王家の運命(さだめ)(1)
勇者の血筋は魔王に狙われると、神殿の伝承では言われている。トリコロニアナ王家は勇者クオンの末であると伝えられている。
右眼部分の4分の1だけが透明になっている、不思議な仮面をつけたツノの魔族が向けてくる威圧的な視線に、全身が震えて汗が流れ出す恐怖を耐えながら。
こうなってしまったのも、全ては回復薬のせいか、と。
そうやって、誰かの、何かのせいにしなければ、わしは自分の心を守れなかったのかも、しれない。
回復薬はとても貴重なものだ。
何しろ、それを作ることができる人間は大陸に二人しかいなかったのだから。
スグワイア国のケーニヒストルータに一人、と。
我が国のメフィスタルニアに一人。
回復薬を作ることができる『薬師』の天職をもつ者は、大陸にたった二人しか、いなかった。
なぜそのように『薬師』が少ないのか。
そのことを、血統主義者の家系であるカリエンテラ家の娘が800年前に『聖女』となり、その血統主義的な思考による洗礼の制限が始められたことに原因があるのだと主張する学者はいた。だが、その学者もわしの祖父である二代前のトリコロニアナ国王イスカリオテ13世が3人の他国の『薬師』を暗殺したことが原因であるとは触れないぐらいには政治的配慮ができる存在だった。
その学者によれば、貴族の子弟中心の今の洗礼では、『薬師』の天職が神々によって授けられる可能性はほとんどない、ということだった。しかし、王族や貴族が権力を握り続けるためには、洗礼をできるだけこの階級で独占することはどう考えても必要だったのだ。
メフィスタルニアの『薬師』から生まれる回復薬は、トリコロニアナ王国の政略に必要な貴重な品だ。
辺境の防備に必要だとファーノース辺境伯は言うが、王家が求心力を維持しつつ、貴族たちの派閥の力を調整して君臨するために欠かせない貴重な品なのだ。簡単に渡せる物ではない。
実際の回復薬は、傷ついた兵士のケガを癒し、戦線に復帰させるぐらいのものだ。だが、使う機会もなければ見る機会もないものは、自然と大きな力があるように思われていく。まるで万病を癒す力があるかのように、回復薬というものは、世間ではそのように思われていたのだ。
だからこそ、貴族たちがこぞって手に入れたがる。実際に病気が治ることなど、ないというのに。これを飲んでも治らなければそれは不治の病であったのだと、そう言われるくらいに。
メフィスタルニアの商会から買い取る時は1本あたり5000マッセぐらいだが、貴族たちに融通する時には、10万マッセ、20万マッセの価値があるとされるような貴重なアクセサリーや魔法の道具が献上される。
王家の収入源としても、最高のものだったのだ。
回復薬をただの回復薬として使うつもりのファーノース辺境伯などに渡しておったのでは、その価値はなくなってしまう。
そういうことなのだ。
だが、メフィスタルニアが死霊によって陥ちた時から、全ては変わってしまった。
メフィスタルニア伯爵とトリコロニアナ王国は『薬師』を失い、そして、それはつまり、回復薬を失ったということだったのだ。
これで回復薬を作ることができる『薬師』は世界にたった一人だけ。
世界最大の経済都市であるケーニヒストルータにだけ存在することになった。
だから、わしは、メフィスタルニア伯爵の手に乗った。
スグワイア国のケーニヒストル侯爵に対して、強気の要求を突きつけるという、伯爵の考えた手に。
メフィスタルニア伯爵の嫡男であるエイフォン・ド・メフィスタルニアの婚約者として、メフィスタルニアに滞在していたケーニヒストル侯爵の孫娘ヴィクトリア・ド・フォルノーラル子爵令嬢に、メフィスタルニア死霊事件の責任を全て負わせる。
そして、子爵令嬢がこの事件を引き起こした主犯であるとして、巨額の賠償金、そして、ケーニヒストルータで作られる回復薬の融通を求めて訴えることを。
強気の外交交渉は、最初は突っぱねられたが、徐々に妥協点を見出す話し合いへと持ち込んでいった。
しかし、ある時点で、ケーニヒストル侯爵が、強気になって全面拒否の姿勢をとり、さらには孫娘の名誉を棄損されたとして、逆に賠償を求めてきたのだ。
最終交渉の場では、最大の交易都市を失ったトリコロニアナ王国としてはこのままではスグワイア国との戦争も辞さないという態度で臨んだのだ。
だが、逆に、メフィスタルニアを脱出していた伯爵の嫡男がケーニヒストルータで生存しており、本人とその護衛騎士や使用人も含めて、死霊事件の犯人がヤルツハイムル子爵であることを証言しており、さらにはそのヤルツハイムル子爵の身柄も生きたままケーニヒストル侯爵家が確保していることが明らかにされ、完全な敗北として交渉は終わった。
名誉棄損の賠償金5000万マッセはメフィスタルニア伯爵に支払わせた。当然だろう。
それからメフィスタルニア伯爵は、メフィスタルニアを取り戻そうと関係の深い貴族たちに助けを求め、多くの騎士を集めてメフィスタルニアの奪還を試みたが、全滅するという最悪の結果となった。
逆に、回復薬を融通しなかったことで互いの間に見えない壁があるような状態だったファーノース辺境伯は、ハラグロ商会という新興の商会と結びついて回復薬を手にするようになった。そして、その商会の回復薬は弟であるセルトレイリアヌ公爵やニールベランゲルン伯爵など、北方の貴族たちの手に渡るようになったのだ。
特に、ファーノース辺境伯には多くの回復薬が売られているようで、新年のあいさつで見た顔はこれがあの武骨者かと思うほどの満面の笑みだったのだ。
それならば王家もハラグロ商会から回復薬を買い取ろうと、王都トリコロールズにて出店準備をしていたハラグロ商会の番頭と王家直臣の文官が会談をもった。この文官が、王妃の縁者ということで、商会の番頭ごときと侮って辺境伯よりも安く売れと横柄な態度をとったことにより、ハラグロ商会との交渉は決裂した。
王妃の縁者を処刑して謝罪するという訳にもいかず、辺境の王子領へと左遷するにとどめる結果に。
ハラグロ商会との関係を改善することもできず、商会の番頭は河南へと去ってしまった。
ならばファーノース辺境伯に回復薬を融通させようと、王都へヤツが来る度に謁見させては話を持ちかけるが、冷たく断られる始末。こちらがずっと辺境伯の要求を聞き流してきたことが、このような形で返ってくるとは。
では、辺境伯にも利益があるように、最近養女にしたという娘を王子たちと婚約させて、辺境伯が王都などの中央でも影響力をもてるようにと画策したが、それも突っぱねられる。
こうなったら、と、新年の夜会にその養女を連れてくるよう辺境伯に命じて、直接王子たちに口説かせてしまえ、王子二人に口説かれればその養女もなびくだろうと考えたところ、夜会にあの武骨者がエスコートしてきたのはそれはそれは本当にたおやかで美しいまさに理想の美少女で、逆に王太子の方が本気で惚れてしまって、わしの弟セルトレイリアヌ公爵の娘との婚約を破棄してでも娶りたいと言い出し、今度はわしと弟の関係が悪化するという大問題となってしまう。しかも、辺境伯の養女の方は王子二人にこれっぽっちも見向きもしないという散々な夜会であった。
いったいわしはどの神の不興をかってしまったのかと呆然となりそうだった。
新たな難問は、洗礼によってもたらされた。
それは慶事であると同時に、まっすぐと伸びていたはずの糸をぐちゃぐちゃに絡ませてしまうような出来事でもあった。
二人の兄と異なり、無能、愚物と評されてきた第三王子が神々から『聖騎士』の天職を授かったのだ。そう。そのこと自体は慶事であった。慶事としか言えないことであった。通常なら。
第三王子は剣においてはその才能を光らせていたため、いずれは臣籍降下にて公爵位を与え、騎士団長にでもなればいいと考えていた。
それが『聖騎士』となったことで、突然、王位継承問題が発生したのだ。いや、本当は突然ではないのだろう。見えないところ、水面下での動きで、ずっと王位継承問題は進行していたのだ。
それが水底から浮上してきたのは、王太子の婚約破棄の噂からだったのかもしれない。美姫に心奪われ、将来の王妃としてもっともふさわしい婚約者を棄てようとしたのだ。気の迷いからただ口にしただけのことだったとしてもあまりにも軽率過ぎた。元々は回復薬を求めて辺境伯との関係を強化したいとわしが考えたことがきっかけではあった。これも回復薬からなのだ。
そこに、失った影響力を取り戻そうとするメフィスタルニア伯爵の動きが絡んできた。
勇者の末であるトリコロニアナの王となるのならば『聖騎士』がふさわしいではないか、という声があちこちから聞こえてくるようになる。
密かに第三王子派と呼ばれる貴族たちが結集していくようになり、王位継承問題は、王太子派、第二王子派、第三王子派という三つの貴族たちの新たな派閥闘争へと動き出しそうな状態だった。
元々、王党派、王弟派、中立派という派閥が貴族たちの中にはある。その派閥の形を残したままで、次代の国王を見据えて、元々の派閥と関係なく祭り上げようとする王子に近づき、新たな派閥を組み立てていく様は見苦しく、それにもかかわらずそれらの貴族たちの力がなければこの大国を動かすことができないという現実に、ため息ももれるというもの。
こういう時、明らかに王弟派の中心人物と目されておるのに王弟派とは名乗らずひたすら北方を固めて武威を誇り、幼き頃より剣に才を示した第三王子を好ましく思い、それが『聖騎士』となっても変わらないというファーノース辺境伯の武骨さが眩しく思える。
だが、貴族たちの蠢きを座して見ている訳にはいかない。宰相と示し合わせて、これをなんとか解消しようと動く。
武に傾倒していた第三王子は、武骨者である辺境伯からはどちらかといえば好印象を得ていたこともあり、辺境伯との関係をよくするためにもそれがよいと考え、例の美姫と第三王子との婚約を打診することになった。第三王子は『聖騎士』となったのだ。しかも、こちらは婿に出すつもりでの打診だ。いずれは公爵位も与えるつもりで。これなら辺境伯も動くだろうと宰相も考えていた。辺境伯の立場から考えても最高の政略婚だと言える。第三王子本人はなぜか辺境伯を苦手にしていたようだが、王子の婚姻に私的な感情は関係ないだろう。
メフィスタルニア伯爵と仲が悪いファーノース辺境伯だ。第三王子と辺境伯が縁づけば、第三王子派などというぽっと出の派閥など自然と消えていくだろう。これは、あの美姫と第三王子が婚約するかもしれないという噂が出ただけでも効果があった。それほどあの二人の伯爵の仲は悪い、ということでもある。宰相の狙いは確かだった。
ところが、ファーノース辺境伯はこの婚約の打診を一蹴する。
あやつは王家に対する配慮というものをどこかに忘れてしまったのだろうか。
下火になっていた第三王子派は、つまりメフィスタルニア伯爵は、これで勢いづく。この権力闘争が好きな伯爵が領都を失い、王都の屋敷にずっといるのは害悪なのではないかとわしは思うようになっていた。
第三王子が『聖騎士』となったことは慶事であるはずなのに、国内派閥の大問題となって、ますます第三王子は厄介者となっていく。
そのうち、スグワイア国のケーニヒストル侯爵の娘が『聖女』となったという情報がトリコロールズにもたらされた。
宰相は、今度はこれに目をつけたのだ。
ケーニヒストル侯爵との関係はメフィスタルニア死霊事件によって悪化しており、これも改善するべき懸念事項だった。
『聖騎士』と『聖女』の世紀の結婚。これほど大きな慶事はない。これが実現したら、第三王子をそのまま王太子としてしまえばいい、という考えを宰相から聞いた時は、最初は耳を疑った。宰相は第三王子を国王にしてしまい、臣籍降下させた第二王子に公爵位を与えて宰相に据えるという、まさに離れ業とも言える発想を示した。優秀な第二王子なら、国政を大きく誤ることなどない。また、第二王子が宰相なら、国王となった第三王子が出過ぎることもない。婚約破棄騒動で株を下げた王太子はセルトレイリアヌ公爵家に婿入りさせて、公爵家を継がせればよい、と。
第三王子が『聖女』を射止められなかった場合は、その責任を問うという形で王位継承権を放棄させて騎士団長にでもすればいい。もともと、王太子派と第二王子派の争いはずっと続いていたことだ、と。
そこまでの考えを聞くと納得できた。
それならそのように動こうかとしたところ、王太子派からの横槍が入った。
『聖女』を娶るのなら王太子である、と。『聖女』が王妃というのは、勇者の末であるトリコロニアナ王家としては最高の婚姻ではないか、と。
第三王子と『聖女』を結婚させるつもりだという宰相との秘策を口にする訳にもいかず、押し切られる形でケーニヒストル侯爵に対して、関係改善のためにもと『聖女』となった侯爵令嬢と王太子の婚約を打診することになった。王太子派には婚約破棄騒動の焦りがあったのだろう。そして、この婚約打診も、またわしと弟の関係を悪化させる結果となってしまうのだ。
ケーニヒストル侯爵は、すでに娘をスグワイア国の王妃としており、外戚として大きな力を握っている。もちろん、それだけでなく、領地経営においても、世界最大の経済都市ケーニヒストルータを中心に成功を収めている。
『聖女』となった侯爵令嬢をトリコロニアナ王国の王太子と結婚させることで、河南のスグワイア、河北のトリコロニアナという南北二大国の外戚となることができる。これほど価値のある政略婚もないだろうと、いい返事を期待していた。ケーニヒストル侯爵家との関係改善が実現すれば、ケーニヒストルータからの回復薬が手に入るかもしれないのだ。
だが、予想に反して、ケーニヒストル侯爵からの返事は拒絶。
メフィスタルニアでの一件は、こちらが考えるよりも大きく響いているのかもしれなかった。
宰相は、腹心の文官を侍従として第三王子につけると、さらにはファーノース辺境伯との交渉で老練な駆け引きを行い、見事に説得して、ファーノース騎士団の最強騎士を第三王子の護衛騎士として確保した。
そうして第三王子に『聖女』を手に入れるよう命じて、わしは第三王子をソルレラ神聖国の学園へと送り出したのだ。
口説けなければ、決闘をしてでも手に入れろ、と。
聖都から届く報告では、第三王子は聖女からまともに相手にされていないことが伝わってきた。
そもそも王位継承問題と貴族たちの派閥争いを解消するための一手だ。わしはそれほど期待していなかったし、宰相もそれほど乗り気には見えなかった。これはわしの油断であったが……。
ただ、聖女に関する報告には目を見張るものがあった。
夜空のような黒い髪なのに時折星のようなきらめきを感じさせる輝きを放ち、その強い意志の力をあらわすかのような黒い瞳にはどうあがいても吸い寄せられてしまう、と。なぜ殿下がこの方に本気で惚れてしまわないのかが理解できないという文官の報告に宰相が苦笑していたのはわしも思わず笑ってしまったほどだ。
だが、それだけの美姫であるだけでなく、王子とのやり取りからはっきりとわかる優秀な頭脳、学園内での聖女の振舞いと学生たちを掌握していく手腕。報告書で文字として書かれている文章の中の存在であるにもかかわらず、これほど王妃としての資質を持つ者など存在しないのではないかと思わせる、圧倒的な行動力。それだけの力を持つ者がさらに美姫であるというのは最高の資質でしかない。
いつしかわしはこの聖女を王妃にできるのであれば、第三王子を王位につけてもかまわないと心から思うようになっていた。
そして、その聖女から、第三王子の身分を廃して平民に落とし王国から追放することを条件に決闘を受けてもよいという返答が届いた。
最初はその決闘条件がよく理解できなかった。
なぜなら、第三王子の身分を廃することで聖女が得られる利益がどこにもないからだ。それでもこちらが想像もできない利益を手にするつもりなのだろうとは感じていたが、どちらかというと、とにかく第三王子を毛嫌いしていて、嫌がらせのような決闘条件でそれを遠回しに伝えている、と考える方が自然に思えた。第三王子がまるで害虫のように聖女様から嫌われているという、敬称の付け方がおかしいこれまでの文官の報告があったので、それが事実だと考えられた。あの文官は本当に優秀な宰相の腹心なのだろうかといらぬ心配までしたほどだ。
決闘をはっきりと断るためのおかしな決闘条件、という考えもすんなりと理解できた。聖女はトリコロニアナ王国に嫁することを望んではいないだろうという文官からの報告とも一致する。
だが、第三王子を廃することさえ飲み込むことができれば、決闘でこれほど王妃にふさわしい聖女が手に入るのだ。決闘などなかったことにせよ、とは言えなかった。
決闘をすれば、勝敗は必ず決する。そして、決闘仲介人に聖女は大神殿から枢機卿を引きずり出してきたのだ。決闘条件は必ず履行せねばならぬ。
わがトリコロニアナ王国のファーノース騎士団はソルレラ神聖国の聖騎士団と並んで、最強と名高い騎士団である。それも、騎士個人の力ではファーノース騎士団、騎士団としての力では聖騎士団と言われており、1対1での決闘ならばトリコロニアナ王国が負けることはない。しかも、第三王子の決闘代理人は王国の最強騎士と言われる男だ。聖女が聖騎士団の力を借りたとしても、負けることは考えられないだろう。
ひとつ、不安があるとすれば、噂に聞くケーニヒストル侯爵家の『竜殺し』である。聖女がケーニヒストル侯爵家の令嬢であるからには、その『竜殺し』が決闘代理人となる可能性は捨てきれない。そうなると王国の最強騎士とはいえ、必ず勝てるとは、言い切れないのだ。相手は竜を倒した男なのだから。
勝つか、負けるか、どちらに転ぶかわからぬ一手を打つというのは下策も下策。今は別に王国の存亡の危機ということもないのだ。この時はまさか王国存亡の危機がわしの在位中におとずれるなどとは思ってもいなかったのだから。
細かな決闘条件を見直していくと、それはそれは、徹底的に抜け道を潰して、第三王子が元の身分はもちろん、我が国では貴族籍にすら戻ることができないように内容を詰めてあった。どれだけあやつは聖女に嫌われたのだろうかと、これで決闘に勝ったとして、まともな夫婦としての生活は望めまいと、そんなことまで思った。それでも、この聖女を王妃に迎えた場合の価値は揺るがなかった。
宰相など、そこまで嫌われているのならば、聖女と第三王子は白い結婚として閨をともにさせないという決闘条件を加えて、第三王子が国王となったら公爵領を継ぐ予定の第一王子(現王太子)の子から養子を得て王子とし、王太子に育てればよいとまで言っていた。それはさすがに第三王子が可哀そうだとわしは思ったのだが……。
宰相はこの決闘を受けるべきだと強く主張していた。わしは決闘の勝利が確信できずに迷い、受けるかどうか、決断できなかった。
そこに、ケーニヒストルの『竜殺し』の話が届いた。
ケーニヒストルの『竜殺し』は偏屈者で、侯爵の命令でさえ、まともに聞かず、自分が好きなようにしか動かない、という。そして、侯爵領の西端にある辺境の領地で引きこもり、夏の領都での夜会に顔を出すことなどなく、自由に生きている変人であるという。
ケーニヒストル侯爵は『竜殺し』の扱いに苦慮しており、あの有名な影の侯爵と称される筆頭執事でさえ、『竜殺し』との駆け引きは困難だとこぼしていると。
「ケーニヒストルの『竜殺し』はおそらく動かぬでしょう。決闘は聖女本人からの返答であり、ケーニヒストル侯爵家からではございません。決闘の勝利は約束されたのです。陛下。ご決断を」
宰相が厳かにそう告げ、わしは決断した。
あの聖女を我が国へ。
その思いが、我が子を捨てさせることになるとも気づかずに。
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