アインの伝説(43)



 クィンの訓練には、キハナ、ダフネ、エイミーを参加させた。他のメンバーでも互角か、それ以上の者もいるだろうけど、メイドに負けたら一番わかりやすいだろうと思って。


 もうおれはクィンの相手はしてない。というか、怯えてビクビクしてしまうので、できない。別に残念じゃないからな? ないから! もちろん、嬉しくもないから!


 キハナに圧倒されて、ダフネの槍さばきに手も足も出ず、最後にははっきりと年下のエイミーに完封されて、クィンちゃんはリアルorzとなりました。

 メイド服にあしらわれたら、そりゃあ、そうなるよなぁ、うん。

 まあ、これでここから逃げようなんて考えは、持ちにくくはなっただろ。

 逃げたら逃げたでしょうがないけどな。あ、負けたらメイド服を着ろとか言っとけばよかった。


 これには見学していたシャーリーも呆然としていた。シャーリーによると、クィンはファーノース騎士団でもトップクラスの実力者だったらしい。まあそうだろうな。ウチだとトップクラスにはほど遠いけどな。


 武門で知られる辺境伯領のファーノース騎士団が完敗。もっと言えば魔族の間でも知られた武門の家の子が完敗なんだけどな。


 うん、国境なき騎士団は本日も快調なり。


 ようこそ、フェルエラ村へ。


 でもまあ、クィンちゃんをシャーリーと一緒に確保した本当の目的は、情報収集だ。


 正直、あまりにも、魔族の大地についての情報がなさすぎる。


 たった一冊の『ギルドマスター・バッケングラーディアスの口伝』を読んで、そこにある記述のこの部分はおそらく魔族の大地でのことだろう、みたいな分析をしなきゃ得られない情報はかなりきつい。

 それも、バッケングラーディアスが勇者シオンと共に魔王を倒した、という前提が正しいとしての推測でしかないからな。

 あと、よく出てくる登場人物のラムとプラン? この二人に関する何かが残ってれば古文書関係の情報ももう少しは集められるんだけどな。


 勇者シオンに関することは学園に通ってる間に大神殿で調べられるだけ調べたけど、もう祭り上げられた英雄譚でしかないし、魔族に関する否定的な情報ばっかだから、改竄か、作り話か、判別が難しい。

 勇者シオンが超人すぎるしなぁ。性別もあやふやって、マジで何者? 女性派が7割、男性派が3割で女性説が有力らしいけど。2000年前なら、記録があやふやってのもしょうがねぇーんだろうけどさ。


 そういうワケで、生情報をたくさん握ってるクィンちゃんは重要人物にして最大の獲物。


 だけど、ビエンナーレの妹がそう易々と魔族側の情報をもらすとは思えねぇしなぁ。


 どうしたもんか……。






 結論から言おう。

 クィンちゃんの口は滑らかでするすると色んな言葉が出てくる出てくる。


 軽い!


 びっくりするほど軽いわー……。

 ……あ、いや。


 もちろん、タダではしゃべらない。でも、ちょっとしたことで色々としゃべってくれる。


「……クィン。公爵の名前って、何だ?」

「ふん。お、脅しても、教えんぞ……」

「じゃあ、チーズピザ1枚に、ハチミツを付けてやる」


「2枚だ! フォルティッシモルファ・サファエラ・ド・ブラストレイト公爵さまは、今回の戦には反対の立場をとってらっしゃったと聞いている。私にとっては義兄上さまだが、姉上が兄上をかばって亡くなられた頃から、お会いする機会も限られてしまったので、どのようなお考えで反対されてらっしゃったのかまでは知らん」

「義兄上さま? クィンのお姉さん……ビエンナーレのお姉さんと公爵は結婚してたのか?」


「馴れ馴れしく兄上の名を口に出すな……そうだ。姉上は本当にお美しくて、お優しくて、サファ義兄上と並ぶとそれはもう言葉にできないような……」

「サファ義兄上?」

「兄上と呼び分けるためにそう呼ぶことを許されていたからな」


 ふんす、とクィンがちょい威張りだ。ガン威張りではないのはおれにビビッてるからだけどな。


 ま、確かに、公爵さまの身内として親しい呼び方をしてたというのは、貴族的な視点からいえば威張れるだけのことはある。

 虎の威を借る狐というのは、貴族社会では重要なことだ。

 誰をバックにしてるのかって、絶対に外せないだろ? おれの場合はシルバーダンディだけどさ。


「じゃあ、クィンは名家の出か? あれ? ビエンナーレは男爵だったような?」


「だから兄上の名を馴れ馴れしく呼ぶなと……兄上は男爵だが、いずれ手柄を立ててゼノンゲート侯爵家の家督を継がれる予定だ。まだ男爵だが、兄上の強さならばそう遠い先のことではない。私はこれでもあちらへ戻れば侯爵令嬢だからな? だから、あまり無体なことをするなよ?」


「ほぉ~、侯爵令嬢か……なんで潜入して伯爵令嬢の護衛騎士になんかなってんだよ」

「そ、それはだな、リーズリース卿の麾下のネトルズリィ子爵という……」


 ……とまぁ、こんな感じで、シャーリーと一緒に村を案内して、そんでフェルエラ村の「甘い物」にずっぽりハマったクィンちゃんの口が軽いこと軽いこと。


 あのスイーツストリートをガイウスさんにつくらせた姉ちゃんの先見の明が怖ろしくなるわー。


 でも、この情報収集の弊害はシャーリーの方に発生してます。


「クィン? 今日はアインと何の話をしたの?」

「いえ、それは、軍機にあたるので……」

「言えないの? もう! クィンなんて大嫌い!」

「ひ、姫さま……」


 シャーリーに八つ当たりのヤキモチをぶつけられて、ちょっと泣きそうになってるクィン。クィンってシャーリーが好き過ぎだろ? でも、自分が魔族だってことは言えないしねぇ。


 いや、口だけで次の日にはすぐ仲直りしてるから。大丈夫だから。たぶん何も言わずにいるとストレスなんだろ。うんうん。いやぁ、シャーリーの子どもっぽいヤキモチかわゆす……。


 そんな感じで、知らなかったことが色々とわかって、おれ、実はけっこー楽しんでる。もちろん、魔族関連の情報がありがたいというのもあるけどな。


 あと、『見逃しの魔侯爵』が魔男爵だったのって、たぶん、おれのせいっぽいよな。手柄を立てたら侯爵位を継いだはずなのに、左目と左腕を失って一度更迭されちゃったんだからさ。


 クィンが潜入任務を引き受けたのは、更迭されたビエンナーレの立場を回復させるためだったらしい。それ自体がクィンを危険な任務に送り込もうとする罠のような気もしたけどな。あの、ゼノンゲート家の奥義は、魔族にとっても脅威なんだろう。


 それと、殲滅の魔公爵が、この戦争の反対派だっていうのも、価値がある情報だ。ゲームなら人間を憎んで憎んで、とことん攻撃的な3強の一人だからな。


 そんで、ブラストレイトって家名は……。


「わらわっ子かぁ。あいつを裏切り護衛から守ったことが影響してんのか……」


 もう何年も前のことだから記憶もあやふやなところはあるけど、裏切った護衛からかばった後で、確か、わらわっ子が「ブラストレイトの血を継ぐ者」って言ってたはず。


 となると、三つ編み眼鏡いいんちょが言ってた「不幸な出来事から人類を憎みまくって暴れる最強の敵キャラ」のはずの魔公爵が戦争反対派なのって、おれの手柄なのでは? 手柄を証明できる機会はないけどな。ないけども。


 わらわっ子を暗殺から守ったことで、人間に娘を殺されたというねじ曲げられた「不幸な出来事」が発生しなかったから、魔公爵が暴れていない、と。あの時の護衛、人間に暗殺の罪をなすりつける気まんまんだったよな? そんで、「リーズリース卿」の手の者、か。


 たぶん、召喚の魔宰相が「リーズリース卿」で間違いない。クレープでも差し出せばクィンにすぐ確認できるんだろうけど、まぁ、これは確定だ。そんで、このリーズリース卿が、人間との全面戦争を望んでる、と。長耳族の積年の恨みってやつだろうか。


 戦争賛成のリーズリース卿と、戦争反対のブラストレイト卿が対立した結果としての、妥協の産物が、宣戦布告による戦争、か。一方的ではあるけど、有無を言わせず攻め込んだのではなく、手順を踏まえたってところなんだろうな。


 ところが、人間の王国の方が、宣戦布告の事実を隠すとは思ってなかったんだろう。


 これ、どっちにとっても予想外だけど、戦線を拡大して人間を抹殺したい長耳族のリーズリース卿にとってはオッケーなことで、戦線を拡大したくない、戦争を早期に終結させたいブラストレイト卿にとってはアンラッキーなこと、かもな。


 そうなると、戦争の早期終結を狙った、王都への電撃作戦、その指揮官のビエンナーレと、ブラストレイト公爵家の姫であるわらわっ子が王都の偵察に来てたこと、さらにはビエンナーレとわらわっ子が叔父と姪の関係、だろうか。

 ブラストレイト家が入念な下調べをして立てた作戦を、実際に実行して王都を陥落させられる力のあるビエンナーレを復帰させて、やらせた、と。


 そういや、ビエンナーレ、国王を殺そうとする前に対話してたような? 遠くて話の内容まではよく聞こえなかったから気にしなかったけど……。


 あと、ブラストレイト卿がそこまで戦争に反対する理由も、早期終結させたい理由も、イマイチわかんねぇけど、そこはどうだったとしても、反対派であること自体がこっちにとってはいいカードになってる。


 ……とにかく、魔族側がそこまで割れてるとしたら、手はあるか? コレ、考えてみる価値はある気がする。


 魔族の大地を目指して、やってやるぜって思ってたのに、今回、めっちゃ出鼻を挫かれたけど。


 その分、クィンを捕獲できたのは美味しいかもな。いろんな意味で!





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