聖女の伝説(63)
「……であるからして、入学者数が増えた今年は、学園の本来の目的が果たされるものと期待しております。みなさまに、偉大なる太陽神と月の女神、そして4柱の自然神の、尊き加護があらんことを」
ほどよい長さの教皇……キールレイスⅣ世であってユーグリークではないですよ……のあいさつが終われば、入学式は終わりだ。
前世の学校ってところの式典に比べればシンプルでとても短い。
そして、学生は講義選択のガイダンスを受けるために教室へと戻ろうとして……。
「そこの聖女よ! 同じ年にオレとともに聖なる天職を授かるとはこれこそが縁というもの! この聖騎士フリートライナ・マルザウィル・バイルドンテ・ド・トリコロニアナの婚約者にしてやろう!」
……頭の悪そうな叫びが入学式の会場に響いた。無駄に声の大きさだけはでかい。だから、この場にいる全員にその言葉ははっきりと聞こえた。
……え? っていうか婚約者? はい? 何言ってんだこの脳筋は? ここは、婚約を破棄する! って叫ぶパターンだろ!?
しかもそれは入学式じゃなくて卒業式だろ!?
あと隣に別の令嬢を抱きかかえてないと!
でも入学式で婚約破棄とかこの先どんな学校生活させるつもりだよ!? いや、いやいやいや、そもそも婚約してねぇっ!? なんだ? パニメダか? おれ混乱してる!?
いや、混乱すんだろ、これは? は? 婚約者に……してやろ、う? 誰が? 誰の? 何言ってんだ、こいつ?
脳筋のくせに? いや、脳筋だからこそか? こいつ、姉ちゃんを婚約者にしようってのか? 脳筋のくせに!? はあ? 何言ってんだこのヤロウ、シメるどころかブチ殺すぞっっ!?
ずんずんと近づくマーズ。
相手が王族という完全な上位者なため、ユーレイナは言葉をかけられず、ただ姉ちゃんの前に立っている。
いや、立っていられるだけでも上出来とも言える。
別に危害を加えようとしているワケでもなく、近づくだけだしな! だがしかしっっ!
おれは側面警護を即座にやめて、前へと飛び出した。
「それ以上近づくのならば、斬る」
斬るの切るはキル!!! ぶっっっっっ殺すっっ!!!!
第三王子マーズが目を見開いて足を止め、その護衛騎士だろうと思われるおっさん……何このイケオジ? 渋い年齢の重ね方してそうじゃねぇか!? そんな護衛騎士がマーズの斜め前に進み出る。
ごくフツーの入学式会場だったはずのホールに、ありえないくらいの緊張感が満たされた。
それはそうだ。
ここに向かい合っているのは、今年の入学者の二大巨頭。
トリコロニアナ王国第三王子にして『聖騎士』のマーズと。
ケーニヒストル侯爵令嬢にして『創造の女神アトレーの聖女』の姉ちゃんだ。
あまりにも静かになってしまった会場に、おれはふと、冷静さを取り戻して……。
………………やっちまったーーーーーーっっっ。
あ、いや、姉ちゃんに婚約とか言われて、頭ん中が変になってさ? しょうがねぇよな? しょうがねぇはずだ、うん。これはしょうがない! 正当防衛だ!
でも、王族相手に「斬る」はちょっとやっちまった感がある!!
冷静ではなく混乱していたとしてもやっちまった感はめっちゃあるある!!
いやいやいや、もちろん、いざとなったらここにいる連中全員始末して姉ちゃん連れて逃げる自信はあるぞ? あるさ? あるけどな? あるんだけども!
会場中の注目は集まるべくしてこのへんに集まっていたんだけど、思いのほかおれの発言がりんと響いてしまったというか、ついめっちゃ本気で口にしてしまったというか、何というか……。
ユーレイナが目を見開いてるし、ヴィクトリアさんはなんだか瞳がうるっとしてるし、リンネははらはらしてそうな感じで目をきょろきょろさせてるし、トリコロニアナの護衛騎士は真剣に睨みつけてくるし……。
いや斬らないよ? いや斬れるけどさ? 斬ろうと思えばな? ああああああっっっ! 1000%失言だよ! わかってんだよそんなことは!!
でも言っちまったんだよ! 姉ちゃんと婚約とか言って近づいてくるから! 近づいてくるから! おれの脳内裁判では最高裁判事が違憲判決だよ!?
「さすがは私の護衛ですわ。王族相手に一歩も引かず、その足を止めさせるとは。ですが、さすがに不敬です。少し下がりなさい」
穏やかな笑みを浮かべ、緊張した空気に満ちたこの空間をちょっと言葉を発するだけで一瞬にして清浄な空気に入れ替えてしまった究極の聖気の持ち主……それは姉ちゃん! 正直助かったよ姉ちゃん!
「し、しかし……」
「大丈夫です。トリコロニアナの王子殿下はすでに足を止めてらっしゃいますわ」
「は、はい……」
そんなやりとりをかわして、おれは一歩下がる。一歩だけな。一歩だけだからな?
おれに大丈夫だから心配しないでという視線を送ってから、姉ちゃんはマーズに向き直る。というか、おれが大丈夫ではない空気を作ったんだからそこはミリ単位でちょっとだけ反省もしとこうか、うん。
「突然のことで驚きましたわ、殿下。私、アラスイエナ・ド・ケーニヒストルと申します。神々のお導きによって殿下との出会いを得られたこと、本来ならば感謝を述べたいという思いはありますが、先程のお言葉は神々のお考えに疑問を抱きたくなるものでしたわ?」
優雅なカーテシーで一礼して、姉ちゃんはまっすぐにマーズを見た。
「神々に疑問を抱く必要などない。そなたは聖女なのであろう? オレの婚約者にしてやる。それがそなたにふさわしいことだ」
「このような場で、それも大きな声でそう宣言することに意味を持たせる。
つまり、牽制ですわね。
この場には各国から、いろいろと役目を負った者たちが集まっておりますもの。
ですが、先程の教皇聖下のお話をお聞きになりませんでしたか?
本来、この学園はそれぞれが得た天職における力を伸ばすだけでなく、国の枠を越えてつながりをもち、世界の融和を導くものとしてつくられた、と。
あえて聖下はその先についてはおっしゃいませんでしたが、それを各国がこれまで歪めてきたのでしょう?
このように政略を持ち込んで、希少で必要な天職を奪い合い、やがて希少な天職を授かった者が現れても、学園へ行かせず、自国に囲うようになったのです。
殿下のなさりようは、先程の聖下のお言葉に真っ向から挑むものですわ?
殿下はどういうおつもりでしょうか?」
「……そなたはオレと婚約すればよいのだ」
……うん。マーズはジョブが『聖騎士』になっただけで、中身の脳筋は変わってねぇな、これは。
姉ちゃんの言ってることの10分の1も理解できてなさそう。
しかも、婚約、婚約と繰り返すだけ。
これはもう、誰かにこう言わされてるだけで、内容はもちろんその背景とか意図とかはまったく理解してないんだろうな。
こんなヤツの婚約発言にブチ切れて失言しちまうとか、おれもどうかしてたよな。どうも姉ちゃんのことになると冷静でいられない感じがする。
はぁ、と姉ちゃんがこれ見よがしにため息をついた。
「……私も、お義父さまも、そのような婚約を受け入れる気はございません。今も、そしてこれから先も、です。お断りしますわ。
そもそも、トリコロニアナ王国からの婚約の申し出はお義父さまが既にはっきりと断っているはずです。あれは王太子との婚約でしたが。
どちらにせよ、私はそのような政略で動く気はありませんわ。では、失礼いたします。行きましょう」
「ま、待て……」
王族であるマーズに呼び止められても、姉ちゃんはスルー。パーフェクトスルーだ。
そのままユーレイナを先頭に、講義室の方へすたすたと歩み去っていく。
後ろでは入学式の会場がざわざわと騒がしくなっていった。
姉ちゃんがいる場では話すことすら躊躇われていたのだろう。いなくなったら、今の話は、絶好の噂話だ。半月から一月もすれば、大陸全土に噂が広まってるかもな。
……でもこれは、今日の夕方からのパーティーでも、何か起きるんだろうなぁ?
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