アインの伝説(36)



 卒業式は、まあ、去年、姉ちゃんの護衛で見たのと基本はおんなじだった。教皇の話以外は。


 仰げば尊しもなければ、蛍の光もないし、もちろん旅立ちについて歌うなんてこともない。在校生の送辞もないし、卒業生の答辞もない。


 教皇聖下のありがたいお話だけ。しかも、今年は政治色が強いのなんの。だから実にありがたくないという。


 魔族は人類の敵だとか、我々は今危機にあるとか、立ち上がって戦う若い力が求められているとかなんとか。まあ、それは真実もあるのかもしれないけど。


 今年は聖騎士見習いたちよりも多かったケーニヒストルグループは、かなり白けた感じで聞き流してたけどな。


 リアさんの侯爵家指導の下で完全に反大陸同盟だから。思想統制かもしんないけどな。けども。


 その話の中で聖騎士団の大河の渡河の話になった。


 全軍が大河を渡るきるまでに1か月近くかかるらしい。大変な行軍を心から人類のためにやってんだぞ、みたいな感じで。


 まあ、内実はケーニヒストル侯爵とスグワイア国が反対派だから、ケーニヒストルータに集中してる大船が利用できなくて、ちまちまと別のところから渡るしかないってだけなんだけど。


 できるだけ、魔族と衝突するにしても遅くなってほしいので、それはそれでいいか。


 でも、聖騎士団の目標が実はメフィスタルニアだって教皇聖下が言った瞬間、おれの中では、あ、大陸同盟軍、全滅確定か、と思ったね。思ったよ。

 いや、無理でしょ、634号を相手にするのは。リポップしてるよね? してるはずだし? 死霊から解放されてねぇんだもんな。


 しかも、ゲーム的には、メフィスタルニアは魔王軍とはあんまし関係なく死霊都市になってるから、あそこに行くなら実はトリコロニアナ王国への援軍になってねぇし? こっちとしては好都合かも。


 教皇としては、大神殿の威光を一番はっきりと示せる場所なんかもしんないな。死霊にまみれた都市なんだから。


 それよりも、こんな卒業式のあいさつとかで、そんな軍事的な戦略目標とかしゃべっちゃって大丈夫なのか?


 ……いや、魔族側もそこまで気にしてはないとは思うけどな。思うけども。

 どっちかっつーと大陸同盟反対派への圧力としての正義アピールってところか。

 主な反対派のケーニヒストルグループの学生たちはハナっから聞き流してんだけどな? すげぇなリアさんの影響力。


 卒業式後は、みんな一度戻って、正装して、卒業パーティーだ。


 おれはリアさんをエスコート。レオンはリンネをエスコート。無数の女子学生のみなさんはお陀仏です、はい。


 毎年、各国のそれなりの人が顔を出していたはずのこの卒業パーティーだけど、今年はかなり様子が違う。


 まず街道の危険度が違うので、そもそもあんまり偉い人がやってこない。やってきたとしても、今までよりもちょっと軽めのお方だったりする。


 ケーニヒストル侯爵は養女で孫娘が『聖女』ということもあって、騎士団20人の護衛を引き連れてリアパパと一緒に参加してるけど、逆にそのせいで卒業パーティー会場が、大陸同盟の賛成派と反対派に分かれちゃってて空気が悪ぃったらねぇの。

 ケーニヒストルグループが多いこともあって、仲良くなってた聖騎士見習いの子たちはなんか、こっちに近づけなくて可哀そうな感じ。

 あの子たちがこっちに来ると均衡が崩れちゃいそうなんだよな。あと、この後のあの子たちの立場とかも。


 学生巻き込まないでほしいと思わなくもないけど、卒業後のこのパーティーは学生としてではなく、しっかりと自分の立ち位置を決めなきゃいけないところということなので、聖騎士見習いの人たちには頑張ってほしいです、はい。

 政治って辛いねぇ?


 ファーストダンスはおれとリアさんが踊って、おれは続けてリンネと踊る。おれがリンネと踊ってる時は、リアさんはレオンと踊ってる。


 前もって命れ……お願いされていたので、レーナ、シトレ、ゼナ、エイカ、ローラ、そしてちょっと恥ずかしそうに元聖騎士見習いのカリンとエバも、おれと踊ってくるくると回る。

 ドレスも色とりどりでなんかもう、見本市か? ハラグロ戦略? CMだろ、コレ?


 それからケーニヒストルグループのみなさんと言葉を交わして、河南各国からの学生さんとも言葉を交わすんだけども、大陸同盟に参加した小国の学生さんはちょっと遠慮気味だったりとか、大人の社会の影響ってでっけぇなぁ。

 カリンとエバをちらちらと見てると、時々、見えないように小さく手を振ってて、その相手が聖騎士見習いの子たちで、手を振り返してくれてる。

 元々は知り合いなんだろう。

 でも、学園内ではまだマシだったけど、この卒業パーティーで陣営が明確になった今は、その小さなやりとりしか、いや、ひょっとするとその小さなやりとりすら咎められるのかもしれない……。


「アインさま、どちらを見てらっしゃるんですの?」


 あ、はい。小さな視線すら咎められるのはおれもおんなじでした、ハイ。すんません。


 レオンはリンネ、リアさんと踊ったあとは、入学パーティーと同じように次々と女をとっかえひっかえして踊ってる。

 踊ってるよ。踊り狂ってるよな。もう何人目だ?

 女をとっかえひっかえって言葉悪ぃよな、まったく。いや、クソうらやましいからあとでボコろう。訓練だけど。訓練だけどな?


 レオンにはいろいろな思惑もまとわりついてるみたいで、ダンスの終わりを虎視眈々と狙ってそうな教皇聖下とか、トリコロニアナの外交官の男爵とか、すんげぇ目をしてる……あれ?

 レオンを狙ってる目と、レオンを妬んでる目の区別がつかねぇ? おれもあんな目で見てんだろうなぁ。


 というか、レオンのダンス、マジで終わらん。何人待ってんの女の子たち?


 おれ、もう河北からの学生たちともあいさつ終わったんだけど?

 そんで、レオンとのダンスが終わった女の子の一部も、形だけはおれたちんとこにあいさつに来たりもするけど?

 確か、順番待ちは仕方がないとしても、レオンとのダンス列の後ろの方は、本当はおれんとこに先にあいさつに来るのが一応はマナーなんじゃねぇの?

 いや、別にどうでもいいけどね。いいんだけどね。女の子が来なくても。


 どうせおれは天職不明な『竜殺し』だよ!?

 本当は『神々の寵児』だけどな?

 ジョブはあるんだけどな? いろいろあって都合がいいからって、わかんねぇことにしただけなんだけどな?


 ああ、『勇者』がこんなにモテるんだとわかっていたら、『勇者』という選択肢も……いや、それはないか。目立ちたくねぇもん。って、もう十分目立ってるけどな。おれの護衛の美女が周囲を固めているせいで!


 リアさんはちょっといろいろあるけど、リンネは妹だし、レーナたちはウチの家臣でメイドとか姉ちゃんの護衛とか、そういう従業員みたいなもんだから! 割と家族的なあったかい経営は心がけてるつもりだけど! つもりだけどな!


 何人か、他国の卒業生が「どうか子爵さまの麾下にお加え願いたく……」みたいな感じで言ってきたけど、リアさんとレーナがどこに配属するか決めちゃってて、フェルエラ村ではなくケーニヒストルータに吸収されちゃってるから!

 いや、知らない人を村に入れたら地下牢がまたパンクするかもだからケーニヒストルータで別にいいんだけどさ?


「……そういや、レーナとか、シトレとか、ゼナとかは、誰か男子学生から告白とか、なかったのか? いつもおれの護衛みたいにさせてて悪ぃとは思ってたけど?」


 びくりっとカリンとエバが大きく反応してたけど、とーってもゆっくりと振り返ったレーナは微笑んでいた。なんか怖いくらいに? え、それって笑顔だよね?


「ご心配をおかけして、申し訳ございません、アインさま。私たちは、レーゲンファイファー子爵家に忠誠を捧げておりますれば、たとえそのような話がございましても、全てお断わりしております」


 ……あ、これ、アウト? 学園生活でモテ期はなかった? モテてないのにモテたんじゃないのとかアトミックボム並みの爆弾発言ぶっこんだ感じ? いや、レーナたちがモテないってことはないと思うんだけど?


「……本当に大丈夫なのかな?」

「レーナの作戦にぬかりはないはず。でないとヴィクトリアさまに先を……」


 ローラとゼナがとっても小さな声で囁き合ってて、それにシトレがうんうんとうなずいている。よく聞こえないけど、やっぱさっきのおれの発言は失敗ってことか? マズい? レーナが怒るといろいろなところに被害が出そうで……。


「す、すまない、失礼なことを聞いたな、レーナ。ごめん。レーナはとても美しいから、きっと男子学生の憧れだったろうと思って……」

「は……」


 レーナが絶句した後、思いっきりおれから顔をそむけた。


 やっべえっ! さらに怒らせちまったか!?


「す、すまないレーナ、何というか……」

「はいはい~、そのへんで黙ろうね~、アイン義兄さん~?」


 ぐいっとリンネに腕をつねられて痛い思いを! 天罰か? 天罰なのか?


 誰か正しい女の子の扱い方を教えてくれぇぇっっ!


 そしてあんなよくわかんねぇマップ外に行く前にどうかおれにも幸せをくださいっっ!





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