アインの伝説(38)



 ワイバーンの谷へと向かうのは久しぶりだ。夏にスタンピードにならないように狩りにきた時以来だからおよそ半年ぶりか。


 年に一度、狩っておけば、フェルエラ村までワイバーンがランダムエンカウンターとして飛んでくることもない。

 もちろん、その前提として、里山のダンジョンのアオヤギをあふれ出ないように狩り倒しておく必要はあるんだけどな。あいつらは村のいい収入源だから自然と狩るけどさ。


 今回は、騎士団長のスラーとピンガラ隊のエイミー、筆頭執事で家令のイゼンさんと、ハラグロ商会からタッカルさん、ハルクさん、ブエイさん、ダブリンさんの4人が参戦。

 ハルクさんは覚えてるだろうか? リンネのことで孤児院といろいろあった時にめっちゃ世話になった人だ。この4人はいわゆるハラグロ四天王だ。


 というか、タッカルさんが提案してガイウスさんから正式に依頼された契約に基づき、ハラグロ四天王に「アインさまたちがお使いの、みなで転移できる商業神最高の御業を身につけたい」という要するにレベルアップのお願いを果たしにやってきたのだ。


 実は、契約したからレベル上げして新たなハラグロ商会の職員にリタウニングを身につけさせたんだけど、身につけてから行ったことのある町や村への転移ができるようになるので、今から各地への馬車旅をするなどというのはとっても効率が悪くて、しかも魔物の活性化で大変だと。しかも、トリコロニアナの辺境伯領とか、遠過ぎ。


 だから、タッカルさんたち四天王がリタフル使いになれば、それで一緒に各地へ転移することでこの問題が一気に解決できると、そういうタッカルさんのアイデアだった。

 ガイウスさんは即座に了承して、おれに対して依頼。おれとしても、ハラグロ商会の辺境伯領の支援はありがたいので、ある交換条件を提示した上で受け入れた。


 つまり先輩社員と一緒に営業先に回ってあいさつして、いずれはそこの担当を引き継ぐと、そんな感じだ。そのための先輩社員であるハラグロ四天王にはリタフルをと。


 商業神系王級スキル・リタウニングフルメンはレベル35で覚えるジョブスキルだ。


 だいたいタッカルさんたちはあと7レベルくらい上げればいいんだけど、もうフェルエラ村付近では経験値効率がよくないし、里山ダンジョンの深い階層だと、そこに行くまでにアオヤギとか大量のモンスターを処理して進まないとダメだ。そんで奥に入っても、そこまで経験値効率はよくない。


 そんじゃあ、できるだけ一気に上げていくんであれば、と。こりゃもうモブではトップクラスのワイバーンを狩るしかないよね、ということで。


 道中の何日かは、最近読んだ『ギルドマスター・バッケングラーディアスの口伝』の話でハラグロ四天王たちと盛り上がりつつ、以前よりも強くなってる色んなモブを狩って進み、ワイバーンがいる谷の上へと登っていく。

 あの口伝は商人たちがよく読んでるものらしい。イゼンさんも知ってたみたいだ。

 エイミーとスラーは初めて聞く話も多かったみたいで、勇者シオンの冒険譚でもあるこの口伝に興味津々だった。


 今のおれにはありがたい情報が詰まった本。こうやって話を聞くだけでも価値がある。


 そして、谷のワイバーンを釣って、狩る。


「……わ、我々も、これで『竜殺し』に」

「あんな大きな魔物を……」

「さすがに辺境伯領の戦線でも見かけない強さだったな……」

「スラー殿がいるだけで何という安定感。これが真実の大盾使いか……」


 ワイバーンを初めて狩ったことで、興奮しつつも呆然とするという世にも珍しいハラグロ四天王の姿がここに。


「やはりさすがはアインさまです」


 ……イゼンさんはすでにリタフルを身につけていた商業神系魔法スキルの先輩として、槍使いの指南役で同行していた。

 そして今日も安定のさすアイでおれをよいしょしている。

 思えばイゼンさんも最初は弓矢で遠くからだったんだけどな。今じゃワイバーンに近づいて槍をぶっ刺すんだから、人は変われば変わるもんだ。

 やっぱ結婚したからかな?

 イゼンさんはもともと領主館に務めていたメイドのクロエさんと去年、結婚している。うらやましいんじゃねぇかって? いや、そりゃ、うらやましいに決まってんだろ!?


 ここに向かう前、アリスさんからは「夫を頼みますね」ってタッカルさんのことを頼まれたし、クロエさんとイゼンさんはハグですよ、ハグ。「心配いらないよ、クロエ。アインさまがいらっしゃるんだ」「わかってます。それでも心配なんです」とかさ。何、そのラブラブ?


 まあそれはいいや。


 ワイバーン狩りはスラーがタンクで、おれがアーチャー兼ヒーラーを務めて、エイミーがサポートアタッカーとして剣を振るい、イゼンさんの指揮でハラグロ四天王がワイバーンに槍を突きたてていく。


 おれが弓術系神級スキル・女神ポルテの矢と上級スキル・ロンギストーラの合わせ技でワイバーンを1体ずつ釣って、さらには太陽神系魔法初級スキル・ソルマで翼を破る。その時点でかなりHPは削ってるし、ずっとターゲットは実はおれなんだよな。うん。


 地上に落としたワイバーンを受け止めるのは『重装騎士』のスラー。さすがは物理防御2倍の補正が入る最も堅さのあるジョブ。

 団長就任祝いであげたミスリルの大盾でガツンとワイバーンをブロックしても超余裕。もちろんたまにおれは月の女神系回復魔法スキルをスラーに飛ばすけどな。


 おれに向かおうと荒ぶるワイバーンだけど、スラーががっちり受け止めてるから問題なくて、しかもイゼンさんとエイミーを含めた6人がかりでメッタ刺しにしていく。


 これもはや竜殺しというより竜いじめだろ?


 辺境伯領で四天王の中でも一番嬉々として暴れているというタッカルさんが真っ先にレベル35に達してリタウニングフルメンを身につけると、そこから4体ほどワイバーンを狩った時点でハルクさんたちもレベル35に到達して目的を達成した。


 しかし……。


「辺境伯領で役立つためにも、もう少し……」


 ……とかタッカルさんが言い出したので、さらに何体かワイバーンを狩った。


 なんか、戦闘で活躍すればするほど、辺境伯領での信頼が増していくから、と。そう言われたら断りにくい。


 おれが釣らないと、さすがにワイバーンの複数同時は難しいしなぁ。


 最終的にタッカルさんがレベル37まで上げた。


 ……マジで、この人、どこを目指してんだろ? 商人だよな、ジョブ?


 でも。

 おれにとっては、ここからが本番だ。


「では、イゼンさん。ハルクさんの転移でフェルエラ村へ。どうか、村のことはお願いします」

「わかっております。アインさまも、辺境伯領の戦況の視察、どうかお気をつけて。アインさまなら大丈夫だとは思っておりますが、くれぐれも、お体に気をつけてください」


「スラー、騎士団を頼む」

「はい。お任せを」


「エイミーも、しっかりな」

「うん。エイミー、頑張るね、アインさま」


 みんなの妹分だったピンガラ隊のエイミーも14歳。来年には洗礼だ。

 おれと姉ちゃんを除けば、村で唯一の鍛冶神系魔法スキルの使い手だったけど、去年ローラが『錬金術師』になって鍛冶神系魔法もジョブスキルになったから、負担は軽くなってるはず。


 でも、まだまだかわいい妹分。

 よしよし、と頭をなでておく。


「えへへぇ……」


 なでられて嬉しそうなエイミーを見ていると、ふと初夜権のことを思い出して頬が熱くなってしまった。

 エイミーの頭から慌てて手を離して、そのままバイバイすると、ハルクさんのリタフルでおれとタッカルさんを残して、フェルエラ村へとみんなが帰っていく。


 おれとタッカルさんが残ったのは、辺境伯領へ転移するためだ。これが今回の話を引き受けた時の交換条件でもある。


 表向きは、辺境伯領の戦況の視察。表向きは。


 タッカルさんには、絶対に秘密にするという条件で本当の目的を部分的に話してある。なんでか、この人はおれの秘密をもらさない気がするんだよな。なんでだろ?


「それでは、アインさま、よろしいでしょうか」

「お願いしますね、タッカルさん」

「はい。『リタウニングフルメン』」


 そうして、おれは、トリコロニアナ王国、ファーノース辺境伯領、領都ポゥラリースへと飛んだ。





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