常識が間違ってんの? おれの方がおかしいのか?
こっちの世界じゃ子どもは銅のつるぎをほしがるもんなのか? あれ? そうなの?
そんで銅のつるぎをほしがったら母親が喜んで泣くのがフツーなのか? そうなのか?
次に動き出したのは父ちゃんだった。
まっすぐにおれの目を見つめてくる。
あれ? なんか父ちゃんの目もちょっとうるんでない? なんでだ?
どうなってんのこれ?
「ああ、本当に母さんの言う通りだ。アインがこんなに子どもらしいことを言うなんて、あんまりびっくりしたもんだから言葉を失ってしまったじゃないか」
「本当にね、あなた」
「小さな頃から村長のとこを訪ねては文字を覚え、計算を身につけ、子どもの身で村長の仕事の手伝いを大人以上にこなしている。しかも、今ではもう村のみんなが、そのことが当たり前だと思うようになった。まさに神童だ。この村ではすでにアインをそうだと思う者しかいない。そんなアインが、こんな子どもらしいお願いをするなんてな」
……あれ?
なんかズレてる気が?
「……よかった! アインもようやくちゃんばらごっことかしたくなったんだね!」
……姉ちゃん。
ありがとよ、姉ちゃん。おかげでよく分かりました。
おれはモンスターと戦うための武器として銅のつるぎがほしいと言いました。
父ちゃんと母ちゃんと姉ちゃんはおれがちゃんばらごっこをするための剣をほしがったと思いました。ここがもうすれ違いだな。
これまでのおれがちゃんばらごっことか絶対にやりそうにない、全然逆方向の行動ばっかりとってたもんだから、ちゃんばらがしたい、という意味にとらえた三人は、おれが子どもらしいと感じて、嬉しく思った、と。そういう訳ですか、そうですか。
要するに、おれみたいな7歳の子どもがモンスターと戦おうとしているなんて、完全に想定外だから思いつくはずがない、と。
……ま、そりゃそうか。
その部分が伝わったら、またおかしなことになるよな。
ええい、もういいや。
「とうちゃん! どうのつるぎほしいっ!」
おれはできるだけ頑張って、子どもっぽくそう言った。
「……アインが子どもらしくて嬉しかったが、銅のつるぎは渡せないな。子どもにあんな危ないものを持たせるわけにはいかない。あきらめなさい」
……そりゃそうだろ。
わかってますって。
今はこっちがそっちに合わせてるんですから……。
「ほしいほしい!」
「ダメだ」
「そうよ、いいから朝ごはんを食べなさい」
母ちゃんがそう言って、三人は食事に集中し始めた。
なんか、ちょっとだけ三人の頬がゆるんでて、食卓にはあたたかい雰囲気がある。
おれは、「どうのつるぎがほしい!」をこの日から毎朝言うようになり、それが我が家の日常となるのだった。
もらえなかったけど! 銅のつるぎは! もらえなかったけどな! わかってたけどな!
さて、朝食後は村長のやつんとこでお仕事だ。
そして、時間を作るために、今日からおれは本気を出す。
今まで秘めていた究極の力を発揮してやるぜ! 前世で小学生の頃にK文式で磨いたおれの計算力をな! びびるんじゃねぇぞ!
……と、作業に入ろうとして、その瞬間に袖を引かれた。
シャーリーだ。
「……アインおにいちゃん、あそぼぅ?」
……くぅ~~~。
シャーリーかわいい、超かわいい。
もうウルトラかわいい。
特にあれだ、そこだよ、その部分。
あの「あそぼぅ」の「う」がちょっとちっさくなってるとこ!
もう全力で遊んであげたくなっちゃう!
アインお兄ちゃんは全身全霊でシャーリーにお仕えしたくなっちゃう!
いつもだったら、ここでシャーリーがほどほどに満足するくらいは遊んでから仕事に戻るな。そんでまたシャーリーが遊びたがったら少し遊んで仕事に戻る、を繰り返すよな。
村長のやつはそんなおれたちをうんうんとうなずきながら見守って、税の計算なんかひとつもやらずに座ってるだけ。
マジ座ってるだけなんだけどな、この村大丈夫かな? いいいのかこれで? 本当に? 誰かこいつを村長から外してくんないかな? まだ早いか? いや、もういいんじゃねーかな?
いや、話それてんぞ、おれ。気をつけろ、おれ。
どんなにシャーリーが愛らしくあったとしても、おれは今日から本気を出すと決めた。決めたのである。決めてしまったのだ。愛らしいシャーリーよりも優先しなければならぬのだ。
だから、ここはシャーリーの愛らしさに負けてはならないのだ!
おれはシャーリーを振り返り、ほんの少しだけ膝を曲げて、シャーリーと目線を合わせる。
地面に膝をつくとこまでやったらおれの方が目線が完全に下になるからな! 7歳と6歳の身長差なんてそんなもんだからな!
いつか、大きくなったら頭ひとつ分以上は軽く上になってやるからな! 今だけだから! 今だけ!
ちなみ村長のやつの家でも、床は地面。あくまでも床は地面。
まあ、どこん家の中の地面もかなりしっかり叩いて固めてあるみたいで、草とか一切生えてこねぇーけどな!
「ごめんね、シャーリー。アインおにいちゃん、きょうからできるだけはやくおしごとをおわらせようとおもうんだ」
「……あそばないの?」
シャーリーの目がちょっとうるっとなっとる! うるっとなっとる! うるっとなっとる! なんかひらがなの並びがおもしろいから三回言ってみたけど、今おれ動揺してるからな!
そりゃ動揺すんだろ? 当たり前だろ? シャーリーがうるっとなったんだぞ?
おれの心の中の子どもへの思いやりがレイピアでぐさぐさ刺されてんよ! 痛ぇよ! ハンパなく痛ぇよ! 心が死にそうだよ!
だがここで折れるわけにはいかんのでごわすよ!
今日からは!
今日からおれは!
本日ただいまからおれは変わるんですから!
……とはいっても髪を金髪にしたり、トゲトゲにしたりする訳じゃないけどな! しないけど! いや、しないよ?
「シャーリーとあそぶのはね、おしごとがおわってからだよ。そうだね、きょうはにしのおがわにいってみようか? いつもここのおうちばっかりだったからね? おそともたのしいよ? だから、おしごとがおわるまでまっててくれるかい?」
「にしのおがわ! おでかけできるの?」
「そんちょうさん、しごとがおわったらシャーリーをつれていってもいいですか?」
「ああ、いいとも。シャーリーのことはアインに任せる。これでわしも安心じゃよ」
何言ってんだじじい。もはや村長とも心の中では呼ぶまい。
だって計算してねぇからな! してないから、全然! もうじじいでいい。じじいだ。そういやなんか、おじいちゃんと呼んでくれとか言ってたよな?
ちょうどいいか。ちょうどいいよな。
「じじ……そ、そんちょうさんもゆるしてくれたから、あとででかけようね、シャーリー。だからおしごとがおわるまでおりこうさんでまってられるよね?」
「うん! シャーリーおりこうさんにする!」
「いいこだね」
「おしごとはやくしてね、アインおにいちゃん!」
おれはシャーリーの頭をなでて、シャーリーがくすぐったそうにちょっと頬を染めながらにっこり笑ったのを確認すると、税の計算へと向き直った。
やべえ、心の中身がちょっともれそうだった。セーフだよな? セーフ!
それにしてもシャーリーかわいい! 超かわいい! 『おしごとはやくしてね、アインおにいちゃん!』なんて言われちまったら、おれの心の中の加速装置がパワー全開だよ! 速度超過で逮捕で免停だよ! エネルギー充填120%で超長距離ワープできちまうよ!
アイルトン並みにぶっとばしてホンダエンジンぐれぇのブルルルルルーンっっな計算して見せてやんよ! 頭ん中にBGMでインストゥルメンタルに流れてんだよ! 世界最速レベルだよ! 脳みそスパコンと付け替えてAIにしてやんよ! こらじじい!! ついてこれねぇとはわかっちゃいるけど腰抜かすんじゃねーぞー!!!
そうしておれは、これまでお昼前までかけてやっていた税の計算を、この日からだいたい感覚的におよそ十五分? か、そこらくらいで終わらせるようにした。
この日、目にも止まらぬ早業で計算を終わらせるために動くおれの右手はたぶん光速を超えたにちがいない。
だってじじいが、あご外れたんじゃね? ってくらい口開けたままだったからな! 腰抜かさなかったけどあご外れたんだな! なかなかやるな! じじいのくせに!
結局、ほとんど待つこともなかったので、シャーリーがわ~いと大喜びでシャーリーかわいい~、超かわいい~、とおれも大喜び。
で、あごが外れたじじいを置いて、おれはシャーリーと外に出たのだった。
おれとシャーリーは村の西側を流れる小川を目指しててけてけ歩く。
てけてけだ。おれは7歳、シャーリー6歳。よちよちはもう卒業したが、すたすたにはまだ早い。すたすたはなかなか難しい。そんなに歩幅もないしな。これでモンスターと戦えんのかな?
斜め後ろを歩くシャーリーがちょっとつまずいて、転びそうになったので、ちゃんと横に並んで手をつなぎ、同じペースで歩くようにした。
シャーリーのほっぺたが赤くなってるな。まだそんなに歩いてないのにな。
やっぱり家ん中でばっかり遊んでたから運動不足なんじゃないかと思うんだよな。仕事のついでに遊ぶなんてハンパな真似、早めにやめて良かったかもな。
西の小川についたら、シャーリーが花が咲いたみたいにすんげぇ笑顔になってた。
マジかわいい。
おれはできるだけ平べったい石を拾って……。もうわかるよな?
そら、びゅっとな。
いち、に、さん、よ……三回か。
「しゅごーいっっ」
あ、シャーリー噛んだ! 超かわいい!
「アインおにいちゃん、もういっかい! もういっかいやって!」
おかわりでござるか? おかわりでござるな? 拙者は姫のためならば全身全霊で石を投げるでござるよ!
小川の上を石が数回、はねて飛ぶ。
シャーリーがきゃっきゃと飛び跳ねて喜ぶ。
もう一回とおねだりするシャーリーもかわいいし、その期待に応えておれも石を投げる。なんか、めっちゃ平和。超平和バスターズ!
石を五、六個、投げただろうか。
なんだろう、平和だよな!
こんなに平和なド・イナカ! なのにな。本当に魔族が来るのか? 来ないんじゃねぇーか? 来ない方がいいよな? 来るな、来るなよ? フリじゃないからな!
もし魔族が来たら、おれも、姉ちゃんも、シャーリーも、父ちゃんも母ちゃんも、一応じじいも、やっぱ死ぬのかな? おれのステ平均3なんて魔族からしたらゴミだよな?
でもやっぱ、もしものためにできることは増やしたいよな。
ここが『レオン・ド・バラッドの伝説』の世界なら、ずっと平和で安全だなんて思えないもんな。
誰も気づいてないし、誰にも言えない。
間違いかもしれない。魔族なんか来ないかもしれない。
でも来るかもしれない。
それを知ってんのはおれだけなんだよな、おれだけ。
ひょっとしたら、世界で、おれたった一人、本当に一人だけ、おれだけが知ってる。
もしもが起きて、ああ、しょーがねぇーよな、でいいのかもしれない。もしもが起きないかもしれないんだからな。もしもが起きても、おれがそうなると知ってたなんて誰にもわかんねぇしな。
でも、もしもが起きた時。
おれは、姉ちゃんも、シャーリーも、父ちゃんも母ちゃんも、一応じじいも、みんなに無事でいてほしい。
だったら……。
「アインおにいちゃん? だいじょうぶ? どっかいたい?」
そこにはおれのことを気遣う小さな小さなシャーリーがいた。おれも今は子どもだけど! おれも今は子どもだけどな!
ああ、たぶん、変な顔してたんだろうな、と思って、おれはシャーリーに向かって笑ってみる。
そうしたらシャーリーも笑う。うん、シャーリー超かわいい!
「シャーリー、そろそろかえろっか」
「え~、もうかえるの~?」
シャーリーがちょっと口を尖らせてすねる。そんなシャーリーもかわいい。
おれはさっきじじいん家でもやったように、ちょっとだけ膝を曲げて、シャーリーと目線を合わせる。
そして、笑う。
きっと誰も信じない。でももうおれは決めた。それでも、自分の心の中にだけしまっておくと弱い自分に負けそうだから。おそらく忘れてしまって、覚えたりできないはずの小さなシャーリーにだけ。
おれがおれ自身に対して決めた誓いを告げる。
「シャーリー。アインお兄ちゃんはね、やるべきこと、やらなきゃいけないことが見つかったんだ。だからアインお兄ちゃんは、やらなきゃいけないことに全力で取り組む。今はアインお兄ちゃんは弱いけど必ず強くなる。アインお兄ちゃんは今よりももっと、ずっとずっと強くなる必要があるんだ。アインお兄ちゃんが強くなるためには遊んでばかりはいられないんだ。ごめんよ、シャーリー」
こんな話を聞かせてしまって。
本当にごめんな、シャーリー。
「もう、あそべないの?」
泣きそうな顔のシャーリー。
「いいや。きょうくらいの、みじかいじかんならあそべるよ」
「あそべるの?」
笑顔になるシャーリー。
「あそべるよ、でも、ずっとじゃないけど」
「あそべるならいいよ。またあそんでね、アインおにいちゃん!」
大きく目を開いて、飛び跳ねて、にっこり笑うシャーリー。
こんな幸せを。
おれは守る。
もうおれは逃げない。
シャーリーをじじいの家まで送ってから、おれは村を出た。
その日はまだお昼にもなっていなかった。
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