聖女の伝説(62)



 ほとんどの新入生が座席を決めた頃に、女聖騎士がやってきた。


 見習いではない、聖騎士だ。ただし洗礼での『聖騎士』ではなく、大神殿の聖騎士団の聖騎士だ。ややこしいな、もう。


 対応はユーレイナが行い、それから姉ちゃんにつなげる。場合によってはユーレイナが追い返すこともあるけどな。今回は、目通りを許すパターンらしい。

 さっきまでのケーニヒストル侯爵領関係者だって、エイフォンくんという紹介者なしでは、姉ちゃんにあいさつさせてもらえないのがフツーだ。


「聖騎士団、学園警備担当部隊となりましたアクセラ隊の隊長を務めます、リリスと申します。偉大なる太陽神と月の女神、そして4柱の自然神の、指し示したる道の上にて、ケーニヒストル侯爵家ご令嬢、アラスイエナさまにお目通りかないましたこと、大変嬉しく思います」


「神々のお導きにより、リリスさまとお会いできましたこと、嬉しく思いますわ」


 姉ちゃんはにっこり笑った。


 ちょっと気に入ったみたいだ。たぶん、『聖女さま』って言わずにあいさつしたからだろうと思う。


「私どもアクセラ隊はユーグリーク枢機卿の命により、学園内の警備にあたります。生徒数がこれまでよりも多くなったため、このような配置がされました」

「あら、猊下の……」


 ここで、リリスという女聖騎士は声を落とす。


「……はい。アラスイエナさまは護衛を必要とされていないとユーグリーク枢機卿は判断され、私どもに学園内の警備のみ、命じられました。学園内のいたるところに配置されておりますので、御目汚しではございますが、どうかお許しを。また、何かございましたら、いつでも耳目としてお使いくださいますよう」


「……猊下のご配慮、感謝いたしますとお伝えください」


 ずらずらと姉ちゃんについて回るような護衛ではないけど、まんべんなく学園内に警備として立ってるから、ちゃんと聞いたり見たりしてますよってことだな。


 まあ、要するに、人間監視カメラってことか。


 姉ちゃんが貴重な『聖女』という存在である以上、何かに巻き込まれる可能性は高い。場合によっては冤罪をなすりつけられるなんてことも考えられる。

 だから、耳や目として必要があれば使っていい、ということなのだろう。


 ……同時にこっちのことも監視されるんだけどな。






 クラス全員が席についてしばらく雑談などがあってから、担当の教師である神官がやってきて自己紹介をする。


 それから入学式の会場へと移動だ。


 もうひとつのクラスが先に入場することは説明があったので、姉ちゃんのクラスが入れば入学式が始まる。


 入学式の会場では先に入っていたもうひとつのクラスから視線が向けられる。


 もちろん、おれたちも向こうを見る。


 その中にひときわがっしりとした体格で背も高い男性がいた。


 14歳となっておれもずいぶん成長してきたけど、それよりも背が高い。だいたい今、175センチぐらいだから、180センチはフツーにありそうだ。肩幅とかは負けてる。


 あ、うん。

 初対面だけど、よく知っている姿、そのものだ。


 リンネの時みたいに、思わず名前を口に出すようなヘマはしない。


 フリートライナ・マルザウィル・バイルドンテ・ド・トリコロニアナ。親しいものはマーズと呼ぶ。


 トリコロニアナ王国の第三王子にして、『まっすぐ脳筋』とアダ名をつけられた、猪突猛進キャラ。

 決めゼリフは「考えるのはオレの役割じゃないな」というなんとも情けないような潔いような、そんな男だ。


 どんなモンスターにも先頭を切って挑み、いかなる攻撃も受け止め、耐え抜く。強靭な体躯と強靭な精神をもって勇者を守る分厚い壁役。


 レオンの勇者パーティーのタンクだ。


 精神的にも極めて頑丈で、「ははは、そう照れるな、リンネ」とにっこり笑顔でリンネの拒絶を照れていると常に受け止め、まっすぐな親愛の情をひたすら垂れ流す。


 アニメでもゲームでもクリア後、つまり魔王の討伐後のエンディングは割とあっさりしていたので、くわしい後日譚はわかんねぇんだけど、たぶん、リンネと結ばれる流れなんじゃねぇーかな、と思う。


 リンネは「触らないでください」とか、「あなたを好きになるとかありえません」とか、けっこー拒絶してたんだけど、『まっすぐ脳筋』は全然ブレねぇからな。なんか、最後の方はほだされて、受け入れてるようなイメージだったしな。


 そんな男キャラ、フリートライナ・マルザウィル・バイルドンテ・ド・トリコロニアナは、そのまっすぐな姿勢にぴったりのジョブ『重装騎士』……だった。


 なんで『だった』って過去形なんだって?


 それ、聞いちゃうかな?


 ……なんでか知らねぇけど、まっすぐ脳筋のジョブが『聖騎士』になってんだよな。知らねぇけど!

 ハラグロからの報告書読んで絶叫したくもなるわ!

 なんでリンネの火の神系魔法といい、マーズの『聖騎士』といい、この世界の流れが大きく変わってんだよ!?

 いや、わかってるよ? わかってるけどな? わかってんだけどさ? わかってんだけども!!


 なんでよりによって『聖騎士』なんだよ!?


 ハンパなんだよ『聖騎士』は! タンクやるには堅さがハンパもハンパ、中途半端なんだよ!?

 しかもゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』だと回復魔法は自分にかけられないんだからな? 自己修復しながらタンクができるワケでもねぇ。

 タンクの星は『重装騎士』なの!

 なんでマーズの奴は『聖騎士』なんて間抜けなジョブになってやがるんだよ!?

 『聖女』はいねぇしタンクは『聖騎士』なんぞになっちまうしレオンの勇者パーティーどうすんだよっっ!?


 しかも姉ちゃんの後ろにいるリンネじゃなくて、姉ちゃんのことガン見しやがってこのヤロウ?


 テメーはリンネ一筋じゃねぇのかよっっ!?


 くっそ、こいつ、絶対にシメる……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る