聖女の伝説(46)



 6日後の昼ごろ、つまり今日の昼ごろだけど、おじいちゃん執事からの言伝で、騎士団のメフィスタルニア遠征の話が消えてなくなったと知らせが入った。


 いろいろとお断りしたから、少しでもシルバーダンディの役に立てて良かったと思う。


 いやあ、安心した。


 ……というのは現実逃避でもある。


「リア、あきらめて」

「でも、イエナお義姉さま……」


 今、おれの両サイドは姉ちゃんとヴィクトリアさんに固められている。


 おれの目の前では、困った顔をしたフォルノーラル子爵さま。ヴィクトリアさんの実父で、姉ちゃんの元養父の一人。正確には三人目の元養父だ。


 困っているのは、ヴィクトリアさんが夜会のエスコート役はおれがいいと言い出したから。


 おれは姉ちゃんをエスコートするって決まってたんだけどな?


「アインさまに二人そろってエスコートして頂いて、お父さまは少し後ろを付いて歩けばいいと思うんですの」

「リア……」


 とっても悲しそうな表情のフォルノーラル子爵。その表情を隠せないから跡をまだ継がせられないとか言われていたような記憶がある。シルバーダンディに……。


 たぶん、娘の前じゃなければ、ちゃんとできてるんだろうとは思うけどな。


 そもそもヴィクトリアさんは姉ちゃんのエスコートを誰がするのか聞いてなかったらしい。


 それで、夜会の前に姉ちゃんの屋敷まで立ち寄って、エスコート役は決まっているのか、大丈夫なのか、おじいさまがエスコート役ではないのか、などと心配してくれたんだけど……。


 ……おれが姉ちゃんのエスコート役だと知った途端にふくれたのだ。


 なんで? そこ、ふくれるところか?


「お父さまのエスコートなんて、完全に子ども扱いですもの!」


 だって子どもじゃん! まるっきり! しかも実子でしょうが!


「イエナお義姉さまのエスコート役がお父さまなら、元義父との親密さが示せますもの」

「私は実弟との深いつながりを示さないといけないわ。これから先のためにも」


 そんなこんなで、左腕を姉ちゃん、右腕をヴィクトリアさんに奪われたおれは、困り顔のフォルノーラル子爵と見つめ合っている。


 姉ちゃんも、ヴィクトリアさんも、譲る気配はない。


 二人のドレスは、義姉妹の親密さを示すために、色を揃えたものだ。

 姉ちゃんは上から濃い青で下へと少しずつ薄くなっていくグラデーション。

 ヴィクトリアさんはその逆で、上から薄い青で下へと少しずつ濃くなっていくグラデーション。


 ハラグロ商会提供のドレスだ。かなり珍しい青でのドレスらしい。貴重な物なんだと。


 侯爵家の力を示すためにも、今までにない物を、とかなんとか言われて、ハラグロ商会に一声かけたらすぐに準備してくれた。


 うちの村で獲れた、というかウチの村の里山にあるダンジョンで獲れたアオヤギのドロップである青の毛糸を使って作られたドレスらしい。もう全然毛糸感ないけどな? シルクじゃねぇの、これ?


 仲が良いとアピールする場が始まる前に、なんでこの二人は争うかな?


 ふぅ、とため息を吐いた子爵さま。


「アインくん。すまないが、二人をエスコートしてもらってもいいかい? 私は後ろからできるだけにこやかに付いて歩くよ。ああ、馬車は大きいのに変えて1台に乗り合わせて行くとしようか」


 苦笑としか言えそうにない笑いを浮かべながら、子爵さまはそう言った。






 そういう訳で、おれは姉ちゃんとヴィクトリアさんという両手に花状態でパーティー会場である侯爵家本邸のめっちゃ広いダンスホールに突入した。後ろにフォルノーラル子爵を付き人のように従えて、だ。振り返ることはできないので、何とも言いようがないんだけど、本当に子爵さまってば、笑えてるんだろうか?


 しかも、寄子のみなさんが入ってくる出入り口側ではなくて、主人であるシルバーダンディたちが出てくる中の方の扉からだな!


 まるで主役級の扱いだな! 実感ないけどな! ないけども!


 ちなみに馬車の中でもおれの両サイドはこの状態で向かいに座った子爵さまの横に申し訳なさそうにメイドのセリアが一人、控えてたからな!


 二人が入ると、会場が一気にざわついた。


 美少女と新しい青のドレス。


 ご婦人方が騒然となっている。グラデーションなんて、かなり斬新なことだったらしい。ちょっとした思いつきで口にしただけだったのに。


 すぐに子爵さまは、貴族たちに囲まれて挨拶を受けていたので、娘をエスコートしてるかどうかは関係なかったらしい。


 本当は重要なのかもしれないけどな。


 おれたちのところは、なんかちらちら見てくる少女たちと、じろじろ見ている奥様方が、近寄ってきそうで、近寄ってこない。


 そんな中で、白髪紳士がやはり白髪交じりの奥さまを伴って、おれたちの前までやってきた。


 覚えてます。この人。

 白髪紳士はレーゲンファイファー子爵……つまり、おれの義父だ。


「義父上、ご無沙汰いたしております。フェルエアインにございます。それと……」


 たぶん、義母上なんだけどね、初対面だからね?


「まあ、フェルエアイン。この義母よりも先にこの人に声をかけるなんてさみしいこと。でも、元気そうで良かったわ。領地は大変ではなくて?」


 あ、やっぱり義母上でございましたか、わかりました。ありがとうございます。


「領地は、優秀な文官を執事にして頂いたので、なんとか……」

「それよりも、そちらの美しいお嬢さまを紹介してくださいな。我が子がこんな美しいレディを姉とともに連れているなんて、嬉しいけれど少し心配だわ」


 心配かけて申し訳ありません。おれのせいじゃねぇんだけどな。ごめんなさい。本当にすみません。たぶん、聞いていた話とちがうんだろうな……。


「こちらはヴィクトリアさまです。ケーニヒストル侯爵閣下の……」

「まあ、ヴィクトリアさまでございましたか! お初にお目にかかります。フェルエアインの義母、スカーリアラ・ド・レーゲンファイファーにございます」


「ヴィクトリア・ド・ケーニヒストルです。今日は、フェルエアインさまをお借りしておりますの」

「ええ、かまいませんとも。これからもよろしくお願いしますわ」


 そうやって義理父、義理母とあいさつを交わし、ちょっとだけ歓談すると、そこからは次々にいろいろな人があいさつにやってきた。


 もうあいさつの嵐だ。

 あいさつ、あいさつ、あいさつ、あいさつ……。


 さすがに全部は覚えきれねぇぇぇぇっっ!


 ていうか、どっちでもいいから、どっちか手を離してくんないかな? ある意味初めて姉ちゃんと離れたいと思ったかもしんない。


 あいさつの後は二人の上下の変化をつけたお揃いの青いドレスの話題だ。


 同年代のお嬢さま方が寄ってきて、名乗ってはドレスを誉めていく。気持ち悪いほど誉めていく。


「ハラグロ商会が特別にあつらえてくださったわ。この色、素敵でしょう? なかなか手に入らない青だと聞いてるわ」


 姉ちゃんがハラグロ商会を宣伝してます、はい。もちろん、ヴィクトリアさんも。今、姉ちゃんの方に4人、ヴィクトリアさんの方に3人のお嬢さまがいて、その外側にはもっとたくさんのお嬢さまたちが囲んでいて、おれたちは完全に包囲殲滅されそうな状態だからな! 逃げられねぇ!?


 出来るなら話してる間に離してほしいんだけど、女の子たちに囲まれたらさっきよりも腕を握る力が強くなったんですけど? まるで絶対に離しませんとでも言わんばかりに!? なんで?


 シルバーダンディが大奥様を伴って入場するまで、お嬢さまたちの攻勢はやみませんでしたよ。






 シルバーダンディがあいさつの言葉を述べて、夜会は本格的にスタート。


 年寄りのダンスではなく、若くて華があるダンスを見せよう、とかなんとか言いやがって、我が娘を紹介する、と笑顔で言った侯爵。


 紹介された姉ちゃんが進み出て、一時的におれの腕を離す。


 でも、紹介したらすぐ音楽が始まり、姉ちゃんが手を伸ばすので今度はヴィクトリアさんがおれの腕を離して、おれは姉ちゃんに近づいてその手を取り、腰を抱いて、踊る。


 くるくる、くるくる、くるくる踊る。


 しかも、目立つ。

 この広い会場で、今はおれと姉ちゃんだけに注目が集まっている。


 ひたすら練習は繰り返したし、ステ値のこともあって、ダンスには何の問題もない。どっちかっつーとダンス経験自体は上のヴィクトリアさんよりも姉ちゃんとのペアの方がうまく踊れるくらいだ。


 踊り終えると、一礼してヴィクトリアさんのところへ二人で移動する。


「姉ちゃん、おれ以外と踊っちゃダメだからな」

「わかってるわ、もちろん」


 二人とも前を見たまま、目を合わさずに言葉を交わす。


 続いて、シルバーダンディはヴィクトリアさんを紹介し、再び音楽が流れて、銀髪紅眼の美少女の手がおれの方へと伸ばされる。


 姉ちゃんにそっと背中を押されて、おれは進み出ると、今度はヴィクトリアさんの手をとって腰を抱き寄せ、再び踊り始める。


 踊りながら見ていたけど、じわじわと男どもが姉ちゃんの方へと位置を変えつつ近づいていってるのが見えた。くそう、このウジムシどもめ!


 まだ紹介された侯爵令嬢妹バージョンのお披露目ダンス中だから声はかけられないけど、終わったらすぐ声をかけられるポジション争いが激しい! 目線はこっち、足は姉ちゃんの方へって、おまえらはカニか!?


「アインさま。踊る間は私を見てくださいませ。さみしいですの」

「あ、ごめんなさい、ヴィクトリアさま」


「リア、です」

「え?」


「いつになったら、リア、と呼んでくださいますの? もうアインさまは男爵位を受けておられますのに」

「ええっと……」


 愛称で呼ぶのに爵位って関係なかったよな、確か……?


 ぐいっとヴィクトリアさんはおれに身体を寄せて、まだぺったんなショーロンポーになりかけのふたつを押し付けてくる。ていうか、完全に頬はおれの胸にうずめてますよね!? 練習よりもはるかにくっついてんですけど!?


「おじい……お義父さまからの婚約の申し出も断られたとか? どうして受けてくださらないんですの?」

「あ、あれは……」


 シルバーダンディのちょっとした冗談だろ? ダンディジョークだろ? 場を和ませるためだというか、そんな感じの?


「……メフィスタルニアでアインさまに命を救われて……いえ。あのクレープ屋でお会いした時から、ずっと……お慕いしておりますのに……」


 ………………って、ええええええっっっっ!!!





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