アインの伝説(47)



 久しぶりに会って、しかも成長期を終えたというのにおれに気づいたはじまりの村の村長さん。おれってそんなに子どもっぽいのかな……いやいや、今はそこに悩んでる場合じゃねぇ。


 うーん、イケオジ騎士が戻るまでは身バレはないと高をくくっていたのがマズかったか?


 ハルクさんがおれを振り返る。


「知り合いがいたのか?」


 おれはうなずきを返しつつ、ハンドサインを送る。どこまで身バレするかのサインだ。


 左手の小指と薬指を曲げて残りの三本を伸ばす。

 ハラグロ商会の商会員である、という事前の設定で切り抜けるのではなく、ケーニヒストル侯爵家の関係者としてハルクさんの交渉を監視し、きちんと辺境伯に恩を売ったかどうかを確認にきているという3番目の設定で身バレしていい、というサインだ。

 はじまりの村の村長さんが相手で、しかもあの様子だと、おれがアインであることを隠せるはずもない。

 辺境伯はおれを領都での洗礼を受けさせようとしてたからな。

 商会員よりも、ケーニヒストル侯爵の関係者にしといた方がいいはず。商会員でないなら、ハルクさんに引き抜き交渉ができないし。


「……ビギニンにハラグロ商会の知り合い……そうか。はじまりの村に回復薬を売った者か? そうであろう? ハラグロ商会の見習いに伝手があったのだな?」

「はい、閣下。ご推察の通りにございます。閣下、彼と、話をしても?」

「かまわぬ」


 ……あれ? いきなり身バレの流れじゃないの? なんか辺境伯は謎がひとつ解けたぞ、みたいな感じだし、はじまりの村の村長さんは村長さんで、おれのことを辺境伯に教えようって感じじゃねーんだけど?


「久しぶりだね」

「はい。ご無沙汰しており、申し訳ありません。ポゥラリースに向かったとは聞いておりましたので先にあいさつをするべきでした」


 いや、本当に。先に会ってれば口止めできたかもだもんな……。


「いや、気にしないでくれ。君のおかげで、あの回復薬のおかげで戦えた。君のおかげで多くの村人が救われた。本当に心から、感謝している」

「そんな……頭を上げてください」

「君は命の恩人だ。だから君との約束は必ず守る」


 ……約束? ん? 約束?


「本当にありがとう」


 そう言うと、はじまりの村の村長さんは辺境伯のところに戻った。


 辺境伯はいくつかの指示を呼び出したはじまりの村の村長さんと、騎士らしい人に出していく。


 どうやら、はじまりの村の村長さんは、今は辺境伯に仕えているようだ。あ、いや、元々、村長として仕えていたということだろうか? 辺境の開拓村は直轄地だけどものすごく独立性が高いから、領主に仕えているというイメージがおれの中にないだけか?


 それにしても……約束……?


「こちらの契約書の管理を頼む」


 ハルクさんが考え込んでいたおれに書類を手渡しながら、右手の小指だけを伸ばして、どうするのかというハンドサインを出してくる。

 おれは右手の親指を隠すようにして拳を握って、余計なことは言わないで、というハンドサインを返す。


 どうだろ?

 今はとりあえず身バレしなかったみたいだけど……。


 辺境伯は……はじまりの村に回復薬があったことは把握してるみたいだ。

 そりゃそうか、魔族と魔物を撃退した時は、国王から防備を固めろって言われて共同作戦だったはず。

 はじまりの村の回復薬を使ったのは間違いないんだから、その出処が気になるのは当然のことか……そうすると、村長さんは出処を辺境伯に告げてなかったってことになるんだけどな?

 仕える主に説明してない? 辺境伯に対して「ご推察」って言ったか、確か。説明してないの確定か。そんなん許されんの? 辺境伯の度量もだけど、村長さんの度胸もすごいな? いや、待て……約束って……。


『キミとの約束は全力で守るとここに誓おう! たとえ領主さまから反逆だと言われたとしてもだ!』


 あれがまだ有効ってことかーーーーっっ!

 ぐおおおっっ! お、お、漢気村長じゃーーーーんっ!


 ……くぅ。身バレにビビってる自分が恥ずかしくなるような漢っぷりだぁ。

 悔しいがやっぱこの村長さんはやる男。やる男だ。こういうのがモテる男なんだろうな。いつか絶対真似してやるぜ。目指せモテ男!


 こうしておれは、辺境伯との交渉を身バレせずに切り抜けた。

 交渉したのはハルクさんだけどな。ハルクさんだけども。事前の計画はイゼンさんとかデプレさんとかも含めてみんなで練ったけどな。みんなで練ったけども!






 ハルクさんとはポゥラリースで別れて、おれはそのままフェルエラ村へと飛ぶ。


 門を入ると立場上、馬車を利用するのが普通なんだけど、ウチの村のフツーはそこまで厳格ではなく、そのままさっさと歩いて領主館を目指す。


 村人に声をかけられて手を振り返しつつ、領主館の衛兵が開けてくれた門を抜けつつお礼を言って、屋敷の中へ。


 イゼンさんが出迎えてくれる。


「アインさま、おかえりなさいませ。実は……」

「辺境伯との交渉は完了。スラーとオルドガを。送り出す編成を確認して、村に残る者の再編成を話し合います。人数に合わせて必要な物資をイゼンさんたちで計算して、2日後にはタッカルさんがここに来るのでそれで……」


「アインさま!」


「出じ、んを……イゼンさん? どうかしましたか?」


「……北館の応接室で、イエナさまがお待ちです。お急ぎを」

「いっ……なんで? まだケーニヒストルータの夜会が……」


「……どうやら、お気づきになられたようでございます。大変申し訳ありませんが、私どもにはお二人の間に入ることはできませんので」


 ……そこは入ろうよ? 助けて? 筆頭執事は領主の懐刀だよな? な?


 あれ? バレたのか? いや、何がバレた? どこまでバレた? そんで、どうしてバレた?


 顔か! おれの顔はバレるって言ってたけど!? いや、まだ顔は見られてねぇし?


 恐る恐る、北館の廊下を進み、応接室のドアをノックする。


 扉を開いたのはレーナだった。


 ……しかもレーナ付きで!? どこまでバレてんのこれ!?


 中に入ると、ソファに座って大変おしとやかでいて、それでいて優雅に、美味しそうなお茶を飲んでる姉ちゃんが……。


「帰ったのね。そこに座りなさい、アイン」


 ……そう言って、床を指さした。


 いや、立派な絨毯が敷かれてるし、レーナたちメイド部隊は掃除も頑張るけどな? 頑張るけども!


 おおぅ……イッツ正座でござるよ……。

 誰か、領主の威厳とは何か、論文にして読ませて頂けると嬉しいです。

 くっ……長年にわたって培われたこの力関係……一生どうしようもないのか?


「……オブライエンさんにハラグロ商会から突然の面会依頼が入ったと聞いて、ケーニヒストルータのハラグロ商会をのぞいてみれば、アインがハルクさんと出かけたっていうのに、ケーニヒストルータの屋敷の者は誰一人、アインを見てないって言うわ。

 何も聞いてないからこれは何かあると思ってこっちに戻れば、商会の本店にいるはずのデプレさんはいないし、なぜだか屋敷にシャーリーがいて、しかも伯爵令嬢で護衛騎士が一緒。

 まあ、シャーリーがいるのはそれはそれで別にいいわ。

 問い詰めればイゼンさんはアインが辺境伯領の戦況を確かめに行ったとは教えてくれたけど……どうして、何も言わずに、それもたった一人で危険な戦場に出向いて視察とかしてるのかしらね?

 しかも戦況視察自体は一度終えて、シャーリーを連れ帰ってるのにまたいなくなってるわ? かなり危険な状況もあったみたいだし?

 色々と言いたいことだらけだわ。

 シャーリーのことをリアに隠したいってだけじゃ説明がつかないもの。もちろん、納得できる説明があるわよね、アイン?」


 ……なんで姉ちゃんにおじいちゃん執事の面会情報が流れてる? それって重要機密にあたるものだよな? 侯爵家の? 誰が流してんだ?

 いや、それもびっくりだけど、その情報だけでなんでそこまでたどって、夜会をぶっちして村に戻ってんの?

 屋敷に普通に滞在してるシャーリーのことはともかく、なぜだかデプレさんがいないこととかまで確認済みだし?


「アイン? どうやらオルドガにはしばらく転移を控えるように指示が出ているようだわ。まさか、また、戦場に出ようって考えてる訳じゃないわよね、一人で?」


 どんだけ名探偵なんだーーーーーーっっっ!!

 辺境伯領の城では身バレを防げたのに、この村では全バレの予感しかしねぇっっ?


「さあ、全部聞かせて。あたしのかわいいアイン?」


 その笑顔、怖すぎ……でも好きです、姉ちゃん……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る