アインの伝説(45)



 転移した先で、喜びの声が聞こえる。


「ハルクさま」

「おお、ハルクさま。よくぞいらっしゃいました」

「ハルクさまがいらっしゃったぞ、領主さまに知らせねば……」


 これ、デジャブ? つい最近、これとおんなじものを見たよな?


 ていうか!?

 マジでハルクさんも大人気!?


 ここでもやっぱり「さま」付けじゃん!?


 おじいちゃん執事への情報提供を終えてハラグロ商会ケーニヒストルータ支店を訪れたおれは、事前に頼んでいたんだけど、ハラグロ四天王の一人、ハルクさんにファーノース辺境伯領の領都ポゥラリースへとリタフルで連れてきてもらった。

 そんで、ポゥラリースの門では、あっという間にハルクさんが囲まれてしまった。ちょっと前にタッカルさんとやってきた時とおんなじである。


 でも、なんかちょっと、この前タッカルさんと来た時よりも元気がない気がするけど、気のせい? じゃねぇーよな、これは。


 領主の養女として前線に立つ北の弓姫と、弓姫が率いる一軍が戻らないこと……実際にはシャーリーは神輿で、最強騎士さんが指揮を執ってたみたいだけどな。


 まだあの森の一件は報告がこのポゥラリースに届かないタイミングだと思うけど、ハラグロ商会によると弓姫さまは兵士たちから人気があったとか。


 だからといって嫡子にいじめられるとか、そういうのもないって。そもそも嫡子って30代半ばの子爵さまで、武門の家らしく、弓術に優れたシャーリーを認めて、かつ、その可愛さも認めて、大切にしていたんだとさ。


 だから、シャーリーも、ポゥラリースに戻らないと、みたいな感じがある。戻す気はないけど。せめて安全になるまではなぁ。


 囲まれていたハルクさんが戻ってくる。


「すぐに領主さまと面会が可能なようです。行きましょう」


 さて。

 北方の雄、ファーノース辺境伯さまと、なんとか頑張って交渉しますか。


 交渉するのはハルクさんだけどな……。






 通されたのは領主館というより、これはもうお城だった。フェルエラ村はでっかいお屋敷の周りを外壁で囲んだだけだけど、これはもうお城だ。城塞だな。


 軍事拠点というのはこういうもんかもしれない。


 フェルエラ村も村の外壁が破られたとしても領主館の外壁で二重に防衛線ができるようにはなってるけど、ポゥラリースの町を囲む外壁を破っても、その奥には城塞があるってすげぇ。

 王都の王城よりせまいけど、高さというか、険しさというか、そういうのは段違いにこっちが上だ。


 それだけ、魔族と魔物を恐れているということかもしれない。


 確か、今回の侵攻は1000年ぶりだというのに、こういうのがあるってことは、それだけ恐怖が刻まれているって設定なんだろうか。


 で、交渉のための会議室か何かに案内されると思ってたら、ツボと絵画とかがあって、ふかふか系で彫刻彫金ばりばりのソファと動物……たぶんライオンっぽい何か……をあしらったテーブルなんかもあるどう見ても応接室みたいな部屋に。


 ……ハラグロ商会への扱いって、ここまで?

 いや、普通の対応なのかな? それともおれはこんな物も持ってんだぜぇ、みたいな感じの部屋? 見せつける権力と財力みたいな?


 あ、でも、ガイウスさんの泊まるスイートルームとか、これに近い感じはあるか。


 ということは、最高級のもてなしって意味の方なのかな?


 室内の調度品を見つめつつ、高そうな物をがめられないかどうかタッパ操作で試してみて「所有権がありません」で国民的RPGの勇者ムーブは断念していると、扉が開かれて、いかついおっさんが入ってくる。

 身長はおれと変わらないけど、地の神を思い出してしまうめっちゃいいガタイをしてることが服を着ててもわかる。まさに筋骨隆々ってやつだ。


 補佐する文官と護衛の騎士も続いているが、護衛の騎士とかいらねぇーんじゃないかと思う。


「神々のお導きにより、北方の守護たるファーノース辺境伯さまに再びお会いすることができましたこと、心からお喜び申し上げます」


「神々のお導きにより、ハラグロ商会のハルク殿とまた言葉をかわせることを私も嬉しく思う。神々のお導きには感謝するが、正直なところ、私は神々よりもハラグロ商会の方を信じておるしな。我が領民たちも同じ思いであろう」


 そう言って、ハハハと笑う。

 あ、いや、ハラグロ商会信頼マックス?


「閣下、お戯れを」

「戯れなどではない。本心だ、本心。さあ、座ってくれ」

「ありがとう存じます」


 ファーノース辺境伯がソファに座り、その対面にハルクさんが座る。

 おれは従者ポジとしてハルクさんの斜め後方に立っている。


「商談があると聞いているが? ハルク殿もご存知の通り、もはや辺境伯家には何も購入するゆとりがない。この戦いに必要な物資もハラグロ商会が後払いでよいと言ってくれたから間に合っておるだけで、増えるのは借金ばかりだ。王都はもちろん、一番近いニールベランゲルン伯爵との連絡すら、まともにつけられぬ状態だ。とうてい、何かを買うことはできぬのだ。すまない」


 よく見ると、目のまわりにくまがある。年齢的におかしくはないが、茶髪に近い金髪の中に白髪がたくさん混じっている。

 体格がよく、迫力もあるから惑わされるけど、しっかり観察すれば疲労の色はそこらにある。


 発言も、やや弱気だ。

 夏から続く戦いは、もう半年以上か。秋の収穫ができずに戦いが始まったというから、本当に苦しいのだろう。


「こちらをご覧ください」


 ハルクさんはおれから手渡された契約書を辺境伯に向けて、テーブルの上に置く。


「傭兵だと……」


 じっくりと机の上の書類に辺境伯が目を通す。さらにそれを補佐官でもある文官へと手渡し、確認させる。

 読み終えた文官はぶつぶつと何かを言いながら確認し、辺境伯に何かを囁いて、書類を机の上に戻す。


「ずいぶんと高い傭兵のようだ。確かに戦力はほしいが、このような辺境までどうやって? それに、どう考えてもどこまで長引くかもわからんこの戦いで、とうてい支払いなどできぬ。これ以上商会には迷惑をかけられぬ。既に返しきれぬ恩を受けておるのだ」


「支払いについては、対処方法があります。私どもも商売人にございます。利益を求めて各地へと売り歩いておるのです。その地に必要なものを」


「ハラグロ商会はまさに『厚義の商会』であろう。確かに必要な物を届けてくれた。だが、我が家にはそれを支払う金などなく、それでも後払いでよいとそなたらが言ってくれたから今がある。利益など、支払いも受けずに出せるはずがない。だから、この恩だけでも忘れぬ、そう思っておる」


「そのように弱気なことを。まるでこの戦に負けるとでも思ってらっしゃるので?」


「魔物との戦いにおいて、勝つ、負けるというものはないのだ、ハルク殿。ただ、我らは奴らが暴れれば暴れるだけ、日々の生活を奪われる。戦いとなった時点で、既に負けているとも言える。そうだな、弱気か。ハルク殿に言われる通り、弱気になっておるのやもしれぬ」


「先頃派遣なさった弓姫さまの部隊のことでしょうか?」


「タッカル殿から聞いたのであろう? これは軍機だが、今さらだな。実は、あれから連絡がとれぬ。何かがあったのは確実だが、そうなると無事であるという可能性の方が低い。あの一軍が敗れたとなると、この領都の防衛にもほころびが出るだろう」


「……それで、最後に玉砕覚悟で敵へ打ちかかろうとでもいうのですか?」


「まだその時機ではないが、いずれはそうなるであろう。ニールセンディさえ逃れられれば我が家は続く。ただ、その場合、商会への借りはとうてい返せぬ。すまぬ」


 頭は下げず、ただ姿勢を正して背筋を伸ばし、まっすぐにハルクさんを見つめて、すまぬ、というその姿は辺境伯が優れた武人なのだろうと思わせられた。ニールセンディというのは嫡子の子爵さんのことだろう。


「たとえ支払いについて手立てがあったとしても、どれだけ新たな戦力を確保できたとしても、わずかに時を延ばすのみ。だが、商会のこれまでの厚意に報いることができぬのは本当に心苦しく思っている。領民も含め、全ての辺境の者がハラグロ商会から受けた恩を忘れることはないと誓おう」


 その辺境伯の言葉に、ハルクさんは一度大きく息を吸い込み、少しだけおれを振り返った。おれは小さくうなずき返しつつ、さっとハンドサインを交換する。


「……勝敗はともかく、商会としては利益を得たいと思っています」


「もちろんだ。例えばこの部屋にある調度品など、このままでは何の役にも立たぬ。この部屋どころか、城にある物、全て持っていってくれてかまわんぞ」


「それらの物は必要ありません。商会が閣下に求めるものは、その契約書へのサインと、閣下のお覚悟にございます」


「私の……覚悟、だと?」

「さようにございます」


 辺境伯はじっとハルクさんの目を見つめ、それをハルクさんもじっと受け止める。


「……命をかける、という覚悟とは違うものを求めておるようだな?」

「説明させて頂いても?」


 そう答えるハルクさんは、辺境伯の後ろにいる人たちをちらりとうかがう。

 それを察した辺境伯が促すと、文官と護衛の騎士が応接室の外へ出た。


「……そちらの従者はよいのか?」

「この者は商会がもっとも信頼する者にございます」

「そうか。では、聞こう」


「……商会が閣下に求める覚悟は、王国からの辺境伯領の独立、もしくは王弟公爵さまを国王とする新国家の樹立のいずれか、大逆または不忠の汚名を歴史に残すかもしれぬ覚悟にございます」


 ハルクさんの言葉に、表情ひとつ変えず、辺境伯はただハルクさんの目を覗き込むだけだった。





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