アインの伝説(42)



 シャーリーが部屋に落ち着いて、どっかから用意された服に着替えて、話がしたいということだったので、お部屋訪問。

 いつもリアさんが使ってるいい部屋だと思ったら、そうではなく、その対称となる位置にある、同じつくりの別のいい部屋だった。

 ただし、対称なので付属する使用人や護衛が寝泊まりする部屋は左右逆ね。


 そんないい部屋でお茶用のテーブルをはさんで向かい合って座る。


 メイド長のアリスさんがお茶を淹れてくれるのは戦闘メイド部隊の子たちがメイドをしている時には珍しいんだけど、それはまぁ、それとして。


 なんで、キハナとダフネもこの部屋に控えてんの? お茶はアリスさんがやってくれてんじゃん? 別に仕事ねぇだろ?

 いや、気配は消してる。使用人は空気のようにあれ、という心得を守って確かに気配は消してるけどな? メイド修行もきっちりやってきたんだろうし?


「……そう。アインは、とても大変だったんだ」


 おれの劇的ビフォーアフター貴族成り上がり物語をある程度はしょって聞かせて、シャーリーはそう答えながら微笑んだ。


 お互いのことを伝え合っただけなんだけど、まあ、離れていた間にあったことはだいたいわかった。


 それよりもさ。

 今回の一件だけど。


 昔、シャーリーがあんまりおれに懐くもんだから、いつか変な男に騙されて連れ去られたりしないか心配になって、何度も知らない人についていっちゃダメだよって、子どもの頃にずっと言って聞かせてたんだけど、まさにそんな感じで連れて行かれそうになってたとは。子どもの頃の言い聞かせが効果なしじゃん……。


 あの二人の偽村人からの情報で、空を飛ぶ魔物が集まっていて危険だって話がきて、弓が得意なシャーリーが出陣すると決まって、偽村人を案内役にして森に入ったら、ミノ戦士に襲われて騎士や兵士たちがぼこぼこにされたらしい。


 その時に強引に手を引かれてさらに森の奥へ。

 女護衛騎士のクィンは姫さまに乱暴な真似をするなと言いながら、でも、危険なミノ戦士からは離れた方がいいから、偽村人に手を引かれたシャーリーに付き添って一緒に逃げていたと。


 ミノ戦士から離れてもずっと強引に引っ張っていくのでものすごく不安にはなっていたんだけど、領民だからと我慢してたそうな。

 でも、おれが倒して領民が魔族の偽装だったわかって、すごく怖くなったらしい。

 そこでおれがおれだって気づいて、何もわからなくなって思わず抱き着いてしまったと。

 まあ、うん。おれならいいけど。昔からそうだもんな。いつでもカモン!


 でも、まさに騙されて連れて行かれそうになってるじゃん……。


 え? 現在進行形で変な人に連れ去られて遠く離れた村にいるって? それ、何のこと?


 まあ、ひょっとすると、シャーリーを魔族の大地へと連れ去るつもりだったのかもしれないってのが心配なところだ。


 本当に、偶然だけど、助けられて良かった。


「ここにいれば、イエナにも会える?」

「ああ。姉ちゃんもそのうちこの村に戻ってくるよ。あと、レオンにも会える」


「レオン? 元気にしてるの?」

「元気すぎる。学園でもそりゃ、レオンは女の子に囲まれてモテモテだったよ、ホント……」


「ふふふ。村では、レオンよりもアインの方がずっと人気があって、わたしはいつも心配してやきもち妬いて、大変だった。でも、アインってば、女の子たちの視線にちっとも気づかなくって、やきもちを妬くのも馬鹿らしくなるくらいで、どっちかというと女の子たちから八つ当たりされて困ってたんだよねぇ……」


「ええ……?」


 そんなこと、あったっけ……?


「今も昔も同じとは……」

「成長してくださいませ……」


 ん? キハナ? ダフネ? 何か言ってるみたいだけど、よく聞こえないんですけど? それ、絶対悪口で陰口だよな? シャーリーいじめたらさすがに怒るよ?


「……でも、早くポゥラリースに戻らなきゃ。お義父さまも、心配してらっしゃるもの、きっと」


「大丈夫。ポゥラリースのことも、ファーノース辺境伯のことも、全部、ケリはつけるよ。本当に何も心配しないで、シャーリー。シャーリーはさっきみたいにずっと笑ってればいいから。あと、学園にも行って、いろんなことを楽しんで、それで……」


「ううん。アインがそばにいてくれたら、何もいらないんだよ……」

「シャーリー……」


 うう、かわゆす……。


「あざとい……」

「ええ、女の武器を知ってるわ……」


 ……だから、キハナとダフネ? シャーリーをいじめたらダメだよ?

 何言ってんのかはとっても小さくて聞こえないけど、怒るからね? ていうか、二人はそこに控えてるだけで何もしてねぇじゃん?

 陰口と悪口だとしたらそれは仕事じゃねぇから!


「シャーリーのことは、必ず守るから」

「ありがとう、アイン……」


「それで、ちょっとお願いが、あるんだけどさ」

「何?」


「護衛騎士の、クィンさんだっけ? 借りてもいいかな? 訓練で彼女の腕をみたいんだけど?」


「クィンはファーノース騎士団に入ってまだ1年と少しで期間は短いけど、とっても強いのよ? ああでも、さすがにケーニヒストルの『竜殺し』のアインが相手だと、そうはいかないかも」


「大丈夫。ケガはさせないから」

「……クィン? いいかしら?」

「はい。姫さまのご命令であれば……」


 よし。


「アリスさん、キハナ、ダフネ。夕食までにシャーリーの身支度を頼みます。ハラグロ商会から何を買い入れてもいいので、思いっきりかわいくしてあげて」

「アインったら……」

「かしこまりました。お任せください」


 アリスさんが一礼して、おれに視線を合わせる。ちゃんと足止めだと理解してくれてるみたいだ。


 んで、キハナとダフネは……なんか微妙な顔してんだけど、キミタチ、もうちょっと取り繕おうね、色々と? あと、シャーリーいじめたら怒るよ? それと、足止めだってことに気づいて、お願いだから。


「では、行きましょうか」

「噂の『竜殺し』がどれほどのものか、試させてもらうとしよう」


 へえへえ。

 そういう、戦闘好きの血筋なんだろ、ある程度は予想済みだよ。






 目立たない方の裏庭で、木剣をかまえて、女護衛騎士クィンと向き合う。


 いつもと同じように、打ってかかってくるのをかわして、かわして、かわして、かわす。


「避けてばかりでは戦えん、ぞ……ぐはっ」


 で、一瞬でカウンターを打ち込む。

 見事に吹っ飛ばされて倒れる女護衛騎士クィン。


「レラス」


 月の女神の優しい光が、クィンを包み、回復させていく。うん。優しい光だねぇ。


「か、回復魔法? 月の女神の……?」

「さあ、立て。どんどんいくぞ」

「くっ……」


 負けん気が強いようで、ぐっと足に力を入れて立ち上がるクィン。

 そのまま不意打ち気味に打ちかかってくる。

 その木剣を木剣で受けて、弾いて、突き飛ばして、今度は肩に打ち下ろす。


「ぐあぁっ」


 痛みで肩を押さえ、膝をつくクィン。


「レラセ」


「ふぐっ……な、なぜ、回復魔法を?」

「回復させずに次はできねぇだろーが」


「き、貴様、そうやっていたぶって……」

「いいから構えろ。次だ。訓練で護衛としての力量を確かめてんだからな。ファーノース騎士ってのは剣じゃなくて口を動かすのが訓練か?」

「ぐっ……」


 そうやって、3本目、4本目、5本目と、打ちのめし、心を折っていく。スキル攻撃もあっさりと剣受けでさばいて、クールタイムという技後硬直の間に思いっきり打ちのめす。


 12本目ぐらいから、クィンの瞳から闘志が消えていく。


 17本目からは、立ち上がる動作が極端に鈍くなる。


 26本目には、もう回復魔法をかけても、クィンは立ち上がろうとはしなかった。


 かなり頑張った方だとは思う。でも、レベルが違うからな。


 おれは座り込んだまま、うつろな瞳でおれを見つめるクィンの前で膝をついて目線の高さを合わせる。そして、まっすぐにその瞳を、その中の怯えを確認する。


「おまえは、人質だ、クィン」

「な、にを……」


 おれは、おまえが人質だと、クィンに向かって断言する。


「シャーリーじゃない。おまえが人質だ、クィン」

「どう、いう……」


「ここには、おれほどではなくとも、おまえ程度では勝てない相手が何人もいる。だから、逃げられると思うなよ。さっきの部屋に控えていた二人のメイド、あいつらもおまえよりははるかに強い」

「ば、かな……」


「誰がどんな思惑でおまえをポゥラリースに潜入させたのかは知らないし、それはもうどうでもいい。ここはポゥラリースから遠く離れてるんだからな。でも、シャーリーの護衛騎士としてのおまえは、確かに護衛騎士だった。このまま、ここで、人質として、シャーリーの護衛騎士を続けろ。絶対にシャーリーを裏切るなよ? そして、絶対にシャーリーにその正体を気づかれるんじゃないぞ?」


「き、さま……ま、さか……」


「その腕輪、絶対に外すんじゃねぇぞ、いいか?」

「っ……知って、いた、のか……どう、やっ、て……」


 クィンが左腕の腕輪を右手で隠すように動く。今さらだけどな。


「おまえの家に伝わる奥義も、一度使えばあとは隙だらけだってことは、もうわかってるからな。無駄な抵抗はあきらめるんだ。このくそったれな戦争が終われば、必ず見逃してやるから」


「そ、こまで……まさ、か……兄上の、うで、を、斬り、落とした、のは……」


 ああ、奥義のずっごーん、ばっごーん攻撃のことがわかったのは腕の時じゃねぇけどな。王都の時だからな。でも、それは教えてやんない。


「……クィンテリエス・ド・ゼノンゲート。おまえは大切な人質だ。ビエンナーレに対する切り札でもあるからな。だから、訓練以外では、おまえに手を出すようなことは絶対にしないとここに誓おう。おれも、わざわざビエンナーレが何よりも大切にしてる妹をどうこうするつもりはない」


「……」


 『水の魔法剣士』クィンテリエス・ド・ゼノンゲート、レベル22、16歳。実は同い年とは……。


「……だけど、シャーリーを裏切って、傷つけたら、必ず殺す。どれほど逃げてもどこまでも追いかけて見つけ出して殺す。その時はビエンナーレなんか関係ない。いいか、忘れるなよ?」


 絶対的な力の差を見せつけた上で、目一杯、脅す。瞳の奥の怯えは偽れない。


 おれが近づくと、クィンはびくりと怯えるが、逃げることはできない。腰が抜けて、立ち上がることもできないからな。


 そのままクィンをお姫さま抱っこして、屋敷へと歩いて戻る。


「は、はな、せ……」

「馬鹿言うな。腰が抜けて立てないくせに」

「く、屈、辱だ……」


「そういや、お兄ちゃんが何やってんのか、知ってるか? けっこーな期間、ポゥラリースに潜入してたからわかんねぇんだろ? お姫さまの護衛騎士に選ばれるぐらいまで信用されたんだもんな。女ってだけじゃ、そこまではいかないだろ」


「兄、上は……更迭、されて……」


「……そっからかぁ。更迭されてたけど、将軍に復帰して、トリコロニアナの王都を攻め落としたよ、ビエンナーレは。もし、おまえがお兄ちゃんのことで何かを命令されてんだとしたら、おまえのお兄ちゃんはもう大丈夫……だと思うけど」


「ほ、んとう、に……?」

「そういや、長耳に命を狙われてたような……」


「なっ……」

「でも、あれが負けるところは想像できねぇーんだよなぁ」


「あ、兄上は、無事、なの……?」

「間違いなく生き残ったとは思う。でも、王都からは撤退したみたいだけどな。作戦失敗って扱いなら、また更迭されてるかも」

「な……」


 なんか、こいつの反応、おもしろいかも?


「貴様、こっちが、本性、か……」

「は?」


 何言ってんの? 女の子をいじめて楽しむ趣味はねぇっ! 足腰立たなくしてのお姫さま抱っこは男の夢ってだけだから!


「情けない姿でシャーリーに心配かけるなよな?」

「なら、おろ、せ……」

「でもまあ、今は立てないしな? あきらめろ、うん」

「く……おろせ……」


 ……くっおろ? 新しいかも?


「大事な人質だからな、ちゃんと部屋まで運んでやる」

「くぅ~……おろせぇ~……」


 何これ? ちょっと面白カワイイんですけど?


 ウチの子たちってみんなおれのことにらんでくることがあるから、クィンって新鮮でいいかも?





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