聖女の伝説(22)



 村人のツノうさ狩りが始まって、その合間に執事ィズのビグボ狩りを進める。


 ビッグボア、フォルテボア、イビルボア、ホワイトボアなど、ボア……猪タイプモンスターは全て共通する動きがある。それは、前足で何度か地面をかくようにした後、そのまままっすぐ突進して、一定の距離で停止する、というものだ。


 この前足の予備動作と突進方向、突進距離さえ把握してしまえば、HPがいくらあったとしても、それは何の障害にもならない。


 今日は、姉ちゃんには頼みごとをして、村に残ってもらっている。






「……信じられない」


 執事ィズその2がぽつりとつぶやいた。


 何度戦っても、まったく同じ動きで、止まったらあっさり大盾で抑え込める上に、槍でも突き放題なのだから、そう思うのかもしれない。


「大猪って、バカなんですかね?」


 執事ィズその3がそう言っておれを見た。


「……知っていればそう言えることも、知らなければ言えないものですよね。きちんと研究すれば村の周囲の魔物は十分戦える相手です。わかってもらえましたか?」


「正直に言えば、魔物を倒せなどと、『竜殺し』のアインさまだから言えるんだと最初は思っておりました。でも……」


 執事ィズその1、執事長が正直にしゃべっているようだ。「……こうして、村の周りの魔物を倒せるようになってしまうと、知らないということの、その、知らずにいるということの、愚かさとでも言うのでしょうか。挑戦せずにそのままでいた自分たちを恥ずかしく思います」


「勘違いはしないでください。例えば、今のみなさんが大青羊を相手にすれば、間違いなく死んでしまいます。むろん、飛竜など、絶対に戦ってはいけません」


「それは……もちろんです」

「ただ、大猪を倒し続けること、そのことに意味はあります」

「倒し続ける意味、ですか?」


「……魔物を倒せば倒すほど、強くなれる、ということでしょうか?」


 筆頭執事のイゼンさんが会話に加わる。「それは、前の騎士団長が最終的には否定していたと記憶しています。どれだけ魔物を倒しても強くなれる訳ではないと」


「おそらく、ケーニヒストルータ周辺での魔物討伐は、ツノうさか、それと同じぐらいの魔物です。この村でも、ツノうさだけを倒している限り、それ以上に強くなることはないでしょうね」


「……大猪なら、それ以上に強くなれる、ということでしょうか?」

「理解が早くて助かります。さすがはイゼンさんです」

「いえ、そのようなことは……」


「謙遜なさらずに。我が家の筆頭執事が優秀な方で本当にありがたいと思っています」

「はい……」


「そのうち、今の騎士団長はさっきの見解を改めると思います」

「え?」


「メフィスタルニアでヴィクトリアさまの護衛を務め、生き延びた二人の護衛騎士が、ケーニヒストルータに戻り、しばらく経ったら騎士団の序列1位と2位になりました」


「……序列2位とは、アラスイエナさまの護衛のユーレイナ殿では?」


「そうです。ユーレイナと、序列1位のビュルテは、メフィスタルニアで、これまでよりもはるかに強い魔物を相手に戦い、倒して、そして生き延びました。戻ってきたら、他の騎士団員は相手にならないほど強くなっていた」


「……騎士団長がその事実に気づき、見解を改めると?」

「問題は、そのことでこのフェルエラ村が狙われる可能性があります」


「まさか! より強い魔物と戦うための場所にされる、と?」

「本当に話が早くて助かります」


 おれはにっこりと笑って、執事ィズを見た。


「だから、この、大猪の簡単な倒し方は、この村の秘伝にしなければならないのです」

「どうしてですか?」


 執事ィズその3が首をかしげた。


「ケーニヒストルータの騎士たちが大猪を相手にしても、倒し方を知らなければ倒せない。それどころか全滅、もしくは死傷、というところでしょうか」


 イゼンさんが冷静に分析する。「しかし、倒し方を教えてしまえば、簡単に倒せるようになり、騎士たちは強くなる。そして……」


「大猪から手に入る、肉、毛皮、キバなど、フェルエラ村の利益となるものは全て、騎士団と侯爵家に奪われるでしょうね」


 おれが努めて冷静にそう言うと、執事ィズの間に沈黙が落ちた。


 この日。

 おれと執事ィズの間では、ひとつ、大きな秘密を共有することになった。

 そしてそれは、村人たちの間で、密かに、でも着実に、共有されていった。


 反逆の領地というこの村のふたつ名は、飾りではなかった。


 それだけ、この村の人々は、これまでの間、虐げられていたのだ。


 フェルエラ村が豊かになったのは、全て、常識では考えられないアインとイエナの姉弟がいるからできることなのだ、と。

 そのように思わせなければならない。


 そうでなければ、今度の、次に起きる反逆は。

 本当にケーニヒストル侯爵領を滅ぼしかねない反逆となるのかもしれない。


 いや、反逆する気はねぇんだけどな? ないんだけども! でも、おれの! おれと姉ちゃんが暮らすこの村の! その利益を奪おうとするんなら、一切の手加減はいらないとは思うんだよな! な?






 村人たちのツノうさ狩り2回目、の、翌日。

 執事ィズスリーには休暇を与えて、筆頭執事のイゼンさんを連れ出す。


 今日からは姉ちゃんが必須なので、残念だけどユーレイナもおまけなのはあきらめる。


 家政婦長とメイド長の許可はしぶしぶという感じで認めてくれたので、戦闘メイド部隊(メイドとしてはまだ見習い)を引率して、出発する。


「……ずいぶんとものものしいですが、どちらへ?」

「この村が魔物に襲われる秘密を暴く場所、でしょうか」

「なっ……」


 途中の戦闘はレーナの指揮に任せている。このへんのモンスター相手なら、特に問題はない。


 そして、里山の中腹へと到達する。


「これは、まさか?」

「何だと思ったんですか、イゼンさん?」

「……ダンジョンの入口では、ございませんか?」

「大当たり。その通りです。では、入りましょう」


 ダンジョン内、ここの1層はフィールド型だ。


 ダンジョン内に空があるのでイゼンさんは目を見開いていた。知識としては知っていても、ダンジョンに入ったのは初めてなのかもしれない。

 まあ、迷宮型とか、中には都市型とか、いろんなダンジョンがあるからな。


「見るのは空ではなく、あっちです」


 そう言っておれが指差した方向にイゼンさんは視線を移した。


「なっ……大青羊が、あんなに……」


「このダンジョンが人知れず放置されて、増える限界まで増えた大青羊があふれて、外へと飛び出してくる。その時に狂暴化してフェルエラ村を襲う。それがだいたい半年周期で起きていたのではないかと考えています……レーナ、群れをひとつ、潰してくるように」


「了解しました」


 戦闘メイド部隊が丘を下って駆けていく。


「師匠! 私も討伐に!」

「……護衛の役割を全く理解していないと、騎士団への報告書には書いておきます」

「し、師匠……」


 とりあえず、ユーレイナは冷たくあしらって、放置だ。姉ちゃんを優先しない時点で護衛失格に決まってんだろ。


 その姉ちゃんはちゃんと戦闘メイド部隊に気を配ってくれている。


 まあ、この丘はたぶん安全地帯だから、本当は護衛はいらないんだけどな。


 レーナの指揮で、どんどんアオヤギが狩られていく。


「ああやって、このダンジョンの大青羊を間引いておくことで、ここの魔物が増えすぎてフェルエラ村を襲うことはなくなるのではないかと考えています」

「……フェルエラ村をずっと苦しめ、反逆の領地へと追いやってきたあの魔物の襲撃が、なくなるというのですか?」

「ええ、まあ……おそらくは」


 イゼンさんはずざっとすばやい動きでおれの足元にひざまずいた。


「このイゼン! アインさまにっ! アインさまにぃっっ! 我が命と、ぢゅ、忠誠を……いのぢど、ぢゅう、ぜいを、ざざ、げ、まずぅ……」


 なんだか泣きながら言っているので、最後の方は何を言っているのか、わかんなかったけど。


 イゼンさんが感動して泣いているってのは、よくわかった。


「イゼンさん、少し、気が早いです」

「ばぃ?」

「大青羊が、村を襲わなくなるとは、思うんです」

「ぞ、ぞうでず、ね?」


「泣き止んでもらえます? そうすると別の問題が起こるかもしれないので」

「な、涙がどまりまぜ、んので、何が、おぎるので?」

「大青羊が村にやってこなくなると、それを狙っていた飛竜はどうするのかな、と」

「は、はいぃ?」

「今度は、村が飛竜に襲われるかもしれないな、と」


 イゼンさんが固まった。固まってしまった。いや、そりゃ固まるよな。うん、わかるよ。


 やっとアオヤギのスタンピードがなくなって平和な村になるかもって思った瞬間に、アオヤギなんかとは比べものにならない強さのワイバーンに襲われる可能性があると言われたんだからな。


 だから……。


「だから、イゼンさん。飛竜も間引きに行きましょう!」


 ひざまずいたままのイゼンさんの目と口が、どっちももう無理だろうというくらいに開かれたのだった。そのまま涙も流れてたから、なおすごい顔だった。





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