聖女の伝説(44)



 ケーニヒストル侯爵であるシルバーダンディ(これはおれが脳内で侯爵につけているあだ名なので要注意。特にうっかり心の声をもらさないことが重要)が決断を下すと、おじいちゃん執事オブライエンの行動は素早かった。


 あっという間に神殿と話をつけて、孤児院への寄付を打ち切って、建物の権利を返却させ、ケーニヒストルータから神殿の孤児院なるものを抹消した。

 マジ消去って感じで。手際が良すぎて怖いくらいだった。「どうぞ、この子たちとシスターを引き取ってください」と言ったおじいちゃん執事の真顔が超怖かった。

 なんか苛立ってたんだろうか? どう見ても怒っている顔にしか見えなかった。おれに対して、という感じではなかったけどさ。


 いきなりたくさんの孤児とその管理者である巨乳シスターを突き付けられてさすがに驚いたんだけど、とりあえず寝泊まりするところを確保。つまり宿をとった。

 人数が人数だし、小さい子もいるので、いつもガイウスさんが使ってるでっかいスイートルームを押さえて、あそこを一時的な居場所とする。

 メイド付きの部屋だから、巨乳シスターの負担も軽くなるだろうし。ちょうどいいや。

 シスターはお高そうな調度品に目を白黒させて、走り回る子たちに必死で叫んでたけどな。

 なんか壊したら弁償させるってことで、その子は一生こき使えるかも。しないけどな。しないけども。


 ハラグロ商会に頼んで孤児とシスターを運ぶ馬車の手配をしてもらうとともに、フェルエラ村へ手紙を届けてもらって連絡を取り、イゼンさんに指示を出して戦闘メイド部隊をケーニヒストルータに向かわせる。

 このタイミングならおそらくお披露目の夜会を終える頃には到着しているはず。あの子たちが来れば、孤児たちをフェルエラ村へと送る馬車の護衛の問題はクリアだ。


 リンネはそのまま屋敷の方で預かった。姉ちゃんがリンネを離す気がなかったからな。義妹大事。

 家族優先の姿勢はやっぱり姉ちゃんだ。ま、ここの屋敷なら、あの神官やロリコン貴族が手出しをしようと思ってもできないだろうし。


 リンネ自身はお屋敷でのお嬢さま扱いに、最初はめちゃくちゃ戸惑ってたんだけどな。姉ちゃんがかまい倒すもんだから、なんだかうやむやになって、なんとなく慣れていった。

 リンネの側には戦闘メイド見習いのどっちか一人が必ず控えている。リンネは少し居心地が悪そうだけど、メイド見習いは護衛だからな。外す気はない。


 姉ちゃんはめっちゃ楽しそう。特に、リンネに勉強を教えるのが超楽しいみたい。文字の読み書きを丁寧に教えてる。

 同時に自分自身の勉強とか、調べものとかもしてるみたいで、忙しいけど楽しそう。夢中になり過ぎててどっか怖さを感じるのは気のせいではないと思うんだけどな……。


 毎日のように遊……練習にくるヴィクトリアさんは、なぜか姉ちゃんがリンネに勉強を教えている部屋でおれとダンスの練習に励む。

 ダンスの先生も顔をしかめているから、本当はこの部屋ではやらない方がいいんじゃないかなとは思うけど、おれにはとても口に出せない。

 なんか、ヴィクトリアさんってば、姉ちゃんをリンネに盗られたような気持ちになってんじゃねぇかな?

 いや、そもそも姉ちゃんはヴィクトリアさんのモノじゃねぇし? おれの姉ちゃんだし?


 でもでも、なんかダンスを踊る距離感が、前よりさらに近くなったというか、ぺったんでもこんなに寄り添われるとめっちゃドキドキが増すというか……姉ちゃんを振り向かせるアピールにおれを使うのは勘弁してほしいんだけどな?

 これ、おれが中学だったらあん時みたいに完全に勘違いしてたと思うな?

 近すぎだってヴィクトリアさん!? それ、「ディー」には耐性がない親密な距離感ですからーーーーーっっっ! アイウォンツソシャディ!






 騎士団の訓練場には3日連続で朝一番からお邪魔した。


 騎士団長とビュルテとユーレイナを除く、その他の騎士たち全員と手合わせをした。初日は1対1で、2日目は1対2から1対3で、3日目は1対4以上で。


「ようやく来ましたな! 閣下も人が悪い! 男爵にちゃんと騎士団を勧めてくれたとは!」


 以前、剣の教師として屋敷の方で手合わせした人は確か騎士団長だったと思うから、この人が騎士団長で間違いないとは思う。その発言は間違いだらけだけどな。何言ってんだか意味わかんねぇんだけどさ?


「何をおっしゃっているのか、わかりませんけれど、侯爵閣下より、騎士団の精鋭との訓練に参加してほしいと頼まれました。どうかよろしくお願いします。さっそくですが、時間がないので、すぐに手合わせをしても?」


 そう言い捨てると、がははと豪快に笑った騎士団長がまず一人目の騎士をおれの前へと送り出してくれた。


 最初に相手をした騎士さんは、「腰の剣を抜きなさい! 子どもだからといって手加減などないのだから!」と叫んでいたので、もう無造作にそのまま近づいて首トンで瞬殺して沈めてやった。父ちゃんの形見の銅のつるぎを抜くまでもない。もったいなくて使えない。折れたら弁償してくれんのか?


「剣を抜かれるまで戦えないような間抜けな騎士はすぐに死にますよ」とか言ってみたけど、強制スタンで意識がないから聞こえてなかっただろうな。当たり前だけど。


 そこからの二人目からはおれの言葉が聞こえていたのか、一応剣を抜いてくれたけど、まあ騎士たちが剣ら槍やらを振りかぶっている瞬間や、振り下ろす瞬間には首トンを決めて倒していったので、意識不明の気絶した集団が訓練場に積み上がった頃には30分くらいは経っていたかもしれない。


「明日は複数を同時に相手をします。時間がもったいないので。よろしいでしょうか?」


 そう言うと、騎士団長は何も返事をしなかった。まあ、見た感じ、あごが外れてそうなくらい、ぽかんと口を開いていたし、言葉は出なかったんだろうな。


 もちろんシルバーダンディ侯爵閣下の頼みもちゃんと果たした。


「メフィスタルニアの魔物は武器を使ってもなかなか一撃では倒せなかったので、あそこに行くなら、団長殿は、騎士団再建の予算について文官としっかり話し合ってから行った方がいいでしょうね。この人たちは、みんな死ぬでしょうから」


 親切にメフィスタルニアの魔物の強さの情報まで与えたんだから、これで馬鹿なマネはやめてくれると助かるけどな。


 2日目は15分くらい。3日目は10分以内にまとめて終わらせた。最後は1対8で戦って2分かかってなかったと思う。ちなみに3日間で一度も武器は使ってない。父ちゃんの形見が折れたら困るし。模擬剣とかも別に必要ないし。


「明日からはもう来ませんけど、いいですか?」

「……ああ、かまわない。これは、もう訓練ではない。訓練とは呼べない何かだ」


 騎士団長がなんか声を絞り出すようにしゃべってんだけど、何かあったんだろうか? 確かにレベル差がありすぎておれにとっては何の訓練にもなってないとは思うけど……。


「あり得ん。これが『竜殺し』の強さか……」


 立ち去るおれには騎士団長のつぶやきは聞こえなかった。


「レーゲンファイファー子爵……」


 訓練場を出ようとしたところで、呼び止められて振り返る。


 そこには、真剣な顔をしたおじいちゃん執事がいた。






 これまで訪れたことのある侯爵家の本邸、それと騎士団の訓練場、エイフォンくんの軟禁場所になっている別邸、そして姉ちゃんの屋敷となっている今の宿泊場所とは別に、やや小さめの屋敷へと馬車でおじいちゃん執事に連れられてやってきた。


 内密の話がある、ということだったが、馬車の中では無言。


 ……同乗者が無言って、やりにくいよな?


 おれには護衛とかはもう付いていないので、車内はおれとおじいちゃん執事だけだし、あとは御者がいるだけだ。


 この屋敷にも使用人はきちんとそろっていて、馬車を降りるとどんどん扉は開かれて、応接室へと案内される。


 ソファを勧められて座るとおじいちゃん執事も対面に座り、メイドさんがお茶をいれてくれる。


 毒味としておじいちゃん執事がお茶をひと口飲み、茶菓子も一口食べる。


 この面倒さが貴族クオリティだけど、おじいちゃん執事は貴族じゃねぇよな?


「……この屋敷は侯爵家でも本当に一部の者しか知らないところなので、アインさまもそのように心得て頂けると嬉しいのですが」

「ああ、はい。わかりました。決して誰にも口外しません」

「ありがとう存じます」


 騎士団の訓練場で呼び止められた時はレーゲンファイファー子爵だったけど、今はアインさまだ。


 このおじいちゃん執事の呼び方の基準が読めない。


 それにしても、侯爵家はいったいどんだけ屋敷を所有してんだ? ここだって小さいとはいっても一般的な感覚だとかなり広いんですけど?


 たぶん、王都には王都邸とか、あるんだろうしな。避暑地に別荘とかもありそうだ。ああ、そういや、大河の対岸にあるトリコロニアナ王国の子爵領にも屋敷があったっけ。大使館代わりの。


 大貴族って、いったい何なんだろうな。





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