聖女の伝説(25)



 イゼンさんが領都ケーニヒストルータへと出発した日から、モンスターのリポップを待つため、という理由を表向きに出して、狩りを禁止した。


 まあ、はがねの大盾もはがねの槍も、領主館で貸し出して、領主館へ返却するシステムだから、どのみちその部分でストップさせれば狩りなどできない。


 あと10日もすれば白の新月になるし、イゼンさんがフェルエラ村に戻って、狩場の地図で日付ごとの狩りのルートを決めてから、狩りはルーティンワークとして動かしていきたい。

 もちろん、しばらく同じルーティンでこなして、レベルが上がったらまた新たなルーティンを組み直すという形だけどな。


 まあ、本当の理由は、姉ちゃんと二人で旅に出るためだ。


 目指すは地の神の古代神殿。


 飛竜の谷をワイバーンを潰しながら抜けて、古代神殿に到達すれば、戻ってくるという計画。たぶん、10日以内に完了できるはず。地の神の古代神殿のダンジョンにこだわらなければ、だけどな。


 地の神系魔法の呪文がどこまで必要かは、考え方次第だけど、今のところ初級スキル・ドウマラしかないから、ダンジョンアタックを敢行すればすぐに新しい呪文は入手できそうなんだよなあ。


 どのみち、一度行ってしまえば、いつでもリタウニングで行き来できるのだから、これもあせる必要はない。


 実際問題として、その属性の初級で単体型だけというのは、それが弱点の敵との戦いでは不十分だろうし、中級スキルの範囲型攻撃魔法を使おうと思えば、単体型の中級スキルも必要になるので、2層攻略がその条件を満たすダンジョンアタック目標だ。


 ま、行くまでにそれほど苦労はしない……だろうと思う。


 一番面倒なのは、帰ってきた時のユーレイナへの対応だろうし。


 護衛だ護衛だとしつこいくらいに言ってきたのに、こんな時には置き去りにするんだから、自分で言うのもなんだけど、ユーレイナの扱いがヒドいよな? でも、しょうがない。明確にスパイ認定してる相手を、古代神殿までは連れて行けない。


 あ、ユーレイナを振り切るのはとっても簡単だから。


 ある意味では裏ワザ。でもまっとうな表ワザでもあるけどな。






 いつものように、姉ちゃんの作った美味しい朝食を食べる。


 食卓にはユーレイナとレーナがいる。昨夜、うちの家に護衛として入るのはレーナに指定して命じていたからだ。


 レーナとは、今日からのことは話しあってある。簡単なことだ。『メイド見習いとしてメイド仕事の経験を積むように』と、はいおしまい。

 いやいや、もちろん、『何か有事の際は全力で対応してよし』とか、『ポーション類は必要があれば遠慮なく使用すること』とか、『無断で狩りに出ようとする者は捕えて領主館の地下へ』とかな。

 あ、今思うと、それだとユーレイナが捕えられる可能性があるか。なんて面倒なヤツ……。


 ユーレイナは最近の手合わせで、戦闘メイド部隊に負け続けている。

 メイド見習いたちのレベルがユーレイナよりも上になったんだろうと思うけどな。

 それも、最近のユーレイナの苦悩につながってんだけど、基本、それは放置だ。自分を鍛えたいならユーレイナは騎士団に戻って頑張ればいい。


 ユーレイナが護衛対象の姉ちゃんがいなくなって、勝手に狩りに行くという可能性を考慮してなかった。

 臨機応変にレーナは対処してくれるかな? 別に地下に押し込めててもいいけどさ。


 ……強さに執着して、いろいろと苦悩してるクセに、めっちゃウマそうに姉ちゃんの作った朝メシ食ってやがるからな、ユーレイナのヤツ。

 この瞬間だけ見たら、悩みなんてないだろ? って思うんだよな。


 朝食後は、家を出て、領主館へと歩いて出勤する。

 姉ちゃんと並んで歩き、レーナとユーレイナが付いてくる。


 執事ィズにも話は通してあるし、おれと姉ちゃんがいなくなる準備はできてる。

 女教師には知らせてないけど、あの先生にはメイド見習いたちに読み書きやその他いろいろを教えるという立派な仕事が割り振れている。


 割り振られてる仕事が目の前からなくなってしまうユーレイナだけが、問題だった。


 領主館の玄関が見える。

 扉を開いて、執事ィズやメイド及びその見習いが姿を見せる。


「じゃあレーナ、後は任せる」

「はい。お任せを、アインさま」


「「「「「「いってらっしゃいませ。お気をつけて」」」」」」


 執事ィズとメイド及び見習いの声がそろう。


 一人、訳がわからない状態できょろきょろしているのはユーレイナだけだ。


「何が……」


 ユーレイナが口を開いた瞬間・・・・・・。


『われ栄えし商業神に乞い願う、仲間と共に旅路を越えて、懐かしき思い出重ねしあの町へ、リタウニングフルメン』


 おれと姉ちゃんは、おれが発動させた商業神系特殊魔法王級スキル・リタウニングフルメンによって転移して、その場から消えた。


 そこでユーレイナがどうなったのかは、あとでレーナたちから教えてもらうとしよう。


 おれと姉ちゃんがリタウニングフルメンのパーティー転移で飛んだ先は、フェルエラ村の入口。


 そのまま、飛竜の谷を目指して最大戦速で行動開始。

 たったこれだけのことで、もうユーレイナではおれたちに追いつくことができない。


 どこへ向かうかは、誰にも伝えてないからな。


「久しぶりのアインとの旅だわ」

「そうだね、姉ちゃん。ちょっと急ぎだけど」

「いろいろ、忙しくさせてごめんなさい、アイン」

「いいよ、そんなこと。姉ちゃんにも、窮屈な思いをいろいろさせてんだし」

「あたしは大丈夫。心配いらないわ」

「ありがと、姉ちゃん」


 そんな会話の途中でビグボが肉に変化しているけど、それがおれと姉ちゃんの狩り旅だよな。






 さて。あれから3日目の朝だ。

 飛竜の谷は、前回、イゼンさんを連れてやってきた崖の上の台地からスタート。


 ちょっと手間はかかるけど、ここで飛竜の数をごっそりと減らす。


 姉ちゃんがロンギストーラで1体のワイバーンを釣って、弓矢か槍か太陽神系貫通型魔法かで翼を破り、それを地上に堕として、あとはクールタイムスイッチで消し去る。単純作業だ。


 おれと姉ちゃんで戦えば戦闘メイド部隊のような時間はかからないので、さくさくとワイバーンの数を減らしていく。


 崖に張り付いているように見えるワイバーンの数が4体になった時、50体くらいはワイバーンをしとめていたと思う。途中から面倒なので数えてなかった。


 そして、谷へと下りて、そこを進んでいく。


 ところどころでワイバーンが急降下して襲ってくるけど、急降下をかわして翼を潰し、あとはこれまでと同じだ。


 アイテムストレージの中にたくさんの特上肉を貯め込み、いくつかの竜骨や竜の牙、竜の爪も入手して、飛竜の谷を突破する。


 ワイバーン側からすれば、散々な話だと思う。

 まあ、どうせリポップするんだから、一時的に全滅するのは許してほしい。






『われ水の女神に乞い願う、女神の恵みたる豊かな水をこの指に、リソトフルテアキュアス』


 消費MP4で指先から2リットルの水を出せる水の女神系支援魔法中級スキル・リソトフルテアキュアスだ。

 家でお風呂用に毎日使っていた姉ちゃんはおれよりも先に熟練度を上げて詠唱省略ができるようになっているという、おれと姉ちゃんの間では珍しい魔法スキルだ。


 おれはまだこの魔法を詠唱省略できない。


 指先から出した水はそのまま水袋を満たしていく。おれの水袋の次は姉ちゃんの水袋である。


 なんでこんなことをしているのか、というと。


 正直。

 砂漠、甘く見てました……。


 熱い! 暑い! アツい!


 そして、ついつい水を飲んでしまう。飲み過ぎだと思うけど。


 そんで、空になった水袋に飲み水を魔法で追加してる、と。さらに……。


「いい? いくわよ?」

「お願い、姉ちゃん」


『リソトサクルクリンネス』


「がばばばごべべべべ……」


 おれは姉ちゃんに水の女神系支援魔法中級スキル・リソトサクルクリンネスで、頭を丸洗いしてもらっている。


 デバフ解除もできるこの魔法。

 砂漠で大活躍。


 ……冷たくて気持ちいいし、頭がスッキリするんだよ。いやマジで!


「交代して、アイン」


『リソトサクルクリンネス』


「ごぼごぼごぼごぼ……」


 ……いやマジで、おれたち何やってんだろね?






 デザートキャンサー……通称『砂蟹』は特に問題なしのもーまんたい。ちょっと固めなだけで、隠れてるけど不意打ちというより、蟹がいそうな穴があれば備えてればいい。

 隠密系モンスターなのに、先制攻撃前に穴があってバレてるって……笑える。

 HP2000クラスが今さら何?


 デザートアント……通称『砂あり』はちょっと面倒な連中だ。

 HP1000クラスだけど攻撃力高めでしかも必ず3体以上で出てくるからな。

 3体なら姉ちゃんに槍で2体同時にやってもらって、おれが1体を始末すればいいんだけど、4体とか5体はさすがにノーダメとはいかない。

 あと、ドロップはなんでハチミツなんだよ? アリだろ? 納得いかねぇっ!


 ジャイアントスコーピオン……通称『大さそり』はまあ微々たる問題だ。

 HP3000なのにな。

 大きさのせいか必ず1体だけで現れるしね。

 毒攻撃はあるけど強毒でもなく平和な感じ。ライポ1本で済むからな。

 ノックバック耐性もないし……戦闘メイド部隊のメイド見習いたちは悲鳴を上げそうだけどな。

 そこだけはちょっと心配。あの子たちここまで連れてくるかどうかは不明。ワイバーンの間引きのせいで、この辺のクラスをすっ飛ばしてレベル上げしちゃってるとこ、あるからなぁ。


 古代神殿前のボスはミスリルゴーレム。久しぶりにHPバーで視界を埋め尽くされた。


 もちろんノックバック耐性のせいで大変でしたとも。ただし、姉ちゃんとのフォーメーションは前後衛で、武器がバッケングラーディアスの剣だからな。武器破壊は発生しないだけで十分だ。


 フツーにおれが『サワタリ・トロア』でガンガン攻めて、ノックバックしなかったらワンパンもらって、姉ちゃんが回復魔法かけてタゲ取りしちまうけど、すぐにおれが『トロア』でタゲ取り返してという……要するにエンドレス回復でのガチンコ勝負。


 それを繰り返していけばミスゴには回復手段がないんだから最終的には勝つ。ただし姉ちゃんが泣きそうな顔してたからな。まるで手の長いフリッカーの使い手に挑むいじめっ子と見守る妹……って、あれ? それじゃおれの方が反則も使う悪魔的な存在……?


 ドロップは定番のミスリルインゴッド。初回の今回は3つゲットしました。これは、たまにゲットしに来なければ……。






 地の神の古代神殿。いやぁ、地の神、マッスルマッスル!

 ……って、なんで神像にポージングさせてんのさ? 変な掛け声出せそうになったじゃねぇーか! よっ、三角チョコパイっ!!


「変な神さま……」


 姉ちゃん!? どんなに変でも神さまだからな! 神さまだから! 一応……なんで神さまがビキニパンツオンリーでダブルバイセプスを……。


 予定よりも早めに到着したので、ダンジョンに潜る。


 正直……失敗だった。


 なんでって?

 フィールド型の、しかも砂漠……。


 今回、とことん砂漠だよ。


 1層も2層も外の砂漠よりモンスターは格下だったし? たぶん3層もあやしいぞ、これは。


 2層ボスのアントライオン……蟻地獄だな……弱点属性の風の神系攻撃魔法をトラマナかけて姉ちゃんと連発してからカッターの1撃。あくまでも石版のためのボス戦だったけどな。3層は転移だけしてすぐに脱出。


 中級スキル、単体型のドウマリと範囲型のドウマガンはこれで確保。タッパにメモも残した。


 入口のミスゴのためだけに来るのもなぁ……という古代神殿だった。


 ごめんなさい、地の神さま。どうかお許しください。きっと神さまのせいではありません。いろいろ回って15歳までにまだ時間があったら必ず来ますから!


 ……時間があったらと言ってる時点で矛盾してんじゃん! 必ずじゃねぇし!


 姉ちゃんのリタウニングフルメンでフェルエラ村へと戻ったのは青の満月の30日。


 予想通りというか、何というか。


 ……ユーレイナが領主館の地下に監禁されてました。


 ケーニヒストル侯爵閣下ともめなきゃいいけどな……。





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