聖女の伝説(23)



 ダンジョンを出て一度里山をおりて、ぐるっと回って南西方向へ進む。


 草木は減り、ごつごつした岩肌が目立ち始める。


 途中で野営して1泊。


 見張りは交代でできるので、それはいいんだけど、ワイバーンが出た場合は即、おれと姉ちゃんを起こすように言ってある。


 途中のモンスターは指示を出しながら、できるだけ戦闘メイド部隊に狩らせて、何がいたのかは記録を残しておく。


 まあ、トカゲ型がいたんだけどな。この先、飛竜の谷だし。


 レッサーサラマンドラ……通称『火トカゲ』だ。

 体長3mぐらいなので、サイズ的にはトカゲというよりワニだけどな。

 ファイヤーブレス……とはいっても、大したものではなく、範囲攻撃ではなく単体攻撃で、しかも大きく口を開いて息を吸い込む音が聞こえる、というとてもわかりやすい予備動作があるので、それを見たら逃げるだけでかわせる。

 ただし、HP2000クラスで、物理防御もそこそこあるので戦闘メイド部隊ではまだ1撃とはいかない。

 もちろん、ペアアタックで、槍カッターのクールタイムスイッチや、槍ツインでのクールタイムスイッチなら、別に問題はない。


 パラボラカメレオール……通称『エリマキ忍者』の方が大問題だ。

 ガイアルカメレオールの上位種で、首のところ……首だと思われるところというべきか、そこにエリマキみたいなのがついた大きなカメレオン。

 つまり、隠密タイプで、不意打ちの1撃をもらう。

 とにかく、一番弱いイゼンさんを中心にして、イゼンさんだけは不意打ちを喰らわないようにさせた。

 HP1000クラスなので、1撃を喰らった後は、戦闘メイド部隊の槍トロアで片付く。

 ただし、まだ連続技トロアの発動にはミスもあるので、基本的にペアアタックで対処させている。

 おまけに不意打ちの1撃は強毒だから、ライポを消費させられるんだよな。


 この旅でレーナがようやくランツェを発動させられるようになったので、羊ダンジョンでワイドカッターを使わせていくのがやっぱり正解かもしれない。

 物理範囲攻撃はやっぱ大事にしないと。

 でも、ワイドカッター、って叫ぶのは、この子たち、恥ずかしがるんだよな。レーナぐらいだよ、「ワイドカッターーーーーっっ!」って、めっちゃ楽しそうに叫んでるのは……。

 予備動作が『肩の高さで腕と槍を左へまっすぐに伸ばし、技の名前を恥ずかしがらずに叫ぶ』だから、なかなか発動させられないんだよ、恥ずかしがってると。


 槍ランツェが使えるようになると、中距離から一方的にクールタイムスイッチが使える。レーナには姉ちゃんと組ませて、ランツェのクールタイムスイッチを経験させておく。


 それを見ていたメイド見習いたちが、うらやましそうだったので、今度羊ダンジョンに行く時は、恥ずかしがらずに「ワイドカッター」と叫んでくれるだろうと思う。

 でも、どの部分がうらやましかったんだろうか? 姉ちゃんとのペア? ランツェが使えること? 中距離攻撃が可能になったとこ? どこだかわかんねぇんだよな。






 遠征3日目の昼ごろ。

 目的地の飛竜の谷に到着する。この先には砂漠があって、そこに地の神の古代神殿もあるんだけど。


 この谷に入ってまっすぐ進めば、たくさんのワイバーンとエンカウントして、ウハウハではあるんだけど、まだワイバーンはこの子たちには荷が重い。


 だから、釣って、狩る。


 そのためには、この谷をまっすぐ進むのではなく、回り込んで谷の上、つまり崖の上なんだけど、そこのとあるオープンスペースを使う。


 回り込みながら崖を登る途中で『エリマキ忍者』の襲撃でちょっとやられるけど、戦闘メイド部隊は着実にレベルを上げているので、即死はない。『火トカゲ』だったらペアなら楽勝だ。


 ユーレイナには姉ちゃんの護衛に集中するように言ってあるけど、ずっとそわそわしてやがる。


 イゼンさんは、かなりびくびくしながら同行してる。でも中心で護送隊形なんだけどな。


「では、ここで飛竜の間引きをします。目標は10体です」


 台地状になっている崖の上から、崖下の谷を見下ろして、おれはそう宣言する。


「私の出番はあるわよね、もちろん」


 にこにこしながらそう言う姉ちゃん以外のメンバーの表情はとっても硬い。なんで姉ちゃんがにこにこしてるのかわかんないって感じだろう。


 姉ちゃん、強さでおれに追いついて追い越したい人だから、実は。


「姉ちゃ……姉上、そんな嬉しそうな顔をしないでください。今から飛竜を戦うんですから」


「アインってば、本当にバカよね。こんなとこまで来て、貴族のフリなんてしなくてもいいわ。だって、イゼンさん以外の子は、みんな、メフィスタルニアから逃げたあの時にいたわ? あの時にそんな気取った感じがほんの少しでもあった?」


「……そりゃ、そーだけどさー。姉ちゃんはおおざっぱすぎんだよ、もう」

「ふふん、その方がアインらしくていいわ!」


 おれと姉ちゃんの普段の姿が出たことで、メイド見習いたちの雰囲気が少し軽くなる。


「10体のうち、1体は一人でやらせてくれるわよね?」

「イエナさまっ!」


 そんな姉ちゃんのあっけらかんとした要求に、ユーレイナが叫ぶ。


「……もう、わかったから。10体倒した後、最後に追加の1体、姉ちゃんが勝負しなよ」

「アインさまっっ! イエナさまを止めてくださいっ!」


 とにかく叫ぶのはユーレイナだ。


 おれと姉ちゃんの楽しい会話の邪魔すんなっつーの。


「最初の2体は、全員で狩る。3体目からは、各隊で挑戦していく。釣るのは姉ちゃんのロンギストーラで、必ず1体だけと勝負する。2体以上釣ってしまったら、おれがなんとかするから。あと、あぶなくなったらそれもおれがどうにかするから。甘やかすつもりはないけど、いつか、メフィスタルニアに行くつもりで、真剣にな。あ、釣ったあと、イゼンさんは最初に矢を射て、あとは後方で大盾かまえて身を守っててください」


「「「「はいっ」」」」


 戦闘メイド部隊はいい返事だ。


「ボス戦練習を思い出して。おれなんかよりはるかに大きいけど、それだけ攻撃も当てやすいから」


「「「「はいっ」」」」


 じゃあ、みんなで『竜殺し』になりますか。






 姉ちゃんが無造作に引き絞った弦を口元で止めて、短くつぶやく。


『ロンギストーラ』


 そしてそのまま10秒とどめる。そうすると矢がうっすらと青白い光をまとい、さらに矢の先に1mほど光のラインが延びる。


 弓術系上級スキル・ロンギストーラだ。弓矢の射程を延ばす、暗殺系スキルと呼ばれるものだ。タゲ取りせずに不意打ちで先制攻撃ができる。熟練度を8以上に上げて即死効果が出るようになると、本当に暗殺も可能になるかもしれない。


 残念ながら、弓術系のダメージ計算は筋力4分の1から始まるし、弓矢の武器補正は他の武器に比べると同格のものよりも低いので、ダメージ即死は相手が弱くないとできないんだけどな。


 でも、今の姉ちゃんとかおれとかなら、そんで相手が今の一般人とか王族とか、せいぜいレベル5とか10とかっていうんであれば、マジで暗殺も可能なのがちょっと怖い。自分でも怖い。


 今回のロンギストーラは射程100mという効果を利用して、崖下の谷間での途中にたくさんいるワイバーンのうち、1体だけにタゲ取りをすること。ダメージを与えれば、すぐに釣れるはずだ。


 矢が放たれて、すごい勢いで飛んでいく。


「当たりました! 1体だけ、動き出します!」


 崖下を確認していたイシュタル隊の隊長キハナが叫ぶ。


「対空戦闘用意!」


 おれが叫ぶ。


「対空戦闘よおーい!」


 姉ちゃんが楽しそうに真似をして叫ぶ。かわいいんだよ、姉ちゃん。ぐっときちゃうだろ。


 戦闘メイド部隊が虹の弓をかまえる。

 びくびくしながら、イゼンさんも弓をかまえる。


 まずは翼を射抜いて、この台地の上に落とすところからだ。


 崖を駆け上がるように飛んできたレッドワイバーンが、台地のさらに上へと飛び上がり、台地上のおれたちを睥睨する。


 竜系統モンスター最弱とはいえ、その威容は人間とは比べものにならない。


 でも、オオサンショウウオとおんなじ形に翼があるだけだから、おれには威厳を感じられないんだけどな。

 いや、オオサンショウウオは貴重な生き物だとは思うんだよ? でも、威厳があるかどうかは天然記念物とかでも別だろ?


「いけぇっ!」


 掛け声とともに、レーナがダンツで矢を放つと、技後硬直のタイミングをずらすために、少しずつ遅らせて戦闘メイド部隊のメイド見習いたちが矢を放っていく。


 ……レーナって、こういう時、何か声を出すのにためらいがないんだよな。男爵令嬢って、そういうんだったっけ? それとも本人の主人公気質なのかな?


 外した者もいるけど、半数以上の矢がレッドワイバーンの翼を貫き、上空でレッドワイバーンがバランスを崩して落ちてくる。左の翼は完全に破れている。部位欠損だ。


「落ちるぞ! 落ちたところで右を狙えっ!」


 レーナに指示でメイド見習いたちは次の矢をつがえる。

 姉ちゃんはミスリルハルバードを持って、レーナの横に並ぶ。


 レーナも槍を用意している。こいつ、ティアマト隊のアーチャーなんだけど?


 イシュタル隊の4人が放った矢が右の翼も破り、レッドワイバーンを台地上に確保する。


 イゼンさんはそそくさと後退して、おれの後ろで大盾をかまえている。いや、指示通りだからな?

 別にいいんだけど、つい最近、忠誠を誓ってくれたような気がするんだよ、この人? でも、今、おれのことも盾にしてない? いや、そういう指示は出したけどさ?


 地に墜ちたレッドワイバーンにはティアマト隊のダフネとリエルが接近して、槍ツインのクールタイムスイッチで攻める。ヒーラーのゼナがすぐ後ろで槍をかまえつつ待機している。


 ここからは時間はかかっても、スイッチし続けていくだけだ。

 ミスが出た時に、レーナと姉ちゃんがランツェを間に挟む。


「ゼナ、入って! キハナ、準備を!」

「もうやってるから!」


 レーナの声にキハナが答える。


 リエルの技後硬直の後にダフネがツインに入ったところで、ゼナがリエルの後ろに位置取る。


 技後硬直が終わったリエルが後退し、ダフネの技後硬直でゼナがツインをレッドワイバーンに喰らわせていく。


 ダフネの技後硬直が解けると、ダフネは後退してそこにキハナが入る。


 控えはイシュタル隊に交代している。


「スタポ!」


 レーナの短い言葉でティアマト隊の3人がスタポを浴びる。


 しばらくは安定してレッドワイバーンをタコ殴りだ。


 一人ツインを5回で交代していくペース。集中を保つにはこのぐらいでいいのだろう。


 まだレベルがワイバーンと正面からやり合えるところまで達していないので、本当に削れてるのはちょっとずつだ。

 レベルが上がって筋力が増えれば、この状況も変化していくはず。


 中盤で、イシュタル隊のキハナからレーナへ『トロア』使用の要望が出て、ちょっとだけ迷ったレーナが許可を出した。


 『ツイン』で削れる分よりも、上級スキル・トライデルの分だけ、『トロア』の方が多く削れる。一方的に攻めてるのになかなか倒せないレッドワイバーンに、キハナだけでなく、レーナにもあせりはあったのだろう。


「師匠? 私もぜひ参加を!」

「レーナたちの連携を乱すし、姉ちゃんの護衛を忘れてるからダメ」


 おれは冷たくユーレイナをあしらう。


 その時、ウィルがミスって、トライデルからカッターへとつなげられずに、トライデルの技後硬直に入ってしまった。


「レーナっ! 下がらせてっ!」


 すぐに気づいた姉ちゃんから鋭い叫びが出る。


 はっとしたレーナが身じろぎしている間に、姉ちゃんはランツェを発動させて、レッドワイバーンを大きくノックバックさせた。ウィルが噛みつきを喰らう寸前だった。


「立て直す! 一時後退!」


 そう叫ぶと、レーナもランツェを喰らわせて、後退する時間を稼ぐ。


 キハナが左腕で技後硬直中のウィルを抱いて後退する。


 その間は、姉ちゃんとレーナが中距離からランツェでクールタイムスイッチを続ける。


 トライデルの技後硬直は4秒。ウィルが噛みつぶされていた可能性もある。


「キハナ! 立て直したら『ツイン』で!」

「了解! ごめん!」

「こっちこそ!」


 レーナとキハナの短いやりとりには、いろいろなものが込められていただろう。


 ま、指導は後で。


 結果として、後は楽にイケた。

 レッドワイバーンのターゲットが姉ちゃんに固定されたからだ。


 どんだけ『ツイン』でメイド見習いに削られても、レッドワイバーンのターゲットは姉ちゃんから動かない。


 姉ちゃんのレベルと熟練度でランツェを5発喰らわせたら、そりゃ、メイド見習いたちじゃまだタゲ取りはできねぇだろ。


 そうして姉ちゃんに意識を向けたレッドワイバーンは、地道に戦闘メイド部隊によって削られていき、最後は力尽きて消えていった。


 確定ドロップの肉以外は、竜のキバが残っていた。


「た、倒せた……?」


 ラストアタックを決めたゼナの疑問形のつぶやきに応じるように、無口なシトレがいい微笑みで大きくうなずいた。約1時間という、この子たちにとっては初めての長時間戦闘だった。この子たちの初めて……むふふ……。


 ……ごほん。うむうむ。こうして戦闘メイド部隊は『竜殺し』となったのだった。


 そして……。


「どうですか、イゼンさん?」


 おれはイゼンさんに声をかける。


「……新たな御業が、使えるようになっておりま、す」


 予想通り。レベルひとケタでワイバーン戦に加わったイゼンさんは、10ぐらいはレベルを上げて次の御業が使えるようになったのだ。


 これがワイバーン間引きにイゼンさんを連れ出した本当の狙い。


 商業神の御業しか持たないイゼンさんが戦闘を繰り返してレベルを上げるのはなかなか難しい。時間をかければできるだろうけど、その時間を短縮するだけの意味がここにはある。


 だって、次の御業は、『リタウニング』だからな。


 ふふふ、転移持ち筆頭執事の誕生だぜっ! 


 でもなんでイゼンさん、おれに向かって土下座して涙流してんのさ?


 ねえちょっと、やめて? やめてほしいんですけど? お願いやめてくれるかな? 早く立ってくださいっっ! お願いだから早くっ!






 ……さて。


 安易な『トロア』の利用については指導して反省させておいた。


 レーナもキハナも真剣な顔でうなずいていたから大丈夫だと信じたい。


 で、そこからのワイバーン狩りは、まあ、一度慣れれば、できるもんだし、さっきのワイバーンでレベルがいくつか上がったからね。


 どんどん時間短縮していって、最後は約束通り。

 ユーレイナがなんかごちゃごちゃ言ってたけど、姉ちゃんが「弱い者には口出しする権利はありません」とぶった斬って、ワイバーンの単独討伐にチャレンジした。

 騎士団の序列2位に向かって「弱い者」と言い切って、しかも言い返されない姉ちゃんマジかっけぇ。

 まぁ、騎士団の訓練場で、ビュルテと二人がかりであっさり潰されてたし、言い返せるはずがないよな、ユーレイナには。


 もちろん、姉ちゃんは、魔法スキルと合わせて、『クワドラプル』を4回であっさりクリアしたよ。

 筋力も魔力もスキル熟練度も鍛えてきた時間が違うからな。『竜殺し』になった姉ちゃんはなんだか満足そうな顔をしててかわいい。


 それから姉ちゃんに4回、ワイバーンを釣ってもらって、おれも経験値を稼ぐ。


 ワイバーンで1対1なら、本当に楽勝だよな。さすがに2体以上同時だと、ノーダメとはいかないかもしれないけどな。


 ちなみにイゼンさんは、最終的にボックスマックスも使える、ハラグロ商会の奴隷職員と同じところまでレベ上げできましたとさ。


 ……もう、おれと姉ちゃんのレベル上げは、『竜の庭』に行かないと厳しいのかもなぁ。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る