光魔法の伝説(16)
おっす。おれ、アイン。11歳。
今、何をしてるかって?
「オーナー、見えてきましたよ。あの城壁が交易都市メフィスタルニアです」
おれは御者をしてくれてるガイウスさんの背中越しに、幌馬車の中から遠くの外壁を確認した。まだ本当に遠いので、小さなかたまり……なんて言えばいいんだろうか、うまく言えないけど、今見えてる状態はチロルチョコ? のような形が見える。
おれの横では姉ちゃんが同じように見ている。
「どうやら今夜は野営の必要はなさそうですな。今日中に門を通れそうだ」
ガイウスさんはそう言いながら後ろをちらりと見て、幌馬車の奥に横になって寝ている二人の様子を確認し、小さくため息を吐いた。「……あいつらは、もう少し、鍛えないとダメですね」
横になって寝ている二人は、ガイウスさんの部下としてつけられたムラーノさんとワヨナイさんだ。
野営で夜番を務めると、その緊張感で疲れてしまって、翌日はあまり使い物にならない。この旅の間もずっと、御者はガイウスさんが務めている。上司なのにな。
実質的に、この馬車の護衛はおれと姉ちゃんが務めた。襲撃も撃退したしな。思い出したくもないけどさ……。
今、目指しているのはメフィスタルニア。メフィスタルニア伯爵領の領都で、交易都市と呼ばれている。ガイウスさんに言わせれば、呼ばれているのではなく、呼ばせているのだそうだ。
おれにとっては実は馴染みの場所だが、今世では初めての訪問となる。
おれが知っているメフィスタルニアは交易都市ではなく……『死霊都市メフィスタルニア』である。
ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』において、3か月に1度、開催されていたネット上のMMOイベント『死霊都市の解放』で、何度も潜入や突入を繰り返したアンデッドタウン。
今、姉ちゃんがつけている『聖者の指輪』はこのMMOイベントを5回クリアして入手できるキーワードで本来、見つけるアイテムだ。
入手とクリアの順序は逆になってしまったけど、おれはついに、こっちの世界でのメフィスタルニアへと近づいた。
ちなみにこのメフィスタルニア、交易都市と呼ばれているらしい。なんと、このトリコロニアナ王国では王都に次ぐ第2の都市とのこと。経済的には第1の都市なんだと。初めて知りました。
ゲームじゃスケルトンやらゾンビやらグールやらが徘徊してる町なんだけどな。
今回、このメフィスタルニアへとやってきたのは、このゲームの歴史を大きく変えてみようと考えたからだ。おれと姉ちゃんが生き延びるために。
初の試み。積極的歴史改変。
いったい、何が起きるのかはわからない。
おそらく、これまでのおれの行動で、いろいろとゲームやアニメで知っているこの世界の動きとは変化しているはず。
レオンが小川の村に滞在したことだってその一部だろう。
だったら、思い切って変えてみた方がおれにとって都合がいいんじゃねぇのか、と。
だから、このメフィスタルニアがまだ『死霊都市』と呼ばれる前の今、乗り込んでいろいろとやっちまおうか、って感じだな。
あんまり大それた改変はできねぇとは思うんだけどな。1000人のプレーヤーでクリアするようなMMOイベントを姉ちゃんと二人でどうにかできるはずがない、と。
まあ、それだけじゃなくて、めあては色々とあるんだけどな。あるんだけども。
さて、MMOイベント『死霊都市の解放』は、『その者、気高く美しき聖女をともない、神聖なる光をもって、メフィスタルニアを魔の呪いから解き放つであろう』というイケボのアナウンスと、主人公の勇者レオン、その妹である聖女リンネの、かっこよく、かわいいオープニング動画で始まる、大人気のイベントだ。
参加できるプレーヤーは1000人まで。
ゲーム『レオン・ド・バラッドの伝説』の中のいくつかのミニ・イベント・クエストのクリアで手に入る『お礼状』に書かれているIDとパスワードをネットで入力して、何月何日開始のイベントの予約ができました、と返ってくる。
このMMOイベントは3カ月に1度で、2か月間開催だ。
学校の中でそのIDとパスワードをカツアゲするような乱暴者が現れたりもしたくらい、なかなか参加できないイベント。
おれは5回以上、参加したけどな! そのうち1回は、ちょっと知り合いの女の子をPKしそうになったけどな! 恋の勘違いだから忘れてくれよな!
1000人のプレーヤーがアンデッドモンスターに支配されたメフィスタルニアを2か月間で解放できればクリア。
中には色々なクエストが用意されていて、友達と協力してクリアしたり、野良パーティーを組んで挑んだりと、けっこー楽しめる。
おれ、1回だけ、あの伝説のサワタリ氏とこのイベントで野良パーティー組んだことがあって、そん時のパーメンみんな、サワタリ氏から連続技の手ほどきを受けたからな! おかげでプレーヤースキルがめっちゃ高くなったんだよな。
イベント経験者が多いとクリアできる可能性が高いんだけど、初心者も友達と一緒に挑戦したいよな、そりゃさ。
クリアのために掲示板立ち上げて情報交換とかするけど、非協力的な人見知りプレーヤーのことでけっこー板が荒れたり? そんなこともあるけどな。
それでも、楽しいイベントだった。
そのイベントに参加するためのミニ・イベント・クエストはいくつかあるんだけど、そのうちのひとつに『老舗商会を救え!』というミニ・イベントがある。
公爵領の公都セルトレインの老舗商会が潰れかかってる。
商会主は、強大なライバル商会にさまざまな営業妨害を受けてきていて、商品もろくに仕入れられない。
なんとか○○を△個、手に入れてきてくれ、という依頼を達成し、礼金と『お礼状』を受け取る、というもの。
ゲームでは必要な品がストレージにあれば、依頼を受けて一度商会を出て、もう一度入ってストレージからその品を出すだけでクリアできる。
クリアする度に、ライバル商会から受けた妨害の愚痴を聞かされて、また来てくれよな、とお別れする。
受け取った『お礼状』にIDとパスワードがあればラッキー。なければ、まあ、しょうがねぇな、という感じでもう一度その老舗商会に入って、次のアイテムを用意するんだけど、外れだとつい何かに八つ当たりしたくなったりするけどな。
あの古き神々の神殿での探索を終えたおれと姉ちゃんは、冬場は転移できるリタウニングを使って、はじまりの村と古き神々の神殿を10日ごとに行ったり、来たりして過ごした。10日ごとなのはリタウニングのクールタイムのせいだ。
創造の女神アトレーを主神とする古き神々の神殿ではレベル上げよりも熟練度上げとアイテムの充実を狙った。
レベル上げだけなら、ものすごく効率のいい狩場は他にもいろいろあるからな。でも、物品の充実を図るのにあそこほど都合のいいところはない。
はじまりの村では、アンネさんに世の中のことを教わったり、雪の中すばやさ低下デバフ状態でサル狩りによるホネの入手に力を入れたりしていた。
ホネは矢の材料として必要になるから、どれだけあっても足りない。なんでかホネは、古き神々の神殿では手に入らない。ホネホネ、いっぱいなのに。
ポーション作成や武器作成による矢づくりとか、魔法スキルのクールタイムが長いものは定期的にはさんでいくようにして、この先の旅で不自由のないように、冬の間にいろいろと整えていく。
医薬神ダンジョンとか、ドロップがポーション素材の薬草だからめっちゃ助かるしな。
そして、雪解けとともに、はじまりの村を旅立ち、辺境伯領を出て各地を回った。できるだけ町や村は訪れて、リタウニングの転移ポイントを増やしていく。
熟練度上げのために、どこかを目指して移動していても、クールタイムの10日たったらリタウニングでそのへんの町に一度戻ったり、古き神々の神殿に行ったりしながら。
三歩進んで二歩下がる、みたいな感じはあったかも。
それに、古き神々の神殿以外の神さまんところも行った。
月の女神の古代神殿は姉ちゃん聖女化補完計画のために欠かせないと思ったし、攻撃魔法には欠かせない火の神の古代神殿は行かないと上の魔法スキルが手に入らない。
でも、火の神の古代神殿のダンジョンを戦い抜くには、水の女神系の魔法スキルがないと厳しいから、水の女神の古代神殿に行かなきゃならなかったり、とかさ。
この3つの古代神殿は進んできたルートからそこそこの距離で行けたから、がんばったけどな。
おかげでこの3つの系統の魔法スキルはかなり充実した。他の古代神殿は、遠くにあるし、どこかはっきりとした拠点ができたら、着実に目指そうと思う。
そんで、その行ったり来たり旅の間に立ち寄ったセルトレインで、よく通ったミニ・イベントの商会を思い出したおれは、つい、のぞいてみたワケだ。何か、必要な物があれば買ってみようか、と。
イシサヤ商会。老舗商会だ。
その本店の店舗では、商品棚にところどころ空きがあって、目立つってほどじゃねぇけど、品切れの物があるみたいだった。
商会主のおじいちゃん、おばあちゃんご夫婦は、なんだかため息をついていて、幸運を逃がしそうな感じ。店員たちも元気がないみたいで、お客も少ない・・・ていうか、いない。
ちょっと話してみると、最近、少しずつ仕入れがうまくいかない。迷惑かけて申し訳ないな、みたいな愚痴を一言。
あ、これ。
ちょうど妨害が始まったぐらいの時期なんじゃね? と気づいたおれは、ちょっと名探偵ぶってしまったのだ。つい、出来心で。やっちまったんだな、これが。
身体は子ども、中身は『ディー』の名を持つ大人であるおれは、誰かを眠らせて代理に立てることをすっかり忘れて矢面に立ち、ゲーム時代に商会主から聞いたことがある愚痴のあれやこれやを一人ずつ指差しながら暴露してみた。やってみた。やってしまった。してしまったのだ。
あの赤い髪の人は仕入れ先の情報をライバル商会に流してお金もらってるよ、とか、この白髪交じりの人は仕入れた砂糖や塩の一部をその商会に横流ししてるね、あっちは砂糖や塩の仕入れが苦手なんでしょ、とか、あの背の高いおじさんは帳簿の数字を書き換えて横領してたみたいだけどそれを知られてしまって裏切るように言われてるみたいだね、とか、そこの若いイケメンの人は担当してる果物に傷を入れてお客からの評判を落とすように言われてるね、とか、この中で信じていいのは向こうのひげのあのおじさんだけかな、とか。
「な、なんでそのことを知ってるんだ? さては仕入れ先の丁稚のヤツが……」
「いや、本当に少しだけなんだ、本当に少しだけだから。悪いとは思っていたけど断れなくて……」
「許してくれ。どうしても、どうしても病気の娘のために金が必要だったんだ……」
「おれ、今日から果物担当になる予定っすけど、そういう悪いこと、させられちゃうんすね、あのヤルツ商会に……」
「まさか、こんなにたくさんの店員がもうヤルツ商会に抱き込まれていたのか……デプレさま、番頭として気づくことができずにこのガイウス、一生の不覚でした……」
おれの鋭い指摘に次々と自白していく店員たち。……いや、なんかちょっとだけ未来予知しちまった濡れ衣部分もあったけどな。あったけども。
優しそうな顔してたおじいちゃん商会主が憤怒の表情で大激怒。
なんじゃてめぇら、ふざけんなこら、ゆるさんぞおらー、っと。
ところが自白した店員たちは開き直る。
「どうせここはそのうち潰れちまうさ! その前にやめてやる!」
その一言に打ちのめされる商会主ご夫妻と番頭さん。
……いやいや、あいつらのうち3人は完全に黒だし、その中でも横流しと横領はたぶん逮捕案件だよな? そうだよな? ちがうのか? 異世界では違うのか?
「お店やめても犯罪は犯罪だよね?」
シーン。
静まり返る店内。
よかった、おれの認識は正しいみたいだ。
そんな中。
「○○や△△を仕入れることさえできれば……」という商会主のつぶやき。
あれ、これ、ミニイベント状態じゃね? と気づいたおれ。
ひょっとすると、積極的に行動すれば、イベントを引き起こすことができるのではないか?
これが、ゲームの歴史を大きく改変してみようと思ったきっかけだった。
そんで商会のおじいちゃん商会主に同情した姉ちゃんが、ねぇアイン、なんとかしてあげられない? と言い出す。なんとかって言われてもなぁ、正直面倒臭いんだけど、と思ったんだけど……。
姉ちゃんのうるうるな感じの瞳を見て一気におれの心は動いた。動かざること山のごとしと言いたいけど、すぐに動いた。めっちゃ動いた。簡単に動いた。ソッコーで動いた。動かざるを得なかった。だってうるうる姉ちゃんだぞ? 永久保存版じゃね?
でも、いちいちアイテム集めをするのは正直面倒くさいし、しょせんはミニ・イベントだ。持ってる物なら融通してもいいけど、無駄に探して回るのは嫌だし。
だったら、一発で、一瞬で、一気に、根本的に、この問題そのものを解決してやろうと、おれは番頭さんの机の前に立った。
「これで足りますか?」
そう言って机の上に積み重ねた金貨10枚のミニタワーを10本。100万マッセ。
ぽかんと口を開けたまま、100枚の金貨を見つめて固まる店員たち。
「足りる? 足りない? 足りるんなら、出資するから契約書を作ってください。こっちの取り分はそうだなあ……純利益の2割ぐらいかな? それぐらいが妥当かと思うけど? もしくは投資じゃなくて借金にして、利子を払い続ける形でもいいけど。元本の返済はなしで」
「あ、いや、○○や△△があれば、とりあえずこの半年はしのげるんだが……」
「そんな一部の商品集めて、たかが半年しのいでもどうせジリ貧ですよね? 内部もどこまで食い込まれてるのか、わかんないし? 相手はかなり悪辣な手を使ってるみたいだけど? そんなやり方じゃ焼け石に水ですよ、どうせ? やるんなら、一気に勝負をつけないと。手を出したら大損するって相手に思わせてはじめて、勝てるんじゃないんですか? 噛みつかない狼は犬みたいなもんですよ?」
「……くっ。言われてみればその通りだ。だが、それならば100万マッセごときではとても勝負できん。ここから一気に盛り返すのなら、3000万……いや、5000万マッセは必要になるだろう。そんな大金、公爵さまでもなければ到底用意などできるはずが……」
番頭さんが、100万ぽっちじゃ足りんと、そういうことですか、そうですか。
ふん、と鼻で笑って、おれは無言でどんどん金貨を並べていく。
次から次へと底なしで出てくる金貨に、唖然呆然とするだけでなく、脱力して膝をついてしまう店員が出てくる始末。
机の上に5000枚の金貨を並べたところで、番頭さんが椅子ごと後ろに倒れて後頭部を強打した。
慌てて起き上ろうとする番頭さんの目の前の床に、ゴーレムからドロップした金のインゴットをふたつ、どっしーんと置いてやった。これでもかと置いてやったよ。
「これで足りるんなら契約書。とっとと契約書用意してください。あくまでも出資であって寄付じゃないから。ちゃんと利益を出してこっちにもうけさせてくださいね。これだけあればできるんでしょ? 足りないならすぐに言ってください。できるだけ早く資金をかき集めますから。そんで、そのなんとか商会は黙らせてもらえたら、純利益の3割はこっちに回してください。文句あります? これだけ一気に資金投入するんだから、それぐらいは許されるでしょう? あ、これ、半年に一度の計算でいいですか? おれ、計算得意だから、誤魔化したらタダじゃ済ませませんよ? あと、ここまでやってこの商会を潰してしまうような無能なら、とことん追い詰めますから。死にたくなっても殺しませんけど、とことん追い込みますから。どんな目に遭うかは想像に任せます」
金貨どころかでっかい金塊にまたしても呆然自失のみなさま。
3分くらいはそのままシーンとしてたけど、そこから一度、動き出したら一気に騒然としてきた。
あっという間に契約書ができて、しかもおじいちゃん商会主が、一から出直すので商会に新しい名前をつけてくだされ、とか言い出したりして。おばあちゃんの方は涙流しておれのこと拝んでくるし。
店員たちがお忍びの服装とはいえいったいどこの貴族家の方なんだ、とあせりつつ、おれのことを御曹司、御曹司って言い出して、御曹司って呼ぶなって言うと、今度は、オーナーって呼び出した。確かにオーナーなのかな、とか思って反論せずにいたら、オーナー呼びでいつのまにか定着してた。
ちなみに姉ちゃんは、お嬢さま、だ。なんか、むずがゆそうな顔してる姉ちゃんがかわいい。そこになんだかきゅんとくる。むふふ、さすがは姉ちゃん。
結果として、どうやらおれはこの商会の最大の出資者になってしまったらしい。まさにオーナー。
金貨の輝きに目がくらんだのか、裏切者のうち一人が土下座して、許してください、どうかこの商会においてください、と言い出すと、他の三人もそれに続く。いや、果物担当のあんたは、さっきの話だと、まだ裏切ってなかったよな? なんで土下座一緒にしてんの?
商会主と番頭は、他にも裏切者がいるかもしれないと、裏切者に金貨をちらつかせて、ウチの商会にはこれだけの資金を出せる大貴族バックがついた、これでウチの商会は絶対に潰れんぞ、それどころか裏切者はオーナーに追い込まれるからな、と脅して次々に証言をゲット。
いや、おれ、貴族とかじゃねぇけど? わかってますわかってます、全ては秘密にしておきます。絶対に誰も口を割りませんし割らせませんって、あんたら全然わかってねぇよな? それに裏切者をおれが追い込むって言ったワケじゃねぇし?
あれ? これ、大丈夫? あいつらが勝手に勘違いしてんだから、問題ないよな? 身分の詐称とかにならねぇよな?
しかも、この温厚そうなおじいちゃん商会主が実は苛烈で、裏切ってた店員たちはごっそり奴隷身分に落として、奴隷として買い取っての再雇用。
えええ? それはけっこー苛烈な仕打ちのような気がするんだけど、これもやっぱ異世界スタンダードなのか?
姉ちゃんを見て確認してみるけど、姉ちゃんも首をかしげてる。そりゃ、知らねぇよな、商売人の世界なんて。
まあ、商業神の御業持ち、つまりボックスミッツ持ちは貴重だから、絶対に裏切ることができない奴隷状態にしてでも、裏切者を確保しておきたい、ということらしいけど。なるほど。ボックスミッツに物入れたまま裏切られたらたまらんわな。
生き生きし出した番頭さんのガイウスさんが、次々と指示を出し、「……資金があればやりたいと思ってたことが本当にできるようになるとは」とかつぶやいてやがる。
そんで、離れつつあった仕入れ先に金貨チラつかせて確実な仕入れを約束させるし、みそぎを済ませた奴隷店員軍団は裏切りなしの戦力に変化するしで、一気に商会を盛り上げていった。ガイウスさん有能だねぇ。
もちろん、資金だけでなく、物品も適正価格で卸す。特に並ライポ。売り先がなくて、けっこー困ってたからめっちゃ都合が良かった。
卸値は1本600マッセの適正価格。ライポ見た番頭さんが白目になって驚いてたけど、本当にライポが珍しいんだな。「これはある意味で最大の武器になります」と白目から復帰した番頭さんが目を輝かせる。
ライバル商会はライポが自慢の商品で、ほぼ国内ライポ市場を独占状態にしているらしい。
秘密を守るという約束で、どんな商品が売れ筋か、どんな商品なら勝負になるかを確認して、どんどんストレージのこやしだった物を卸す。
貯めこんでた毛皮とか、なかなかいい商品になるらしい。ごっそりと卸す。
そんな意味不明な突然の老舗商会の復活に、ライバル商会もびっくり。調べても調べても、何が起きたかさっぱりわかんねぇ、と。そりゃそうだ。
こんな少年の姿をした中身が『ディー』の黒幕がいるなんて誰にも気付けないだろ? 情報がもれても、聞いた方が信じないって。
そんで、小銭でちょっかいをかけようとしても、もうすでに小銭になびく者もいなくなって、ライバル商会は公都セルトレインでの商いの規模を縮小しました、とさ。ガイウスさんの手際すんげぇの。
で、現在。
イシサヤ商会改め、ハラグロ商会は、そのライバル商会に打ち勝つために、周辺諸都市にも出店して規模を拡大中、と。なんでそんな名前にしたのか? いや、どうせ意味はわかんねぇから、別にいいかな、と思ってさ。商売人は腹黒いくらいでないとな。
その店舗拡大のための移動の馬車に同乗させてもらって、おれと姉ちゃんの旅も続く。
まあ、支店を作らせるのは、おれたちのためでもある。ハラグロ商会の支店を拠点に利用させてもらえたらめっちゃ助かるもんな。
それに、姉ちゃんとの徒歩旅でモンスター狩っていくのもいいけど、実は辺境伯領を出たら、モンスターは弱くなって、しかもほとんど出現しないときたもんだ。
ちょっとした森を見つけて中に入っても、奥に出るのがツノうさ1頭だったりするもんな。
ガイウスさんに聞くと、辺境伯領の方がモンスター強くて多くて特殊な感じらしい。だからこその辺境伯なんだってさ。
辺境伯領に出店する商会はかなり度胸がいるみたい。ライポ取引は辺境伯領を優遇するようにお願いしといた。
はじめは思いつきの資金提供だったけどな。
よく考えたら、財力ってのも、姉ちゃんを守る重要な手段のひとつになるんじゃねぇか、って、思ったんだよな。
まあ、金貨なんて、古き神々の神殿に行って、鍛冶神ダンジョンでボス周回してれば、10日で2000万マッセは軽いしな。
貯めるだけ貯めて使わないんじゃおもしろくない。かといって、買い物だけじゃ、使いきれない。
RPGのお金って、後半どうやっても余るもんな。
だったら、こういうでっかい投機もありだろ? だよな? そうだよな?
そんで、ハラグロ商会が拡大して広げた流通網で、資金と情報を得る、と。あと、丁稚奉公みたいな都合のいい隠れ蓑にできる立場も、な。実質は子どもの姿をした最強の護衛だったりするんだけど。
すでに追加資金も含めて、1億以上、投資してる。どうせ鍛冶神ダンジョンの2層と3層のボス戦周回でガンガン貯まっていくだけのお金だ。使い道もなかったしな。
「オーナー、ウチの商会が利用する、いつもの宿でかまいませんか?」
交易都市メフィスタルニアの門を通過して、ガイウスさんが尋ねてくる。
「あ、ガイウスさん。宿は同じでも、部屋はみなさんとは別でお願いしますね。みなさんより安い部屋でいいんで」
「ああ、奉公人の立場ってヤツですね。了解です」
老舗商会だから、どこの領都でもかなり信用度が高い。
門のチェックもほどほどで、いろいろと楽ができるのは助かる。子ども二人旅という妙に目立つこともしなくていい。
「それより……このメフィスタルニアには、本当に支店を出さなくてもいいんですか?」
「ここが相手のお膝元なんですよね? 店まで出して、わざわざ敵を刺激して、余計な争いを増やさなくても、もう着実に追い詰めてるじゃないですか。この町は飛ばして、王国内の各地へ支店を広げて、その先の他の国にも店を出しましょうよ。それと、ここには店を出さなくても、いくらでも仕掛けられることはあるでしょう?」
「店を出さなくても仕掛けられる……?」
「さんざんセルトレインでやられたじゃないですか」
「ああ、なるほど。内部工作ですか……それは、いいですね。わかりました。それだけのご支援はオーナーから頂いてますからね。ヤルツの連中が、中身はハラグロになれば支店出してるようなものですし。では、そのように。お任せください」
ガイウスさんがにやりと笑う。この人、笑うとちょっと怖いんだよな。なんか、企んでそうな? いや、企んでんだけどさ? 中身がハラグロになれば支店出してるようなものって……うまいこと言うよな。
実際、巨額の資金とライポを使って、セルトレインじゃ一気に相手を追い落としたからな。ライポでできる大貴族とのつながりがめっちゃ有効らしい。
やっぱガイウスさん、すんげぇやり手。元手が足りないから活躍できなかっただけみたい。
今回も、ライバル商会をその中からどんどん切り崩してくれるだろう。どこからともなく追加される謎の巨額資金を使って、やられた恨みをもって容赦なく。セルトレインでやられたように。まさに仕返し、倍返しだ!
その巨額資金のおかげでこっちの味方にできたみたいだから、これで本当に良かった。はず。だよな?
「あ、部屋はお嬢さまと二人、一緒でいいんですよね?」
「もちろん。当然です!」
そこは、絶対に譲りません!
必ず姉ちゃんと同室でお願いしますっっ!
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