アインの伝説(51)



 ポゥラリースで3日、休息をとる。


 辺境伯は特にこっちへ要望を出さない。山積みにした雑魚ドロップは復興支援として献上しといた。そのお礼ぐらいかな。


 その間に、姉ちゃんと二人でイケオジ騎士と面会して、若い頃の父ちゃんの話を聞く。


 途中、父ちゃんと一緒にイケオジ騎士の部隊にいて、父ちゃんと仲良くなったレオンの父、ジオンさんの話になったので、レオンとリンネも呼んでもらって、一緒に話を聞いた。


 おれたち4人がイケオジ騎士の話を聞く間、メイド服に着替えたレーナとダフネがお茶の準備なんかの世話をやってくれた。


 イケオジ騎士は、レーナたちのメイド服姿にちょっとだけ首を傾げたけど、それ以上は何も言わなかった。

 レーナの方は何の質問もなかったことがちょっと残念そうだったのは気のせいだろうか?


 母ちゃんという婚約者を待たせたまま、魔物の大発生で戦っていた父ちゃん。

 早く帰って結婚したいと毎晩言ってた父ちゃん。


 今のおれと変わらないくらいの年齢の父ちゃんの姿が思い浮かぶ。


 この夜、こっそり姉ちゃんがおれに与えられた部屋にきて、添い寝してくれた。たぶん、久しぶりに村の夢を見るんじゃないかと心配したんだろうと思う。


 だけどさすがに、もはやナイスバディなビューティー聖女へと成長してしまった姉ちゃんの添い寝はドギマギが限界マックス爆裂寸前なので、あの夢を見るどころかまともに眠れないという大惨事。

 いや、嬉しいよ? もちろん嬉しいんだけどな? 心の臓が加速限界で爆裂死しそーだけどな!


 翌日は寝不足で、昼頃にあくびをしていたら、軍監の3人が戻ったという連絡があった。


 軍監の3人は辺境伯に、2000以上の魔物がポゥラリースへと進んでいることを報告。もちろん、おれたちの戦いぶりも報告したはず。


 こっちとしては予想通りなので問題なし。


 ただし、さすがのファーノース辺境伯。これまでにない魔物の大群だというのに、不敵な笑いを浮かべている。


「わざと残敵を逃がして、こちらの攻勢をもらした結果であろう? もちろん、その責任をとる覚悟でのう?」

「精強なファーノースの戦士たちとともに、魔物の大群を退けて見せましょう」


 姉ちゃんも辺境伯に笑い返す。たぶん、ともに、なんて本気で考えてはない。


 ……姉ちゃんはこれっぽっちも寝不足に見えねぇ。なんでだ? それどころかいつもより表情が明るくてつやつやしてるんですけど?






 翌朝、ポゥラリースの外壁から視認できる範囲に敵影を発見。


 ……正直、2000以上の魔物っていっても、大して脅威を感じないというのが今の感想だろうか。

 気をつけるのはフィアーの状態異常を与えてくるミノ王の雄叫びぐらい。それも、たぶんウチのメンバーならレオン以外はレジストできると思う。


 レオンもちょっとずつレベルが上がってるから大丈夫だとは思うけどな。


 外壁の上には辺境伯もいた。


 ……ていうか、この人、総大将だよな? 城の中の作戦室に使ってる広間で待機してればいいのでは?


 そんなおれの心の疑問に気づいたのか、辺境伯が話しかけてくる。


「魔物どもの有利にしかならぬと思える、あの丸太の防壁の意味が知りたくてのう」

「……なるほど?」


 あれには大した意味はない。

 ただ、効果はハマれば大きいとは考えてる。


 押し寄せてきたモンスターが次々とふたつの大きな丸太の防壁の影へと入っていく。


 まず一つ目。

 簡易防壁があるので、そこを拠点として城攻めをする。だから、ここの外壁に敵が集中してくれること。相手の狙いを絞らせること。


 二つ目。

 簡易防壁で身を守れる状態なのでそこにモンスターが集中して密集するということ。


 ふたつの防壁の間を抜けたモンスターは、姉ちゃんとオルドガとレーナが弓で狙い撃って射殺していくので、後ろから加わる全軍が押し寄せるまで、無駄に外壁に突撃して命を散らそうとするモンスターはいなくなった。モンスターってほどほどに賢いと思う。ほどほどに。


 ポゥラリースの外壁の高さは3m程度。外壁の上も幅3mぐらいはあって、人と人がすれ違うぐらいは問題なく行動できる。


 敵モンスターの中にはブラックハーピィという航空戦力が混在してるので、地上と上空の同時攻撃がもっとも心配だった。でも、地上戦力を足止めしたら、当然、航空戦力も一時待機となる。


 簡易防壁にぎゅうぎゅうに詰まっているモンスター。その後方に、長耳とツノを発見。


「敵軍後方に魔族の姿を確認」

「了解、全員に伝えます。参謀長、そろそろ作戦を開始しても?」

「よし」

「司令、参謀、リンのトラマナから火炎4!」


 レーナの指揮が始まる。作戦は参謀本部で立てた。参謀本部っておれとオルドガと姉ちゃんとレーナだけどな。


『『『トライマナイス』』』


 おれが姉ちゃんに、姉ちゃんがリンネに、リンネがダフネに魔力増強の支援魔法をかける。


 そして・・・・・・。


『『ヒエンアイラセターレボルクス』』


 リンネとダフネが火の神系範囲型攻撃魔法王級スキル・ヒエンアイラセターレボルクスを放つ。


 火の神系範囲型攻撃魔法王級スキル・ヒエンアイラセターレボルクスは術者の立ち位置から50mまでの指定地点から半径20m円状の範囲に、その熟練度に応じて単体型王級スキル・ヒエンゲの4分の1から2分の1のダメージを与える。リンネとダフネの熟練度なら最大の2分の1ダメージだ。


 エフェクトはまさに爆発炎上。ドロップ率が低くなるんだけど、見た感じ持ち物ごとブッ飛ばされているので、それも当然かもしれない。


 おれが設置しておいた簡易防壁の位置は、リンネたちがこの範囲魔法できっちり大量の敵を仕留められるように計算をしておいた場所だ。

 密集すれば密集するほど、範囲魔法で仕留めやすいからな。


 ゴブリン、コボルド系のモンスターや、イビルボアなんかは、この爆発炎上で消え去っている。

 オークウォリアーなんかは生き残っているけど、ダメージはでかい。そんで、繰り返すけど、ドロップは少ない。ドロップは、すーくーなーい!


 あと、残念ながら後方のモンスターはまだ無傷。


「……これが、大魔法による魔法戦か。生きているうちに伝承に聞くような戦いを目にすることになるとはのう。なるほど、あの防壁は大魔法の的か、密集させて葬るための」


 辺境伯はごっそりとモンスターの姿が消えた簡易防壁の向こう側を見つめながらそうつぶやいた。


「左右合わせて600ぐらい、3分の1ってところでしょうね」


 正直、ここは危ないからさがっていてほしいんだけどさ。言いにくいよね、そういうことは?


 敵軍後方から、真黒なかたまりが飛んでくる。一度、強力な範囲攻撃魔法を使えば、次まで必ずクールタイムがある。その間を狙ってくるのは当然だ。地上での生き残りも進撃を開始している。


「……釣れたな」

「羽腕の黒いやつらが動いた! 司令は大風4、リンは輝き4を合図まで待機! マジポ飲んで!」


 おれのつぶやきにレーナが次の指示を出す。


 ブラックハーピィが互いの間を広げながら、外壁へと飛び込んでくる。


 範囲攻撃魔法での被弾を減らす機動だ。


「くっ……司令は右、リンは左、てええっっ!」


『ザルツガンダルフラーレ』

『ソルハンタル』


 姉ちゃんの巻き起こした暴風が、リンネが輝かせた太陽神の閃光が、ブラックハーピィを襲う。


「光魔法だと? まさかあの少女は噂の『光の聖女』なのか?」


 あー、リンネの正体もつかまれちゃいましたねー。まあしょーがないよねー。厳ついこのオッサンはハラグロ商会を裏切れない人だから別にいいんだけどさー。


 ブラックハーピィが範囲魔法を避けるために広がっていたこともあって撃ちもらしは多い。また、太陽神系の範囲型は扇形状なので、姉ちゃんよりもリンネの方が撃ちもらしは多かった。


「ダニー! 左! リンの撃ちもらしに火炎3! リンは下りてレオのところで待機! マジポ忘れるな! 司令、風を5から1! 撃ちもらしを潰してください!」


 レーナが矢を放ちながらさらなる指示を飛ばす。


 おれとオルドガも生き残ったブラックハーピィに次々と矢を放っていく。


『ヒエンアイラセターレ』

『ザルツロ、ザルツレ、ザルツル……』


 それでも、魔法と矢をかいくぐってブラックハーピィが迫る。


「やはり空を飛ぶ魔物はやっか……」

「グウオオオオオオオオオッッッッッ!!!」


 後方から聞こえてくるミノタウロスキングの咆哮がずしりと腹の奥にまで響く。

 辺境伯の言葉は途中で失われ、動きが止まる。フィアーの状態異常に陥ったと理解できた。


 おれは当然レジスト成功だけど、確認してみると、姉ちゃんはもちろん、レーナやオルドガ、ダフネも平気だ。

 ユーレイナは冷静にエクスポを飲んでいる。動きはゆっくりだけど対処行動はできてるのなら問題なしのもーまんたい。


 だが、咆哮を受けて動きが鈍った兵士が二人、魔法と矢をすり抜けたブラックハーピィたちの足の爪に捕まり、上空へと吊り上げられてしまう。


 すぐに姉ちゃんとダフネが魔法で兵士を掴んだブラックハーピィを倒すけど、そのまま兵士は城内へと落下。


 生きてることを祈るしかない。落下ダメージはキツイんだよな。


「レイ、レオのところにエクスポを。あと……」

「もしそうなった場合には、と、リンとニナとアッカにはレオたちの顔にぶっかけろと事前に伝えております」

「顔にかよ!?」


 あと、顔にぶっかけろとか言わないで! レーナのその美しい顔で言わないで! 「ディー」には興奮剤を丸呑みにした感じになるから!?


「閣下、こちらをお飲みください」


 おれは辺境伯と、その近くに侍るイケオジ騎士に、エクスポーションを差し出す。並だけど効果は十分なはずだ。


 ゆっくりとエクスポを飲む二人。フィアーの状態異常が解けていく。


「これは……」

「気付け薬のようなものです」


 飲み終えて消えていくポーション瓶を見つめながら何かを言おうとした辺境伯に、強引な嘘をねじ込んでみた。

 まあ、今の症状を改善させたんだから、嘘とも言えねぇと思うけどな。


 その間に、レーナとオルドガが最後のブラックハーピィ―を始末していた。


「……参謀長、敵、航空戦力の掃討を完了」

「確認」

「これより地上戦に入ります」

「頼む」


 弓をオルドガに預けつつ、報告してくるレーナに応えながら、おれは迫ってくる魔物を確認する。

 ミノ王が後ろから前進しているが、そのさらに後方に長耳族が一人、ツノの生えた鬼族が二人、待機している。


 そして、外壁に近づくミノ戦士が2体、体長から考えると、この外壁の上に手が届く相手だ。


 あとはオークウォリアーか。他は範囲攻撃魔法で消え去る雑魚モブくんだし。


「これより地上戦に入る! 司令、大風3、ダニー火炎2、重ねて門の前の敵を掃討する!」


『ザルツガンダル』

『ヒエンアイラセ』


 門の前に半径10mの敵を切り刻む緑色の暴風が襲い、その暴風圏に内接するように、半径5mの紅蓮の火炎が立ち上る。


 オークウォリアー以外のモンスターは二つの魔法が重なった門の真正面から消え去っていく。門の左右には、ダメージを受けた雑魚モブがまだ少しだけ残されていた。


「……開門して突撃後、すぐにレオ左、リン右、輝き3で! その後、盾二人は飛び出して戦線を確保せよ! 開門っ!」


 ギギギギィィィという蝶番のきしむ音とともに門が開かれ、レオンとリンネが飛び出して輝く光を左右に放つ。門の左右にかろうじて生き残っていたはずのモンスターも消えていく。


 その後ろから、大盾をかまえたカリンとエバが、金髪の双子を追い越して、前方から新たに迫ってくるモンスターを警戒している。


 レオンは大盾の二人の間に進み出るように前進し、リンネは後方待機。リンネの隣ではポーターのエイカが弓をかまえた。

 レオンの前髪が濡れておでこに張り付いてたけど、それは見なかったことにしようかな、うん。

 でもたぶん、ぶっかけたのはリンネだと思う。あとの二人はさすがにできねぇだろ、あれは。

 カリンとエバはフツーだしな。濡れてない……エロワードじゃないよ?


 レオンの背後、リンネとエイカの前にゼナが立ち、後衛の二人を守るように周囲を警戒する。


 そして、再び、ギギギギィィィという音とともに、門が閉じられていく。


 門の上では姉ちゃんが弓と魔法、ダフネが魔法、オルドガが弓での援護射撃の態勢に入った。ユーレイナは護衛ポジをキープ。


「雑魚は援護に任せて、『勇者』は牛頭を潰せ!」


 レーナの指示に含まれた『勇者』という言葉に、味方がざわめく。


 ミノ戦士の1体は門を目指し、もう1体は……。


 ……こっちに来たかー。総大将を見つけたんだろーな。いや、まさか、おれを見つけた? そんなことはねぇと思うけど、どうだろ?


 まっすぐ辺境伯を狙って巨大な斧を振りかぶっているミノ戦士に対して、おれはバッケングラーディアスの剣を握った。


 ガッギィィィンンッッ!!


 全力で振り下ろされる巨大な斧をバッケングラーディアスの剣で殴って弾く。


「レイ、あとは頼む」

「はいっ!」


 おれはそのまま、外壁の上からミノ戦士の顔面にドロップキックをぶち込みつつ、地上へと身を投げたのだった。





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