アインの伝説(44)



 ハラグロ商会からの面会依頼に応じたおじいちゃん執事は、そこに同席したおれを見つけて、眉を寄せた。そりゃそうだ。不意打ちだからな。


「ハラグロ商会から急用とうかがいましたが、何事かと思えば、アインさまでしたか……」

「すみません。この方法しか、思いつかなかったもので」


「ケーニヒストルータにいらっしゃったのなら、このような真似をせずとも、屋敷をお訪ねください」

「ここに来たことを知られたくなかった。わかってもらえますよね?」


 おれの言葉におじいちゃん執事が真顔になる。


「……アインさまのことですから、イエナさまやお嬢さま、リンネさまを巻き込みたくない、そんなところでしょうか?」

「ご理解頂き、感謝いたします」


「……ですが、案内した者がアインさまだと報告しておりませんでした。変装でもなさっていたので?」

「まあ、そんなようなものです」

「そこまでなさらずともよいでしょうに」

「お気になさらず。では、こちらを……」


 おれが差し出した契約書と承認書におじいちゃん執事が目を通す。


「……ハラグロ商会と、国境なき騎士団の傭兵契約? それと、ハラグロ商会との傭兵契約についての、侯爵家の承認書、ですか? ハラグロ商会とアインさまが契約をなさるのに、侯爵家が承認を与える必要はないはずですが……まさか?」


「このやり方なら侯爵家を無視して進めてもいいんですが、それではケーニヒストル侯爵の立場がなくなる可能性があるので」


「国境なき騎士団をトリコロニアナへ出陣させるおつもりで?」


「あくまでも、ハラグロ商会に雇われた傭兵として、ですけどね。子爵家として動くのであれば、それは侯爵さまとのお約束通り、侯爵さまが依頼を受けたという形にしなければならないので。ま、目先を変えた建前ですが、それで十分でしょう?」


「……それでハラグロ商会との同席、ですか。それにしても、手を回して大陸同盟を有名無実にしたというのに、今度は大陸同盟を有名無実にしたことをさらに有名無実にすると? 『賢者』まで利用して潰しておきながら、今さら何を?」


「ファーノース辺境伯、ニールベランゲルン伯爵、王弟のセルトレイリアヌ公爵が、どのように呼ばれているかはご存知ですか?」


「……なるほど。トリコロニアナ王国を救うのではなく、ハラグロ御三卿を救うための方策ですか」

「話が早くて助かります」


「ならば、あくまでも個人的に、商会の真の主として動かれればよろしいのでは?」

「この承認書一枚で、侯爵閣下にとって、北方の皆様への貸しを作る機会にできると思ったんです」


「貸し、でございますか……」


 一度黙ったおじいちゃん執事は、頭の中で計算しているはずだ。


 でも、いくら考えてもこの結論はおれと同じ。


 これは、大きな貸しになると考えるはず。そしてそれは、おれから侯爵への貸しにもなる。まあ、借りてる分も多いから、侯爵とは持ちつ持たれつではあるけどな。


 ケーニヒストル侯爵は神聖会議で大陸同盟を潰して、トリコロニアナへの援軍を拒んだ。

 その主訴はトリコロニアナ王国が宣戦布告を受けた戦争であって、大陸に住む人族の全てが戦争を仕掛けられた訳ではないというものだ。

 トリコロニアナ王国の代表は宣戦布告を否定したが、それがどんな形であれ、宣戦布告が行われたのは事実だ。おれが調べたから。というか、この耳で聞いたから。


 だけど、単純化すれば、援軍を出さないというのは手助けをしないということであって、魔王軍と戦っている人たちからすれば、どんな理由があったとしても喜べるワケがない。宣戦布告のあるなしなど関係なく、だ。


 でも、魔王軍の戦線を拡大させて、スグワイア国が巻き込まれると、今、トリコロニアナ王国が受けている被害を同じように受けることになるから、どれだけ望まれてもはいそうですかと援軍は出せない。


 そこで、ハラグロ商会が動く。それも傭兵として。これなら、侯爵家もスグワイア国も表向きは関係ない。表向きは。


 ただし、侯爵家の寄子であるレーゲンファイファー子爵家の騎士団がハラグロ商会の傭兵として雇われるように仲介して、寄子の行動を承認することで、ケーニヒストル侯爵によってこの援軍が成立したという事実を作る。


 でも、あくまでもハラグロ商会が北方へと傭兵を派遣するという形で、ケーニヒストル侯爵家やスグワイア国が援軍を出したワケではないという形を保つ。


 これだけ苦戦していて援軍を喜ばないはずはない。大きな貸しにできる。今のまま、大陸同盟を潰しただけではこの先、恨まれる可能性が残る。


 問題は……。


「……ハラグロ商会が傭兵を雇って援軍として差し向けたとしても、それでこの戦が終わるとは限らないではありませんか。いつまで派遣するつもりなのです?」

「終わらせます」


「は……?」

「新しい事実が判明したんです」

「……どういうことですか?」

「驚きますよ?」

「聞かせて頂けるのですね?」


 おじいちゃん執事が少しだけ身を乗り出す。もう、釣れたはず。最後まで聞いて、決済するのだろう。


「……トリコロニアナの王家は、ファーノース辺境伯に北方の防備を固めよという伝令は送ったけれど、魔族から宣戦布告を受けたという事実は伝えてないんです」

「……っ、それは、驚きましたな」


 おじいちゃん執事の唇が動くがそこからうまく言葉が出てこない。おれの考えが、とんでもないものだと気づいたのだろう。


 ひょっとすると、口に出してしまうと、ある意味では問題があると考えているのかもしれない。


 または、神聖会議に出ていたトリコロニアナ王国の代表者が知らなかった可能性についても考えているのかもしれない。


 まあ、最悪の場合、おれが流した情報が間違っているという可能性も考えてるのかもしれないけどな。

 でも、宣戦布告はあった。これは事実。たとえそれが、トリコロニアナ王家を謀略にハメたものだったとしても。


 そして、宣戦布告によって戦争が行われている、つまり手順を守って戦争が行われているのならば、同じように手順を守れば、戦争を終わらせることができる。

 相手に、戦争を終わらせることに価値があると認めさせることができれば。受け入れられる講和条件を示すことができれば。この戦争は終わらせることができる。


 もちろん、それは簡単なことではないけどな。ないけども。


 だからこそ、有能なおじいちゃん執事には、おれがどうやって終わらせようとしているのかが、さっきの情報でわかったはずだ。


「……いったい、どちらから、どのようにしてその話を?」

「ファーノース辺境伯領へ行きました。情報の出処は辺境伯の養女、北の弓姫と呼ばれる方です」


「いつの間にそんなところへ行ったのですか、まったく……ですが、伯爵家の姫君がそのようなことを知っているというのは、どうかと?」

「北の弓姫という呼び名で察してください。魔物との戦いで最前線に立つような方です。軍機も身近なものですよ。ファーノース辺境伯家といえば有名な大陸屈指の武門では?」


「言われてみればそうでしたな……」

「情報料として、承認書に侯爵家の公印とともに決済印をお願いします」

「……この情報でその書類とは、お安いものですな。いいでしょう、了解いたしました」


 しばらくして、決済が済んだ承認書をおじいちゃん執事が届けてくれた。


 おれは承認書を確認して、侯爵家の公印と、家令の決済印とサインに間違いがないとわかると立ち上がった。


「いらぬ心配とは思いますが、どうかお気をつけて。ところで、その北の弓姫さまとやらとは、どちらで面識を得られたので?」

「戦場で……」


「戦場ですと? まさか……危ないところをお助けした、とか、おっしゃいませんよね?」

「よくわかりましたね?」

「ああ……聞くんじゃなかった……」


 珍しく、おじいちゃん執事がはっきりとわかる苦悶の表情を浮かべた。


 おれは、それをスルーして、不意打ちでの面談を終えた。






「北の弓姫……お嬢さまやメフィスタルニアのメイドたちと同じ状況ではないか……アインさまが戦場に出る度に、こうやってお嬢さまの恋敵がどんどん際限なく増えていくんじゃないだろうか。あの容姿であの強さ、戦場でのアインさまに見惚れぬ者などいるものか。承認書の但し書きに子爵の出陣を禁じるとでも書いておくべきだったかもしれん……」


 扉を閉める直前、おじいちゃん執事が何かをぶつぶつとつぶやいていたけど、それどころじゃないのでおれは急ぎ足でケーニヒストルータのハラグロ商会の支店へと向かった。





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