光魔法の伝説(28)
にらみ合うおじいちゃん執事とヤルツハイムル子爵。
間にはさまれた状態の、顔色の悪い伯爵家嫡男にして跡継ぎのエイフォンくん。まあ跡を継ぐはずの領地の中心となる領都は崩壊してしまったんだけどな。
エイフォンくんを見守る……というか、実際に守っている護衛の騎士と、一度出撃して戻った傷だらけの騎士。
あそこでにらみ合っていることはきっと必要なことなんだけろうけど、それだけじゃ先には進まない。
本当の狙いは、でっぷり子爵を完全に陥れること、なんだからな。それはほとんど真実でもあるし。
その時、傷だらけの騎士が少しだけふらついた。踏みとどまったものの、エイフォンくんよりも顔色が悪い。
姉ちゃんが足を1歩動かした。それだけで何をしようとしているのかは分かった。
おれも静かに行動を始める。
『レラス』
月の女神系単体型回復魔法上級スキル・レラス。
姉ちゃんが起句を発して、傷だらけの騎士が降り注ぐような月の光に包まれる。
にらみ合いに割り込んで、場を大きく変化させるにはいい演出だと思う。姉ちゃんは演出してるつもりなんて全くないんだけどな。
「つ、月の女神の……癒しの御業……」
「まさか、そんな……」
驚きの声を出したのは回復魔法をかけられた騎士ではなく、エイフォンくんの二人の護衛騎士の方だった。
エイフォンくんも、でっぷり子爵も、驚きで目を見開いている。
ヴィクトリアさんたちはもう驚かない。すでに見たからな。
その場の全員の視線が、姉ちゃんと回復魔法をかけられた騎士に向く。
「……回ふくやくが使えないと言っていたから。ひどいケガだったわ。大丈夫ですか?」
「……痛みがひいて……ありがとう。とても助かるよ。だが、君のような女の子が癒しの御業を使えるなんて?」
「さあ? 使えるものが必要なら使うだけ。あたしは、そっちの人に用事があるわ」
そう言った姉ちゃんはまっすぐでっぷり子爵を見つめながら近づいた。
でっぷり子爵も姉ちゃんに顔を向けた。
「あなたへの伝言をあずかってるけど……『キサマの望みはかなえておいた』って、伝えてほしいって、たのまれたわ」
「……わしの、望み? だと?」
「町がホネのま物におそわれてほしかったんでしょう? 伝言を聞いたあとで町を見た時には、そういう意味だと思ったわ」
「馬鹿な! そんなことを望むはずがない! さては、このわしを陥れようとして、このわしに責任を押し付けようとして、そんなことを言っておるな!」
姉ちゃんは腰の剣帯にたたんで引っ掛けていた物を取り外して、ぽんっとでっぷり子爵へ投げた。
でっぷり子爵の足元に落ちた物。それは、白衣だった。
「伝言は、それを着てたヤツからあずかったわ。そいつは子しゃくって言ってたから、ここにはあなたしか子しゃくっていないと思ったんだけど……」
「……」
でっぷり子爵は足元に落ちた白衣を見たまま、何も答えなかった。
「子しゃくがうら切った、とも言ってたわ。よくわからなかったけど」
でっぷり子爵が白衣を拾って、姉ちゃんの方へと投げ返す。
「……知らんな。このような服は見たこともない」
「そう……」
姉ちゃんは別に、何の感情も込めずに、言葉の爆弾を投げる。「ころした時のさい後の言葉だから、ちゃんと伝えてあげなきゃって思ったんだけど……」
「馬鹿な! 殺せるはずがない! あれは……」
姉ちゃんの言葉の爆弾は見事に破裂し、その破壊力によって、でっぷり子爵は失言した。まさに思わず言ってしまった、という感じだった。
「……あれは、何です? 子爵さま? どうぞ、続きをお聞かせ願えますか?」
言葉で突っ込むのはおじいちゃん執事。「殺せるはずがない、とはどういう意味でしょうか?」
「いや、それは……このような少女に、殺せるはずがない、というのは当然であろう?」
「ほう? ハラグロ商会の護衛として20人近い襲撃犯から馬車を守り、その多くにとどめを刺したイエナさまに殺せるはずがない相手とは何者か、知りたいものですな?」
「なにっ……」
「ハラグロ商会の馬車を襲って生き残った二人は心を壊し、何も話せずにただ怯えているだけ。だから情報を得られず、知らなかったのでしょう。イエナさまはハラグロ商会の護衛を務めているのです。
子爵さまが最初におっしゃっていた、ハラグロ商会は全員この町を出たというのもこれであてはまりませんな。イエナさまとアインさまが残っていますので。
エイフォンさま、これ以上、私どもケーニヒストル侯爵家やフォルノーラル子爵家、そしてハラグロ商会への濡れ衣は必要ございません。もちろん、ヴィクトリアお嬢さまに対するものも、です。
そして、誰がそのような濡れ衣を着せようとしているのかも、もうわかっておられるのでしょう?」
「エイフォンさま! 惑わされてはなりません!」
必死に叫ぶでっぷり子爵。
だけど、エイフォンくん以外の、騎士たちから向けられる視線ももはや厳しい。回復薬も使わせなかったしね。ケチるもんじゃねぇよな、こういうのはさ。
「エイフォンさま、ご決断を。子爵さまとヤルツ商会を選んで、このままこのメフィスタルニアとともに伯爵家を滅ぼすのか、それとも、私どもと靴を並べ、共に進んでいつの日か、このメフィスタルニアを取り戻すか、お選び下さい」
「エイフォンさま! ケーニヒストル侯爵家はメフィスタルニア伯爵家を見捨てます! すぐに婚約は解消され、後ろ盾となることはなく、エイフォンさまが望むようにはなりません!」
たぶん、でっぷり子爵が言ってることも、真実だ。
ケーニヒストル侯爵家は間違いなく婚約解消を行うだろうし、エイフォンくんの後ろ盾になるとは限らない。というか、たぶん、後ろ盾にはならない。
でも、でっぷり子爵であるヤルツハイムル子爵と手を組んでも、別に何もできない。もうすでにこの町は詰んでる。投了すべきだ。
エイフォンくんは、ゆっくりと首を左右に振る。顔色はますます悪くなっている気がする。
「……ヤルツハイムル子爵の助力を得て、今さら何ができるというのだ? 騎士団はほぼ全滅で町から人はいなくなり、今回の1件でヤルツ商会もどうしようもない打撃を受けたではないか。
かといって、ケーニヒストル侯爵家と手を結ぶ? オブライエン殿、それも難しいであろう?
ガイコツの死霊ばかりとなったメフィスタルニアには何の利もない。侯爵は決してメフィスタルニア伯爵家の再興になど動かん。
それこそ、ヤルツハイムル子爵の言う通り、ヴィクトリア殿と私との婚約は解消され、私は今回の1件についてヴィクトリア殿には何の責任もないということを証明する証人としてただ生かされるだけではないか。
ヤルツ商会とハラグロ商会との争いでいくつかの大貴族からの支持を失った父上が、周辺領主の貴族たちとのつながりをなんとか保とうとメフィスタルニアを離れている間、この町を任されたというのに、私は何もできず、振り回されるだけ振り回されて、最後は町を滅ぼした。
……私は、もう疲れた。守るべきこの町を守ることもできず、多くの住民を死なせた上に、騎士団も失い、自分だけがこのまま生き恥をさらして生き延びろと?」
「……」
「エイフォンさま、それでも、なんとかしなければならんのです!」
おじいちゃん執事は無言。
でっぷり子爵は具体的な対策を述べずに精神論。
たった12歳でこれを背負い込む? 死霊都市と化したメフィスタルニアを? 大貴族の跡継ぎってのは本当に大変だよな。同情する。同情はするけどさ、そんな情けないこと言ってるとだな……。
ビタンっっ! ガヅンっっ!
姉ちゃんがさっと動いたかと思えば、その電光石火の右手がエイフォンくんの左の頬を打ち、そのまま振り抜いたはずの右手の甲が戻ってきてエイフォンくんの右の頬を吹っ飛ばした。
要するに往復ビンタだ。
……想像するのも怖ろしい。おれは絶対に喰らいたくない。ゲンコツよりもたぶん痛い。かなり痛い。死ぬほど痛いに違いない。
そして姉ちゃんは相手が貴族とか全然関係ないってのが一番怖い。マジで勘弁してほしい。
姉ちゃんならやるとは思った。エイフォンくんの泣きそうな情けない様子を見て姉ちゃんならやるとは思ったけどな! 思ったけども! 本当にやられたらマジ怖ぇっ!
目を見開いて両手で口をおおったヴィクトリアさんと、姉ちゃんの行動にちょっと引き気味の二人の護衛女騎士と一人のメイドさん。
珍しく驚いたとはっきりわかる表情のおじいちゃん執事。さすが姉ちゃん、あのおじいちゃん執事からあっさり1本取るなぁ。
何がなんだかわからなさそうなでっぷり子爵。
そんで、横倒しに倒れたエイフォンくんと、動きかけて、そのまま固まってしまったエイフォンくんの護衛騎士。
そんなエイフォンくんを見下ろす仁王立ちの姉ちゃん。
「……な、何を」
「……甘えないで。せきにんがあるなら背おえばいいわ。生きてるものは生きるだけよ。この町で死んだ人に対してせきにんがあるというのなら、その人の分まで生きるだけだわ」
「なっ……」
「あたしたちの村はほろんだわ。でも、あたしは生きのこった。だから生きる。生きぬいてみせる。もうこれ以上、大切なものをうしないたくない。だから、全力で生きるわ。守りたいものは全部守るし、ぜったいにあきらめない。あなたみたいな弱虫を見てるとイライラするわ」
「君に! 私の苦しみがわかるはずがない!」
「しらないわ、そんなこと。きょうみもないわ。まだかいしょうされてない大切なこんやくしゃを守ろうともせず、あきらめるような人、リアの友だちとしてゆるせないから、ぶっただけ」
……あ、ヴィクトリアさんの視線、エイフォンくんには一切向けられてないんだ。姉ちゃんばっか見てるし、なんかキラキラしてるね?
うん、うちの姉ちゃん、いいよね? わかるよ、わかるんだけどな、わかるんだけども、ちょっとエイフォンくんが可哀想かな? 政略婚とはいえね、別にさキミタチそんなに仲悪くはない感じだったよな?
「あなたははめられたわ。まだわかってないの?」
「……何が」
「そこの子しゃくが言ってた、あたしにころせるはずがないって理由、教えてあげるわ」
その場にいたおれと姉ちゃん以外の全員が姉ちゃんに注目したのがわかる。
「そのふくを着ていた人のおでこに、つのが生えてたからよ」
それは。
その事実を知らされていなかったおれと姉ちゃん以外の、その場の全員にとって。
これ以上はないくらいの爆弾発言だった。
「この人は、つのがある人とつながってた。かくれて何をしてたのかまではわからないけど、この町がホネのま物におそわれたこととかんけいしてるのはまちがいないわ。この人が、そのふくを着ていた人をころせるはずがないって思ったのは、ま族とたたかえる人なんていないと思ってるからよ」
「……魔族、だと? この町に魔族がいたというのか?」
「ヤルツハイムル子爵が魔族とつながっていただと?」
「…………ふざけるな! みなは! 騎士団のみなは! それでは何のために死んだというのだ!」
三人のメフィスタルニアの騎士たちが声を上げた。
「馬鹿な、そんな小娘の言うことなど……」
「……ほう? まだ言い訳なさるので?
これはもう、商会の争いなどという話を大きく超えております。この領内どころか、トリコロニアナ王国内でもおさまらない可能性すらありますな。
先ほどの伝言と合わせて考えれば、この状況を子爵さまは魔族に望んだということではないですか?
魔族が絡んでいるのであれば、死霊に町を占拠されるという話も十分に起こり得ること。どうしてこのようなことが起こったのかは謎でしたが、魔族の仕業というのであればそこも納得がいきます。
そこに示されたあまり見たことのない白い服を証拠として、魔族を討伐したハラグロ商会の護衛のおふたかたは、明らかにハラグロ商会の濡れ衣を晴らしたと言えましょう。
そして、何より、ヴィクトリアさまがいた別邸は魔物に襲われ、エイフォンさまと子爵さまがいたこちらは魔物に襲われていなかったという。これも、子爵さまが魔族につながっていたからではございませんか?」
舌鋒鋭く、おじいちゃん執事が責め立てる。
エイフォンくんの護衛騎士は剣の柄に手をあてて、腰を少し落とした。
エイフォンくんもゆっくりと立ち上がり、でっぷり子爵を見つめる。
でっぷり子爵包囲網は完成した。もう逃れられないだろう。
「ふざ、けるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……」
でっぷり子爵がつぶやいた。しかし、その声は少しずつ、少しずつ、大きくなっていく。
「このようなことを望んでなどおらん!
このようなことになるなど知らなかった!
こんなつもりなどなかった!
なぜ、この町の経済を支配するわしが、この町の崩壊を望む? この町から人がいなくなり、商会は潰れ、わしの利益はなくなる! そんなことを望むはずがないだろうが!
こんなつもりじゃなかった! こんなつもりじゃなかったんだ!
確かにわしは、魔族と出会い、言葉を交わした!
そして、望んだ! それは誰もが願うことだ!
わしが望んだのは、このメフィスタルニアの支配!
このように死霊にまみれて誰も住まぬ廃墟の主となることではない! そんなことを望んだ覚えはない!
出世し、いつかは領地持ちの大貴族になりたいと願う、そんなことは別におかしくはないはずだ!
誰からも非難されるようなものではない!
わしはただ、立身出世を望んだだけだ!
こんな、こんなことを望んだのではない!」
それは、おそらく。
でっぷり子爵の心からの叫び。そして、真実の叫び。
別に、メフィスタルニアを死霊都市にしたかったワケではないのだろう。
結果として、そうなってしまったというだけで。
1歩、2歩と、でっぷり子爵が小さく後退する。
「わしがヤツと出会ったのは、まだわしが伯爵から別邸を与えられ、そこで暮らしていた頃のこと。
もう数年前のことだ。別邸で、地下への入口をたまたま見つけ、そこで出会った。
それから、エイフォンさまがケーニヒストル侯爵家と縁づくことになり、わしは別邸を取り上げられた。別にそれはかまわん。商会の屋敷がいくらでもあるからな。
だが、伯爵は!
ケーニヒストル侯爵家を通じて、さらなる回復薬の取引の拡大を目指した!
こちらよりも規模が大きいケーニヒストルータを治めるケーニヒストル侯爵家と手を結ぶ? そんなことをしたらどうなると思う? 弱い者は強い者に喰われるだけだ!
だが、どのように説得しても伯爵は折れない。
ならばどうする?
どんな手を使ってでも、商会の力を伸ばし、ケーニヒストルータの連中と渡り合わなければならん!
王国内の他の商会を取り込み、力をつけて……」
……なるほど。だから、イシサヤ商会に手を出したんだな。そしたら、反撃された、と。しかも手酷く。最悪なことに、もっともヤルツ商会が得意分野としている最大の武器でもあった、回復薬の取引で!
偶然だけどな! それ全部偶然なんだけどな! 狙ってないよ? 狙ってないからな! 今はめちゃめちゃいろいろと狙ってるけども!
「……全てはハラグロ商会だ! あいつらさえ! あいつらさえいなければ!
公爵家、辺境伯家などの大貴族がウチの商会と距離をとり、ハラグロ商会とつながり、どれだけ回復薬の取引を提示してもこっちになびいてこない! ありえん!
強引にでも潰してやろうと仕掛けても、逆に反撃を受ける!
陥れようと何重にも罠を張っておいても、なぜかその罠ごと、全てをひっくり返される! いつの間にかハラグロ商会はケーニヒストル侯爵家までも味方につけて!」
緊迫した空気が流れている。
でも、まだ誰も動かない。動けない。
こんな奴でも爵位持ちの貴族。
殺すワケにはいかないからだ。そこはおじいちゃん執事からしっかりと念を押された。ウチの姉ちゃん、やっちまいそうだからな、躊躇せずに。
「……わしが望んだのは、十年後、いや、十五年後に、なんとか陞爵して、このメフィスタルニアを名実ともに支配することだった。別に、急ぐつもりなどなかったのだ。伯爵を害するつもりもなかった。
ましてや、こんなことになるなんて思ってもおらんかった……」
「……だからといって、許される訳ではございませんな」
「ああ、そうとも。そんなことは理解している」
冷たくおじいちゃん執事に切り捨てられたでっぷり子爵はそう言って、懐から小さな玉を取り出した。
……うん。それ、知ってる。『不死のオーブ』だろ? ゲームの設定では、このでっぷり子爵を倒したエイフォンくんが、婚約者であるヴィクトリアさんを失い、町が滅びた絶望の中、取り込んでリッチーとなってしまう、アレだよな。
「近寄るなよ。これは、あの魔族から受け取った魔の宝玉だ。これを取り込めば死霊の王になれるという……」
「何っ!」
「そんなものをどうするつもりだ!」
「いったい何を考えている!」
騎士3人が、すらりっと剣を抜いた。
「近づくな! 近づくなよ? わしはもう終わりだ。だが、終わらん! ここで、このまま、死霊どもの王となり、死霊の町の支配者となってやる。これを取り込めば取り込んだ者は不老不死となり、その力は、何十倍、何百倍にもなるというからな! 動くな! 動いたらこの力を得た瞬間、ここにいる者を全て死霊に変えてやるわっ! いいか、そこのお嬢さまとお坊ちゃまが大切な、っ……」
突然、ふら~りと、でっぷり子爵が倒れていく。
そして、倒れたでっぷり子爵のその手から『不死のオーブ』が落ちて、床にころりと転がる。
呆然とその様子を見つめる一同の瞳の中には、倒れていくでっぷり子爵の後ろから現れた、手刀を振り下ろした体勢のままのおれの姿が映っていた。
……いや、このやりとりの最初から、他の人が目立ってるうちにでっぷり子爵の後ろにゆっくりと移動して、最後の瞬間に首トンで気絶させただけなんだけどな? 体術系スキルって持ってるだけで便利なんだよな。
別に、でっぷり子爵がオーブを取り込んでリッチーになったとしても、たかがレベル5、HP50程度が100倍のHP5000なら姉ちゃんと二人で秒殺だけどな?
レベル10でHP100から10000になったとしてもな? 大した問題じゃねぇよな? リッチーになりたてならな?
でも、そこまで待つ必要はないだろ? ないよな? 物語の盛り上がりとかいらねぇし?
そもそもおじいちゃん執事から与えられたミッションのクリアには、このでっぷり子爵がたっぷり自白した上で、人間として生きたまま捕まえた方がばっちりになるだろ?
でっぷりたっぷりばっちりだぞ? なんてふざけた三つ揃えなんだよ……。
「オブライエン殿、気絶している今のうちにすぐに捕縛を。絶対に解けないくらいきっついヤツでお願いしますね!」
おれがにっこり笑ってそう言うと、おじいちゃん執事は小さく息を吐いて、護衛の女騎士に視線を移した。
その視線に反応したビュルテさんが動き出して、でっぷり子爵をぐるぐると縛っていく。
おれは終わったなと思ってタッパを確認する。
………………まだ『SQ』が消えてない?
なんだ?
何が残ってる?
まだ終わってないのか?
ふと周囲を見回す。
そうすると、少しだけ震えながら、エイフォンくんが膝を折って、床に転がっている『不死のオーブ』に手を伸ばしたのが見えた。
おまえかーーーーーーっっっ!!!
手にした『不死のオーブ』を持ったまま、エイフォンくんがゆっくりと立ち上がり、その手を自分自身へと近づけていく。
おれは全力ダッシュでエイフォンくんとの距離を詰めて、その手を強くはたいた。
ごとんっ、とんっ。
エイフォンくんの手から『不死のオーブ』が落ちる。
おれはそのまま、落ちて転がるオーブを軽く踏んで、止める。
……絶対にストーリー通りになんて、させない。してやらない。必ず歴史を変えてやる。そう決めた。決めたからには、そうする。やってやる。絶対に歴史を変えてみせる!
「……こんな物を利用しても、メフィスタルニアを取り戻せませんよ。うちの姉ちゃんに叱られたのに、何もわかってないみたいですね」
おれは左手でさっとタッパを操作して、『不死のオーブ』をアイテムストレージに収納した。
踏んでいた足が、ぱたんと床に接して音を立てた。見ていた人には、踏み潰したことでオーブが消えたように見えただろうと思う。
まさか、おれが回収したなんて、誰も気が付かないだろう。破片とか落ちてないけど、できればそこは気にしないでほしい。
「君は……君は、そんな物を利用しなければこのメフィスタルニアを取り戻すことができない、そこの子爵と同じ私を……やはり、間違っていると、思うの、かい?」
「……間違ってるかどうかなんて知りませんけど。今は無理でも、何年後か、いつかきっと、メフィスタルニアを取り戻すことはできるだろうとは思ってますけどね」
「馬鹿な! 君がかなり強いということは私も理解している。だが、騎士団を送り込んで全滅するような状態で、そんなことができるとは……」
「だから、『今は』無理だって、言ってますよ。おれが言いたいのは、何年か先のことです。いいですよ、別に? こっちの頼みごとを聞いてくれるのなら、何年かかけて、この町を死霊どもから解放してあげますよ。おれが、この手で」
「ほ、本当か! 本当に、できるのか!?」
その時のエイフォンくんの表情は、今までとは違って見えた。
このダンスホールみたいな……いや、ダンスホールだったっけ……このでっかい部屋に入ってからずっと、疲れてるような、苦しんでるような、暗い顔をしていたエイフォンくんとは違う、何かが違う表情。
「本当に! 本当にこのメフィスタルニアを取り戻せるというのなら! 私はなんでもする! 君のどんな要求にも応える! 命を賭けろというのなら賭けよう! 戦えというのなら戦おう!」
……ああ、そうか。
エイフォンくんは、希望を失ってたんだよな、たぶん。
誰も、明るい希望を、明るい道筋を、明るい未来を示してくれない、そういう状態だったんだよな。
まあ、かなり面倒ではあるけど、ゲームのMMOイベントじゃ、何回も解放するのに成功してきたんだ。じっくりやれば、なんとかできんだろ、きっと。何年かかるか知んねぇけどさ。やり方だけは、全部知ってる。覚えてるからな。
「じゃあ、こっちの願いを聞いてください。そしたら約束します。必ず、メフィスタルニアから死霊ども追い出して、この町を解放するって」
「ああ、わかったとも。君の願いは何だ? 君は私に何を願う?」
「……おれたちと一緒に、ケーニヒストルータまで逃げてください。それがおれのお願いです。そうしてくれたら、たとえ何年かかっても、メフィスタルニアをなんとかしますよ」
この話にエイフォンくんが乗ってくれたら、おじいちゃん執事からの宿題はほぼ完璧にクリアだろ?
「ふむ……私に人質になれ、ということだな。理解した。ヴィクトリア殿のことを考えれば、ここで私が君の願いに応じなくとも、オブライエン殿がどのみち私を連れ去ることだろう。それならば君の提案に乗って、メフィスタルニアの解放を約束してもらえる方が何倍も価値がある! よかろう! 君の求めに応じてケーニヒストルータまで行くことにする! 人質にでもなんでもしてくれてかまわん! だから、必ずこの約束は、この約束だけは守ってくれたまえ!」
……え? そうなの? おじいちゃん執事、そこまでヤる気だったの? マジで? じゃ、おれがエイフォンくんと余計な約束なんかしなくても、エイフォンくんはケーニヒストルータに行くことになってた? あれ? おれ、やっちまったのか? もしかしてやっちまったのかな?
その瞬間、タッパの『SQ』の表示が消えた。
おおおおおーーーーーいいいいいっっっっ!! 『死霊都市の解放』の約束なんて、ストーリー・クエストのクリア条件にしてんじゃねーーよーーーっっ!!
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