聖女の伝説(61)



 学園は15歳の年の白の半月の1日から始まり、16歳になる翌年の青の半月に卒業する。在学期間は1年間だ。

 別に留年とか、そういう仕組みは特にない。なんと、講義や訓練のある日と休みが半々くらいという、めっちゃホワイト学園……いや、ゆとり教育?

 ま、実際のところは休日に学園ダンジョンに挑む感じなんだけどな。


 多くの生徒は学園に付属している学生寮で寝泊まりしつつの寮生活だ。

 別にお髭の校長先生とかはいないし、ほうきで空は飛べない。学園に行くのに特別な汽車に乗る必要ももちろん、ない。

 寮対抗の勝負? 男子寮と女子寮がそれぞれひとつずつしかないのに、どうやって戦う気だ?


 そもそも、生徒数はそんなに多くない。


 ……はずだった。






 屋敷から学園までは馬車通学になっている。


 ウチのメンバーは学園の寮を利用していないので、屋敷からみんな通うのだ。


 姉ちゃんと、キハナ、ダフネ、ナルハの4人は生徒として。

 おれとユーレイナは護衛騎士として。

 リンネとヴィクトリアさんは侍女として。


 ……あ、いや。生徒と同数のオマケが付いて行くってなんか変だなとは、おれ自身も思ってはいるんだけどな。思ってはいるんだけども。


 ソルレラ神聖国大神殿のユーグリーク枢機卿からは、護衛騎士と侍女が聖女さまである姉ちゃんと一緒に講義を受講することを認めてもらっているので、手続き上の問題はないんだけどさ。


 おれと姉ちゃん、リンネとヴィクトリアさんの乗る馬車には御者席にユーレイナが同乗してて、もう一台の馬車にはキハナたちが乗ってる。

 ちなみにヴィクトリアさんの護衛騎士であるビュルテはキハナたちの方の馬車の御者席に同乗している。


 どちらの馬車もケーニヒストル侯爵家の家紋がついてて、学園への通学に利用することは登録されているので、学園の門衛もすんなりと中へ通してくれる。


 そんで、馬車止めでおれが降りて姉ちゃんをエスコートして、馬車から降ろすところまで。


 そこから先も本当はエスコートしたいけど、それはしない。


 ヴィクトリアさんはエスコートしてほしそうだけど、今は姉ちゃんの侍女という立場なので自分でゆっくりと降りてくる。リンネもそれに続く。


 先頭はユーレイナ。そんで姉ちゃんと、すぐ後ろにリンネとヴィクトリアさんが並んで続いてトライアングルを形成。

 そのまた後方にキハナたち3人が並び、おれとビュルテはそれぞれリンネサイドとヴィクトリアさんサイドに分かれて側方警戒だ。


 そうやって馬車止めから校舎へと歩いて、教室を目指す。


 ……なんと、今年は2つのクラスに生徒を分けるらしい。

 いや、聖都の屋敷に届いてたハラグロからの報告書で知ってたけどな。知ってたけども。

 ハラグロの報告書読んでぐおおお~~っって叫びたい気持ちを抑え込みながらめっちゃ頭抱えたけども!


 姉ちゃんの『創造の女神アトレーの聖女』と、もう一人、『聖騎士』が入学するもんだから、つながりを作りたい連中が例年以上に、いつもだったら学園には行かせない天職の者まで入学させてしまったらしい。


 ちなみにシルバーダンディも、姉ちゃんの周囲を固めるためにケーニヒストル侯爵領からいつもだったら学園に行かせない天職の者を何人も入学させている。

 費用は侯爵家持ちで、だ。その人たちは寮生活だけどな。


 もちろん、大神殿も入学させる聖騎士見習いや神官見習いを例年よりも増やしたらしい。


 そんなこんなで、毎年ひとクラスだったのに、今年はふたつのクラスに分けることになったのだ。


 混乱を避けるため、という枢機卿の説明で、本音は別のところにあるんだろうとは思うけど、とりあえず姉ちゃんと『聖騎士』のクラスは分けられている。


 まあ、それはこっちも都合がいい。別に積極的に関わりたいワケではないしな。


 ただし、『聖騎士』ではなく、大神殿の聖騎士見習いたちはどちらのクラスにも送り込まれているけどな。






 教室に入ると、先客が何人かいた。

 でも、誰も座席に座っていない。


 一応、学園では、身分に関係なく、共に学ぶ仲間として生活するように、という方針が明確に示されている。


 しかし、実際のところ、その方針をそのまま実行できるのは上位者だけだ。


 例えば、このクラスなら、最上位者となっている侯爵令嬢である姉ちゃん、とかな。


 方針がそうなっているからといって、それを鵜呑みにして行動できるほど、身分制度と身分社会は甘くない。


 スクールカースト? そんななんとなく発生するモンじゃねぇんだよな、これは。リアルカーストとでも言うべき、本当の身分制度の下に、この世界はある。


 だから、このクラスの最上位者である姉ちゃんがどこに座るのかを決めて、それから次席が決まり出す。

 キハナたちは本当なら後回しだけど、姉ちゃんの周囲を固めるという意味で、姉ちゃんの位置が決まったらその近くに決まるので余計な心配はいらない。


 ちなみにおれもユーレイナも、リンネもヴィクトリアさんも一緒に講義を受講するので、正直なところ姉ちゃんの周囲は完全に固められている状態になる。


 そういうワケで、先に来ていた人たちは、座らずに姉ちゃんや、ひょっとするとそれ以外にもいる上位者を待ってから座るのだろう。


「ここにするわ」


 そう言って姉ちゃんが選んだのは、中央の最前列だ。


 ……どんだけ講義に対して前のめりで気合入ってんだ、姉ちゃん!?


 教室は階段状になっていて、後ろの座席ほど高い位置にある。どんな身長の生徒がいても視界は確保できるだろう。


 姉ちゃんの左隣にヴィクトリアさん、右隣にリンネが座る。これで姉ちゃんたちの机は埋まった。


 そのすぐ後ろにキハナ、ダフネ、ナルハが座る。これでその机も埋まった。


 そして、通路を挟んでヴィクトリアさんの隣におれ。同じく通路を挟んでリンネの隣にユーレイナが座って講義を受ける。


 ビュルテはおれとヴィクトリアさんの間、つまり通路に立っている。

 ヴィクトリアさんの護衛なので申請しておらず、教室にはいられるけども、講義を受けられるようにはなっていなかったからだ。


 ……でも、これも講義を受けてることになるのかもな? 姉ちゃんの鑑定が熟練度が上がればビュルテのステ値を確認してみるとおもしろいんだけど。


 姉ちゃんとともにおれたち全員の席が決まっても、先にいた人たちはまだ席につかない。


 まだ上位者がいるからだ。


 早く来いよな、とか思ってたら、そいつがやってきた。


 もうひとつのクラスの『聖騎士』と同じトリコロニアナ王国の伯爵令息でありながら、こっちの『聖女』クラスに入れられた男。


 その男が、何人もの生徒を引き連れて、姉ちゃんのところへとやってくる。


「ご無沙汰しております、アラスイエナさま。神々のお導きにより再びお会いできましたこと、心から喜びを感じております」


「お久しぶりですわね、エイフォンさま。『剣士』の天職を授かったとお義父さまから聞きましたわ。さぞ、努力なさったのでしょう」


「いいえ。大したことはございません。ただ、こうやって学園でご一緒できるとは思っておりませんでしたので、望外の喜びです。それでは、他の者を紹介しても?」


「ええ、どうぞ」


 エイフォンくんが引き連れてきた人たちを姉ちゃんに紹介し始める。


 そう。

 エイフォンくんだ。


 エイフォン・ド・メフィスタルニア……トリコロニアナ王国のメフィスタルニア伯爵の嫡男で、いろいろあって人質としてケーニヒストルータでケーニヒストル侯爵家預かりになっていた。


 そのままの情勢だったら軟禁状態で学園に通うことなどできなかったはずなんだけど、父であるメフィスタルニア伯爵が親しい貴族に応援を頼んで死霊まみれになったメフィスタルニアの奪還作戦を実行して、予想通り全滅して多くの騎士を失い、トリコロニアナ王国での権勢を完全に失ってしまったことで、そもそも人質としての価値が暴落したらしくて……。


 逃亡したとしても、エイフォンには何のメリットもないので、というかシルバーダンディの庇護下で人質してた方がマシな状態というか。


 そんなタイミングで洗礼では『剣士』の天職も授かり、姉ちゃんやヴィクトリアさん、そんでおれとも面識があり、さらにはトリコロニアナ王国の『聖騎士』とも面識があることから、利用価値があるとしてシルバーダンディが送り込んできた……なんというか、使いっ走り? まあ、パシリなんだよな、実際。


 シルバーダンディがケーニヒストル侯爵領から送り込んだ生徒たちをまとめて、姉ちゃんを守るための、な。それだけの能力はあるし、身分もあるから……。


 エイフォンくんが7人のケーニヒストル侯爵領関係者である新入生を紹介して、紹介された人が姉ちゃんにあいさつして、を繰り返し……それが終わるとエイフォンくんはヴィクトリアさんに黙礼してから、おれの後ろの席に座った。


 ヴィクトリアさんは身分を伏せて侍女として姉ちゃんに付いているので、こういう対応になるのはシルバーダンディやリアパパと打ち合わせ済みのことだ。


「子爵さま。お久しぶりです」

「今はただの護衛騎士です。敬語、やめてください」


「……なら、そうしよう。そっちも、丁寧な言葉はいらないと思うが?」

「……む、わかりました……あ、いや、わかったよ。これでいいんだろ、エイフォン?」


「なら、アインと呼ばせてもらうよ。一年間、よろしく頼む。まあ、一年と言わず、メフィスタルニアを取り戻すまでよろしく頼みたいんだが……」


 覚えてやがりやすな! そりゃ忘れないか! そういう話をしたもんな!


「せっかく『剣士』になったんだ。ここで自分を鍛えて、いつか君と共に戦えるようになるつもりさ」


 くうぅぅ、なんだよ、そのセリフは!? このイケメンがぁぁっっ!!





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