聖女の伝説(45)
おれはまっすぐにおじいちゃん執事を見つめて言った。
「それで、内密の話というのは?」
「ふたつ、あります。ひとつは、回復薬の取引に関することです。先日、ハラグロ商会とは関係改善できなくとも、回復薬の取引はできるとアインさまはおっしゃいました。そのことについて、確認させて頂きたく……」
「ああ、あれはガイウス氏と話している時に……」
おじいちゃん執事がはっきりとわかる状態で目を細めた。珍しい。顔には出さない人なのに。
「何か?」
「いえ……ガイウス殿はソルレラ神聖国にいるはずですので、いつ、アインさまとお話をされたのだろうかと……」
……うぇーい! しまったーーっっ! そうでしたそうでした! うっかりだよ!
「……フェルエラ村に出立する前に、会いましたが? 私と姉上を見送りにも来てくれましたよ?」
強引だけど、かなり前に会っていた時の話ということにするしかねぇよな。
「……そのように以前から、回復薬についての話が出ていたのですか。ガイウス氏はどこまで先のことを見ていたのでしょうか?」
「あの人は本当にすごい人ですから」
うん。ガイウスさんスーパー番頭説ということでごまかそう! 実際すごいし! そんくらい話を盛っても不自然じゃねぇくらいにはマジですんげぇし!
「それで、取引は、ケーニヒストルータのハラグロ商会にもちかければできるのでしょうか? これまでは番頭のガイウス殿でなければ答えられないという回答だったのですが?」
「……ガイウス氏からそのうち指示がでるのだろうと思いますが、大河の南側、河南にハラグロ商会は河南本店という店舗を設けるそうです」
「ほう、それは……おめでたいことです。祝いを送ることで関係改善につなげられます」
「まあ、それはどうぞ、ご自由に。その河南本店で高額の買い物をした場合、回復薬を何本か販売する、ということを考えているようなのです」
……セット商法だ。本当は回復薬だけを買いたい者たちに、回復薬以外の物も買わせるための、な。なんか、流れでおれとそんな話になって、それはおもしろい方法ですって、ガイウスさんが言い出したんだよな。
河南の地では、トリコロニアナ王国の辺境伯領のような、回復薬不足では騎士団壊滅が待ったなし、なんていう魔物との戦いがあるワケじゃねぇんだよな。それでも回復薬を買い求める要望は強くて、ガイウスさんもけっこー困ってたみたいでさ。
河北で回復薬の取り扱いは、ヤルツ商会が崩壊した今、ハラグロ商会がほぼ独占している。そして、必要な場所へなんとか足りる量を、適正な価格で回して、利益度外視で「信用」とか「信頼」とかを買ってる。
トリコロニアナ王国ではそんなハラグロ商会の姿勢が、それまで回復薬を高値で売り付けていたヤルツ商会や、貴族間の力関係のバランスをとるために利用していた王家と比較して、ものすごく評判がいいらしい。
特に、辺境伯と伯爵一人、そして王弟でもある公爵、この三者がハラグロ支持を明確にしてハラグロ御三卿とか呼ばれるようになっているらしい。
ハラグロ商会の馬車がヤルツ商会の手で貧民街のならず者に狙われた後は、騎士まで派遣してくれてるみたいだしな。
まあ、辺境伯が簡単に魔王の侵攻に屈したら、本当に大変なことになる。ヤルツ商会をはじめとするさまざまな存在によって高値を維持していた回復薬は、「必要な時に使えないクスリ」なんて意味のないものになってたしな。
「……その場合の、回復薬の価格は?」
「河北での取引と同額で売るでしょうね」
「それは、ケーニヒストル侯爵家でも購入できる、と?」
「来るものは拒まず、だと思いますよ。回復薬以外の物をしっかり売るための回復薬なのでしょうから」
「なるほど、それはどのくらい購入すれば、回復薬を販売してもらえるものなのでしょうか?」
「回復薬も無限にある訳ではないでしょうし、それなりの金額の買い物は必要でしょうね」
……20000マッセ、ご購入で回復薬5本、5000マッセで売る予定ですけどね。うん、知ってる。知ってるんだけど、ここではそこまでは言わない。25000マッセの売り上げ確定だから。
それだけじゃないんだけどね。
「まあ、それも、ハラグロ商会の河南本店が開業してから、ですけれどね」
「貴重なお話をありがとう存じます。以前、お話がありました、洗礼の件につきましては、必ず大旦那さまに話を通しておきますので、それを対価として頂くことでよろしいですか?」
「ああ、あれですか。本当にソルレラ神聖国の聖都で洗礼を受けてもよろしいので?」
「もちろん、ケーニヒストルータの神殿で洗礼を受けて頂く方がありがたいとは思いますが、たかが洗礼にございます。どこで受けたとしても、アインさまはすでに侯爵家の寄子ですし、イエナさまは侯爵家の養女でございます。そこは変わりませんから」
たかが洗礼、か。
おじいちゃん執事ってば、けっこードライだよな。
「……ハラグロ商会の河南本店には必ず当家の者が商談に訪れると約束します」
「なんというか、行かせるのは控え目な方で、お願いしますね」
「ええ。決して大旦那さまを行かせるようなことはいたしません。今回も、孤児を全てアインさまになすりつけるような真似をなさって、本当に子どものような嫌がらせをなさるので申し訳なく……」
……あれ、嫌がらせのつもりだったんだ。てっきりおれの希望を調べ尽してたのかと思ったよ。まあ、こっちとしては、ありがたいから問題ないけど?
「ひょっとして、領地がフェルエラ村だったのは……」
「はい。あれも、私には何の話もなく、突然決めてしまったのでございます。あそこは大変な地でございましょう?」
「はあ、まあ……」
「……『竜殺し』のアインさまには関係ないようですね」
「いえ。なんというか……」
「何か?」
「いや、苦労をかけるな、と思ったので」
「苦労?」
「はい。ウチの村、ケーニヒストルータからはかなり西にありますよね」
「はい。そうですが、苦労、ですか? 何が、でございますか?」
「ハラグロ商会の河南本店は、ウチに建ててるみたいですから……」
おじいちゃん執事はぽかんと口を開いて言葉を失った。
やっぱ、それなりの地位を頂くと、おじいちゃん執事から1本取りやすくなるんだな。できることの幅も広がるし。
「そろそろ、ソルレラ神聖国でも、ハラグロ商会の回復薬の取引について噂が広まる頃です。他国からウチの村に向けて動き出す商会が来月か再来月には現れるでしょうね」
そう。
回復薬セット販売企画は、ウチの村、フェルエラ村への河南商人への誘い水なのだ。
そんで、回復薬の販売は不定期にして、ガイウスさんは宿屋でもがっぽり稼ぐつもりらしい。
たった5本の回復薬のために、どこまで河南の商人たちは金を出せるのか?
それともウチの村で採れる産物に着目して、回復薬以外にも利益を見出してその後も訪れるようになるのか?
そもそも村としての産物は独占契約でハラグロに流れるから、やってきた商人に売りつける差額は全部ハラグロの利益になるんだよな。
流通にかかる負担は、回復薬という大きなエサで相手に持たせようなんて、ある意味ではこれも商船利用禁止措置への意趣返しなのか?
ボックスミッツ持ちの職員を派遣したとして護衛は二人くらい必要だろうから最低でもひとつの商会で3人は来るだろうってのがガイウスさんの見積もりだ。モンスターの噂もあるから、もう少し多くなるかもしれないとも言ってたな。
本当にうちまで来るのかな、と思って聞いてみたら回復薬が1本1000マッセというのはそれだけの価値がある、とのこと。
もちろん、その前の20000マッセの買い物でも損はさせません、とにやりと笑ってガイウスさんは言った。
村で採れる物にも価値はあるし、河北の商品も並びますから、だってさ。
ケーニヒストルータの商船を利用しなくても、陸路で河北の商品が手に入る。回復薬付きで。
たぶん、ケーニヒストルータを通すのと同じくらいの利益があるようにして、回復薬の分、お得になるように設定するんだろ。
あと、早目にたどり着いた商人は優遇して、もう一度来たいと思わせるとかさ。マジ怖えぇよ、ガイウスさん。
「……ほ、本店を、あんな、辺境の地に? このケーニヒストルータではなく?」
「ええ。ケーニヒストルータには、回復薬を扱う商会があるんでしょう? 競合は避けたいと言っていましたから。それよりも、もうひとつのお話は?」
「あ、いえ、それは……」
おれとしては、後半の話の方が衝撃的だった。
……姉ちゃん!?
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