聖女の伝説(47)
ダンス練習の練習量が尋常じゃなく行われていて良かったと思う。
そうでなかったら、途中から踊れなくなっていただろうと、考えられる状態だったワケで。
……途中から意識が飛んだからな! 完全に上の空だよ!
前世も合わせて人生初の告白っっっ……なのかどうか、今でも確信はないんだけどな? 確信はないんだけども!?
しかもクレープ屋で初めて会った時からって!? 変だろ!?
あん時は別に何もないだろうに? ええと、あん時は、わざと姉ちゃんを押してぶつけて、それを謝罪して、その後の誘いを断った、そんだけじゃん! どこに惚れる要素が!?
いやいやいや、あの状況のメフィスタルニアから助け出したんだからな、そりゃ、命の恩人で同じ年頃というか同い年の男の子なんだから、ある程度好意を得ているだろうとは思ってたよ? 思ってたけどな?
あ、期待はしてないぞ? そういう過度の期待は前世の反省だ、前世の反省、もはや半生を反省みたいなレベルだな?
まるで「ディー」には生きてる価値がないかのようだ!? なんでだ? 「ディー」にも人権を! ディン権! なんだそりゃ?
……いや、あのままだったらヴィクトリアさんはゴーストになっちまう予定だったろうし、それを助けようと自ら意欲的に行動したし、そういう相手に、危機から救ってくれた相手に女の子が惚れちゃうってのは、物語的にもあり得る感じはしなくもないとは思うけど! 思うけども! でもおれだぞ? それっておれのことだぞ?
そもそもヴィクトリアさんって姉ちゃんべったりだったじゃん! おれとしゃべるっていうか、ほとんど姉ちゃんとしゃべってたよな? おれとの絡みって、なんか、おれが企んでる場面しかなかったような気がするんだけどさ……。
今は、ダンスを終えて、姉ちゃんとヴィクトリアさんの弾除けとして傍に控えているんだけど。
周囲は少年少女の集団化だよ、これ。子どもの集団って、ある意味超怖いんだけど?
侯爵との関係をもっと深めたい親たちが送り込んだある意味で刺客なんだろうけどな! こいつらも刺客!
おれたちの周囲には人垣ができてて、その向こうでは、音楽が流れて、いろんな人たちが踊ってる。
でもおれたちの近くには、開始前から声をかけていたなんちゃら子爵令嬢とか、なんちゃら男爵令嬢とか、中には伯爵令嬢も一人いたりして! 誰も踊りに注目してねぇ!
姉ちゃんもヴィクトリアさんも、男の子たちからのダンスの誘いは「お義父さまから踊る相手は決められてますの」とか「お義父さまはダンスの相手は一人だけだとおっしゃってたわ」とかで、はっきり拒絶しているので、それが繰り返される度に少年たちからの視線がおれに刺さるし? 誰だ、こいつ、みたいな感じでさ?
いや、それは別にいいんだけど、もともと弾除けだから! 姉ちゃんとヴィクトリアさんの弾除けになるのはいいんだけども!
おれと姉ちゃんの顔見て話しかけるのをやめた人がいてさ、あれ、この人、ちょっと見たことある顔だよな、と思ったら、騎士団の人だった。
どっかの子爵令息らしい。騎士団所属ってことは、ついこないだ、何度もぼこったはずだしな。話しかけようと思って勇気が出なかったんだろうか……。
しかも、女の子たちがさ、話しかけるのにも話題だって限界があるから、無理矢理にでも話題を増やそうと思ったのか……。
「先ほどのダンスはとても素敵でございました。あの、わたくしとも踊って頂けないでしょうか?」
「実は、これが初めての夜会で……ダンスは上手な方と踊った方がよいと母に言われておりまして……」
「ぜひ、わたくしと一曲、踊ってくださいませんこと?」
そんな感じで、なんでかおれにご令嬢たちからのダンスのお誘いが!? どいつもこいつも年齢はおれたちくらいなんだよ! このままじゃおれもイエスロリータ猛タッチだよ!?
あれか? これはあれか? 将を射んとすればまず馬から、みたいな!? おれは馬か? 踊れる馬か? ダンスインザダークとかか?
そんな扱いなのか! それとも男兄弟のためにおれを引き離す作戦なのか?
そういうのもあるのか? なんかありそうだよな? そうでなきゃおれと踊るとかあり得ねぇだろ? ダンスだぞ? あのぴったり密着だぞ? ろくに知らない男と手をつないで腰を抱かれるとかねぇだろ?
おれの常識が間違ってる可能性は否定できねぇけど、そんなことになったらドキドキが炸裂の爆裂で猛烈だよ!
「……アインさまは私とお義姉さまの護衛でもありますの。私たちから離れる訳にはいきませんの。ごめんなさいね」
そんなご令嬢たちをヴィクトリアさんはそう言ってシャットアウト! ぴしゃん! って感じで有無を言わせずお断わりだよ!? もう完全なる門前払いの出足払いだっだね!?
さっきの告白がなかったら、これを変な感じに受け止めたりはしないんだけどさ……。
次々とおれに対するダンスの誘いをヴィクトリアさんが護衛を理由に断っていくので、そのことでおれが首をかしげていると……。
「……アインさまはわたくしを守り通すと誓ってくださったんですの。あのメフィスタルニアで」
きゃあっ、とご令嬢たちから華やいだ声が広がる。
……そんなことは言ってないと思うけど、あれ? なんか似たようなことはあったような気もしないでもないような? あれれ? どうだったっけ?
メフィスタルニアが滅んだことはもうかなり話が広まっている。そのまま男の子も含めて話題が死霊に支配されたメフィスタルニアのことに流れていく中で、記憶をたどる。実際は男の子たちが話題を恋愛からそらしたかっただけかもしんないけどな……。
ええと、ヴィクトリアさんとはそもそもそんなにメフィスタルニアでは話をしてないと思うけど、守り通すってキーワードはものすごく記憶にある。確かに。あるな、間違いなく記憶してるぞ?
なんだったっけな……あ。
おじいちゃん執事との護衛契約か。あれだな。
ヴィクトリアさんを守り通すには、エイフォンくんまで助けて、真犯人も捕まえないと、みたいな話になったっけ……って、あれ? あれはあくまでも護衛契約として、守り通すって話だよな?
「君を守り通す、必ず」
これ、そうでなければまるでプロポーズのセリフじゃん! いや、言ってないけどな! そんなことは一言も言ってないけども!
そもそもおれが言ったんじゃねぇ! おじいちゃん執事にハメられたはず! 守り通すって言ったのおじいちゃん執事の方じゃん! おれ、最初は確か、気づいてなくて、女騎士二人に確認して指摘されたからな!
いや、内容はそろってるけどな? 確かに契約では守り通すって話だったし、契約なんだから誓ったのは間違いないしさ?
あれ? うまいこと事実をそろえてるような気が? 本質がずれてるけど事実はあるような?
これ、おれ、ヴィクトリアさんにハメられてないか……?
え?
……てことは、ヴィクトリアさん、マジでおれと婚約したいの?
なんで!? 意味わかんねぇんだけど!? なんでだ!?
「フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー! 前へ!」
「へっ……?」
混乱した頭でいろいろと考えがループしていたら、大きな声で名前を呼ばれた。
さっと周囲を見回すと、ヴィクトリアさんが微笑み、姉ちゃんもうなずいている。そして、二人が進め出るように手で指し示す。
……そういえば、この夜会は、おれ自身のお披露目の場でもあったんだった。
そういう話だったと思い出して、前へと進み出る。
さっき踊った少年か、とそこらここらで言われているのが聞こえる。どうやら踊った姿は覚えてくれていたらしい。
他にも呼ばれた人たちが、横並びに並んで立ち、その前にシルバーダンディが歩いてきて、立ち止まると同時に、おれも含めて、みんなひざまずいた。
「ヨーステン・ド・インテグレン! タイリ川の治水工事を進め、今年の春はついに洪水は起きなかったと報告があった。王都からも、国王陛下から直々に……」
一人一人、夜会のメンバーの前で、名前と功績が紹介されていく。ケーニヒストル侯爵派閥の論功行賞だ。
歓声が上がったり、拍手がされたり、なんとなくいい感じだな。
「レーゲンファイファー子爵子息、フェルエアイン・ド・レーゲンファイファー! そなたは義父に命じられた修行の旅において、我が最愛の孫にして、今は我が娘となったヴィクトリアをメフィスタルニアにあふれた死霊から守り、救い出し、このケーニヒストルまで無事に連れ帰った! メフィスタルニアの騎士団を崩壊させた脅威をはねのけたその武勇! ここに称える! 男爵位とともに領地を与え、我が侯爵家の永遠の友人として遇する!」
……会場がどよめいていた。さっきの少女たちは黄色い声を上げている。たぶん、やっばり本当だったんですのね、とか言ってんだろうな。ひょっとすると、男爵ですって、とかかも。
大人たちはどっちかというと、どっからどう見てもまだ少年でしかないおれがシルバーダンディからこうやって誉められちゃってるのが驚きなんだと思うけどな。内容が武勇だし。
「そして、先日着任した領地フェルエラにおいて、そこにあらわれ、村人を襲った飛竜と戦い、見事に討ち果たしたこと、ここに『竜殺し』の証として竜の牙、竜の爪を捧げしこと、伝承の勇者シオン並びに勇者クオンにならいて、『竜殺し』フェルエアイン・ド・レーゲンファイファーに子爵位を与えるものとする!」
さっきまでのどよめきが一瞬で消えて、会場のダンスホールに沈黙が落ちた。
ちらりと見ると、シルバーダンディがちょっと苛立ってる感じに見えた。
「称えよ! 拍手を! 我が領内に英雄が誕生したのだ!」
そこまでシルバーダンディが言って、ようやくざわめきが戻り、拍手の音が響き始めた。
……これはたぶん、『竜殺し』の事実が信じられないって、ことなんだろうなぁ。
「すまないね、アイン。うまく伝えられなかったようだ」
ひざまずいたままなので、何と答えたものか、と思ったんだけど……。
「ふぅ……騎士団長! 新たなレーゲンファイファー子爵の実力はいかに!」
「はっ! 私が10度手合わせしたところ、瞬く間に10度、急所に剣を突きつけられた次第にございます! 閣下!」
……このおっさん、なんで自分の恥を会場全部に聞こえるような大声で叫んでんだよ?
「騎士団員が訓練にて挑みましたところ! 3日間で一度たりとも、触れることすらできず! それどころか剣を抜かせることすらできずに全員が意識を奪われました! ご子息を預けておる方は確認されるがよい!」
いや、それ、事実だけど! 確かに事実だけどな! 事実なんだけども!
何人かこの場にいるはずの、騎士団員でもある貴族令息たちの立場がなくなるだろ!?
「レーゲンファイファー子爵は恐るべき『竜殺し』の実力者である! レーゲンファイファー子爵の実力を疑う者は我々騎士団に挑んでみるがいい! 我々がその者の実力とレーゲンファイファー子爵の実力とを比較してみせる!」
ざわざわと顔を見合わせる来場者たち。
シルバーダンディが論功行賞で前に出た全員を立たせて、元へと戻らせる。
なんか、最後は微妙な感じになってしまった。
別におれのせいじゃねぇけど、心が痛い……。
ひそひそと、本当なのか、とか、成り上がり者が、とか、あんな子どもがまさか、とか、あの~、みんな聞こえてんすけど? わざとですよね? わざとじゃないなら、もう少し小さな声でお願いしますね。全部聞こえてますからね……。
まあ、あとは歓談したり、踊ったりしながら、侯爵閣下が退席されたら、いい感じのタイミングでみんな帰るだけなんだけどな。だから、歓談にはちょうどいい話題を提供したといえば、そうなんだけども。そうなんだけども……。
戻っていくと、進み出たヴィクトリアさんにすっと腕をとられた。
「いつの間に飛竜を退治なさったんですの? そのお話はまだ聞いておりませんの」
「ああ、ええと、領地に着いた日に、たまたまですけどね……」
「着任のその日に? そんなことがあるんですの?」
「あったんですね、そんなことが……」
そこからは少年少女に囲まれて、あれやこれやの質問タイムだ。
うっかり目を離したもんだから、姉ちゃんがいないことに気づくのが遅れた。
「……ヴィクトリアさま? 姉上が見当たりませんが?」
「……リア、ですの。もう。イエナお義姉さまは先程、男性に話しかけられて、お庭の方へ」
「えっ?」
「アインさま? イエナお義姉さまに護衛はいらないと、いつもおっしゃっていたのではないんですの?」
「いや、それは、そうなんですけどね……」
いつの間にか姉ちゃんが男に連れ出されてるっっ!?
嫌な予感しかしねぇぇっっっ!?
「ぎゃうぐっっ・・・・・・・・・」
そんな、何とも言えない、悲鳴のような何かが、夜会の会場の多くの者の耳に、はっきりと届いたのは気のせいではなかった。
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