アインの伝説(25)



「……なかなか楽しませてくれた。その礼として、命は取らず、見逃してやろう。強くなったらまた来るといい。期待している」


 おれたちを見下ろしているビエンナーレがそこまで言い終わると、糸の切れた操り人形のように、姉ちゃんとリンネがぱたりと倒れる。


 おれも同じタイミングでうつぶせになるように倒れていくが顔を横向きにして周囲が見えるようにした。


 ぴちゃんっ……。


「……………………く、はぁ、はぁ、はぁ……ん、水? …………壊れた壁か、天井から、漏れ出た、のか……?」


 ビエンナーレの息が荒い。そして、そのまま片膝をついた。


「ふぅ……くっ……はぁ、はぁ…………」


 さっきまで堂々と立っていたのは無理でもしていたのだろうか? 息遣いがずいぶんと苦しそうだ。いや別に、心配してやるつもりもないし、どうでもいいっちゃ、いいんだけどな。いいんだけども。


 そこに、足音が聞こえてくる。複数だ。2、3人くらいだろうか?


 この、元は大広間だった空間で、足音が止まる。


「…………頭の悪そうな大きな物音がしたと思ったら、アナタでしたかぁ、ゼノンゲート卿」

「スタッ、カーテッド……」


 ……『見逃し仮面』の知り合いかな?


「おやぁ? ずいぶん息がみだれてますねぇ?」

「何の、用だ……」


「副将たるワタシがやってきたのに何の用だとは相変わらずヒドいですねぇ……それよりも、この頭の悪そうな破壊具合は……水もあふれてますしねぇ?

 さすがに壊し過ぎではぁ?

 まぁ、肉体派のアナタなら戦うたびに滝のような汗を流しそうですけどねぇ。いつも汗臭いですからねぇ。

 フフフ……見たところ、古代神聖帝国の魔導施設との門をつなぐという噂の、ゼノンゲート家の奥義でもお使いになったんでしょうかねぇ?

 確か、十数年前に幼いアナタを助けるために姉君がお使いになったことがあったとかいう?」


 ………………古代神聖帝国? 魔導施設との門? あのどかーん、ばっこーんって理不尽なワザ、そんな裏設定があったのか? まさか、だから家名にゲートって付いてるとか言わないよな? あと、姉君? 姉君って言ったか?


 おれは視線だけを動かして、ビエンナーレと向き合っているヤツを確認する。


 ……っ! あの耳!


 耳が長く尖っている。ツノがある鬼族とともに、魔族における強い勢力を持つ存在、長耳族……まぁ、いわゆるファンタジーの定番、エルフだ。別にダークエルフってワケじゃなくて、フツーにエルフ。エロフではない。


 ツノのある魔族の鬼族とともに、魔族内に勢力を持つ長耳族。


 『レオン・ド・バラッドの伝説』では、長耳族……エルフはかつて人間に迫害されて山を越えた。もちろん鬼族も、だ。魔王軍は豊かな人間の暮らす大地を求めて攻めてくるのだ。


 ちなみに敵キャラ3強のうち、魔宰相カンタビレリは長耳族だ。いわゆる仲間を呼ぶタイプのボスキャラで、戦闘に際してモンスターを召喚する。召喚されるモンスターはランダムで、どいつが召喚されるかによって戦闘の難易度が変わるボスだ。意外と面倒な相手だったりする。


 ツノのある鬼族が高い物理戦闘力を有するのに対して、長耳族は魔法戦闘が得意なタイプが多い。もちろん、個々にはいろいろな才能を持った者がいるので、それは大まかな種族の特徴だと思ってほしい。


 そんな魔族のひとつ、長耳族の男が、オークウォリアーを2体従えて、ビエンナーレを見つめていた。


「確かぁ、その時はぁ、奥義を使った姉君はまともに動くこともできず、隠れていた暗殺者に殺されたんでしたねぇ? アナタはその姉君に助けられたというのにぃ?」


 …………ビエンナーレって、そうやってお姉さんにかばってもらった過去があんのか。しかもそのお姉さんは死んでる、と。

 そういう、なんかそんな感じの話も委員長が熱弁を振るってた気がする。唇とか胸元とかちらちら見てて話の内容はあんま覚えてなかったけどな。けども。


「何、が……言い、たい……」


「フフフ……小さな人間の村を密かに攻め滅ぼすにあたって、全てのレッサーデーモンを失い、自身も左目と左腕を失うという失態を見せたアナタが更迭され、前線を外されて5年。

 ワレワレが前線に出てニンゲンども攻め滅ぼすために動いてきましたが、少々時間がかかってしまい、宰相閣下もまだかまだかと矢の催促!

 そこにアナタが復帰して、間をとばしてこの王都を攻めるという電撃作戦を提案し、今、まさにそれを成功させようとしている。

 そんなことになったら、ワレワレの立場はどうなります?」


「そういう……こと、か……」


「この正義の戦いに反対したブラストレイト卿といい、混ざりもののアナタといい、ガイアララにも邪魔な者が多過ぎますからねぇ?

 ブラストレイト卿が反対しなければ、宣戦布告などという面倒な手間を取らずにあっという間に攻め落としてやったものを!

 ……まぁ、そのブラストレイト卿も今頃は白亜の塔に幽閉されてますしねぇ。

 ああ、北の戦線も心配はいりませんよぉ。

 地方領主が国王に逆らってまで守っている宝物があるとわかったので、それをうまく使って攻め滅ぼす知的な作戦を立案しましたからねぇ?

 アナタのような全てを殴って解決するような強引な作戦ではなく、知的なねぇ?

 そして、アナタは……」


 にやり、と笑う長耳族。エルフは美形が多いイメージだけど、めっちゃ醜い笑いだった。


「……ニンゲンごときに再び敗れて不名誉な戦死、という形がいいでしょうねぇ?

 王都を落とした戦功は副将のワタシがきちんと頂いておきますので、フフフ」


 あー、うん。そーか、そーだね。魔族ん中も、けっこーモメてんだな。

 そんでコイツはビエンナーレをここで殺して、手柄を横取りしよう、と。そういうことですか。そうですか。

 いや、ていうか、ビエンナーレ、おれとやりあってから責任をとらされて更迭されてた? そんで今回が復帰戦?

 だから最初にそんなことをぽつりと言ってたのか? 因縁、とか……。


 あれ? ひょっとして、魔族の侵攻が、ゲームとかアニメよりも遅れてたのって、まさ、か? え? 嘘だろ?

 それって、最強の男、ビエンナーレが更迭されて前線を外れたから、とか、言わないよな? 言わないよね? そんなことないよね? な・い・よ・ね?


「さあ、立ち上がれるほど息が整う前に、死んで頂きましょうかねぇ……やっておしまいなさい」


 長耳族の男があごをしゃくると、オークウォリアーがぴちゃん、ぴちゃんと水たまりの上を走り抜けてビエンナーレへと近づいていく。


 そして、大剣を振るって、動けないビエンナーレを斬りつけていく。


「ぐぅ……くはっ……あ、ね……うえ……」


 ビエンナーレは動けない。

 本当にあの奥義を使った後は動けなくなるんだろう。一時的なことなのかもしれないけど、今は動けない。動けなくなるから、おれたちがスタンする前に「見逃してやる」と言ってそれをごまかしてんのかもしれないな。

 そんで今はオークウォリアーにやられ放題だ。


「あね、うえ……ぐぶぅっ……すみ、ま……っう……せん……」


 ……ビエンナーレはやっかいな敵だ。

 そんなビエンナーレがここで殺されるんなら、戦ってる人間側としては問題ない。もーまんたいだ。

 もーまんたいというか、ありがたい。感謝しなきゃいけないくらいのサービスだ。大サービスだ。半額値引きどころじゃねぇ。


「あ、ね……う……」


 うん、そうだな。そうなんだよ。敵だからな。敵なんだよ。こいつは。


 ………………だけどな。だけども。そうなんだけどさ。それはわかっちゃいるんだけどな。わかってんだよ。本当はちゃんとわかってんだって。


 だからって!


 昔、命がけで助けてくれた自分のお姉さんのことを思い出しながら死んでいく一人の弟を見捨てるなんて、できねぇだろぅがよぅ……。


「レラソ、レラセ……」


 おれは最初に月の女神系回復魔法を姉ちゃんとリンネに飛ばしてからむっくりと上半身を起こす。


 いや、だって、HP1でスタンしてる姉ちゃんとリンネに何かされたら困るだろ? だからこれは最優先だ。


「な、何……」


 長耳族の男が驚愕に目を見開く。おれが動いたのがそんなにびっくりすることか?


「ララソ、ララセ……」


 続けて、闇の女神系回復魔法スキルという名の攻撃魔法でオークウォリアーを狙う。


 大剣を振り回していたオークウォリアーがビクンっと痙攣したかと思うと、そこから黒い何かが一気に漏れ出て、黒から灰色、灰色から白へと色を変化させ、おれの中へと吸い込まれていく。


 そして、オークウォリアーがエフェクトとともに消滅したタイミングで、おれは立ち上がる。

 エナジードレインでHPが回復しました。はい。

 姉ちゃんたちがスタンで意識がなかったからな。これ、使えたらマジで楽だよな、うん。普段は禁呪扱いだけどな、これ。


「ニンゲンが闇魔法だとっ……?」


 長耳族の男がおれに向かって警戒心をあらわにして身構える。このニンゲンって言い方、侮蔑的だよな、マジで。悪意しか感じねぇな。ま、そういう歴史があるからなんだろうけどな。なんだろうけども。


 もちろん、ここで後手に入るような馬鹿な真似はしない。もう、だいたい手に入れたい情報は頂いたのだ。遠慮はいらない。


「ララセイレン」

「そん……、…………、………………」


 長耳族の男が口を動かすが、音が出てこない。


 闇の女神系阻害魔法神級スキル・ララセイレンは、沈黙デバフだ。


 レベル34の、『風の魔法使い』スタッカーテッド・ド・バルツシルト、149歳……さすがは長耳族のエルフさん、長生きだ。それでもこんくらいだと若手なんだろうけどな。


 で、魔法を封じられて、できること、あるかな?


 おれはタッパ操作でバッケングラーディアスの剣を装備しつつ、副将を名乗るエルフさんに詰め寄る。


 副将エルフさんは身を翻して逃げようと動く。


 ……おいおい。てめぇがバカにして見下してるニンゲンって種族の騎士たちは、ビエンナーレを相手に背中を見せたような死に方はしてなかったぞ?


 スラッシュからトライデル、カッターで、短い技後硬直とエルフさんのノックバックのタイミングを合わせてさらにランツェをぶちかます。連続技『サワタリ・クワドラプル』だ。


 ランツェのノックバックからもう一度スラッシュにつなげて二度目のクワドラプルに入る。


 だが、トライデルの時点で、クールタイムの技後硬直が発生し、エルフさんが倒れていく。


「…………、……、…………」


 何か、口を動かしてるんだけどな。動かしてるんだけども。


 沈黙デバフのせいで何を言ってんのか、わかんねぇー? マジわかんねぇー? いや、これ、どうなんかな? 断末魔のセリフが沈黙デバフで出てこないって、絵面としちゃ、最悪の部類か?


「……、……、……」


 倒れたエルフさんが、目を見開いたまま、その動きを停止した。


 逆におれは技後硬直が解けて、動けるようになった。


 死体蹴りはよくねぇとは思うけど、足蹴にしてエルフさんの体をごろんと仰向けにする。鑑定してみるけど、もうキャラ情報が出ない。返事がないどうやらしかばねのようだ、うむ。


 確か、名前はスタッカーなんとか・ド・かんとかほんとか。名前を聞いたこともない、たぶんゲームとかには出てこない敵キャラだ。

 タッパのログを見れば正しい名前ぐらいはわかるけど、コイツはまあどうでもいい。なんか気分の悪い感じのヤツだしな。


 おれはスタなんとかから首飾りやイヤリングをはぎ取ってから、虫の息となっているビエンナーレに向き直った。





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