アインの伝説(40)



 どうするか、と悩んだ瞬間、いくつも足音が木々の下草に擦れる音とともに聞こえてくる。


 とっさに木の影に身を隠して見ていると、どうやら兵士が森の外へと逃げようとしているらしい。


「生き延びろ!」

「誰でもいい、誰かが知らせるんだ!」

「逃げろ! 後ろを見るな!」


 ……逃げてる人たちが後ろを見なかったので、そのおかげで気づかれませんでした、はい。


 軽く10人以上は逃げてたけど……。


 まだ戦闘音は聞こえる。


 木の影を移動しつつ、奥を覗くと、そこには体長3メートルはある牛頭さんがでっけー斧を振り回してやがる。


 おおう、ミノタウロスウォリアー! HP5000クラス、おれにとっては特上肉の保存庫みてぇなモンだけど、古代神殿ダンジョンなら4層……つまり適正レベル35だ。

 最強騎士がレベル17だった辺境伯領の騎士団がいくら強くても、こいつはなかなか荷が重いだろ? しかも、3体か?

 いや、1体は相打ちみたいに倒してる感じで騎士がいっぱい倒れてる。あ、また一人……というか、あと一人が1体と戦いながら、そこに残り2体も近づいていってるって、コレ、無理ゲー?


 しょーがねぇ……。






 ……というワケでミノ戦士相手に3体から特上肉を巻き上げて消し去り、最後に倒れてた騎士さんにライポをかけつつ、ぐったりと疲れて木の根元に座り込んだもう一人の騎士さんにライポを投げ渡す。

 周囲には死体だらけだ。あんな適正レベル外が4体もいたんじゃ、どうしようもなかったんだろうとは思うけどな。よく1体倒したと思うよ、マジで。


「すまない、どこの誰だかわからんがとにかく助かった。礼を……っ! 君はっ!」


 ……ほえっ? なんだ? 知り合いか? ファーノース騎士団に知り合いなんていたか?


 振り返ってよく見ると、あっ……イケオジ騎士? ええと、マーズの護衛騎士だったあの? でもその名前は覚えてねぇ……『剣士』カンツォーナ・ド・リッターベン男爵、レベル22、あ、レベル決闘ん時よりも上がってんな。まあそりゃそうか。んで42歳、と。


 トリコロニアナ王国の最強騎士さんじゃん!


 あ、辺境伯領に戻ってたのか。まあ、そうだよな。でも、状況的に責任とってハラキリみたいな感じでもおかしくはなかったはずだけどな?


「ケーニヒストルの……『竜殺し』……いや……」


 イケオジ最強騎士は座り込んでるから、おれを見上げてる。男にそんな感じで見上げられてもなぁ。

 しかも意外とねっとりした視線が見つめてくるんですけど?

 まあ、感動の再会と言えばそうかもしれないような、いや、あの決闘での関係性から考えたらそんなことは絶対にないと言い切れるような気もするけどな。どっちだ?


「辺境の神童、アイン、か……」


 ……っええ!?


 なんで?

 どうしてそれを?


「その驚いた顔、やはり、カインの息子なのか……」

「っ! 父ちゃん!? 父ちゃんを知ってる? アンタ、父ちゃんの知り合いか?」


「ああ、知っている。君は、あの頃のカインによく似ている。

 共に魔物の大発生で戦った頃のカインに。

 彼は私の部隊に配属されていたから……聖都で初めて見た時は、まさか、と思ったが、やはりそうだったか。

 決闘の後、君の名前にアインと入っていることに気づいてからは、あの時に確認しておけばと思……いや、こんなことを話している場合ではない。

 すまない、君には何の責任もなく、この依頼を断ってくれてもかまわん。

 今、弓姫さまがこの森の奥へと、案内人の村人と、護衛騎士とともに逃げているが、どうも、あの案内人が怪しい。

 空を飛ぶ魔物が集まっているというから弓姫さまにご出陣願ったのだが、現れたのは大きな牛の化物だったのだ。

 あれを一瞬で倒してしまった『竜殺し』の君なら……どうか、弓姫さまを助けてもらえないだろうか? 弓姫さまは君の……」


「今度、父ちゃんの話、聞かせてほしい。あなたは、これ飲んで回復したら、部下の人を連れて先に逃げて。必ず助けるから」


 おれはイケオジ最強騎士さんの言葉を遮って、スタポを一本投げ落とすと、森の奥へと駆け出した。






 木々の間をすり抜けて全力で走る。ステ値の関係でスピードが出過ぎてやや危険だが、そうもいってられない。


 向こうの方から、乱暴はやめなさいっ、という声が聞こえてくる!


 やべぇっ! 間に合うか? まさかのエロ展開はR指定がっっ!?

 ある意味ではお姫様救出イベントのテンプレではある。ラッキースケベとか。服を破られた瞬間に駆け付けるとか。

 いやいやいやいや、強姦未遂だったらトラウマもんだからラッキースケベとかじゃねぇし?


 ……いや、見てみたいとか思ってないぞ? 期待もしてないからな? ないから!


 今はまじめに、父ちゃんの知り合いからの頼みごとをなんとかしなきゃだから!


 見えたのは……。


 セーフ。いや、セーフではないけど。エロ展開まではまだみたい。


 男二人に強引に腕を引っ張られてる女の子と、わめいている女……騎士かな? 乱暴はやめなさいって言ったのはこっちか。女の子の護衛騎士かも? てことはあの女の子が弓姫さんか。


 そういや、案内人の村人が怪しいって……。


 ……って、おいおい、マジか。ちょっと、鑑定結果が色々とありすぎて頭が整理できねぇんですけど?

 でも、弓姫さまは確定。『弓聖』シャーレイリアナ・ド・ファーノース、レベル18、15歳。成人したてほやほやガールです。いや、成人したならレディか?


 しかも事前情報通り『弓聖』、武聖ジョブのひとつだ。

 弓矢だと筋力4分の1が攻撃力計算の基本なんだけど、『弓聖』はそれが筋力2分の1からになる上に、弓矢では+250の追加ダメージ補正まである。

 でも、弓がなければただの女の子。

 武聖ジョブはジョブスキルがそれ一本だからな。他のスキルを身に付けたら洗礼で武聖ジョブにはならないし。

 見た感じ、弓矢は奪われたか、捨てられたか。現状、レベルの高さで多少は強いだけのただの女の子でしかない。


 ここは、その子を放せっ、とか叫んでいくのがテンプレなんだろうけど。


 こういう時にいちいち声をかけたりしないです、はい。


 弓姫さんを強引に引っ張ってる男の一人を斬りつけながら……。


「ヒエンガ」


 もう一人には火の神系単体型魔法スキルで、炎をプレゼント。


「ぐわぁぁ」

「な、何者だっ」


 弓姫さんが近くて危険だから剣筋は気をつけてっと……。


「む……村人に、何を……」


 いや、お姫さま? あなた、その村人にめっちゃ強引に引っ張られてたよね?

 しかも、コイツら偽村人だし? あと、何者だっ、なんていう村人もあんまりいないと思う、個人的に。


 でもおれの攻撃で偽村人は弓姫さんから手を放した。やっぱ、その子を放せっ、とか言うセリフは不要でした。はい。


 『戦士』ガライアアラ、レベル26、167歳と、『衛兵』ムムノラクリ、レベル27、201歳。


 こんな強い村人はいくら最強の辺境伯領だとはいえ、いるはずがないし、もっとはっきり言えば、この年齢で人間の村人はあり得ねぇだろ。腕輪してるし。


「ちょっと、ごめんな……」

「きゃっ……」


 悪いけど、おれは偽村人に向き合ったままで、弓姫さんを軽く突き飛ばして、偽村人二人との距離を取らせる。尻もちついたみたいだけど、許して、ごめん。


「姫さまっ!」


 この女護衛騎士も、ちょっと、どうかと思うけど……。


 さて、意外と難問か。

 殺すと、消えてしまう可能性もある。魔族だからな。消えないかもしれないけど。


 消えずに残る可能性もあるけど、消えたら、村人は消えないって言って、お姫さんは納得するかな?


 ……うーん。難しい気がするけど、でも、納得もしてくれるかも。わかんねぇな。


 じゃ、やっぱ……。


「ここは手加減攻撃、か……」


 おれはタッパ操作でバッケングラーディアスの剣からミスリルハルバードに装備を変更して、偽村人の二人を同時に相手取る。


「剣が……槍に……?」


 女護衛騎士らしきのが何かつぶやいてるけど今は無視。


 鑑定さんがHPまで暴いてくれたら、手加減のやりようもあったんだけどな? うーん。まだ鑑定さんを使いこなせてねぇなぁ。早く熟練度を上げたい。


 でも、前世で名前や年齢も個人情報だって言われても、え、どこでもすぐ書くよな?

 変なのって思ってたけどさ、こっちだと名前とか年齢とかでいろいろと確かにバレるわ、マジで。

 ド・なんちゃらだったら貴族関係とかさ。偽名がバレるってヤバいよな?


 6回ほど、手加減攻撃で二人まとめて、『クワドラプル』を喰らわせる。最後のランツェの角度を作る足運びがけっこームズい。


 でも、これぐらいHPを削れば……。


「何という、鋭い槍の使い手なのだ……」


 だからうるさいって、女護衛騎士さん。


 そんで、今度は槍をタッパ操作で収納。

 ノックバックから態勢を戻した偽村人その一の首に……。


「ぐ……」


 一人目、イケた。

 久しぶりの奥義、リアル首トン。


 体術スキル保持者の武器なし通常攻撃でのHP0はHP1残しでのスタン。

 膝から崩れ落ちるように倒れていく偽村人その一。


「な、なぜ……」


 疑問を口にする偽村人その二の首に思い切ってトン。


「ぐおうっ」


 残念。まだHP残ってたか。『戦士』だしな。補正分もあるか。人間とは基準値も違うかもだし。


「かっ……」


 続けてさらに首トン。今度は白目になって、偽村人その二が倒れる。


 森の中に転がる二人の偽村人を確認し、スタン状態だと判断してから、おれは弓姫さんを振り返った。弓姫さんは、女護衛騎士に助け起こされていた。


「あな、た……村人に、な、にを……えっ?」

「あ、いや、あのイケオジ騎……じゃねぇ。カンなんとかって男爵さんが、弓姫を助けてくれ、村人が怪し、い、って、あれ? え……?」


「う、嘘……ほ、本当に……?」


 弓姫さんってお姫さまの目が大きく見開かれて、両手で口を覆うようにしながら、その瞳に涙が満ち溢れていって、って……え? 弓姫? お姫さま、だよな? 辺境伯領の? 辺境伯の娘で北の弓姫って呼ばれてた……あれ? なんで? なんでこの子は、え? お姫さま? なんで?


「シャー……リー……?」

「アイ、ン? やっぱり、アイン、なの……?」


「弓姫、さん? でも、シャーリー? あれ? なんで? シャーリー?」

「ア、イン……っ!」


 弓姫さんだと思われる超絶美少女に成長した幼馴染で婚約者というもはやよくわかんねぇ属性をてんこもりにしたシャーリーが、助け起こしてくれた女護衛騎士さんを振り払って、おれのところに走ってきて、ぼんっと胸の中に飛び込んでくる。


 とりあえず、とりあえず、だ。

 状況はよくわかんねぇんだけど、とにかくシャーリーは弓姫さんでおれの腕の中ってことでそれはそれとしてしっかり受け止めたワケなんですが、その、何というか、めっちゃ泣いてんですけど!? いや、めっちゃ泣いてんですけど?


 何これ? どれ? ひどいことされた涙? 安心した涙? それともまた別のヤツ? どれ?


 どこにも涙の種類が載ってる辞書なんてねぇし? あったとしても「ディー」にはたぶん買えないヤツだとは思うんだけどな? 思うんだけども?


「アイン、アイン、アインっ…………」


 必死におれにしがみつくシャーリー。


 あー、すまねぇ、文官三男坊……今ならわかる、わかるよ、キミの気持ちが!

 『賢者』ギメス師に興奮した眼鏡歴女に抱き着かれちゃって、目を回してたキミの気持ちが!

 おれはからかいの気持ちでにんまり見つめてたけど悪かったよ、文官三男坊! なる。なるな! あんな感じになるわー! めっちゃなるわー……。


「貴様、姫さまの知り合い、なのか?」

「……いや、知り合いだけど、知らなかったというか、知ってた時は姫さまじゃなかったというか」


 女護衛騎士が剣の柄に手をかける。


「姫さまが養女になられる前のことを知っている? 場合によっては……」

「いや、それが秘密だっていうんなら漏らすことは一生ないけど、今はほら、混乱してるから、ちょっと待って? 危ないから剣を握ろうとしない、いい?」


「やめて、クィン……アインにいじわるしないで……」


 あれ? シャーリー? ちょっと幼児化してる? くぅ~、かわいいぜ……。

 おれにしがみつきながら振り返って女護衛騎士をちょっと口を尖らせつつにらむとかもう、めちゃめちゃかわいいだろ。バリかわゆす……。


「し、しかし、姫さま……」

「アインにいじわるしたらおこるから……」

「は、はい……」


 ……主従関係は悪くない? なんでだ?

 こいつ、どういうつもりで? いや、後だ、後。今んところ、護衛騎士らしい護衛騎士だし。


 おれは幼児化したけど落ち着いたシャーリーをそっと放す。でも、シャーリーはくっついてくる。くぅ、かわゆす……。


 まあいい、シャーリーを腕に抱いたまま、倒れた偽村人に近づいて、さすがにそのままは無理なので、シャーリーの頭を一度なでてから、手を放して膝をつく。

 シャーリーってば、しゃがもうとするおれに合わせてしゃがんじゃって……。

 どこまでくっついてくる気なんだ? でもバリかわゆす……。


 そして、偽村人の一人から、その腕にある腕輪を引き抜いた。


「あっ……」


 そこには、さっきまでの人間の村人ではなく。

 耳の長い、長耳族の魔族の男が横たわっていた。


「どう、して……」


 ぐももももおおおおっっっっ!!


 シャーリーが何かを言いかけた瞬間、そこに大きな雄叫びが響く。


 ばぁさっ、ばぁさっ、という無数の羽音も聞こえる。ドドド、という地鳴りのような音もする。


 女護衛騎士も、おれの腕の中のシャーリーもそこで一瞬だけ震えると、そのまま硬直する。


 ん? フィアーか? おれはフツーにレジストしたみたいだけど……。


 森の奥、ここから10メートルくらい向こうに、さっきのミノ戦士よりも二回りほど大きな牛頭と、取り巻きでさっきのミノ戦士が2体。あれはミノ王……キングミノタウロスか。


 あー、タッパが真っ赤だ。


 見えてるだけで、上空に腕が翼になっている人型タイプ、というか目が吊り上がってなければ美女だろうという鳥人モンスター、しかも黒系統の色というブラックハーピィーが10羽以上。

 え? おっぱい? 不思議だけど、服着てねぇのにピーチクさんはなんでか見えないねー?

 これ、不思議? ブラックだからかな? いや、フツーのやつも見えなかったはずだから年齢制限?


 さらにはお馴染み、イビルボアが数え切れないほど続いてくる。


 恐怖で硬直した二人を守りながら戦うってのは、さすがにちょっと……あの父ちゃんの知り合いの男爵さんも気にはなるけど、まずはシャーリーの安全を確保しとかないと……。


「シャーリー、ここはかなり危険だ。安全なところへ魔法で逃げようと思う。いいか?」


 硬直しているシャーリーの瞳を覗き込みながらそう聞くと、シャーリーは小さくうなずく。


「そこの女騎士さんも、一緒に逃げるということで、いいか?」


 ……本当は、コイツは微妙なんだけどな? 連れて行くにしても、置いて行くにしても。


「……っ」


 女護衛騎士も言葉は発しない。フィアーはスタンのように気を失って動けないのではなく、恐怖でなかなか思い通りに動けないという状態異常だ。


 それでも、女護衛騎士はおれをにらみつつ、うなずいた。なんでおれは女の人からにらまれる運命の下に生まれたんだろうか?


 タッパをチェックするとパーティー欄に名前が追加されている。


 よし。


「リタウニングフルメン!」


 迫りくるモンスターの群れをにらみつけながら、おれは商業神系魔法スキルを使って、二人とともに転移した。別に女の人ににらまれたから、モンスターをにらむことで発散したワケではない。


 でも、飛んだのはポゥラリースではなくて。

 おれはあえて、シャーリーたちをフェルエラ村へと転移させたのだった。





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