アインの伝説(26)



「……わ、が……一、族の……奥、義を受、けて……立て、る、とは……ぐふっ、ぐぼっ……何を、したの、だ……」


 すでに倒れているビエンナーレが血を吐きながら問い掛けてくる。


 わざわざ敵に種明かしをしてやる必要はない。

 正直なところ、どうしてうまくいったのかは判明してない。

 おれが使った手札はふたつ。


 ひとつは2本の特上エクスポ。エクスポ……エクスポーションはHP、MP、SPを3つ同時に回復させるとともに、毒以外の状態異常を消し去ることができる回復アイテムだ。あの理不尽攻撃の衝撃波を受ける瞬間、両手に持っていたエクスポのふたをへしおって自分にかけた。


 もうひとつはデバフ解除ができる洗浄魔法の強力版、水の女神系支援魔法リソトギガンサクルテラクリンネス。これもギリギリのタイミングで、起句だけの詠唱省略で発動させて、洗浄のための水を生み出した。


 正直なところ、このどっちが機能して、ビエンナーレの理不尽攻撃によるスタンを無効にできたのかはわかんねぇんだけどな。わかんねぇんだけども。


 どっちにせよ、これで対処できると判明したし、今後、ビエンナーレは脅威じゃねぇってことだ。


 危険な賭けだったけど、結果オーライ。もーまんたい。


 おれが黙っていると、答えないのだとビエンナーレは判断したらしい。


「……ぐぶぅっ……く……ころ、す、が……いい……」


 ……イケメンを仮面で隠す最強敵キャラから、くっころ、頂きましたーっ。


 いや、別に、そんなくっころいらねぇし。需要あんのかよ? ねぇだろ? え? かけ算ならかなりあるんじゃねぇかって? そうなの? そういやそーゆー人気もあるキャラだったか?


 とにかく! …………だけどな。だけども。血だらけのビエンナーレを見下ろしていると、おれの中のどこかから、殺せ、と。殺せ殺せ、という声が聞こえてくる。そう。殺せ、と。


 あれから。

 あの戦いの日から。

 小川の村がめちゃくちゃになったあの日から。


 何度も、何度も、夢に見た。小川の村のみんなと、楽しく、楽しく過ごして、そして、最後に、みんな、死んでいく、そんな夢だ。


 頭の中に、胸の奥に、殺せ、と響く声がする。


 父ちゃん、母ちゃん、それに村のみんな……。コイツがやってきたことで死んでいった村の人たち……。


 あの夢を見て、夜中に目を覚ます度に、姉ちゃんが抱きしめてくれて、頭を何度も撫でて、そうやっておれが眠るまでずっと、ずっと……ああ、おれ、本当に、姉ちゃんに守られてた。守られてたんだな、ずっと。

 おれが守ってるつもりに、なってたけどな。なってたけども。おれは姉ちゃんに、心まで、守ってもらってたんだな……。


 最近は小川の村の夢を見ることもなくなって。

 それでも、どこかから、コイツを殺せという声が聞こえてくる。聞こえてくるんだよ。


 殺せ、なんて言われなくてもわかる。今なら、そう、とても簡単に。それこそ、息を吸うような、そんな簡単なことで、今ならコイツを殺せる。あっさりと。一瞬で。


 殺す理由はある。当然だ。あるに決まってる。ないワケがない。殺す理由なら、山手線の駅の数どころか、東海道本線の駅の数以上に思いつく。


 ………………でも、コイツには、コイツにはさ、でっかい、でーっかい、どでかすぎる借りも、あるんだ。あるんだよ。あるんだよ、な。


 あと、魔族の、ニンゲン嫌いな連中からコイツはどうやら敵視されてて、そっちから謀殺されるような立場らしいってのがあって。


 コイツをここで殺すよりも、魔族んとこに帰して、魔族ん中の火種はくすぶらせたまんまの方が、色々と得策だよな、っとか、そんなことも考えたりして。


 いや、全ては言い訳だ。言い訳なんだけどな。言い訳なんだけども。






 おれは、バッケングラーディアスの剣をストレージに収納すると、並ライポを1本取り出し、その銅のフタをへしおって、ビエンナーレに中の液体をぶっかけた。






「…………か、いふく、やく、だ、と……な、なに、を……ど、うし、て……」


「立てるようになったら、魔物を連れて王都を出て行け、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート」


 おれはビエンナーレに向かってそう言うと、背中を向けて倒れたままの姉ちゃんとリンネに近づいた。


 ここでデバフ解除して目覚めさせると、姉ちゃんたちはビエンナーレを殺すとか絶対に言い出すだろうから、このままでいい。


 右肩に姉ちゃんを、左肩にリンネを担ぎ上げる。本当はお姫さま抱っこであるべきシーンだろ? そうだと思うけどな? 思うんだけども! 二人同時は無理!


 二人を担いで、おれは再びビエンナーレを振り返った。


「………………アンタには、あん時、姉ちゃんを見逃してもらった借りがある。でも、これで借りは返した。もう貸し借りはなしだ」


 動けない身体で、まっすぐにおれを見上げる最強の敵の仮面の中の瞳。


「見逃してやるよ、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート」


 おれはそう言い残すと、リタウニングフルメンでフェルエラ村へと転移した。


 ビエンナーレが王都から本当に魔物を連れて出て行くかどうか、そんなとこまで責任を持つつもりはねぇしな。でも、アイツは、そういうとこ、なんか、キッチリしてそうな気はするけどな。気はするけども。なんとなく。


 ……あと、本当は姉ちゃんたちを担ぎ上げなくてもリタフルの転移はできるんだけどな。できるんだけども。


 だけどさ、うん。なんていうか、ちょっとくらいのご褒美はあってもいいだろ? 二人とも、あったかくてやわらけぇんだモン……。





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