アインの伝説(15)



 学園生活にも流通網の崩壊の影響は出ているらしい。


「……最近は、寮の食事の量が少なくなってきておりまして」

「そのような影響が出ているのですのね。困ったことですの」


「隊商の護衛に聖騎士団も派遣されているのですが、被害も大きいようです」

「まぁ、心配なことですの。実りの秋に食事が減るというのはやはり問題が大きいということでしょうか」


 ケーニヒストルグループの学生で寮生活をしている者や、学園にいる聖騎士見習いたちから話を聞いてきた元聖騎士見習いの『聖騎士』エバがリアさんに仕入れてきた情報を流す。


「アインさま、何かできることはございませんの?」


 そう言われても、なぁ。


 さっきの寮生の話の時に、フェルエラ村関係のメンバーは一斉に目を反らしていた。


 なぜなら、ウチの聖都の屋敷では食事に変化など出ていないからだ。


 多くの人が魔物の活性化のあおりを受けているのに、特に変わらない日常が維持できているのは、フェルエラ村で鍛え抜いたからこそなので、別に遠慮する必要はないとは思うんだけどな。思うんだけども。

 それでも心苦しい、というのはあるのかもしれない。おれにはねぇけどな。


「……姉上を通じて、ユーグリーク枢機卿猊下に、聖都のハラグロ商会を利用されるように申し出るくらいでしょうか。ハラグロ商会ならまだ食料品の取り扱いもそこまで厳しい状況ではないでしょうから。ただ、寮の食事にまで口出しするのは、教皇聖下がおっしゃる学園の自治とは関係がないように思います」


「そう、ですね。確かに、学生の間のもめごとではなく、学園の運営そのものに関することですの。ごめんなさい、あなたの気持ちはわかるのだけれど、何もしてあげられないんですの」


「いえ、そのようなことを、ケーニヒストル侯爵令嬢に言わせるつもりはございませんでした。どうか、お許しを」


「リアさま。今月の試験の後は、みなさんをピザ屋に招待してはいかがでしょう? 人数が多くなるでしょうから、立食形式で、食べ放題にしてみれば楽しいのでは?」


 ま、そんなくらいの慰めにしかならない食べ放題ぐらいしかできねぇんだけどな。それでも、若い胃袋には嬉しいんじゃね?


「よろしいんですの、アインさま?」

「侯爵領の未来を支える貴重な若手たちです。遠慮はいりません。まあ、私にできるのはそのくらいしかないですが」


「ありがとう存じます。ねぇ、みなさまにそのことをお伝えして頂いてもよろしいかしら?」

「はい! ありがとうございます! 子爵さま!」


 ……なんて嬉しそうな顔してんだ、はらぺこ学生よ。どんだけ食い足りないんだ。


 トリコロニアナ王国ファーノース辺境伯領から遠く離れたソルレラ神聖国の聖都は、まだまだ平和なのかもしれない。


「アインさま。次の試験の結果が上位になった者や、学園ダンジョンの大熊を自分たちで倒せた攻略班の者たちに、褒賞として屋敷に招待してもてなすのはいかがでしょうか? 昨年、イエナさまはみなさまを屋敷に招待していたこともございました。ですが今年は昨年よりも人数が多く、まだ屋敷の方へは誰も招待しておりませんので、みなさま、お喜びになるか、と」


 レーナがそんな提案をしてきた。


「ウチに招待、ねぇ……」


 そういや、去年、姉ちゃんはそんなこともしてたっけ。試験勉強とか、レポート作成とか。


 ん? ダンスホールを使えば、ケーニヒストルグループぐらいならギリギリ全員呼べなくもない、のかな?


 ご褒美で頑張らせるってのは、どうかと思わなくもないけど、いつもってワケじゃねぇし。


 んー……あれ?


「それさ、試験の上位にレーナたちが入ったら、そんなの褒美にならないだろ? そもそも使用人の部屋とはいえ、同じ屋敷で一緒に住んでるんだし、食事の内容はおれたちとそんなに変わらないよな? 変わらないようにしてるつもりだったけどさ?」


「あ、その……我々の中から試験の上位者が出た場合は、そうですね、去年、ヴィクトリアさまやリンネさまと、その、お休みの日にお買い物に行かれた時のように、アインさまと聖都でお出かけができる、などというのは、その、いかがかと思うのですが……」


 おれとのお出かけ? ん……って、うわっ、殺気!? どこから? あれ? リアさん?


「それは……どうやら次の試験では私も本気を出さなければならないようですの……」

「ええ……我々、子爵家家臣も全力で次の試験に望みたいと思います……」


 あれ? あれあれ? なんか既に決定している感じがするんですけど、これ、どうなってんの?


 なんかバチバチいってる感じがするし?


 急に聖都の一部地域が平和な感じじゃなくなったんですけど?


 これ、大丈夫?


「とりあえず、今月の試験で1位になった者と、今月中に大熊を倒せた班を、屋敷に招待しようか」

「わかりました、みなに伝えて奮起を促します!」


 いや、レーナ。君が一番気合入ってんじゃね?






 そんなこんなであっという間に試験は終了した。


「……そうでした。試験で勝負などと、はなから勝てるはずがないというのに」

「……ええ、忘れてましたの。最大の強敵が誰かということを」

「リンネはわかってたけどね~!」


 リアさんやレーナたちが試験の結果を見てうなだれている。それをリンネがにこにこしながら慰めている。うん。仲良きことは美しきかな。


 試験前まではバチバチやってた感じがしたけど、今はとっても共感し合っているように見える。良かった良かった。


 試験までに、レーナたちの支援抜きで大熊を倒したダンジョン攻略班がひとつ、4人。それと、歴史学の試験で1位になった眼鏡女子……いわゆる歴女ってヤツかもな。最後に、修辞学の試験で1位になった侯爵家の文官の三男坊。偽りの身分ではなく本当に文官の三男坊です、はい。

 ケーニヒストルグループは優秀なんだよ、マジで。

 以上6人を、来月の休みのどこかでウチの屋敷に招待することに決まった。

 なんか、こっちが考えてたより、めっちゃ飛び上がって喜んでくれたからこっちも嬉しくなってきた。

 あ、眼鏡女子歴女と文官三男坊が、一緒に喜び合ったあと、なんかいい雰囲気だったのもかなりほっこりした。

 うん、うらやましいけど、女子に囲まれてるレオンと違ってめっちゃ祝福できそうな気がする。幸せになってつかぁさい。


 ん? あと3つの試験はどうなったか、だって?


 今月の武闘学は弓術で、実技も含めて1位はおれ。残念ながらレーナは2位。惜しかったね、残念。


 生物学という名のモンスター知識? もちろん1位はおれ。頑張ったみたいで2位はリアさん。すごいけどこっちも惜しかった。


 最後の計算学? 当然1位はおれだけど?


「弓なら、弓なら可能性があると思ったんです。なんなんですか、アインさまのあの命中率は!」

「あー、レーナずるい! 自分が一番得意な弓の試験の月にあんな提案したなんて!」


「イエナお義姉さまからみっちり魔物について、寝る時間も惜しんで教わりましたの。それでも力及ばず、イエナお義姉さまに何と申し開きをすれば……」

「イエナ義姉さんはそんなことで怒ったりしないから~。それどころか大笑いするだろうから~」


 せっかくの試験の打ち上げでのピザの食べ放題なんだから、我関せずと食べまくってるシトレみたいに楽しめばいいと思うんだけどな。思うんだけども。


 魔王軍の侵攻による影響は確かに出ていた。


 でも遠く離れた聖都の学園は、まだまだ平和なのかもしれない。





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