アインの伝説(37)



 青の満月の1日は、聖都の後始末とか、もろもろ。引っ越しの仕上げみたいな感じ。


 そんで2日は、馬車を連ねてケーニヒストルグループ全体でケーニヒストルータへ出発する。

 護衛はレーナたちがケーニヒストル騎士団に入団予定の卒業生たちを指揮しながらの実践訓練となっている。

 レベル10あるからたいていの魔物は大丈夫だし、無理な魔物はレーナたちがいるしな。あ、シトレは指揮しないけど。レーナの副官という立ち位置で黙ってるというポジション。

 ……いや、それ、どうなのさ?


 総司令は姉ちゃんに任せてある。


 おれ?

 おれはガイウスさん、タッカルさんの依頼を受けて、先にフェルエラ村へ。


 今後のハラグロ御三卿の領地での防衛戦に大きく関わることだから、最優先でやらなきゃいけないのだ、ということにしてある。


 姉ちゃんたちを、置き去りにするために。






 フェルエラ村に転移して、すぐ領主館へ。


 イゼンさんがいつもの執事服ではなく、ミスリルチェインメイルの上から旅人の服を着る、国境なき騎士団部隊指揮官クラスの基本兵装を身につけて待っていた。


「この度は学園のご卒業、誠におめでとうございます、アインさま」

「ありがとう、イゼンさん。こっちのことを任せてしまってすみませんでしたね」

「いえ。それが私の役目でございますので」


 イゼンさんはすっと一礼して一歩下がる。


「いくつかの書類に目を通して頂けたら、そう時間もかからず、出発できるかと」

「ありがとう」


 おれは執務室で、もう椅子にも座らず、立ったまま書類のチェックを始める。


 メイド長のアリスさんがお茶を淹れてくれた。行儀が悪いけど、急いでるので立ったまま、飲みながら、書類を見ながら、と、ながらながらだ。


 アリスさんと言えば、3年前かな? ハラグロ商会のタッカルさんと結婚した。子どもはいない。

 早く子どもに恵まれるといいなとは思うけど、タッカルさんたち、忙しいもんな。だから、ハラグロ商会のリタウニング可能な職員の増加計画には協力したんだけどさ。


 それだけでは片手落ちだった。


「……『サンティエナ』の生産量はずいぶんと増えたみたいだけど?」

「フライセがよく採れるものですから、自然とそうなりましたな」

「……魔物が変化した頃からか? 魔物だけじゃないのかな?」


 『サンティエナ』はフェルエラ村で作られているワインだ。

 名前を付けてくれと言われたのでとりあえず姉ちゃんの名前から付けさせてもらった。聖イエナ……セントイエナ……サンティエナ、という感じで、つまりは、そう、聖女イエナってこと。

 姉ちゃんが聖女になれますように、という願いを込めて。なったけどな。なったけども。ただの聖女じゃねぇとんでもない聖女に!


「リポップ期間は変わらないのですが、数が増えています。ですが、サカイモはあまり変化がないようです。ヒダマリソウはフライセほどではないですが、増えています。もともとフライセそのものはそこまでたくさん採れていた訳ではなかったので、多く感じるだけでもあるかと」


「しかも、売れてる……」

「ケーニヒストルータで貴族たちがこぞって買うそうです。イエナさまの名前が冠されていると知ってからは飛ぶように売れているとハラグロ商会からは聞いております」


 ……こっちの世界だと、ワインを寝かせるとか、そういうの、あるんだろうか? よくわかんねぇけど。まあ、産物が売れるのはありがたいってことで。


「ええと、最後の書る、いは……」


 そこにはとある法案の決定書類があった。


「……イゼンさん?」

「はい、何でしょう?」

「なんで、この法案、すでに成立した決定書類になってんの?」


「は? いえ? 法案に問題がなければ成立させてよいとアインさまから一任されておりましたし、家令でもある筆頭執事の私にはそもそも法制権は裁量の範囲内でございますが……」

「でもこれ! ダメじゃん!」


 思わず素で叫んじゃうくらいに!


「なんで領主の初夜権が法律として成立してんのさ!? この村に!?」

「? そのような村など、大陸各地にそれこそ数え切れぬほど、ございますが?」


「いやいやいやいやいや、そうじゃねぇし? ここのことだよ? そういうことだよ? ウチの村だよ? 領主はおれだよ? 初夜権って、あれだろ? 女の子を領主がむにゃむにゃしちゃうアレだろ? なんていうかアレじゃん!? そういうやつじゃん!?」


「まぁアインさまったらかわいいこと、もう成人なさって学園も卒業されたというのに、ウブですのねぇ」とか言って小さく笑ったメイド長のアリスさんはともかく! 今はお茶のおかわり注いでる場合じゃねぇだろーがーっっ!


「こんなん姉ちゃんが認めるワケねぇだろっっ!」

「いいえ。イエナさまは説得済みだそうですが?」

「はっ……誰が……?」


 ふ、フリーズ…………ていうか、誰か、説明プリーズ……?


「全て、レーナが根回しを終えております。領民も納得済みで、いえ、それどころか、大歓迎でございました」

「ええ、ええ。みなさん喜んでましたよ?」


 イゼンさん? レーナが根回し? あとアリスさん? みんな喜んでるって何? それ、あの、何ていうか、その、意味わっかんねぇんですけど……。


「一刻も早く、アインさまの血を引いた後継ぎがほしいと、みなさんずっと心配しておりましたもの。アインさまがまだ婚約もなさらないというので、本当に、みなさん、いつかここがまた直轄地に戻ってしまうのではないかと不安がってらしたから。この法律でできるだけたくさんの女の子と子作りなさって、たくさんの子どもに恵まれて、西レーゲンファイファー子爵家がずっとこのフェルエラ村を治めてくださるようにしなきゃならんと、それはもう大喜びでしたもの」


 アリス、さん? あれ? それって、その? ど、どどど、どういうこと!?


「フェルエラ村の者はみな、アインさまを慕っておりますので」


 イゼンさん? え?


「私の家令としての決裁権でレーナが考えたこの法案はすでに成立させております。これを廃案などにしましたら、それこそ領民がどのように荒れるか、想像もつきませんからな。この村の平和はアインさまがお導きになりました。みな、アインさまのお子を宿すなど、それこそ神々からの授かりものだと、最高の幸せであると言っておりますが……」


 レーナが考え……って、へ? なんでレーナ?


「レ、レーナが法案? え? どういう……?」


「? レーナたちは『私どもは剣も忠誠も、もちろん、身も、心も、愛も、全てアインさまに捧げております。これは私どもの総意でもあります。もちろんイエナさま、リンネさまをはじめ、本来ならば確認をとる必要もないお立場のヴィクトリアさまの了解まで頂いております。ヴィクトリアさまは少しご不満のようでしたが、領民の総意をお伝えしたところ、それ以上は何も。さらには寄親であるケーニヒストル侯爵閣下におかれましては、笑みを浮かべながら賛意を述べられて、ことのほかお喜びでございました。イゼンさまの決裁権で何卒よろしくお願いします』と、そのように言ってましたが、お聞きになってなかったのですか?」


 ……聞いてねぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!


 これっぽっちも聞いてない! 全然全く聞いてねぇぞっっ!

 そんで一番反対しそうな姉ちゃんが陥落してるし?

 リンネとかリアさんとかシルバーダンディまで巻き込んで!?

 これどうなってんの? これってやっぱ異世界常識おれ非常識なワケ? いやいやいやいや、そんなワケねぇだろさすがにこれは? いやこれはさすがに違ぇだろーっっ!?


 姉ちゃんに置き去りにされてんの、おれの方なんスけど、これどうなってんの!?


 いや、いやいや!


 そりゃ、嫌かって言われたら、どっちかっつーと、そりゃもう、なんていうか、それはその、アレですよ、それですよ?

 男の夢の中の夢みたいなところはないこともなくもないというか、めっちゃあるんだけどさぁぁぁぁぁぁっっっ! 正直になれとか言わないでーーーーっっ! おれだって、おれだってそりゃ頭ん中は欲望にまみれてるんだからさーーーっっ!


「まぁ、アインさま、お顔が真っ赤です」


 ころころと笑うメイド長のアリスさん。


「わたし、もう初夜を済ませてしまって、アインさまとご一緒できなくて残念です」


 な、ななな、ななななな、何言ってんの? 何言ってんのアリスさんんんんんっ??


「本当にウブで、おかわいらしいこと。ウフフ。あんなにお強いのに」


 やめてーーーーっっ!? 『ディー』にはそういうからかいが一番心の奥底までえぐってきてとってもキツいんですぅーーーっ!


「ゾーラも楽しみにしてましたよ? 結婚できずにいたけど幸運だったとか」


 いやいや違う違う! なんか違う! ゾーラはもうそういう歳じゃねぇーだろっっ? シェフとして料理と添い遂げてくれよ!? いや、ゾーラが違うってことじゃねぇんだけどさ!?


 確かにおれは幸せを望んだ! めっちゃ望んだよ? おれにも幸せをくれって心の奥底から願ったとも! 真剣に幸せは望んださ!


 でも、こんな感じのものは想定外で想像もしてなかったんだってば!


 確かに幸せを願ったけどもーーーーっっ!!


 モテたいとは思ってたけどもーーーーっっ!! それは法律で強制したいワケではなくて!


「これはっ! ほっ、保留でっ! 保留ですっ! と、とにかく! イゼンさん、タッカルさんたちとワイバーン狩り、行きますよ!」

「はあ、もう成立していますが……まあ、いいでしょう。今は・・・」


 ……とっさに廃案とは言えなかったおれを笑いたければ笑えばいいさ。それが『ディー』のさだめというものさ。

 べ、別に世界を救ったら異世界なんだしご褒美としていいかもとか、思ってないから! ないからな!

 あ、顔はやめて。顔は見ないで。お願い見ないで。見ちゃダメだって。ウソがバレちゃうから。





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