聖女の伝説(24)
「これとこれ、やり直しで。急いでください」
おれの言葉にきびきびと執事ィズが動く。
執務室での書類事務だ。
この世界、文官は優秀な人でも、けっこー計算間違いがある。フツーの文官なら間違ってて当たり前という感じだ。
執事ィズトゥーが作成した書類を執事ィズ執事長がチェックして、さらに筆頭執事であるイゼンさんもチェックした上でおれんところに書類はくるんだけど、それでも間違いは残ってる。
たぶん、おれが確認した上で間違いが残ってるものだってあると思う。それでも複数人のチェックで可能な限り間違いは防ぎたい。
「やり直した書類はやり直す前の書類と合わせて提出! 勝手に捨てない!」
今、作っているのは侯爵家からの最後の予算に関するものだ。
使い切ってやるために徹底的に書類をチェックしている。
1マッセたりとも侯爵家には返さないからな。せこいけど! せこいけども! このせこさが大事!
「男爵さま……計算ミスや誤字を見抜くのがすげぇ……」
「ウチの男爵さまが優秀過ぎる……」
執事ィズトゥーが何かつぶやいてる。聞こえないけど、つぶやいてるヒマがあったら頭と手を動かせっての。
並行して、おれは、おれがこの村にやってきてからの収支のチェックもしている。
なんかおればっかり忙しくない? 気のせいじゃねぇよな?
急いで頑張ってるのは、明日、イゼンさんがケーニヒストルータに出発するからだ。ハラグロ商会がついでに馬車に乗せてくれるらしいので、ありがたく、乗せてもらうことにしている。
直轄地だったため、侯爵家から予算が出ていたので、その分の報告に領都へイゼンさんが向かう。
別に他の執事ィズスリーのうちの誰かでもいいんだけど、イゼンさんは自分が行けば帰りが楽です、と言っていた。
……ワイバーンの間引きで身に付けたリタウニングがあるからな。
ハラグロの馬車も、本当はたまたまじゃなくて、こっちに気を遣ってくれたんだと思うけど、遠慮なくこういう賄賂は受け取っておく。別に問題にはならないしな。
まぁ、うちの領地はハラグロとはずぶずぶの関係だ。
専属買取契約を結んだからな。
しかも、給与をハラグロの帳簿処理で済ませて実際には通貨を動かしてないし? まるでクレジットカード処理みたいな? 実際にはローテク過ぎるほどのローテクだけどな。
うちの領地の産物で売りたいものを全部ハラグロに預けることで、うちの領地の金銭での収入も、全部ハラグロから出ることになる。
だったらいちいち金貨とか銀貨とか銅貨とか、両替すんのも面倒だし、どのみちうちの村に商店はハラグロしかねぇし。
銀行業務みたいに、帳簿処理で、村全体の予算帳簿、男爵家の帳簿、あとは各個人というか家庭の帳簿とかも用意してもらって、産物の収益を分配して帳簿に付けていくことでそれを給与としている。
村民がハラグロで買い物したら、銅貨とかで払うんじゃなくて、各自の帳簿で支払される。個別のお小遣い帳をハラグロに管理してもらってるという感じかな。
もしハラグロ商会が倒産したらうちの村、まるごと破産すっけどな! それはそれでまぁリスクとしてかかえこむしかない。
専属買取契約はあくまでも村の産物だからな?
直接どっかと取引する時は男爵家の取引ってことにすればクリアだ。そのことはハラグロにも飲んでもらってる。
どうしても個別のやりとりは出る可能性があるしな。ただし、ハラグロと男爵家で取引する時の価格は村での取引に合わせる約束だ。
専属買取契約は、ハラグロが年間10万マッセ、うちの村に支払うことで成立している。その代わり、特定商品の買取価格を少し低く設定するという内容だ。
どの商品をどのくらい値下げするのかは、ハラグロと男爵家で毎年確認して契約するけどな。
例えば、並肉。これは今、うちの村の主力生産品だ。ツノうさから……こっそりビグボからも……フツーにドロップするからな。
並肉はだいたい販売価格50マッセで、買取価格は30マッセというところ。
そこでハラグロとうちは並肉の買取価格を25マッセと低めに設定している。専属買取契約で支払った分、買取価格を抑えるという形だ。
他にも、毛糸が買取価格20マッセのところを15マッセ、繭が買取価格100マッセのところを90マッセ、フライセが買取価格120マッセのところを100マッセというように、いくつかの商品についてハラグロと話し合って買取価格を下げている商品があるワケだ。この値下げした買取価格は男爵家としての取引でも適用することになってる。
そういう部分で、ハラグロには10万マッセ分の利益を当ててもらわないとな。当てて、だよ。どの商品の買取価格を低く抑えたら10万マッセ以上の価値になるかは、1年間わかんねぇからな。ギャンブル要素はある。でも、たぶん、10万マッセの価値はあるはず。
ま、ヒダマリソウなんかは、一度ハラグロに村から買取価格の60マッセで買い取らせて、販売価格の100マッセでおれが買い直したりしてるけどな。
これはおれがハラグロに気を遣ってる、という側面もある。
こんな辺境に出店してくれたんだからな。
当然、感謝もしてる。
ハラグロの店舗がオープンした日は、村がまるで祭りみたいに盛り上がったからな。
感動しぃのイゼンさんはまた泣いてたし。
村のお母さんたちは、すっごく楽しそうだったしな。
ま、ヒダマリソウをハラグロから買い直してからライポにした分はまた買い取らせてるんだけど。600マッセで。
ライポ作成の医薬神系特殊魔法初級スキル・メディスメディオスはもう熟練度3になってて、必要材料3分の1になってるから、ヒダマリソウ1本100マッセで並ライポ1本は確実だからな。
たま~に上ライポになるし。上ライポになると売れないけどな。
つまり100マッセで買った材料で作って、ライポを600マッセで売る。1本あたり500マッセの稼ぎ。
クールタイムは5日で、今のMPなら50本同時に作れるから、500×50で25000マッセの稼ぎになるという。いっつもそればっかじゃねぇから確実にとはいえないけど、並ライポだけで月に15万マッセというペースだ。
もちろん姉ちゃんもライポ作りはできるからな。
でも上ライポとか特上ライポは売らないけどな。買い取ってもハラグロも売り先がまだないみたいだし。いずれ上ライポも流通に乗せたい。特上は自分たちで使う、と。
ハラグロ商会のライポは格安だ。
そうしてもらってるのはおれのワガママだけどな。
でも、その格安ライポを巡って、実はいろいろとあるらしい。
そのせいで、トリコロニアナ王国の王都じゃ、うまく商売にならなかったとか。別に気にしてないとハラグロの職員さんたちは言ってくれるけどさ。
そんなこんなでハラグロとうちの村はずぶずぶの関係です。
そもそもハラグロの最大の出資者はおれだしな……。
ビグボ狩りは、姉ちゃんの学習日という設定で、女教師んとこに預けて、そこにユーレイナを置いてる間に、執事ィズと一緒に村人へと広めていった。
村人は執事ィズが説得して、ビグボ狩りについては極秘事項になってる。イゼンさんが村人からめっちゃ信頼されてたってのがたぶん大きい。
もう少し時間はかかるかもしれないけど、村人たちが安定してビグボを狩れるようになれば、並肉の数はかなり増える。
その頃にはたぶんレベルもそれなりに上がるから、動きの遅い毛虫もたぶんイケる。そうすれば繭も村の収入に変えていけるしな。見た目が苦手な人には厳しいかもだけど。
そもそも戦力を増強すれば、里山とか林とか、さらにはダンジョンの分も収入を増やせる。
だから、本当は戦力の増強が図りたい。
ま、そのうち、いいタイミングで子どもたちは鍛えていくつもりだ。もちろん、洗礼も受けさせるし、学園にも通わせる。ジョブなしとか、補正がもらえないんじゃスキル持ちがもったいない。
もう少しだけ、我慢だ。
ただ、子どもの数にも限りがあるしなぁ……。
戦闘メイド部隊とのダンジョンピクニックは、2層に突入した。
2層もフィールド型だけど、森林タイプで、複数の毛糸をドロップするロングヘアーラビットとか、染料をドロップするカラーリングモスラとか、HP300からHP500くらいが出現する。
なんか、繊維系ドロップの多いダンジョンだ。
1層はアオヤギから青い毛糸が大量に手にはいるしな。たまに並肉付きで。
里山とか林にも蜘蛛の糸とか繭とか、繊維系ドロップが目立つ。
色モスの睡眠デバフに気をつけないといけないけど、もうワイバーンを狩ったメイド見習いたちの敵ではない。この子たちの最大の敵はメイド仕事なのかもしれない。もしくは、その修行を中断させて連れ出してしまうおれが最大の敵なのか?
姉ちゃんの護衛としてユーレイナはついてくるけど、姉ちゃんの護衛なので戦闘には参加できない。
すっごい顔して何かを求めてくるんだけど、いいかげん、慣れてほしい。
おれはユーレイナを鍛えるために預かってるワケじゃねぇんだからな。
別に必要ないのに、姉ちゃんの護衛として押し付けられてんだからな。
そのうち、放置してどっかにリタウニングで出かけるつもりだけど。別にリタウニングがあることはバレてもいい。学園に通うようになったら、隠す必要もない。リタウニングで行き来するつもりだからな。
さて、きっちり1か月というワケじゃねぇけど、今回の村の収益については、以下の通り。
並肉127個、買取25マッセで3175マッセ。毛皮26枚、買取200マッセで5200マッセ。キバ64本、買取20マッセで1280マッセ。ツノ75本、買取10マッセで750マッセ。ヒダマリソウ47本、買取60マッセで2820マッセ。合計1万3225マッセ。
ここから半分は村の取り分で、残りを分配する。五公五民とか当たり前なんだよ、実は。村人の大人は9人。執事ィズとかうちの使用人関係は村人に含めてない。男爵家扱いで別計算だ。13225マッセから分配して、割って割り切れない分は村へ。
村人一人あたり734マッセ。夫婦のところは2倍。母子家庭のお母さんには一人分の734マッセ。
なるほど、メイドが衣食住確保して300マッセって、納得したよ、おれも。お小遣いじゃありませんでした、はい。
ちなみに734マッセで村人は狂喜してたよ……。おれと姉ちゃんのこれまでの稼ぎが異常過ぎたよ……。
あ、戦闘メイド部隊が頑張った部分のドロップ、村人と同じものも多いけど、例えば、蜘蛛の糸とか繭とか、毛糸とか、毛布とか、採集したフライセとかの一部は、男爵家としてハラグロに買い取らせて、戦闘メイド部隊の特別報酬としてある程度分配してるから。
うちはブラックじゃないからねーーーっっ!
「では、アインさま。行ってまいります」
「道中、どうか気をつけて。あ、報告は、しっかり、お願いしますね」
おれがにっこり笑ってそう言うと、イゼンさんの表情が引き締まった。
……あれ? なんか、思ってたのとちがうんだけど?
「お任せください、フェルエアインさま。私の命と忠誠は、全てフェルエアインさまに」
腰を折って、深々と頭を下げるイゼンさん。
そして、居残りの執事ィズをちらりと見て、箱馬車に乗り込んでいく。
……公的な場でないと、フェルエアインとは呼ばないんじゃなかったっけ?
なんだかちょっと違う感じのイゼンさんに、おれはほんのちょっぴり不安を感じながら、村を出て行く箱馬車をずっと見送っていたのだった。
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