王家の運命(さだめ)(4)



 勇者の血筋は魔王に狙われると、神殿の伝承では言われている。トリコロニアナ王家は勇者クオンの末であると伝えられている。


 そして、今、我が国は魔族と魔物の侵攻を受けていた。これは勇者の血の呪いなのだろうか。


 辺境伯領の開拓村を襲った魔族と魔物の群れは、村人たちとファーノース騎士団の騎士、辺境伯領の兵士たちが協力して、撃退したという。


 しかし、それだけで魔族の侵攻が終わった訳ではなく、次第に辺境伯領の各地へと戦線は拡大していく。


 辺境伯は守るべき町をしぼって、それに対応し、戦線の縮小に努めた。


 辺境伯領での戦いが始まると、街道を行き来する商人たちから魔物による被害を受けるという報告が相次ぐようになった。


 そして、それが国内の各地に広がっていく。


 魔族と魔物の群れが現れた訳ではない。だが、確実に、そこにいる、いままでもそこにいたはずの魔物たちが、街道で人々を襲うようになった。


 そのうち、戦況がどうなっているのかという情報や、各地の物産が次第に届かなくなってきて、王都でも王城内の備蓄を確認させるように命じなければならなくなっていた。


 このままではよくないと神殿を通じてソルレラ神聖国へと救援を依頼するために使節を派遣した。確実に河南へと行くために騎士が足りぬと外交官の男爵が言うので、王都の守りに不安を感じるが、騎士を増員して派遣した。


 だが、ソルレラ神聖国は我が国と接する国ではない。聖騎士団は強く、頼りにできるのかもしれないが、救援を送ってくれたとしてもやはり遠い。


 隣国にも使節を派遣するが、騎士の数も兵士の数も足りない。これでは護衛を付けて安全に隣国までたどり着けるかどうかも怪しい。


 血だらけ、傷だらけの早馬が王都の門に着いたと聞き、すぐに確認をさせると、公都の弟からの早馬だとわかった。数日、まともに眠らずに馬を駆けてきたのだろう。それはそれはひどい顔をしていた。


 その者によると、公都も魔物との戦いが始まったという。また、辺境伯領だけでなく、北方のハラグロ御三卿と呼ばれた者たちの3つの領地はどれも魔物に襲われているとのことだった。


 王都には魔物の影すら見えない。

 だが、まるで闇に包まれたかのように、国内のことすら把握できないのだ。


 もはや辺境伯領で魔族の軍勢は止まってはいないのだ。


 そして、勝報と呼べるものは最初の開拓村で撃退したという話だけで、それ以降は、ただの一度も、王都に届くことはなかった。


 政治も、戦争も、基本は数の勝負だろう。


 狩人たちがいうには、魔物は何日かするといつの間にかまた狩場にいるのだという。何年も、何年も、それを繰り返しているのだという。


 いつの間にかそこにいる魔物が魔族たちの兵士だというのなら、この戦争は、数で勝てるはずもないのではないだろうか。






 城壁の見張りから、魔物の大群が見えたという報告が届いたのは、朝議の終わった瞬間であった。


 ついにこの時がきたか、と。

 その事実をわしは冷静に受け止めた。


 国内のどこが魔物に襲われているのか、正確に把握できていなかったのだ。いつ王都にくるのかはわからぬが、いつかは来るだろうとだけ、思っていればよかった。だから、冷静に受け止めることができたのだ。


 すぐに王都には戦闘配備がなされ、民たちには外出禁止が徹底された。


 籠城が長引くのであれば、いずれ民からも義勇兵を募らなければなるまい。いや、そのうち、募るのではなく、命じることになるのかもしれぬ。


 作戦司令部となった王城1階の大広間で、朝議の後に朝食も摂らずに待機し、各所からの報告を受け続ける。


 現れた魔物の数は正確な報告などなく、ただ、無数、とばかり。それが数える手間を惜しんでのことではないと理解できるのが怖ろしい。


 城壁の上から、矢を放ち、石を落として、魔物を撃退しようと兵士たちは努めている。


 辺境伯領では空を飛ぶ魔物もいたという話もあったが、王都には姿を見せてはいないらしい。


 午前中は、特に何も問題はなく、そういえば朝食もまだであったなと、大臣たちと顔を見合わせた瞬間、王城全体が、いや王都そのものが揺れたのではないかという衝撃と音が、わしらを揺らした。


 城壁からの連絡ではなく、王城の兵士が、王都内に魔物が侵入し、王都内に魔物があふれているという報告を届けた瞬間、宰相は全ての顔色を失った。


「そんな馬鹿な…………たった1日も、城門をまもれなかったというの、か…………」


 もはや誰も、食事の話など、できなかった。

 わしも、その事実に衝撃を受けていたのだ。


 辺境伯領では、既に何か月も、領都を守り抜いているはずなのだから。


 ひょっとすると、わしらが知らぬだけで、辺境伯領の領都ポゥラリースも既に城門を破られ、陥落しているのかもしれぬ。


 何も聞こえぬ、何もわからぬというこの状態で、信じられぬ力を持つ魔物たちとの戦いが行われているのだ。


 だが、ただ衝撃を受けて沈黙しているだけでは済まされないのだ。


 今度は、さっきよりも近くで、はっきりと轟音が響いた。


 騎士たちや兵士たちの誰何の声が響いては、それが消えていく。剣戟などの戦闘音はないというのに。いったい、何が起きているのか。


 誰かがごくりと唾を飲み込む音が響いた。


 その時、一人の男が。

 なにやらおかしな仮面をつけた、ツノのある男が、大広間へと姿を見せた。


「何者だ!」


 大広間の警備を担当する近衛の騎士が誰何の声を上げた。


 その瞬間、ツノのある男が動いた、と思えばその近衛の騎士はどさりと倒れたのだ。


 これが、さっきまで外で起きていたことなのか、と。

 目の前で見ても理解が難しい出来事だった。


 近衛の騎士たちはファーノース騎士団から引き抜いた……いや、ファーノース辺境伯に差し出させたファーノース騎士団出身の者たちで、間違いなく、トリコロニアナ王国では最強に位置する者たちだ。


 それが、何をされたのかもわからぬうちに倒されていく。


 大広間にいた4人の近衛の騎士が全て倒れるまでに、誰かが言葉を発する瞬間はなかった。それほど短い間に、近衛の騎士たちは、その命を散らしたのだった。


「見たところ、そこにそろっているのがこの国の指導者だろうと思うが、間違いないか」


 一瞬で手練れの近衛の騎士を屠った剛の者。

 しかし、その者がこちらに話しかけてくるとは。


 だが、返事をしようと思うが、うまく口が動かぬ。足も震え、手もしびれる気がするのだ。


 これが、恐怖、か。

 目の前で、強者と思っていたものをまるで小さな虫でも潰すかのように倒す、圧倒的な者に対する恐怖。


 怖ろしい。ただひたすらに怖ろしい。

 なぜこのような者を相手に戦などをしているのか。


「答えるがいい。王は…………キサマか」


 仮面越しの瞳が、わしを刺すように捕らえて放さない。


 間違いなく、わしが国王であると認識している。身なりを見て、そういう判断ができる上、十分に会話が成立する。強さはバケモノとしか思えぬが、対話はできない訳ではないのだ。


「そう、だ」


 わしはとりあえず、王であることだけを認める返事を、なんとか返した。


 一度、言葉を滑り出させると、そこからは口も少しずつ軽くなっていく。


「わしが、国王で、ある。名を、聞こう」

「私の名か? ふむ。私の名は、ビエンナーレ・ド・ゼノンゲート。ガイアララの男爵にして、この王都攻めの主将を務める者だ」


 …………信じられぬ。主将と? この王都を攻めている魔物の群れの? それがたった一人でこんなところに? 馬鹿げている!?


「将とは、軍を率いて、戦う、者だ。この、ような、ところにまで、一人で踏み入る者、では、あるまい」

「なるほど。それがこちらの常識か。それぞれで違うところがあるものだ。自分と異なる存在があることを受け入れる度量が足りぬから、このようなことになるのだ。このような下らぬ争いに」


 仮面の男は心底、くだらぬ、というように仮面の奥の右眼を細めた。


「キサマが王であるのなら、今すぐ降伏するがいい。そうすればこの下らぬ戦を終えることも可能だろう。降伏させろと恩人の娘に頼まれたのでな。あの娘の頼み事はできれば叶えてやりたい」


 ふつふつと怒りがわいてくる。足も震え、汗も止まらぬが、それでも怒りがわいてくる。


 なぜだ。

 なぜだ、なぜだ、なぜだ。


 どうしてこんなことになっているのだ。


「ここを訪れた長耳の者どもが、わしの臣下を殺した。それがなぜ、魔族どもにこのように攻められねばならぬ? 降伏せよと言われねばならぬ? 勝手に戦を仕掛けてきたのはそっちではないか」

「ふむ…………リーズリース卿の手の者が謀略をめぐらしたか…………しかし、その手に見事に騙されたのはそちらのこと。私は宣戦布告によってこの戦が行われていると聞いたのでな」

「あのような……あのような一方的なものを宣戦布告というか」

「宣戦布告とは、そもそも一方的なものであろう?」

「謀略……そなたが今、そう言った通り、これは長耳どもの謀略だ。降伏など、降伏などできぬ。たとえ最後の一兵までその命を散らしたとしても、謀略に敗れる気はない」

「宣戦布告を受けてわれわれとそなたたちは戦争状態にある。ここで降伏をすれば王都の被害もそれだけ軽くなるだろうに、無駄に命を粗末にするとは、それでも国王か…………」

「何とでも言え。魔族が宣戦布告を行い、堂々と戦争を仕掛けてきたなどと誰も信じる者はおらん。われわれ人と、人ならぬ魔族との泥沼の争いになって最後まで戦い続けるがいい…………」


 こうなれば、もはや大陸の全てを巻き込み、魔族どもとの戦いを…………。


 仮面の男は、ふと考え込むように黙り込んだが、すぐに顔を上げた。


「愚かなヤツだ。そうまで死にたいのであれば、ここで死ぬがいい」


 そう言って、仮面の男はわしに向けて拳を…………。


 ……その瞬間。


 腰に届くかという長さの豊かな黒髪を躍らせるように輝かせる美しい娘が、弓をかまえて大広間へと飛び込んできた。


 それはまるで女神のような、凛々しくも美しい、清浄な気を発する、清らかな存在だった。


 死を前にして、女神の迎えが来たのかと思うほどに。


 それほど圧倒的に美しい、いや、神々しい娘だったのだ。


 その手から光輝く矢が放たれる。


 わしを殴り殺そうとしていた拳は止まり、仮面の男はその娘を振り返りつつ、光り輝く矢を銀色の鈍く光る左腕で打ち払った。


 さらにもう一人、金髪の、あどけなさを残しつつも、すっきりとしたその鼻筋と輝くような碧い瞳で将来は美姫となることに疑いがない美少女が弓をかまえて飛び込んでくる。


 また、その二人の娘にはさまれるように黒髪の、これもまた人目を引く美しい青年、いや、少年だろうか、どちらにせよ、まだ成人したばかりのような幼さを残した美しい顔をした男が一人、飛び込んできた。


「もう全て片付けたと思っていたが、いったい何者だ?」


 そう言いながら仮面の男は、今度は金髪の美少女が放った矢も左腕ではじき飛ばした。


 黒髪の娘が弓を足元に置いて、黒髪の青年から槍を受け取ってかまえつつ、仮面の男と向き合う。


「覚えとくって言ったくせに、覚えてないのね? 腹の立つ男だわ」


「ほう……?」


「強くなれって言われたから強くなってここまできたわ? 忘れられてるとは思ってもみなかったけど、もう何年か経ったもの、そういうこともあるわよね」


「ふむ……その黒髪に、黒の瞳……面立ちの似た、弟、か…………そうか。あの時の……小川の村の、イエナと……アイン、だったか? それとそちらの娘は、麓の村の…………」


「小川の村の、アイン、となっ!?」


 わしは思わず叫んでいた。


 …………忘れもせぬ。あの武骨者のファーノース辺境伯の、自慢の領民の名だ。将来有望な神童で領都を支える優秀な文官となることは疑いがないと自信満々で何度も口にしておった。だが、ここ何年かは名前を聞くことがなかったのだが、あの黒髪の青年があの辺境の神童アインなのか? では、辺境伯が彼らを王都に? いや、この仮面の男と、面識があるというのか?


「この私の復帰戦に、おまえたちが姿を見せるか……これが因縁というものか……」


「ふうん、本当に覚えてたのね。感謝するわ」


 黒髪の娘が駆け出し、槍を振るう。

 そこへ仮面の男が一瞬で間合いを詰めた。


 いかんっ! あの男は強すぎるのだっ!


「くっ……」


 黒髪の娘は槍を一閃するが、それは仮面の男に左腕で受け止めてはじかれ、逆に拳を撃ち込まれる。


 だが、その拳が撃ち込まれたと思った瞬間、黒髪の青年、辺境の神童アインがそこへ割り込み、剣を振るう。


 仮面の男は一瞬で辺境の神童へと向きを変えて、その剣を左腕で受け、右拳を振りかぶる。


 辺境の神童アインはどこからともなく盾を取り出すと、仮面の男の拳を盾で受け止めた。


「何だと!?」


 仮面の男が叫ぶ。


 だが、辺境の神童の盾は、その一撃で砕け散って消える。


「一発で破壊しやがって……」


「…………見慣れぬ技を使う」


 あり得ぬ!? 近衛の騎士が一瞬で散ったというのに!?


 金髪の美少女が2本目の矢を放つ。


 仮面の男はまるで軽業師のようにその矢を蹴り飛ばしつつ、後ろへと回転して、辺境の神童と距離を取った。


 黒髪の娘の槍がさっきまで仮面の男がいたところを切り裂くように一閃した。


 なんという攻防! この者たちならばもしや! この仮面の男を…………。


「リンネ! おれに月1!」


『レラサ!』


 リンネと呼ばれた金髪の美少女は癒しの御業の月の光を辺境の神童へと送り、包み込む。


 黒髪の娘は怯むことなく仮面の男へと距離を詰め、槍を突き入れる。


「逃げて!」


 わしを見つめながら、黒髪の娘がそう叫んだ。


 その言葉に、逃げる機会を得たのだと今さらながらに気づいた。


 宰相と一瞬で目を合わせ、大広間の奥へと動き出す。


「ちっ……」


 仮面の男の舌打ちが聞こえたが、仮面の男がこちらを追いかけてくることはなかった。






 王都の地下を流れる地下水脈を通じて、王都近くの森にある炭焼き小屋の井戸へとつながる王城からの脱出路を使い、重臣たちとともに危地となった王城を抜け出ることができた。


 全ては、突然現れた辺境の神童アインだと思われる青年と、黒髪の娘、金髪の美少女、あの3人が仮面の男ビエンナーレを足止めしてくれたからだ。


 大広間でのあの3人と仮面の男は今頃、どうなっているのだろうか。


 気にはなるが確かめる術はない。

 ここには誰一人として、あの状態の王城へと戻ろうと考える者はいないだろう。


 心胆寒からしめる恐怖とは、あの仮面の男のような存在のことをいうに違いない。


 ただ、今回の一連のことでよくわかったのは、魔族という存在は対話もできるが、こちらを騙すこともある、そう、わしらのような人間と実は同じではないか、と。それでいて、いざ戦いとなったら、人間には到底できない力を使い、圧倒的な暴威を振るう。


 言葉をあやつるというだけで、わしらとは実は根本的に異なる存在なのかもしれぬ。いや、そうなのであろう。


 あれは対話なのかと。対話ではなく、それこそ一方的な脅迫なのではないかと。


 根底にある力の差を感じざるを得ない。それともあのビエンナーレという仮面の男が特別なのか。


 長耳のロイエンタルジルには、そこまで何かの力の差があるとは感じなかった。ただ、圧倒的な狂気を、わしらを、人間を憎む、そういう怖ろしくもおぞましい思いを感じただけだ。


 ロイエンタルジルは、あの事件がなければ、本当にわしらとの対話を続けるつもりだったのだろうか。少しだけ考えて、その可能性は低いだろうと結論付ける。そう。ヤツには狂気しかなかったのだから。


 なぜそこまで、人間を憎めるのか。


 伝承では長耳の魔族は長命であったと伝わっている。


 わしらが歴史の中で学ぶ、聞いて知るだけの出来事を、実感をもってその身に残しているというのだろうか。長命とは、いったい、どのくらい長く生きるのだろうか。


 ゆっくりと、幼き頃より神殿で学んだ伝承を思い返してみる。


 ツノの魔族は人よりも力が強いとされていたはずだ。戦いにおいて、力の強さはそれ自体が武器であり、魔族の方が人よりも有利だろう。


 長耳の魔族は、魔法に長けていると伝わっていたはずだ。これも、魔族の方が戦いに有利になる要因ではないだろうか。洗礼で『魔法使い』や『魔導師』となる者はほとんどおらぬ上、魔法が使える天職を授かった者は、神殿も含めた各国の暗闘によって、その多くが失われている。


 戦えば、魔族が有利。


 だが、やつらは、迫害され、山の向こうの地へと逃れたという。


 弱い者が、強い者をどうやって迫害し、辺境のさらに向こうへと追いやったというのだ。話の筋が通らぬではないか。


 強い者が弱い者たちに追い出されるなどということは、子どもに聞かせるおとぎ話でも、心の優しく気の弱い大男がいました、とでもいう話だけではないか。


 あり得ぬ…………いや、まさか?


 あり得ぬのではなく…………わしらが魔族と呼ぶ、あのツノ付きや長耳の連中は、おとぎ話の心優しく気の弱い大男と同じだと、そういうことなのだろうか。あのおとぎ話の大男は、いじめられて、我慢して、我慢して、とことんまで我慢して、最後に大事な、本当に大事な妹を傷つけられた時、村を全て壊したと、そんな話ではなかったか。


 そんなことがあるのか? 魔族の、やつらの心が優しく、気が弱い、などということが?


 だが、そうでもない限り、やつらにわしら人間があそこまで恨まれることも、やつらが世界の果てに追いやられることも、持っている力の差を前提とするのならば、到底考えられぬ。


 わしらはあの仮面の男、ビエンナーレと比べてあまりにも弱すぎる。だが、さっきの、辺境の神童とその仲間たちは、あのビエンナーレと互角に戦えておった。いや、3対1での戦いを互角というのもおかしなことか。


 それでも、人間の中にも、やつらと戦えるだけの存在はいるのだ。


 辺境の神童がどのようにしてその力を身に付けたのかはわからぬが、何か方法があるのだ。


 それは間違いない。


 …………魔族が神殿の伝承の中の存在ではなく、実在する脅威となった今、過去に人間が繰り広げてきた悪行と、わしらが人間の中でつまらぬ争いをひたすら続けてきたことが弊害となっておるということか。


 そして、長き時を経て力を蓄えた魔族に、勇者の血を引くとされる我が国が、狙われた、か。


「陛下! 魔物が、魔物が…………」


 森の外のようすを確認に出た者が、慌てた様子で戻ってくる。


 ついにここまで魔物がきたのか。

 助かったと思ったが、どうやら、それもここまで。


 あの長耳のロイエンタルジルのように、堂々と自裁するのが、よいのだろうが、わしにあのような真似ができるとは思えぬ。


「みなのもの、最後までご苦労だった。もはや、どこへ逃げても…………」

「ち、違います、陛下! そうではなく! 魔物が、魔物が王都の門を出て、魔物の群れは北へと向かっておるのです!」

「何っ……」

「次から次へと王都の門を出て行く魔物の群れは、明らかに北へと進んでおります! それこそ無数の魔物が北へ! 王都を出て!」


 …………何があったのかはわからぬ。しかし、魔物の脅威だけは、王都から消えてなくなろうとしているのだろうか。いや、これは、もしや?


「…………まさか、あの者たちが、仮面の男を倒した、ということではないのか?」






 すぐに王都を確認するのも危険だと考え、翌日、門を出て行く魔物の姿がひとつも見えなくなったことを確認した上で、脱出した地下水脈を戻って、王城の中へ入る。


 この脱出路はもはや多くの者に知られてしまった。もう埋めてしまうしかないだろう。いや、埋める手間もかけたくはない。そうなれば、やはり…………。


 王城の中を移動して大広間へ戻ろうとしたが、そこには、かつて大広間だったのであろう空間に、夕日のように大きくて丸い空間が、石造りの王城の中に、床や壁、天井を削り取って、ただただ、空間が、広がっていた。


 何をどのようにすれば、このような空間が出来上がるのか、想像もつかない。


 そこには、あの仮面の男の姿はもちろん、辺境の神童アインと二人の娘の姿もなく、一人、長耳の魔族の男が横たわって死んでいた。


「陛下…………」

「何もいうな。どう考えても、わしらの想像できる出来事を全て超えておる」


 ここで行われた戦いがどのように推移し、どのような結末を迎えたのか、それを知ることはこのままではできぬ。


「…………王都の被害を確認し、生き残った者たちを集めよ。王都は放棄する」

「陛下、それは……」

「城門は破壊され、再建は到底無理であろう。次は今回以上に大きな被害となる。ここに居座ることは優先すべきことではない。南部の王家直轄領のどこかへ遷都する。これは決定である。宰相を中心として急ぎ準備を整えよ。もちろん、王都の民も共に避難する。残りたいと望む者はそのままでよい」

「わ、わかりました……」

「ああ、それと……」


 わしは重臣を見回し、ゆっくりと告げた。


「辺境の神童アイン、黒髪の娘イエナ、金髪の少女リンネ、以上の3名を必ず探し出せ。この先、魔族との戦いにあの者たちは必要となる。絶対に見つけ出すのだ」


 生きているのか、死んでいるのか、そして、どこにいるのかもわからぬ。


 それでもあの者たち以外に、頼れそうな者など、いないのだ。


 魔王に狙われるという我が王家に流れる勇者の血筋。


 ほんの少しでも可能性があるのなら、何にでもすがって生き延びてみせる。


 この先にどのような運命が待っていたとしても。





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