アインの伝説(41)



 フェルエラ村の門ではすぐに馬車を用意させた。


「……ここは? すぐに馬車が? いったい? さっきのは何の魔法だ? だが商業神しか転移は? いや、剣技も魔法も? まさかあの伝説の『ギルドマスター』なのか?」


 ……ぶつぶつとつぶやくこの女護衛騎士の混乱具合を見てると、なんかユーレイナを思い出すよな。


「アイン……」


 ちょっと心配そうに、上目遣いでおれを見つめるシャーリー。うう、かわゆす。こういう感じはあの頃と同じだけど、美幼女から美少女に見事に天職がなされておるでござるよ……。


「大丈夫だから」


 おれはシャーリーの手を取って、馬車へと乗せる。門衛をはじめとする村の領民からの視線を感じるけど、とりあえずスルーだ。


「女騎士さんも、乗って」


 我に返った女護衛騎士も馬車へと乗り込む。


「ここは、いったいどこだ?」

「説明は後でまとめてする」


 そう言って、質問を封殺する。

 この女護衛騎士に油断はできない。シャーリーとの関係はいいみたいだけど。


 しっかし……まさか、シャーリーが貴族籍に入って、伯爵令嬢になってるなんて誰が想像できるんだよ?


 なんで滝の村の村長は知らないんだよ?

 あ、いや、知らされてないか、知っていて口止めされてんのか? 伯爵令嬢の出自は隠す方向だろうな?

 姉ちゃんと同じように戸籍のロンダリングと改名でシャーレイリアナ、か。

 いやー、シャーリーの家、ポゥラリースで探すまでもなく一番簡単に見つかるでっかいお屋敷だったとは……。

 逆にフツーに探しに行ってたら絶対に見つけられなかったんじゃねぇーのか?


 でも、まさか、おばさんに売られた?

 親代わりの大人がいたからあの時離れ離れになったのに?

 いや、辺境伯がシャーリーの弓術スキルに目を付けたのか?

 でも、弓ならせいぜい寄子の養女とかでいいと思うんだけどな?

 ああ、そういうことなら結果的には辺境伯は慧眼ってことか。四武聖ジョブのひとつ『弓聖』だからな。


「……いいか。覚悟しろ。ここがどこだか知らんが、貴様は今、伯爵令嬢の誘拐犯だからな?」

「クィン! なんてこと言うの!? アインに謝って!」

「姫さま。これは事実にございますれば」


 ……ふおっ? ゆ、誘拐? 貴族令嬢の、誘拐にあたる?

 いや、同意はとったし、これは緊急避難だろ? あのまんまじゃ危険だったし? い、言い訳は可能な範囲だよな?

 いや、でも、貴族って言い訳を言い訳にさせなかったりするし、対策、立てないと。


「ご、ごめん、アイン。あの、クィンは、悪い人じゃないの! あの、護衛に熱心で!」


 うん。わかってる。見たし。この女護衛騎士は悪い人では……ない。


「大丈夫だよ、シャーリー。全部、なんとかしてみせるから」

「アイン……」


 またシャーリーがうるっときて泣いちゃった!

 どどど、どうしよう? シャーリーってこんなに泣き虫さんだったっけ?


 さっきもめっちゃ泣いてたから、とにかく安全なところにってフェルエラ村に転移したけど? もちろん、それはこの女護衛騎士を警戒しての選択でもあったけどな? あったけども?


「大丈夫。大丈夫だから……」


 おれは子どもの頃のように、シャーリーの頭を優しく、優しくなでる。


「おい貴様! 姫様に気安く触れるな!」

「……クィン? ちょっと黙って?」

「ひ、姫さ、ま……」


 おれの行動を女護衛騎士が咎めたら、シャーリーから小さいけどドスの効いた声が女護衛騎士に向かったんですけど、これって気のせいですよね?

 誰か気のせいだと言ってください? お願いだから言って? ねえ言って? とにかく思わず手は止まったんだけどな?


「アイン、手を、止めないで……」


 あ、やっぱ、さっきのは気のせいか?

 優しい、柔らかい、かわいいシャーリーの声がする。うん。気のせい気のせい。あれは気のせい。そうだ気のせいだ。そうに違いない。


 おれはシャーリーに言われるままに、馬車が領主館の前で停まるまで、それこそあの頃のようにシャーリーの頭を優しくなで続け、シャーリーはそっと倒れ込むようにおれの胸に頭を預けたのだった。






 おれが馬車を降りる時に、シャーリーの手を取ってエスコートをすると、一瞬だけイゼンさんの眉がぴくりと動くのが見えた。


 それでもイゼンさんはそれ以上の動揺は見せない。その後ろのキハナとかダフネとかはなんか変な動きがあるんだけどな?


 馬車を下りながらシャーリーは領主館をぐるりと見まわした。


「ここが、アインのおうちなの? どう見ても、領主の館にしか見えないけれど?」

「ああ、まぁ、その、ね……」


 シャーリーに続いて馬車を降りた女護衛騎士もやや呆然としている。


「ご無事のお帰り、信じておりましたが、御身をこの目でみて、本当に安心いたしました。おかえりなさいませ。して、そちらのお方は?」

「ああ、彼女は……」


 ……これ、何て説明すれば? いろいろあって伯爵令嬢連れてきちゃった、ごめんねー、とかじゃダメだよな? 幼馴染なんだー、あははー、とか?


 おれがほんの少しだけ戸惑っているうちに、シャーリーはイゼンさんに向き直った。


 そして、カーテシーではなく、右手の拳を握って、親指と人差し指を左胸に当てる、この世界で騎士の立礼と呼ばれるあいさつをした。

 戦いのためのパンツルックで、でもかわいらしさを出すために腰にひらひらのいっぱいある綺麗な布をスカートっぽく巻き付けてはいたけど、スカートじゃねぇもんな。


 あと、右手の拳の動きを目で追ったもんだから、自然とその、ブレストプレートポジションに視線がいっちゃったね。うん。

 皮の胸当てを身につけてるけど、それでも推察できます、はい。

 シャーリーはまだ成長期。そう、まだきっと成長期さ。成人したけどまだ成長期さ。成長期じゃなかったとしても戦の女神さまとその眷属神の弓の女神さま、槍の女神さまとおそろいだよ。だからきっと大丈夫、うん。

 はっ!? まさか『弓聖』ジョブ獲得の隠しパラメーターが貧に……。


 いかんいかん! ちょっと現実逃避してた!?


「神々のお導きにより、お会いできましたこと、嬉しく思います。私、シャーレイリアナ・ド・ファーノースと申します。アインの婚約者です」


 今度もまた、イゼンさんは眉をぴくりと動かしただけだったけど、後ろのアリスさんとか、クロエさんとか、メイド服姿のキハナとダフネとエミリーとかがそんなに大きくなるのかってくらい目を見開いてた。


「……失礼いたします。私はレーゲンファイファー子爵家、筆頭執事を務めますイゼンと申します。お嬢さまは、ファーノース……伯爵令嬢で? トリコロニアナ王国の、北の辺境伯領の? 間違いはございませんでしょうか?」

「はい」


「婚約契約書はお持ちでございましょうか? このイゼン、レーゲンファイファー子爵家の筆頭執事をしておりますが、我が主人、フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー子爵が婚約をしたことを存じ上げておりませんでしたもので、どうか、確認をさせて頂けたら、と」


 今度はびっくりした顔でシャーリーがおれを振り返る。ちなみに女護衛騎士もすんごく目を見開いてたけどな。


「アイン、子爵? 爵位を受けたの? ここはアインのおうちというか、領地ってこと?」

「あーうん、その、そんな感じかな……」

「爵位って、そんな感じとかで授かるものじゃないと思うけれど……」


 いやぁ、それはおれだってそうは思うけどさ。思うんだけどな。


「……我が主人が子爵位にあることをご存知ではないので? では、婚約契約書は?」

「あ……いえ、契約書を交わした訳ではございません」


「ほう? では、婚約というのは間違いで?」

「いいえ。私とアインは、幼き頃に将来を誓い合い、村長公認で、そのお披露目も終えております。辺境の小さな村のことでしたので、契約書がないだけです」


「辺境の……? すると、慣習法の辺境特例に該当するのか……では、正式な婚約の扱いに? いや、アインさまのお生まれになった村は既に滅びたと聞いたな? これは判例の確認が必要になるか……アインさま? 色々と聞きたいことがございますので、ご説明、頂けますね? とりあえずお嬢さまには護衛の方とご一緒に、控えのあるお部屋をご案内申し上げます。アリス、頼みます」


 それ……絶対に説明しないとダメなやつじゃん……。


「はい」


 イゼンさんの言葉で、アリスさんが返事をしてすぐにテキパキと指示を出し、キハナとダフネとエイミーが動き出す。女護衛騎士がすぐ隣のつながった控え室で泊まれる、いい部屋へと案内してくれるんだろう。


 アリスが一礼して、シャーリーを案内していく。シャーリーはちらりと一瞬だけ不安そうにおれを見たけど、伯爵令嬢と名乗ったからだろうか、すぐに背筋を伸ばして屋敷の中へと案内されていく。


 入れ違いにイゼンさんがおれのところへと近づいてくる。


「……危険な戦地の視察をすると言ってお出かけになったと思ったら、婚約者だという他家の姫を連れてご帰還なさるとは、さすがはアインさま。このイゼン、驚きで動揺を隠せません」


 ……そのさすアイは無理があると思います、ハイ。ええ、ええ、わかってます。おれが悪いんですってば。あと、動揺はかなり隠せてるからな。


「いや、いろいろあったんです、本当に……」

「さすがにアインさま、それは何の説明にもなっておりません。とりあえず、法的な確認も含めて、ご相談を」


「あ、そういえば、護衛騎士には誘拐にあたるって責められたんですけど?」


「誘拐ですと? ですが、あのご令嬢のご様子では誘拐というには余りにも無防備でございましょう?

 ただし、これを誘拐とすることで父である辺境伯が手を打つ可能性はあります。その点については対策が必要です。

 まぁ、傍で見ていると、誘拐というより、駆け落ちか、強奪婚でしょうか?

 それが大陸に武名鳴り響くファーノース辺境伯家を相手にして、というところは、さすがはアインさまにございます。

 普通、強奪婚は上位の者が下位の者に対して行うものですので……」


「えええ……」

「伯爵位も、大陸に鳴り響く武名も、アインさまにとっては塵芥のようなもの。下に見るものでございましょう」

「えええええええ……」


 そんなこと言われてもさぁ……。

 あのシャーリーが泣いてんだよ? それを放っておくなんて誰にできんの? できるやつがいたら連れてきてくんない? おれの目の前に? あと、色々と説明できない問題も発生してるし?


「……そろそろイエナさまたちもケーニヒストルータに着いて、そこで祝いの夜会をこなされたら、フェルエラ村にお戻りになるでしょう。イエナさま、リンネさまへはともかく、婚約という話になると、ヴィクトリアさまにどのように説明するのか、というところも話し合っておかなければ……」


「うへっ? リ、リアさんに!?」


「当家の者はみな、いずれヴィクトリアさまとアインさまがご婚約の上、ご成婚なさるものと考えておりましたし、ケーニヒストル侯爵もそのつもりだったからこそ、ヴィクトリアさまがどれだけ長くこちらに逗留なさったとしても咎められなかったのでしょう。それが、他国の、しかも有力貴族のご令嬢とのご婚約となれば、これはなかなか難しい問題が……」


 ……あー、どうなの、それ? でも、シルバーダンディの命令は別に拒否していいんだよな? あ、でも、命令じゃねぇーか。

 あれ? 命令じゃないと逆に拒否れない? 何コレ?

 なんかそんな感じだよ~みたいな空気を作られちゃったら命令じゃないから拒否できなくて、流されちゃうみたいな?


 た、確かに……。


 はっきり、きっぱり、リアさんと結婚しねぇよ! とでも言わない限り、これって、拒否できねぇってことか!? あれ? いつの間にかおれ、ハメられてない?


 いや、シルバーダンディに言われて一度はっきり断ってないか? いや、確かに断っただろ? でも、それからあとのことか、リアさんがウチの村に入り浸るようになったのは……。


「もちろん、ファーノース辺境伯家とも交渉は必要になりますし、これは忙しくなりますな」

「え? どうしよう? イゼンさん? これ、解決できるの? なんか、いい方法って、あります?」


「……全くない、ということもないのですが、その、ある意味ではとても簡単なことなのかもしれません」

「え? そうなの? それで、どうすれば?」


「大きな手柄をお立てになり、伯爵へと陞爵なされば、正室と側室をどちらも高位貴族のご令嬢で娶られても、子爵でそうなるほどの問題にはならないかと。アインさまなら、手柄などいくらでも簡単に立てられますので」


 解決法ってソレかい! 二人とも嫁にするってことかいっ! それはかなりの想定外で斜め上の解答だよ、イゼンさーーーーんっっ!


 しかもそれ、二人とも嫁にするって前提は子爵でもそのままなんじゃん!?


 それは、解決になってなーーーーい!


 おれ、魔族の大地に行くのに、けっこーいろいろと大変なんですけど? どうしたらいいと思う?





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