アインの伝説(39)



 転移した先で、歓声が上がる。


「タッカルさま!」

「タッカルさまがいらっしゃったぞ! 領主さまに!」

「おお、タッカルさま! よくぞいらっしゃいました!」


 ていうか!?

 マジでタッカルさん大人気!?

 しかも「さま」付けじゃん!?


 ファーノース辺境伯領の領都ポゥラリースの門では、あっという間にタッカルさんが囲まれてしまった。


 従者ポジで付いてきたおれ、空気よりも目立たないかも?


 時間があればシャーリーのおじさん、おばさんの家を探してみたいとこではあるんだけどさ。


 ここはゲーム終了まで落ちない町だ。最前線なのに。


 魔族の大地からの帰りでもいい。


 それを目標にするぐらいがいいかもしれねぇよな。


 よく見ると、門内の外周通路が他の町と比べてとても広くなっている。おそらく、もともとあった外壁に近い家屋はスペースを作るために壊してしまったのだろう。


 中心街へと続く街路にも、丸太をいくつも尖らせ、斜めにしてずらりと並べた簡易防壁が用意されていて、もし門内へ魔物の侵入を許してしまった場合には、それを動かして一時的な防御陣地にするのだろう。


 ゲームでは普通に道具屋とか武器屋とか宿屋が営業してたので、そういうとこはマジでゲームのご都合主義でしかなかったのか、と思い至る。

 よく考えたら、ゲームの中でも、戦闘で傷ついたNPCが何人もいて、その人たちから得た情報で魔に染められたド・バラッドの聖なる山を目指すし、魔宰相や魔公爵と戦うヒントをもらって、使えそうなアイテムを集めるのだ。


 そう考えてみると、今のおれの知識チートって、ある意味ではそういうNPCさまのおかげというものなのかもしれねぇよな。


 でも、今この瞬間に戦闘中ってワケじゃねぇーんだな。激戦地って聞いてたから、ずっと領都を包囲されてんのかと勝手に思ってたけど……。


 たくさんの人と握手を交わして、タッカルさんが人の壁を抜けてくる。


「いやいや、すみません。ポゥラリースではいつもこんな感じになってしまうのです」

「びっくりしました。ハラグロ四天王がここまで人気だとは」

「フェルエラ村でのオーナーには到底及びません」


 いや、おれ、あんな感じで囲まれたりしたことねぇしっ!? まるで出待ちファンにもみくちゃにされるバンドの渋いドラマーさんみたいだったけど?

 ……え、アイドル? タッカルさんだかんな、そりゃイメージが違うってば。アイドルではない、うん。


「……意外と、兵士が少ないですね?」

「ああ、さっきの話では、空を飛ぶ魔物の群れがどこかに集まりつつあるとかで数日前に『弓姫』さまとともに出陣した一軍があるようです。ああ、『弓姫』さまというのは……」


「聞いたことがあります。辺境伯さまの娘だとか」

「この前の洗礼で『弓聖』となられたそうです。大変珍しい、『剣聖』などと並ぶすごい天職です。この状態なので貴重な天職となられ、重要な戦力でもある『弓姫』さまが学園に行くのは難しいようですが……」

「へぇ、天職は『弓聖』かぁ……」


 武聖ジョブのひとつだ。『弓姫』なんて二つ名だもんな。そういう希少なジョブにもなるか。

 それにしてもこの情勢じゃ仕方ねぇんだけど、学園に行けないってのはかわいそーだよな。なんだかんだで楽しいこともいっぱいあるし。


「あ、すみません。天職の話はオーナーにとっては……」

「ああ、そんなことは気にしないでください。それで……」

「……本当に、よろしいのですか?」

「ええ、あの時の打ち合わせ通りに」

「……わかりました」


 タッカルさんはうなずくと、門番の兵士に頼んで、従者が別の町へ向かうからと伝えて、めちゃめちゃあっさりと門を開けてもらった。なんだこの信頼度? ここまであっさり開けてくれるようなモンなんだろうか?


「ありがとう、タッカルさん」

「どうか、ご無事で……我らが神よ……」


 ……ん? 最後、なんか変なつぶやきが聞こえたような?


 一瞬、振り返りかけたけど、とりあえず、今は目的に向かって動くことを優先して、おれは門を出て走り出す。


 めざすは魔族の大地へとつながると言われる渓谷。『ギルドマスター・バッケングラーディアスの口伝』に出てきたところだ。


 確定じゃねぇけど、たぶん、あそこかなぁ、という場所は二か所ほど予想している。


 安全な旅ではないのはぜーんぶ承知の上でのこと。


 ま、いくら活性化したとはいえ、この辺のザコモブは基本、敵ではない。魔王軍も幹部クラスでなければ、下手したらザコモブ以下だしな。この前の王都でのコボルトとかさ。


 タッカルさんに連れてきてもらったことで、危なくなったらリタウニングでポゥラリースに戻れるんだから、やり直しもポゥラリースからリスタートできる。

 もし、ミッションクリアはできなくても、リスタート地点としてはポゥラリースならかなり助かるはずだ。


 現実には日数をかけすぎると、ケーニヒストルータで役割を終えた姉ちゃんがフェルエラ村に帰還して、戦場視察なんかに勝手に行ったと怒って、しかも戻ってくるのが遅いと心配して、動き出すまでのリミットで、なんとか魔族の大地でのリタウニングのポイントを見つけたい。

 全部合わせてあと20日もあればいい方か?

 あとは、姉ちゃんがハラグロ四天王のリタフルのクールタイムとタイミングが合わなければ数日分、もしくはそれに期待しないで姉ちゃんが自力で飛ぶとして、公都か、ニールベランゲルン伯爵領の領都か、そのどっちかぐらいがスタート地点になるなら、さらに数日は稼げる。

 あれで姉ちゃんは感情的になってもけっこー考えるからな? ひょっとしたら情報を集めて、ピンポイントでおれの狙いを当ててくるかもしんねぇし……。


 街道を普通に進むが、思ったほどモンスターにエンカウントしない。先に出陣した一軍と同じ方向にでも進んでるのだろうか? そいつらが狩った後か? でもリポップしてそうなもんだけどな?


 別にレベル上げの必要もないから、今は楽に移動できる方がいいのでありがたい。


 目的地だと思われる渓谷まではフツーなら10日ぐらいはかかるはず。最大スピードで頑張れば5、6日ぐらいかな? いざとなったら飛行石も使って……。


 姉ちゃんのいないマジ一人旅は本当は不安だ。でも、姉ちゃんはポゥラリースには転移できない。トリコロールズとは違って。それを狙ったのはおれの方だしな。魔族の大地へなんて危険な道を姉ちゃんには行かせたくない。


 おれにはたくさんの『レオン・ド・バラッドの伝説』のゲーム知識がある。ずっとそのことを姉ちゃんには言えなかったけどな。言えるはずもないけど。


 忘れもしない。


 サワタリ氏のブログ……第一弾、「最短クリアへの道」から、第二弾、「タンクマーズ、聖女リンネと三人旅」、第三弾、「聖女リンネと二人旅」、第四弾、第五弾と二人旅が続いて、そして、第六弾の「目指せソロクリ! ~冒険商人は魔法剣の夢を見るか~」まで。


 攻略ウィキよりもずっとおもしろい、剣聖と呼ばれたサワタリ氏のガチ廃人的プレイ体験の記録。


 MMOイベで野良パを組んで連続技のご指導を頂いた後、のんびり聖騎士さんが企画した伝説のオフ会で直接ゲームに関する話も聞いた。あのオフ会は今でも衝撃(笑劇?)の思い出(前世の記憶?)だ。


 とにかく、ソロクリアはサワタリ氏が実現させてる。しかもレベル52で。


 剣聖サワタリ氏の直弟子をそれこそ勝手に自称してたおれにできねぇはずがねぇーよな?


 おれのんがレベル、高ぇしな、おい! アイテム類の充実度とかハンパねぇし?


 やってやらぁっっ! 姉ちゃん抜きでもよっ!






 気合を入れた、あれから五日。


 最大戦速を維持して、だいぶ、目的地付近には近づいたと思う。


 時間短縮のため、街道を外れて最短距離を踏破しようと森をできるだけ直進してみた。森の方がエンカウントするモンスターは強力になるし、危険だけど、まあそこは力づくでもんだいなしのもーまんたいだからな。方角はタッパがあるし、マップ機能も周辺だけとはいえタッパなら使えるし。


 ようつべならやってみた動画を公開したくなりそうな感じ。森をひたすら直進してみた、みたいな?


 だって、5つくらい、魔王軍の拠点を見つけたからな? もちろん不用意な戦闘は避けたけどな? 避けたけども!


 もはや究極のスパイ状態だ。この情報を持ち帰って知らせたら、辺境伯軍の勝利の女神……には男だからなれねぇんだけど、すんげぇ感謝されそうなことはもはや確実。


 モンスターとあんましエンカウントしないのって、実は魔王軍のせいなんじゃね?


 拠点にはざっと見ただけで1000以上のモンスターが集まってた。殲滅……できなくはないとは思うけどな。1対多の方がフレンドリーファイアを心配しなくていいから範囲型攻撃魔法をブッパできるんだしさ。ただ、どんな幹部がいるかによっては面倒になる。


 それにしてもよくこんな攻勢に耐えてきたよな、辺境伯さん。


 確か、人口規模が……色々な村とか放棄したとしても万にはちっとも届かないんじゃなかったっけ? そん中でさらに、戦えそうな人といったら限られるだろうしな。まあ、この状況なら割と無理矢理な徴兵とかはやってそうだけど。


 さすがは最強の噂があるファーノース騎士団ってところか。


 ケーニヒストル騎士団とかだったら5回は軽く全滅してる敵の数だ。最近、ちょっとずつ強くなってるみたいだけどな。魔物の活性化のせいで、護衛任務が増えて、モンスターが強くなったことでレベル5で止まってたのがまた上がり出したんだろう。


 夜、寝てるところにモンスターの攻撃を受けて目覚めたこともあった。


 スリープは一撃で目覚めるから事故死しなくて済むのが救いか。あと、そのモンスターが魔王軍だったらマズかったけど、たまたまふつーのその辺にいるモンスターで助かった。


 ストレージから懐かしのロープを取り出して、木登りに使う。

 できるだけ上へと登って、周囲を視認して、山の形をチェックする。

 ほぼ横一線に見えるようでいて、それでもその中でぐっと低くなってる稜線を見つけた。

 たぶん、ああいう感じのところに、険しいだろうけど魔族の大地への隘路が続いてるんだろうと思う。


 ……あ、そっか。魔王軍の拠点がいくつも見つかるってことは、正解に近いルートってことでもあるのか。


 街道沿いに進めば遠回りでも森よりは安全なはずだった。

 今も、通り抜けてきた森とは違う方角なら割と近くに街道があるけど、そこまでポゥラリースから街道を進めば、ぐねぐねうねって走り続けて、それだけで10日ぐらいはかかったかもしれない。


 こんな無茶ができるのも全てはレベルの高さのおかげ。今までの努力に感謝だ。


 そんなことを思いながら森の中を駆け抜けていると、不意にタッパの表示が赤くなる。


 それと、ガキン、ジャギン、という戦闘音があちこちから聞こえてくる。


 ……誰かが戦ってる? こんな森ん中で?


 放置するか?

 でも戦ってるとしたら、辺境伯領の兵士と魔王軍か?


 どうする……?





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